テオ先生のお悩み相談室
なぜか、急に魔法が使えなくなりました。
『……以前まで使えたんなら、なにか原因があるんじゃない?』
私は、彼の言葉を繰り返す。
「原因」
彼が、私の隣に腰を下ろした。
「そう、原因。使えていた魔法が使えなくなったのなら、何かしら理由があるはずだよ。こころあたりは?」
初秋の森はとにかく肌寒い。
この場を離れられないならいい加減火に当たりたいと思ったのだろう。
私は、お尻をずるずる動かして、少し後退した。彼がより近くで火に当たれるように。
私の火魔法も当てにならないし、周囲の気温は低い。
存分に火に当たって欲しい。
(私に上着を貸してこのひとが風邪を引いたなんて、さすがに申し訳ないものね)
下着しか身につけていないので、まだ彼の上着は手放せない。申し訳ないがもう少しだけ拝借させていただこう……。
隣に腰を落ち着かせた彼をちらりと見る。
年齢は……二十代前半から半ばくらい?
(あ、さっきは気が付かなかったけどピアスしてる……)
リング型の銀のピアスだ。
テール様は、軽薄な雰囲気がある割にピアスは着けていなかったなぁ、なんてことを思い出す。
隣に座る男性は、少年のように見えるのに確かに青年で、それでいて独特の雰囲気がある。
薄青の瞳は猫のように瞳孔が縦に細い。
(おおー……さすが異世界。こういうひとも探せばいるのね……)
少なくとも、アーロアの社交界では見なかった瞳だ。彼が正面の焚き火を見ているのをいいことにまじまじと観察していると、彼が嫌そうにこちらを睨んだ。
「……なに?話がないなら」
「ある!あります!!」
慌てて私は言った。
「そうだった。白髪のお兄さん、あなたのお名前は?」
彼は、少し沈黙したけど、隠すほどでもないと思ったのかすぐに答えをくれた。
「テオ」
「テオさん」
「テオでいいよ。アンタは?」
「私は──」
偽名を名乗ろうか迷って、やめた。
嘘を吐いたら、どうしてか、彼は気づくだろうと思ったから。
「……エレイン」
「エレイン。いくつ?」
今度は、彼が尋ねてくる。
それを意外に思って私は目を開いた。
「興味湧きました?」
「明らかに若い女が川に流れてたら、誰だって気になるでしょ……」
彼がうんざりしたように言う。
あまりしつこくすると、彼がこの場を去ってしまいそうな気がしたので私は、それ以上無駄口を叩くのをやめた。
「十七です」
「十七?なんでそんな女の子が川に……」
尋ねようとして、彼は眉を顰めた。
「いや、やっぱり言わなくていい。面倒事の気配がする」
と、彼が言うので。
私は強制的に彼を巻き込むことにした。
「亡命するんです、私」
私が言うと、彼が目を見開いた。
そして、すぐに苦々しい顔つきになる。苦虫を十匹くらいまとめて噛み潰したかのような顔だ。
ほんとうは、私の事情は黙っていようと思っていた。
でも、テオと話して、このひとなら信頼出来る、と直感的に思った。
安易な考えだろうか。
それでも、私はこのひとを信じてみたい。
テオは川に流れていた私を拾い、さらには凍死しないよう面倒まで見てくれたのだ。
今だって、その気になればいつでも立ち去れるのにこうして私の話を聞いてくれている。
言動は素っ気ないけど、結構優しいひとなんじゃないかと思う。
彼──テオは、細く息を吐いた。
そして、自身の膝に頬を押し当て、私を見た。
(わあ、あざとい)
失礼だが、彼の仕草にはあざとさを感じた。
(女性雑誌の表紙を飾るイケメンがよくするポーズだ!)
しかし、本人に自覚はなさそう。
少年のような雰囲気を持つ成人男性(推定)がそうすると、なんともギャップのようなものが生まれる。しみじみ私は思った。ついでに見つめさせてもらう。
しかし、例え雑草メンタルと言われようと(前世、御局様に言われたのである。ちなみに雑草メンタルとは踏んでも踏んでもしつこく生えてくることを言うらしい。やはり褒め言葉だと思い受け取っている)私だって空気くらい読む。
この場面で「わぁ!あざとい!可愛いですねー!」なんて言うはずがない。
そんなことを口にしようものならやっぱり彼はこの場を離れるだろう。それも、無言で。
なんとなくそう思った。彼には、そういう雰囲気がある。
人間嫌い、というか、他人を警戒している、というか。
パーソナルエリアが広いのだろうか、馴れ馴れしくされたり、近寄られたりすることを忌避するような──そんな、気配。
それは、彼の言葉が素っ気ないからではなく、ちよっとした仕草とか、雰囲気とか、そういったものから感じる。
だけどだからといって、それはあからさまなものではなく、自然とそうしている、というような。
私が密かに分析していると、テオは落ち着いた声で私に尋ねた。
「……なんで?」
それはやけに静かで、丁寧な声だった。
私は目を瞬かせる。
(あっ、そうだわ!亡命の話をしてたんだった!)
恐らく今私は、彼に亡命理由を聞かれているのだう。
私はテオという人間の観察をやめ、自分自身の過去を説明し始める。
「婚約者に……えーと、私には婚約者がいたんですけど」
「うん」
彼は、静かに話を聞いていた。
どういう心境なのだろう。
分からないが、私は順を追って説明した。
「大事な女性がいたんです。ほんとう、私なんかよりずっと大事にしている女性が」
そういえば、テール様は私を追って塔から飛び降りたが、彼は無事だっただろうか?
塔は結構な高さがあった。清水の舞台さながらだ。
(テール様、魔法が苦手だったはず……)
流石に、私を追って怪我でもされたら寝覚めが悪い……。追いかけてはこないでほしいけど、怪我はしていないでいてほしい。
私はそっと彼の無事を願っておいた。
「その男は、彼女のことを好きだったの?」
テオが私に尋ねた。私は淡々と答える。
「好きとかではなく、仕事だって言ってました。彼は、そのひとを守る仕事をしていたんです」
「ふーん……」
「でも、彼女は彼のことが大好きだったんです。だから私、彼女と顔を合わせる度にすごい嫌味を言われて」
「嫌になったから亡命?」
引き継ぐように尋ねた彼に、私は苦笑する。
「『貴族の私は死にますから、どうぞお幸せに』って言って、塔から飛び降りました」
「それはまた……ずいぶん思い切ったね?」
彼が半ば笑いながら言う。
テオにとっては、私の事情など所詮、他人事だろう。
他人事だからこうして笑えるのだ。
だけど、私は深刻に思っていた事柄を笑い飛ばしてくれるひとがいることに、救われた気持ちになった。




