賢者食いの伯爵
そして、その後。
テオは用事がある、と言って出てしまったので、またしても私とファーレのふたり組である。
先程のようにただ抱き上げられているだけでは先程の男女が私たちだと勘づかれる可能性がある。苦肉の策で、私はファーレに横抱きにしてもらった。
これなら傍目から見たら女性が女性を介抱しているようにしか見えない……はず!
いや、女のひとが、例え相手が女であっても抱き上げるのは難しい。それで練り歩くのはほぼ不可能──と、分かっていても。
怪力の女性&何らかの理由で介抱を必要としている女性の組み合わせでいくしかない……!
今ほど魔法が使えない現状に悔やんだことはない。魔法があれば、こんな捻挫すぐに治癒できるのに……!!
だんだん何でこんなに頑張っているのかわからなくなっている。やっぱりファーレをどうにかする方が早かったかもしれない。
ちら、と私を抱き上げて悠々と歩く彼に視線を向けると、私の眼差しに気付いた彼がにっこりと笑う。美女らしく、端然と。
「俺のこと殺せばよかったーなんて物騒なこと考えてないですよね?」
「直接的なことは特に……。どうにか機能停止させられないかしら、とは思ったけど」
「わぁ、半殺し宣言だー、熱烈ダナー」
棒読みでファーレが答える。
(……とはいえ)
今、この場には私とファーレしかいない。
今の私は魔法が使えない。それを彼も知っている。それなのに私と行動を共にする理由はなに……?しようと思えば彼は今、この場に私を置いていくことだって可能なのだ。
彼の立場を考えるとそんなことはしないとわかっているが、彼は私の所在地を報告できないだけであって、それ以外の行動は縛られていない。
彼の意図が読めない。探るように見つめていると、私の視線がグサグサ刺さっているだろう彼が、あからさまに苦笑した。
「あのー、そんなに見つめられるとさすがにやりにくいっていうか」
「……あなたは」
何を考えているの?
その言葉は、突然割って入っていたおおきな声にかき消された。
「まぁた【賢者食い】の伯爵かい!」
「今度は誰が犠牲者になったんだい?」
「もしや、今回の国境封鎖は伯爵を罰するためのものなんじゃないのか!?ほら、逃げられないようにさ!!」
次々聞こえてくる声に、私はばっとそちらを向いた。そこには、数人の男女がいた。
彼らは屋台の前で足を止め、店主と思わしく男性と言葉を交わしている。私はファーレに小声で言った。
「速度を落として」
「へいへい、注文の多いご令嬢ですねぇ」
ファーレも小声で答える。彼の真意は読めないが、それよりも気になることがある。
それは──。
「誰でも賢者に仕立て上げるって話の伯爵様かい!」
「四番通り、木材屋の倅のサムがいるだろう?あの落ちこぼれのサムだ!あいつ、伯爵邸を訪れたんだってよ!それからなぁ、いきなりとんでもねぇ魔力を持つようになって……」
「人間から魔力を奪い、人間に魔力を与える。噂で聞いたんだけどよ、あの伯爵様は人間じゃないらしいぜ」
「おやまっ!もしや神様なんて言うんじゃないだろうね!」
「あんなおっかない神様がいるもんか!」
そこでドッと笑いが起こった。
彼らの話はそれからまた別のものに変わり、それ以上の話を聞くことは出来なかった。
私たちも、いくらゆっくり歩いているとは言ってもあからさまにその場に留まるのは不自然だ。私はファーレにひとつ頷いて、そのまま大通りを通り過ぎた。
大通りを抜けた先──私の目的地に到着する。
そこは、広場。
広場の中央には噴水が置かれているが、季節を配慮してか水は流れていなかった。その後ろに、横長の掲示板がある。掲示板には魔法ギルドのクエストを示す、黄金の紙が何枚も貼られていた。
陽も沈んで、空もすっかり暗いのに掲示板の前にはひとがいた。彼らはそれぞれ掲示板に貼られたクエストを見ているようだ。
街に必ず設置されている、魔法ギルドの掲示板。掲示板には魔法がかけられている、夜になると朧気に光り出す仕様のようだ。
今の私には、掲示板にかけられた魔法の構成、魔力の流れを感知することはできない。
ファーレに促して掲示板に近づくと、たくさんのクエストが目に入った。
私はその場で下ろしてもらい、クエストに視線を走らせた。
【魔道具製作者、大募集中!報酬は一件千ギルから。※魔力量、魔力行使度に応じて要相談】
【船の護衛募集中。報酬は一回で一万ギル。
必要スキル:防御魔法に優れていること】
様々なクエストが並ぶ中、ふとひとつの紙が目に入った。それは、どのクエストよりも目立つように掲示板の中央におおきく張り出されている。
【募集:魔力量に自信がある方、勇気ある方。
我こそは賢者の生まれ変わりだ、と自負する方、あるいは勇気ある方。ぜひ足をお運びください。魔力量、その勇気に応じて、報酬を支払います。報酬は最低五万ギルから】
「ごまっ……!?」
あまりにも破格な値だ。
驚いた私に、ファーレがわずかに瞳を細めた。
「……魔法ギルドは、王家直轄の軍属です。怪しいクエストは載せられないはずなんですけど……」
このクエストには、【最低五万ギルから】と記されている。そして、募集欄には【魔力量に自信がある方、勇気ある方】と書かれてあって、制限はないようなもの。こんなクエストを掲載したらふつう、金銭目的でひとが殺到するはずなのだけど──。
一体誰がこんなばかげたクエストを……?と依頼主を見ると、そこには。
【ジェームズ・グレイズリー】
という名前が。




