テオ vs ファーレ
(え……えっ?まさか、人柱?人身御供?)
そんな時代錯誤な、と思ったけど、ここは前世の常識とはまるっきり違う世界だ。
もしかしたら供物を捧げるのも魔法学的にはごく一般的で、その効果の程も証明されている……のかもしれない。それでも、非人道的な行いであることには間違いないけれど。
(賢者……を、供物に?そもそも賢者って一体……)
そこまで考えた時、テオが短くため息を吐いた。見れば、彼は緩く首を横に振っている。
「不明だ。だからオレが調査に出ている」
「……瘴気は突然現れたの?そもそも、瘴気ってどういうの?目に見えるもの?」
「……見ればわかるよ。一目見て、わかるものだ」
テオはやはり淡々と答えた。
ファーレはそこで、顔を上げた。彼の視線は私に向いている。
「エレイン嬢」
「エレインって呼んで」
今の私はもう貴族ではない。
ファーレに言うと、彼は少し困った顔をしながら訂正はせず、そのまま言葉を続けた。
「テオのいうことは、概ね当たっています。全て……というわけではないですし、俺も全てを知っているわけではありません。ですが、少なくともアーロア国は……王家は、あなたを必要としている」
「……私を、供物にするために?」
ファーレは私の言葉にまつ毛を伏せ、首を横に振った。
「いいえ。そもそも、賢者を供物にする……というのは他国に伝わっている伝承であり、我が国とは関係がありません。王家は、あなたの力を欲しているのです」
王家は、私に何をさせようとしているのだろう。
そもそも、王家はその──瘴気、とかいうものの存在を認知していた……?
その上で、私をアーロアに拘束するためにトリアム侯爵家との婚約を義務付けた……?
(いやいやいや、ちょっと頭が追いつかないんだけど……)
私は、思わず頭に手を添えた。
ぐるぐるぐると思考がまとまらない。
「……そんな話、聞いたことがないわ」
「なぜご令嬢に話をしていないのか、俺にその理由はわかりません。ですが、陛下はまだ時期ではない、と考えられているのではないでしょうか?」
「時期じゃない……?ねえ、ファーレ。あなた、どうしてこんなに色々と教えてくれるの?さっきまでは知らないって言ってたじゃない」
「状況が変わりました。……そもそも、ご令嬢、俺はこの男を信頼していなんですよ」
エレインと呼べというのに、頑なにファーレはご令嬢、と呼ぶ。そんな彼を私は睨んだが、彼は構わずちらりとテオに視線を向けるだけだった。
「他国の人間が、何をこそこそ嗅ぎ回ってるんですか?あなたはアルヴェールの人間なんですよね?……何を命令されて、探っている?」
「っ……!」
音もなく、ファーレがテオの首筋に刃を突きつけていた。いつの間にか、ファーレの手には刃渡りの長い短剣が握られている。
首筋に切っ先を当てられながらも、テオは落ち着いてファーレを見ていた。
「こっちが聞きたいんだけど、どうしてアンタのところはそう物騒なんだよ」
「言いませんでした?俺は、王家の飼い犬なんですよ。不要な火種は刈り取っておくのが、俺の仕事です」
「へえ。……彼女に聞いたところ、アーロア王家はずいぶん無能そうだけど?」
「な……!」
思わず声を出したのは私だ。
エリザベス王女殿下の名前は伏せたし、王家の話は一切しなかったというのに──彼は、察したようだった。
よくよく考えれば、私が伯爵家の娘なら婚約者も貴族のはずだ。そして、貴族の子息が守る相手など王家の人間に決まっている。
テオは早い段階で、私の話に出てきた【彼女】が王女殿下だと見抜いていたのだろう。
さすがの私も、王家への批判を口に出すなどしたことがない。絶句する私に対し、ファーレは刃物を突きつけたまま何も言わなかった。
それを見て、テオが面白がるように瞳を細める。
またしても、緊張感を帯びた空気だった。
「あれ、反論しないんだ?アンタもそう思ってるってわけ?」
「……俺はただ、下された命令を遂行するだけです。あなたは俺の質問にだけ答えればいい。あなたは何者だ?……彼女が【賢者】になりうる存在であると知って、一緒に行動しているのか?」
【賢者】になりうる──。
ファーレにそう言われても、未だ私には実感がない。
昔から、ひとより魔力が多かった。
魔法を行使することも好きだったから、使える魔法の数も多い。
魔力の多さを危険視されて、トリアム侯爵家との縁談がまとめられた。
それが私の知っているすべてで、自分がその、お伽噺だと思っていた寓話に出てくる【賢者】だなんて、思いもしなかったし考えもしなかった。
なんだかすごく大それた話をしているように感じて、頭が追いつかない。混乱していると、テオの静かな声が聞こえてきた。
「それは、アンタから聞いてはじめて知った。……どうする?オレを捕らえて王家に差し出すか?」
テオは、首元に刃物を当てられているとは思えないほど好戦的に言った。その瞳は、月光でも分かるほどに爛々としている。




