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【書籍化&コミカライズ】お幸せに、婚約者様。私も私で、幸せになりますので。  作者: ごろごろみかん。
二章:賢者食い

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テオ vs ファーレ

(え……えっ?まさか、人柱?人身御供?)


そんな時代錯誤な、と思ったけど、ここは前世の常識とはまるっきり違う世界だ。

もしかしたら供物を捧げるのも魔法学的にはごく一般的で、その効果の程も証明されている……のかもしれない。それでも、非人道的な行いであることには間違いないけれど。


(賢者……を、供物に?そもそも賢者って一体……)


そこまで考えた時、テオが短くため息を吐いた。見れば、彼は緩く首を横に振っている。


「不明だ。だからオレが調査に出ている」


「……瘴気は突然現れたの?そもそも、瘴気ってどういうの?目に見えるもの?」


「……見ればわかるよ。一目見て、わかるものだ」


テオはやはり淡々と答えた。

ファーレはそこで、顔を上げた。彼の視線は私に向いている。


「エレイン嬢」


「エレインって呼んで」


今の私はもう貴族ではない。

ファーレに言うと、彼は少し困った顔をしながら訂正はせず、そのまま言葉を続けた。


「テオのいうことは、概ね当たっています。全て……というわけではないですし、俺も全てを知っているわけではありません。ですが、少なくともアーロア国は……王家は、あなたを必要としている」


「……私を、供物にするために?」


ファーレは私の言葉にまつ毛を伏せ、首を横に振った。


「いいえ。そもそも、賢者を供物にする……というのは他国に伝わっている伝承であり、我が国とは関係がありません。王家は、あなたの力を欲しているのです」


王家は、私に何をさせようとしているのだろう。

そもそも、王家はその──瘴気、とかいうものの存在を認知していた……?

その上で、私をアーロアに拘束するためにトリアム侯爵家との婚約を義務付けた……?


(いやいやいや、ちょっと頭が追いつかないんだけど……)


私は、思わず頭に手を添えた。

ぐるぐるぐると思考がまとまらない。


「……そんな話、聞いたことがないわ」


「なぜご令嬢に話をしていないのか、俺にその理由はわかりません。ですが、陛下はまだ時期ではない、と考えられているのではないでしょうか?」


「時期じゃない……?ねえ、ファーレ。あなた、どうしてこんなに色々と教えてくれるの?さっきまでは知らないって言ってたじゃない」


「状況が変わりました。……そもそも、ご令嬢、俺はこの男を信頼していなんですよ」


エレインと呼べというのに、頑なにファーレはご令嬢、と呼ぶ。そんな彼を私は睨んだが、彼は構わずちらりとテオに視線を向けるだけだった。


「他国の人間が、何をこそこそ嗅ぎ回ってるんですか?あなたはアルヴェールの人間なんですよね?……何を命令されて、探っている?」


「っ……!」


音もなく、ファーレがテオの首筋に刃を突きつけていた。いつの間にか、ファーレの手には刃渡りの長い短剣が握られている。

首筋に切っ先を当てられながらも、テオは落ち着いてファーレを見ていた。


「こっちが聞きたいんだけど、どうしてアンタのところはそう物騒なんだよ」


「言いませんでした?俺は、王家の飼い犬なんですよ。不要な火種は刈り取っておくのが、俺の仕事です」


「へえ。……彼女に聞いたところ、アーロア王家はずいぶん無能そうだけど?」


「な……!」


思わず声を出したのは私だ。

エリザベス王女殿下の名前は伏せたし、王家の話は一切しなかったというのに──彼は、察したようだった。


よくよく考えれば、私が伯爵家の娘なら婚約者も貴族のはずだ。そして、貴族の子息が守る相手など王家の人間に決まっている。

テオは早い段階で、私の話に出てきた【彼女】が王女殿下だと見抜いていたのだろう。

さすがの私も、王家への批判を口に出すなどしたことがない。絶句する私に対し、ファーレは刃物を突きつけたまま何も言わなかった。


それを見て、テオが面白がるように瞳を細める。

またしても、緊張感を帯びた空気だった。


「あれ、反論しないんだ?アンタもそう思ってるってわけ?」


「……俺はただ、下された命令を遂行するだけです。あなたは俺の質問にだけ答えればいい。あなたは何者だ?……彼女が【賢者】になりうる存在であると知って、一緒に行動しているのか?」


【賢者】になりうる──。

ファーレにそう言われても、未だ私には実感がない。

昔から、ひとより魔力が多かった。

魔法を行使することも好きだったから、使える魔法の数も多い。

魔力の多さを危険視されて、トリアム侯爵家との縁談がまとめられた。

それが私の知っているすべてで、自分がその、お伽噺だと思っていた寓話に出てくる【賢者】だなんて、思いもしなかったし考えもしなかった。


なんだかすごく大それた話をしているように感じて、頭が追いつかない。混乱していると、テオの静かな声が聞こえてきた。


「それは、アンタから聞いてはじめて知った。……どうする?オレを捕らえて王家に差し出すか?」


テオは、首元に刃物を当てられているとは思えないほど好戦的に言った。その瞳は、月光でも分かるほどに爛々としている。

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