割と(かなり)図太いほうです。
塔から飛び降り、滝つぼに呑まれ、さらには頭に丸太が降ってきた話をすると、テオはしみじみとした様子で「よく生きてたね……」とコメントした。
まったく私も同意見である。
「それで……目が覚めたら、ここにいたんです。これが、私の話です」
背中越しに、テオに言う。
彼は少し考え込んだようだった。
そして、それから彼が言った。
「それなら、頭に打撃を受けたショックで魔力回路が狂った、とかじゃない?」
「魔力回路、ですか?」
私は、背中にテオのぬくもりを感じながら顔を上げる。夜空には、一面の星。
こんなにたくさんの星を見たのは、初めてだ。
秋の森は真っ暗で寒い。
時々、ひゅうひゅうと風の音がして、それがさらに恐怖を煽る。
魔法も使えなくなってしまったし、ひとりだったらきっと心細くて暴走していた。
でも、今はそんなに怖くない。
それはきっと、テオがいてくれてるからだ。
私の問いに、テオが答えた。
「そう。いつもは無意識に繋げている回路が……何らかの影響で途切れたか、あるいは狂ったんじゃないかな。オレも専門医じゃないから、はっきりとは言えないけど。可能性としてはじゅうぶん有り得る」
私はテオの言葉に絶望した。
「そ、それってどうやったら治るんですか……!?」
思わず振り向いてしまう。
テオを見ると、思ったよりも顔が近かった。
背中を合わせているのだから当然だ。
彼も、その近さに一瞬ギョッとしたようだったが、すぐに回答をくれた。
「わからない。オレも、そういった話があるって聞いただけだから。……でも、それに詳しいやつなら知ってる」
「神様!」
「テオだよ……」
疲れたようにテオが言う。
そして、彼は呆れたように私に言った。
「オレ、まだアンタに紹介するとは言ってないんだけど」
「でもこのタイミングで言うってことは教えてくれるってことですよね?会わせてくれるんですか?誰ですか?治りますかね?これ」
矢継ぎ早に質問すると、彼がまたため息を吐く。
だけどそれは、あまり悪いものではないように思えた。
どちらかというと、仕方ないな、というような雰囲気。
「アンタってさ……たくましいよね」
「そうですか?」
私は首を傾げた。
だけど確かに、過去、雑草メンタルと褒められたことがあるのでたくましい方かもしれない。
いや、どちらかというと図太いのだと思う。
(でも繊細な精神じゃやっていけなかったのよねー)
私は、悩みがあってもだいたい寝れば忘れてしまうタイプだ。
そして、同じ悩みに直面して『そういえば前もこんなことあったな……』と思い出す。
それが何回か続いてようやく、どうすべき考えるタイプだ。
そして、思い切りがいいと言われたこともある。
(前世、エリアマネージャーの奥さんが職場に乗り込んできて、エリアマネージャーと不倫してたチーフとキャットファイトになった時、咄嗟にさすまたでふたりを抑えたらあとで怒られたなー……)
未だに、なぜ怒られたのか納得がいっていない。
結果それで怪我人が出なかったのだからそれでいいじゃない。
上層部のお偉いひとに叱られながらも、私は不満だった。
そんなことを思い出しながら、私はまた星空を見上げた。
一面に広がる星空を目にしているからか、妙にロマンチックな言葉が口をついて出る。
「テオは、今見てる星が何年前のものか知っていますか?」
私の突然の質問に、彼が面食らっているのがわかる。
そして戸惑ったようにテオが言った。
「いや……星や惑星に関与するのは魔術協会で禁止されてるでしょ」
「…………」
(そうだった!そうじゃない!!私のばか!)
前世の記憶に引っ張られて、いらないことを言ってしまった。
この世界、星や惑星(月とか太陽とか)といったものは、神の領域なので人間は手出ししてはならないのだ。
魔法があれば、何でもできる。
早い話、やろうと思えば星を取ることだってできるのだ。
星を掴むなんて、なんてロマンチック……と思うことなかれ。
前世と同じように、未だ謎の深い宇宙にひとの手が入った結果、宇宙が無くなっちゃいました☆なんてことになれば大問題。
そういう理由があって、禁止されているのだろうけど──宗教的なものもあるだろう。
前世のギリシャ神話のごとく、この世界にも神話があり、ひとびとは神の存在を信じている。
何しろ、魔法という不可思議な力があるのだから、神を信じるひとが多いのも納得だ。
私はそんなことを考えながら、誤魔化すようにテオに言った。
「ええとつまり!星から見たら、我々人類などちっぽけな存在、ということですよ!」
半ば無理やり方向転換させた私に、テオはまだ戸惑っていたようだが、そのまま押し進めさせてもらう。
「この星空を見てると、ばからしくなってきません?私の悩みなんて、ちっぽけな問題だなぁって思います」
「…………」
テオは、少し沈黙した後、ゆっくりと言った。
「なんとなく……言ってることがわかるような気がする」
私は、テオの言葉に笑った。
「そうやって繰り返し生きてたら、いつのまにか図太くなっていました。私、結構、丈夫な構造してるんですよ。あ、精神の話ですからね」
さすがに、体はそんなに丈夫ではない。
殴られたらふつうに痛い。
十七年、貴族の娘として生きてきたのもあって、体の方は結構弱いんじゃないかと思う、
そう思って言うと、テオがまた笑った。
(意外と、よく笑うなぁ……)
彼の心境になにか変化があったのか。
それとも、私の話が意図せず彼の笑いのツボに刺さっているのか。
真相は謎のままだけど。
(嫌がられてないなら、いっか)




