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【書籍化&コミカライズ】お幸せに、婚約者様。私も私で、幸せになりますので。  作者: ごろごろみかん。
二章:賢者食い

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テオとアレクサンダー①




川に水を汲みに行ったテオは、川辺で木の幹に背を預けながら地図を取りだした。その地図は、ずいぶん使い込んでいることもあり古びている。それを広げると、彼は目を細めた。


「……ここも違うか」


呟くように言い、彼は木炭を取り出すとそれで印をつける。地図の中の印は、これで四つ。

アルヴェールの王都近くから、アーロアに伸びていた。早く戻らなければ、エレインはともかくあの男は疑うことだろう。

だが、少しの間ひとりになりたかった。久しぶりに、この笛を使い、さらにはその説明をしたからだろうか。

まつ毛を伏せれば、思い出すのは遠い記憶の少女の声だった。


『ねえ、兄様。私の魔力、母様に移してあげることはできないのかな……?そうすれば、母様だって……!』


ふと思い出す、幼い少女の声にテオはちいさく舌打ちをした。

ぐしゃ、と地図を握りしめる。旅の間ずっと持ち歩いていたのもあって、それは既にひしゃげ、ぐしゃぐしゃだ。

何度、後悔しただろうか。過ぎた事を悔いても意味などない。それは分かっているし、じゅうぷん理解しているつもりだった。それでも、この悔恨が完全に失われることなどありはしない。


「エルゼ……」


ぽつり、彼女の名前を呼ぶ。

はぁ、と吐いた息は白い。


あの時、自分が迂闊な行動に出なければ。

まだ幼かった、十五になったばかりの自分は、情勢にさほど興味がなく、まさか自分たちに感心を抱くものがいるなど思いもしなかった。政争は常に自分たちとは遠いところにあって、自分たちは無関係でいられると、そう思っていた。その思いこそが、慢心だったとは知らずに。


正直なところ、彼はアーロアの情勢など知ったことではなく、興味もまったくなかった。それでも彼女(エレイン)を拾ってしまったのはきっと、いや間違いなく、彼女が妹に似ていたからだ。

性格や見た目はまったく違う。

だが──。


(ここも違う……とわかったなら、長居は不要だ)


これ以上、彼女たちに関わるべきではない。理解していても、今すぐ放り出せるものではない。彼女を保護したものとして、ある程度面倒は見るべきだろう。


彼はふと、風のざわめきを聞いた気がして顔を上げた。もうすこしで姿を完全に消してしまいそうなほど欠けた月が、煌々と輝いている。





一方、多数のクマの襲撃により撤退せざるを得なくなったアレクサンダーは私室でいらいらとしていた。部下に持ってこさせた、ウェルランの森周辺の地図を片手に持ち、反対の手にワインの入ったグラスを持っている。


「っくそ……」


舌打ちをして、穴が空くほど地図を見る。深い森だ。野生動物が棲んでいるのは当然だとして、だけどあのタイミングで複数体が現れるだろうか?

じっと地図を見つめていた彼の思考を破ったのは、控えめな、だけどしっかりとしたノックの音。


訪ね人はアレクサンダーの返事を待つことなく、するりと部屋に入ってきた。現れたのは、白に近い見事な銀髪を持った少女だ。目元のほくろがよく似合っている。長身の彼女はちら、とアレクサンダーを見ると首を傾げて見せた。


「あら?取り込み中?」


「……アデル」


アデル、と名を呼ばれた彼女はアレクサンダーににこりと笑って見せた。そのまま、長い銀の髪をぱっと後ろにはらい、彼の対面に腰掛けた。


「それで?どうでしたか?行方不明のお姫様、見つかりました?」


「お前、複数体のクマを呼び出せって言われたらどうする」


アレクサンダーは、アデルの質問に答えることなく、逆に彼女に尋ねた。尋ねられた彼女はぽかんとした様子だったが、徐々に顔をゆがめていった。あからさまに苦々しい顔をした彼女が、言いづらそうに答える。


「え、え。まさか逃げられたんですか?殿下。エレイン嬢に嫌われて──」


「逃げられた……逃げられたのか、僕は?」


アデルの言葉に、アレクサンダーが今気づいたように言葉を復唱する。アデルはそんな彼の様子にため息を吐いた。


「……あのですね、殿下。殿下は、エレイン嬢と話したことがないのですよね?」


「軽い挨拶ならしたことはあるけど……そうだね」


「ということは、エレイン嬢はあなたのことを何もご存知ない」


「…………」


「まず、殿下がされることは一刻も早くエレイン嬢を見つけて──言葉を尽くすことだと思います。だいたい、裏でこそこそ囲い込むような真似をするからこうなるんです。プライドも何もかも捨て去って、彼女に跪いて愛を告白していましたら、また違ったかもしれませんのに」


言外に、何やってんだこいつ、という言葉が聞こえてきそうな物言いである。


愚痴るように呟くアデルに、アレクサンダーは顔をひきつらせた。彼らは幼少からの付き合いだが、それだけにアデルは遠慮というものがない。彼女に負い目があることもあり、アレクサンダーはこれ以上何か言うのを諦めた。


「それで、クマを呼び寄せる手管、でしたか……」


アデルは、思い出すようにアレクサンダーの言葉を繰り返し、そっと自身の口元に指先を当てた。それから、子首を傾げる。


「あいにく、思い付きませんわ。それこそ、魔法でも使わないと……」


「洗脳系の魔法か?だけどあれは基本、対人のものだろ?それに洗脳魔法を行使できる人間など限られている」


あのクマの大群が突如として現れたのは、間違いなくおかしい。あれは自然現象ではなく、人為的なものだ。だけど、その手法がわからない。

それこそ、洗脳系の魔法を使える人間など限られている。あれは高難易度魔法に分類されるもので、おいそれと誰でも彼でも使えるものではない。


使えるとしたら、それは──。


「そうですわね。使えるとしたら、エレイン嬢くらい」


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