まだ死ねない!
私があまりにも自信満々にそう言いきったからか、テオは困惑したように「……そう」とだけ言った。
初めて会った女にそこまで言い切られて、戸惑っているのだろう。
だから私は、自分に正直な気持ちも一緒に言うことにした。
「それに、今テオにいなくなられると私はとてもまずいです」
ピン、と人差し指を立てる。
「私は今、魔法も使えない、荷物もない、おまけに服もこんなんです……!テオがいなくなったら、ほんとうに困ります。死活問題です。私、まだ死にたくないんです。やりたいことたくさんあるんですよ」
そう、例えば家庭菜園してハーブを育てたり、採れたばかりのナスやキュウリだって食べたい。さかなも釣ってみたいし、山菜狩りだってしてみたい。
塩作りもやってみたいし、牛の乳しぼりもしてみたい。
(観光名所を見て回りたいし、世界の名物料理だって食べ歩きたいんだからー!!)
そんな野望があるのに、こんなところであっさり死ぬわけにはいかない。
万感の思いを乗せて言うと、テオは私の口調の強さに少し驚いたようだった。
しみじみ、私は頷いた。
やはりこんなところでは死ねない。
今死んだりしたら、未練がありすぎて化けて出る気がする。
(でも幽霊は食べ物食べられないのか……残念だな……)
私はひとり頷きながら言葉を続けた。
「テオの人柄を信じるってのはもちろんそうなんですけど、でも同じくらい、テオにいなくなられたら困るなぁーって思ってます」
言ってから、ハッとする。
まずい、欲望に正直になりすぎた。
言わなくてもいいことまで言ってしまった気がする。
だって、私の言葉ってつまり【テオでなくてもいいんだけどー、とりあえずタイミングよく現れたひとは逃がせないっていうか!】みたいなものだ。
失礼だ。失礼すぎる。
とにかく弁論しようとすると、不意に彼が笑いだした。くすくすと、まるで、堪えきれないというように。
(……笑った!!)
今まで無表情か、ちょっと嫌そう、かなり嫌そう、のどれかがほとんどだったので、かなり驚いた。
(このひと、声を上げて笑ったりするのね……)
考えてみたら、笑わないひとなんていないだろうに、なんだか意外に思えてしまった。
テオは、未だくすくす笑いながら言った。
(お、おお……これがギャップ)
思わずまじまじ見てしまう。
テオは、そんな失礼すぎる私に気付かず、笑みを浮かべたまま言う。
「正直に言い過ぎでしょ。……いいよ、わかった。朝まで一緒にいる」
「ほんとう!?やったぁ!」
思わずガッツポーズしてしまいそうになり、自身の格好に気づいて自重する。
テオは、まだ少し笑ったまま言う。
「アンタの話に興味もあるしね。それで、魔法が使えなくなった原因の話をしてたんだっけ?確か」
彼が、思い出したように言う。
(そうだった。それで私の身の上話をすることになったんだった)
いつの間にか話が脱線していた。
私は、塔から飛び降りたあとの話をしようとして──くしゃみをした。
「ヘゥッ!」
いい加減、限界だったのだろう。
情けないくしゃみが出る。
(ひ、ひえぁー……)
一度自覚すると、もうだめだった。
(めっ……ちゃ寒い!)
テオが、ちらりと私を見て「すごい変わったくしゃみするね……」と感想をもらす。
ええい、そんなことはどうでもいい!(前世の「ヘッウショーイ!ウェーイ」という癖強めなくしゃみと、今世の「……っくしゅ」というお淑やかなくしゃみが混ざった結果である)
「テオ!それでどうするんですか!?いい加減決めてください!このままだと凍えますよ、私!」
それでもいいのか!と言わんばかりにテオを見た。
そのままぶるぶる震えている私を見かねて、なのか。あるいは同情なのか、根負けしたのか。
テオは「わかった」と言った。
ぱっと私は顔を輝かせる。
(ぬくもり……!)
もう、テオを湯たんぽと見ている私だった。
テオを見ると、彼はそのまま立ち上がって私の後ろに回った。
(え?……あら?何してるの?)
不思議に思って振り返ろうとした瞬間。
背中に、なにか温もりが触れた。
「わぁ……!?」
びっくりして、思わず声が漏れた。
咄嗟に振り向こうとすると、その前にテオが言う。
「こっち向かないで。動かないで。空気が入る」
テオは、私の背に、背を預けていた。
互いが互いを背もたれにしているような状況だ。
どうしてそんなことに。
私は一緒に寝ましょうと言ったのであって、背中をくっつけましょうとは言ってない──。
そこまで思って、ハッと気がついた。
(そっか……)
彼は、私に気遣ってくれているのだろう。
見ず知らずの男性と同衾するより、背中を合わせる方が、まだ破廉恥ではない……と思う。多分。
既に私は、下着に上着一枚という、教育係が聞いたら泡を吹いて倒れそうな姿なので、今更の話……ではあるが。
それでも、きっとテオは気遣ってくれた。
もしかしたら彼自身、私とひっつきたくなかった可能性もおおいにあるが、私は自分の信じたいと思った方を信じることにする。
なにせ私はスーパーポジティブばか女なのだ(これも前世、御局様に以下略)。
ほんとうは、体をくっつけた方があたたかいのだろうけど──これでもじゅうぶんあたたかい。
なにより、こころが。
私は思わず笑った。
「んっふふふー」
テオは、分かりにくいけど、やっぱり優しいひとだ。そう思った。
私の奇妙な笑みに、テオが身動ぎする。
「…………なに?」
どこか居心地悪そうに聞いてきた。
私は彼に答えずに、そのままニマニマと笑った。
ぱちぱちと、薪が燃える音が静かに響く。




