クールなクラスメイト
「そう。アンタ目が少し腫れてる。……さっきさんざん泣いたでしょ。それ」
「ああ……」
言われてみれば、少し腫れぼったい気がする。でも、目元を擦らなかったのもあり、ほんの僅かだ。指摘しなければ気付かないひとがほとんどだろう。ファーレは──気付いていて黙っていたような気がするけど。
私はふたたび彼の持つ魔導石に視線を向けた。
「それで……買ってきてくれたんですか?わざわざ?」
「あんなに号泣されたらさすがに気にするよ……」
疲れたように──いや、これは違う、と気がついた。テオがこういう顔をする時は。
(困ってる……?)
それがまるで、妹に手を焼く兄のような顔だったので。私は思わず笑ってしまった。
「っふふ、ふふふふ」
「……なに」
じとり、と彼に睨まれる。自身が笑われていると分かったのだろう。私は未だにくすくす笑いながら、なんとか笑いを止めようと堪えた。何も、悪い意味で笑っているわけではないのだから。
「いーえ?……テオは、優しいお兄さんなんですね。妹さんにもいつもこうしてたんですか?」
「──」
その時。ほんの一瞬、テオの顔から表情が消えた。それはほんとうに僅か一瞬だったけど、この至近距離だ。見逃すはずがない。
(なにかまずいことを言ってしまったかしら……)
「あの、テオ……?」
「……どうだろ。妹には口やかましいってよく言われてたから、優しくはないんじゃない」
「そんなこと……」
その口ぶりからして、恐らくテオはなにかと妹の世話を焼き、構っていたのだろう。それは彼が妹を大事に思っている証拠だ。そう思ったのだけど、私はそれ以上何も言えなくなってしまった。
彼が、これ以上話を続けることを望んでいないように思えて。
「…………私、今日広場に行きました」
だから、話を変える。
テオは、突然話題が変わったことにほんの少し、面食らった様子を見せた。だけど、黙って私の話を聞いている。
テオは、いつも私の話を聞いてくれる。私の話を遮ることなく、話途中に自論を持ち出すこともない。黙って話を聞き、私の話が終わると静かに返答をしてくれる。それが、とても居心地がいい。冷たそうに見えるけど、実は優しいひとだと、私は既に知っている。
「魔道具作りの依頼を見つけたんです。それで私、思ったんですよ。……魔法は使えない、魔力の流れも見ることは出来ない。──それでも、私が長年、魔法学を専攻していたことには変わりません。魔法を行使できなくなっても、知識はあります」
テオは、話を促すように私を見ている。その静かな青の瞳に背中を押されて──私は続きを口にした。
「魔道具は、魔法を使うひとのために作られた道具。魔法行使のための補助用具です。それの制作に魔力は関係ない。正常に動かないとなると大問題ですが──そこは、この私!魔法のスペシャリスト!失敗はするかもしれませんが、必ず使い物になる──いえ、それどころか、私の魔道具でなければもうだめという体にさせるまでです!」
「…………すごい自信だね」
テオが苦笑する。
私は、自信を持っていた。なにせ、魔法なら得意分野だ。魔力の流れこそ読めないものの、構成や魔法陣なら正確に覚えている。それを落とし込んで汲み上げれば、魔道具は作れるはず。魔道具作りに魔力は必要ない。魔力は、魔法を行使するひとが使うものだ。魔道具はそれに呼応するように組み立てればいいだけ。正確な構成の魔法陣を書き込んで作れば、使用者が魔力を流し込むだけで使用可能だ。
「高難易度魔法から応用魔法、さらには私のオリジナル魔法──【暗い部屋で寝転びながら、本を読むことが出来る魔法】まで!使い放題ってわけですよ、私が作った魔道具を使えばね!」
「へ、へえ」
テオは私の言葉に少したじろいだ様子を見せた。
それに私は少し、む、と眉を寄せた。
「テオ、この魔法の素晴らしさを分かっていませんね!?この魔法は最高です。まず、魔力灯や燭台を用意しなくとも指定の場所だけ、光を灯せることが出来るのです。もちろん、光量も絞れます!それになにより──」
私はピン、と人差し指を立てて自信満々に言った。
「本は空中に配置し、自分の任意のペースでページをめくってくれます!どうですか、これがどれほどの偉業かよく分かるでしょう!?」
少なくともズボラ族ズボラ党に属する私は大助かりで、ほぼ毎日のようにその魔法を行使していた。あのオリジナル魔法に名前をつけていないが、つけるとしたら【ズボラのためのズボラ魔法】だろう、と私は自信を持って言える。そのまんまだが。仕方ない。もとよりネーミングセンスは在庫切れだ。
燭台を用意するのは手間だ。それに魔力灯も頻繁に使えばもちろん魔力源である魔導石の減りも早くなる。それに何より、自動的に本のページをめくってくれる機能!
寝転がって本を読む体勢からして、これ以上便利なものはないだろう!画期的すぎる。商標登録して正式に売り出せばよかった。
そんなことをうんうん考えていると、テオが困ったものを見る目をしながら「灯りをつければいいだけじゃない?」とコメントした。なんて夢がないやつなんだろう。
それはともかく。
「そういうわけで!私、アルヴェールに行ったらあなたに必ずお礼をします。今の私は一文無しですが……必ず倍にしてお金はお返しします!」
私が宣言すると、テオは目を丸くした。
そしてまた、困ったように笑う。彼が首を傾げて、その拍子にさらりと銀の髪が揺れた。
「なんだ、そんなこと。……いいよ、別に。これはオレがやったことだし」
「そんなわけにはいきません。こう見えて私、結構義理堅いんですよ。貰いっぱなしっていうのはいちばん気持ちが悪いです」
「えー……」
テオがくすくす笑う。なんだか、こんなに楽しそうな彼を見るのは初めてで私も妙にドキマギする。
(こ……これは!あれだわ!!)
私はその既視感にすぐ気がついた。
これは、クールな同級生(女子生徒)と修学旅行の夜、ぐうぜん自販機の前などで会って少し話してみたら彼女が思いのほか素直に笑った。年相応に笑う彼女の顔は可愛らしくて、思わず『ドキッ』とする……あれだ!!
(いつも見るのは学校の制服姿だもの。いきなりパジャマ姿を目の当たりにした上、年相応に笑った顔なんて見た日には……!)
誰だってドキッとするものだ。それがクールと有名なクラスメイトならばなおさら!
そこまで考えてハッと我に返る。
稲妻に打たれたかのような衝撃が走った。
(……いや、そもそもテオはクラスメイトでもないし、ここは異世界だし、彼は未だに普段着だし!!パジャマも着てなければ、女の子でもない!!)
一体私はどうしてしまったというのだろう。
テオが予想外に優しくするから私も混乱してしまった。自分が若干暴走していることを自覚した私は、意図して息を細く吐いた。
そんな暴走列車のごとく思考が乱れまくりの私に構うことなく、テオがふと言った。
「……アンタはさ」
「名前で呼んでください」
合いの手のように言うと、テオは分かった、と答えてまた言葉を続ける。
「エレインは、どうして幸せになるって宣言したの?婚約者の、彼に」




