雑草はたくましいんです。
「──魔法以外に価値がなくて悪かったわね!」
ばっと手を離して言うと、彼が少し顔をひきつらせる。
「いや、そういう意味じゃないんですけど」
「じゃあどういう意味よ!魔法が使えない私は無価値ですもの!っ……知ってるわよ!どうせ私には魔法しかないわよ!それで魔法の使えない今の私は、そこらへんの雑草と同じくらいどうでもいい存在なんだわ!わ、私は雑草…………」
まさか人生で『私は雑草』なんて言う機会があるとは思ってもみなかった。そこら辺に生えてきた雑草なのだ私は……。コンクリートの些細なヒビからにょっきり顔を出すくらいたくましく、それでいて人間に踏み付けられる存在……。
なんて、矮小な存在なの……。
そう思った瞬間、ぼろぼろ涙腺が壊れた。
私は勢いのまま顔を手で押えて叫ぶ。
「わ、私は!」
先制するように叫ぶ。
もう顔を上げていられなくて手で覆いながら俯いた。
「雑草らしく踏まれて踏みにじられても、強くたくましく生き延びてやるわよーーっ!!」
「うわっ、うるさっ」
ファーレの非情な声を聞きながら私はわんわん泣いた。塔から飛び降りて、三日?四日?経過するけど、ここにきて初めて私は泣いた。
ひとりで生きていく、生きていきたいと思ったから家を出た。その後すぐ魔法を使えなくなってしまったのは不測の事態だったが、魔法の使えない私は何の役にも立たないと知ってしまった。
そんなに世の中甘くない。わかっていた。
世間知らずの私が生きていけるほど、世の中は優しくない。知っていた。
それでも、私は外で生きたいと思った。
でも、思い知らされてしまった。
私は、魔法が使えなければただの小娘で、何の力もない、と。
自分が情けなくて、気持ちばかりが先走ってから回って、疲れ切っていた。足首の怪我だってまだ治っていない。踏んだり蹴ったりだし、今の私は、ひとりでは何も出来ない。
それが悲しくて、情けなくて、無性に腹立たしい。怒りとも悲しみともつかない感情がぐるぐる混ざりあって、涙に変わる。
そのまま、おんおん泣いていると、ふわりと頭になにかがかけられた。
顔を上げると、それはファーレのローブだった。彼は、バツの悪い顔をしていた。
「あの……泣き止んでくれません?」
「ファーレ……」
「あのひとの視線が痛いんですよ……」
ファーレの言う【あのひと】が誰かはすぐに分かった。テオだ。
テオは、『女の子泣かせたー』と野次を飛ばすかのごとくじろりとファーレを見つめていた。私はふたりの顔をそれぞれ見比べて、ファーレのローブの裾をきつく掴む。
(こ、こいつら……)
年端のいかない少女が泣いているというのにあからさまに【面倒くさい】って顔をして……!!
もう少し優しさとか、そういうものはないのかしら!?
別に慰められ待ちだったとか、『そんなことないよ』と言われたいがための涙だったとか、そんなことはないけど!……ないけども!!
女の子がこんなにギャンギャン泣いてたら多少優しさを見せてくれたっていいじゃない!?
顔の良い男と旅をしているというのにまったく逆ハー展開にならないのは私の性格があれという点もあるが、間違いなく彼らの性格もあると思う。
別に、テオやファーレに好かれて両手に花のような状況を楽しみたいわけではない。そんな場合でもないし。
だけどもう少し、こう、私に優しくしてくれてもバチは当たらないと思う!
傷心なのだから多少優しい言葉をかけてくれてもいいじゃない!?
私のヒロイン力が足りないのか、彼らが残念なのかはひとまず置いておいて(その両方であるような気がしてならない)私は抗議の意を込めてギッとふたりを睨みつけた。涙に濡れたまつ毛のせいで、視界はまだ滲んでいる。
テオは私の視線に気がつくとあっさりと言った。
「船を使おう」
「そう!船、船よ!…………ふね?」
勢いで彼の言葉を繰り返したものの、私はテオの言葉にぽかんと口を開けた。さんざん泣いたせいでまだ顔は濡れているが、そのままテオを見ていると、私が号泣している間にも考えていたのか、テオがすらすら言った。
「国境が封鎖されるまで、あと二日。明日朝の船なら、ぎりぎり間に合う計算だ」
「だけど船は監視されているから使えないって言ってませんでした?」
「かなり危険な賭けだけど、おそらく、向こうもそう思っているはずだ。『さすがにこの状況で、船は使わないだろう』。その裏をつく」
テオの言葉に答えたのは、ファーレだった。
感心したような声で言う。
「はー……豪胆というか、大胆不敵ですねー……」
「向こうがエレインを探してるなら、エレインは髪の色を変えた方がいい。それに、向こうはエレインがオレたちと行動していることを知らない。アンタがひとりで行動しているか、誰かと一緒にいたとしても三人組だとは思わないはずだ」
「なるほど……。でも、チケットはどうするの?皆同じことを考えているんじゃないかしら……」
私の言葉に、テオはにっと瞳を細めた。
そしてすっとポケットからちいさな紙を三枚取り出し、指に挟んで私に見せる。
黄色い紙のそれは──。
「船のチケット!テオ、買ってたんですか!?いつの間に!?」




