エレインの価値=魔力
「──」
息を呑む私の横で、さらにテオが尋ねた。
「理由は?」
「理由?んー……聞いてませんけど。セドアの詰所の皆さんなら知っているかもしれませんね。お客さんたち、アルヴェールに向かわれる予定なんですか?」
セドアの街は、アルヴェールに近い場所にある。だから彼女もこうして尋ねてきたのだろう。
テオはほんの僅かに沈黙したが、やがていつも通りの落ち着いた声で彼女に言った。
「オレはもともとアルヴェールから観光目的でこの国を訪れたんだ。彼女はオレの妹で、こっちは護衛」
テオの妹にされてしまった!
正直、まったく似ていないのだがお姉さんは疑うことなく信じたようだ。ローブ姿のファーレが護衛というのも説得力があるし、なかなか良い誤魔化し文句だと思った。
お姉さんはぱちん、と手を打って目を輝かせた。
「妹さんなんですか!はるばる隣国からありがとうございます。アーロアはもうすぐ寒冷期に入りますし、確かに今のうちに国に戻りたいですよねぇ……」
「どれくらいで封鎖は解かれる?」
「うーん……どうでしょう。こんなこと、滅多にありませんから……。お偉いさんの考えはまったくわかりませんねー。でもうちとしてはありがたい限りですよ!帰れないお客様が詰めかけてくれて商売繁盛ですからね!」
商魂たくましい女性にテオが笑って話を続けている。私はふたりの話を聞きながら、忙しなく思考を働かせた。
(国境が閉ざされた……って)
命じたのは恐らく王家だ。
王家は、私を逃がしたくないから国境を封鎖した。
……でも、どうして?
彼らはまだ、私が魔法使えなくなっていることを知らないはず。ファーレだって、私が言ったら驚いていた。
ちら、とファーレに視線を向けると彼が静かに言った。
「俺じゃないですよ」
「まだ何も言ってないけど……。でもそうね、ファーレはこの三日、ずっと私たちと一緒に行動していたもの。密告する暇がないわ」
それに、魔法契約だってある。
制約が働いている以上、ファーレが王家に報告した可能性は低い。
……だとしたら?
王家は、気がついた?私が魔法を使えなくなっていることに……?
なぜ……?
沈黙する私の耳に入ってきたのは、チャラ、という金属音だった。見れば、テオが鍵をふたつ手にしている。
支払いはすべてテオがしてくれたようだ。ほんとうは、塔から飛び降りたあと、私は近くの街に飛び、そこで魔法を使ってある程度の金銭を稼いだら国を出る手筈だった。
この国には魔法ギルドというものがあって、大きな街なら常に何かしらの依頼が出ている。
だいたいは、街の真ん中に依頼文書が張り出されているのだ。
外の世界を知らない私は直に目にしたことはまだないが、そのほとんどが雑用だと言う。
【大量の食材のみじん切り】
【大量の衣類の洗浄】
【山道整備の際の手伝い】
など、肉体労働がほとんどだ。
アーロアの多くの人間が魔法を使えるものの、魔力量はそこまで多くない。そのため、こうして依頼が出されるのだ。
だから私は依頼をいくつかこなし、金銭を入手したら国を出る手筈だった。
魔法が使えない今、私はかなりピンチな状況だ。いかに自分が魔法に頼り切りだったのか痛感している。
(早いところ私にもできる仕事を探さないと……)
とはいえ、もともと手先は不器用。(前世、家庭科の授業でミシンで自分の制服と縫っているものを一緒に縫いつけた過去がある)
針と糸は敵だ。手が血まみれになるし、布が血まみれになることは想像にかたくない。
そもそもド素人が一朝一夕で売り物になるほどの刺繍を施せるはずようになるはずがない。よっぽど才能があれば話は別だろうが、あいにく私にその手の才能はない。
私はテオから鍵を受け取りながら頭を捻った。
(私にできることといえば魔法に関することがほとんどだったし……)
私から魔法をとったら何も残らないのでは……?
残念な自分にがっかりした。
テオはふたつある鍵のうち、ひとつを私に手渡した。鍵の番号を見ると、207と書いてある。
「話は部屋で」
テオの言葉に頷いて答えた。
二人部屋と一人部屋の二部屋を借りたテオが向かったのは、二人部屋の方の部屋だった。
確かに一人部屋に三人入るのは、不可能ではないがかなり狭苦しくなることだろう。
私たちは二人部屋の205号室に入ると、そこでようやく備え付けのソファには腰を下ろした。
久しぶりの屋内だー……!!
ドッと疲労感を覚えて泥のように体がソファに沈んでいく。しかし、休むためにこの部屋を訪れたわけではないのだ。話し合いのため。
襲いかかる眠気に抗いながら私はテオとファーレを見た。ファーレは、部屋に入りようやくローブを脱いだ。
「さて、アルヴェールとアーロアの国境が封鎖されたわけだけど」
テオの言葉に答えたのは、ファーレだ。
「どう考えても二日で国境までは辿り着けませんねー」
間延びした声を出しながらファーレが私の横に腰掛けた。ソファが沈み、彼の方に体が傾いた。
「船を使えばできなくもないけど、まあ無理だろうね。船は王家に抑えられてるだろうし」
「え、ええー!どうしましょ?このままじゃ私、アーロアに囚われる……?」
八方塞がりである。
無理に国境を越えるのは不可能だろう。
「魔法が使えれば……魔法が使えればすぐにでも国を出られるのに……」
「…………」
私の言葉に、ファーレがなにか物言いたげな顔を向けてきた。それに言外に何か言っていることに気がつき、横目で睨む。
「何よ」
「いいえ?もうこれは諦めて一回城に戻ったらどうですか?王家の方々としてもご令嬢が魔法を使えないのは困ると思いますし、原因究明に全力を尽くしてくれると思いますよ。それで話し合いの結果、無駄だと思ったらまた国を出ればいいじゃないですか」
ファーの言葉に、私は顔を手で覆いながら反論した。彼とは平行線だと分かっていても結局言い合いばかりである。
「あのねー、言ったでしょ!私は城には戻らない。だいたいそう言って『魔法が使えないのは好都合!』なんてどこかに閉じ込められたらどうするのよ!それに魔法が使えるように戻ったとして、その時魔力封じの首輪なんかつけられてみなさいよ!文字通り飼い殺しよ!」
「……魔法が使えないご令嬢に用はないと思いますし、魔法が使えないまま放置する、と言うのは考えにくいと思いますけどね」




