見つかった?
「眠れそうなら寝た方がいいよ。明日は森を抜けるから」
テオに声をかけられて、私はハッとした。
(確かに森の中って歩きにくいわよね……)
歩き慣れていない私など、あっという間に疲弊してしまうだろう。
私は、精神面はかなりタフな方だと思っているが、先ほど言ったとおり体はそうでもない。
明日に備えて早めに寝て体力回復に努めた方がいい。
私は頷いて答えた。
「ありがとうございます。そうします」
「うん。火はオレが見ておくから──」
テオがなにか言っていたが、私は目を閉じた瞬間、意識が落ちてしまった。
これも、私の特技のひとつである。
【寝られる時に、寝る!】
過酷な前職──アパレル業界で終電帰宅&始発出社を繰り返し、身についた技である。寝られる時に寝ないと体力が持たない。
主に、精神面で。
(寝不足の時っていまいち頭回らないのよねー……)
いつもなら受け流せる嫌味やマウントも、寝不足というハンデを負っているとあっという間に殺られてしまう。
準備は必要だ。万全な備えを……。
私はそんなことを思いながら、とろとろとした眠りに包まれた。
☆
「……イン……エレイン」
誰かが、私を呼んでいる。
エレイン?それって私の名前……だったっけ?
(私の名前だ……でも)
とにかく眠い。眠すぎる。
まだ起きたくない、と体が叫んでいる……。
というか、誰が私を呼んでいるんだろう?メイドのカロリーナ?
うんうん唸って私は顔を枕に擦り付ける。
(ちょっと待って、あと五分……)
「そう言ってもう三回目だし、そろそろ出ないと日が暮れる前に森を抜けられなくなる」
(大丈夫だって。あと少し……くら……い)
もぞもぞ往生際悪く顔を押し付けながら──私はハッと急に覚醒した。
(森……!?というかここって……!?あれ、私!?)
勢いよくガバッと飛び起きる。
すぐ隣から、驚いた声が聞こえてきた。
「うわっ」
裏返った、やや高めの男性の声──。
私はバッと声のした方向を見て、固まった。
そこにいるのは、眩い銀の髪の男性。
──テオだ。
そこで私は、ようやく昨日のことを思い出していた。
(確か私、塔から飛び降りて……)
滝つぼに落ちて、丸太が頭にぶつかって。そのまま気を失ったと思ったら、テオに拾われていた。
昨日の出来事を振り返るが、昨日一日で色々ありすぎじゃない……?
(ほんとうに私、よく生きてたなぁ……)
ふたたび、しみじみと思った。
私は周囲を見渡し、ここが森の中であることを思い出すとすかさず額に手を当てた。
(す………っごい爆睡した!!)
何なら夢も見なかった!
ここ最近でいちばんよく眠ったわ……!
完全なる熟睡。
質のいい睡眠を取れてよかった!と思うべきか。
こんな状況でも熟睡できる自分の図太さに呆れるべきか……。
いや、ゆっくり眠れて体力も回復できたのだから良かったのだ。うんうん。
(今日は森を抜けなければならないしね!)
私はひとり頷いた。そういうことにしておこう。
私が枕だと思ったものは、地面の草だったらしい。全く違う。
テオは、私の唐突すぎる動きに面食らったのだろう。まだ顔が少し、ひきつっている。
そして、ため息交じりに言った。
「アンタさ……寝るのも起きるのも突然過ぎる。予備動作ってものはないの?」
「私、昨日すぐ寝てしまったんですか?」
「そう。『準備は必要、万全な備えを……』って言いながら寝たよ。あまりにあっという間に寝るから、驚いた」
私の特技のひとつである。
初めて目にしたテオは驚いたことだろう。
私は神妙な顔を作り、テオに感謝を伝えた。
「とてもいい睡眠でした。ありがとうございます」
「……それならいいけど」
テオは、何か言いたげな顔で私を見た。
そこで私は、おや?と思った。
(テオの顔色が……悪い、ような?)
太陽の下、改めて見たテオは昨日私が予想した通り、二十代前半あたりのように見える。思ったより肌が白い。そして、彼の髪は銀色。
雪のように白い銀の髪だ。同じ銀髪でも、テール様より青みがかっている。
私がまじまじと見つめたからか、テオはどこか居心地が悪そうにしている。
「……何かなぁ」
「テオ……もしかして、寝てません?」
私の質問に、テオが少し驚いたように瞬いた。
それからまた、少し疲れたようにため息を吐く。
なんだか私は、彼のこういうところばかり見ている気がする。
それほど、私は呆れるようなことばかりしている、ということなのだろうか……。
私の質問に、テオが答えた。
「火はオレが見ておくから、って言わなかった?」
「えっ、そうなんですか?」
初知りだ。
でも確かに、火の不始末は危ないかもしれない。
森火事に繋がりかねない。
私の言葉に、テオが困った顔をした。
「やっぱりあの時にはアンタ、寝てたのか……」
「え、えーと……おかげさまでぐっすり眠れました。ありがとうございます!いい睡眠でした!!快眠です!」
私が言うと、テオはあっさり答えた。
「そう。ならいいよ」
よく見ると、彼の手には手提げカバンがあった。紐が長く、肩からかけるタイプのもののようだ。
私は、テオに尋ねた。
「もう行くんですか?」
「そろそろ出ないと森を抜ける頃には夜になる。起きてすぐで悪いけど、動ける?水はあるから、飲んで」
テオが、木で出来た水筒を渡してきた。
(私が呑気に眠りこけている間に、いろいろやってくれたんだなぁ……)
至れり尽くせりで、テオには感謝しかない。
恐らく、テオはあまり寝ていない。
だから顔色が悪いのだろう。
申し訳ないと思うと同時に、やっぱりテオは良いひとだなぁと再度痛感する。
私はテオから水筒を受け取って、水を飲んだ。
汲んできたばかりなのだろう。
冷たい水が口内を潤す。
(うー……美味しい!)
「服ももう乾いてるから、着替えて。朝食は簡単なものだけどいい?山菜と魚の直火焼き。食べられそうならこれも食べておいた方がいいよ」
テオはテキパキと動いた。手際がいい。
私はテオが焼いた魚の一本焼きと、葉に巻かれた山菜を彼から受けとった。
なんというか、ずいぶん甲斐甲斐しい……。
テオはとても、旅慣れしているように見える。
そういえばテオは、どうしてこんな辺鄙なところにいたのだろう?
まさか私と同じように川に流されてきたわけじゃないだろうし……。
(テオの顔に見覚えはないからアーロアの貴族ってわけでもなさそうなのよねー……)
改めて考えると、テオは謎が多い。
しかし、私の事情は言ったから次はあなたの番!など聞けるはずがない。
私は大人しくテオから受け取った魚にかぶりつく。シンプルに塩だけの味付けの魚は、信じられないほど美味しかった。
捕れたてだから?魚の汁が!!旨みが!!
あまりの美味しさに感動した。
名残惜しくも魚と焼いた山菜を食べ終え、お腹を満たした私はすっかり乾ききったワンピースドレスを手に取った。親切なことに、テオは後ろを向いてくれている。なんて紳士なの……。
「お待たせしました!着替えたから、行きましょう!」
支度も整い、くるりとテオを振り返る。
さぁ出立だ!という──その時だった。
ガサガサ、と森の奥から葉のこすれる音が聞こえてくる。
「!」
瞬間的に息を呑む。
(獣?まさか……ひと!?)




