【new!!】不安の種がまたひとつ増えた
私たちはそれぞれ対極の反応をした。
ちなみに「わあ」が私であり、噎せたのはテオだ。ケヴィンはテオにふたたび迫った。
「ロイ殿下。殿下はご興味が無いのかもしれませんが、私はあなたこそ王位にもっともふさわしいと思っております。あのちゃらんぽらんな彼らに任せてはなりません」
そして、何を勘違いしたのかさらにケヴィンは言い募る。
突然のケヴィンの迷推理に噎せたテオはしばらく咳き込んでいたが、やがて至近距離のケヴィンに距離をとるように、手のひらを差し出した。
「違うから。誤解しないように」
「では……」
「あの、ケヴィンさん。少しよろしいですか?」
「あ、ああ」
ここでようやく、ケヴィンが私の話を聞いてくれる態度になった。先程の混乱がいい具合に彼に思考の時間を与えたのだろう。
私はそれに苦笑すると、はっきりとケヴィンに言った。
「先程テオ……ロイ殿下からお伝えしていただきましたが」
そこで、テオから視線を感じた。
そういえば、そう呼ばれるのを彼は嫌がっていたな、と思い出す。だけどケヴィンがいる手前、彼のミドルネームを呼ぶのははばかられる。また、仲を勘繰られてもややこしいことになる。先程──ファーレがいた時に散々呼んでいたと思うので今更かもしれないけれど。それは置いておく。
「確かに私は、賢者と思わしき力があります。具体的にいえば、魔力量がものすごくあるんですよ。……いや、あった、と言うべきでしょうか?」
「それは……つまり」
他人の魔力量というのは、魔力を見ることに長けたひとか、その手の魔道具がなければ計測は不可能だ。ケヴィンは魔力認知の術を習得していないようで、首を捻りながら尋ねてきた。
それに、私は「つまり、ですね」と人差し指を立てて彼に答える。
「一時的にテ……ロイ殿下のご厄介になっていますけど、私は私の魔力を取り戻せたら、彼とは別れるつもりです」
「その場合、ロイ殿下が振られることに……?」
ケヴィンの言葉に、私は自身の失態を悟った。
別れるとは、卒業式のお別れみたいなイメージで言ったのだけど、私とテオの仲を誤解しているケヴィンには違う意味で捉えられたのだろう。
「ごめんなさい、言葉選びを誤りました。私は、私の好きに生きるということです」
「なるほど……。やはり、ロイ殿下が振られるのでしょうか?」
その言葉に、私はいい加減にしろ〜〜と思った。
なんだこのひと!!恋愛脳か!!
「だから!!違うって言ってるでしょ!!」
大声で否定すると、ケヴィンはあまりの声の大きさに面食らったようだった。ぱちぱちと瞬きを繰り返す彼に、隣のテオがため息を吐く。
「ごめんね、エレイン。あまりにオレに、その手の話がないから心配してるんでしょ?ケヴィンは」
「そ……そうです。八年前のあの日からロイ殿下は……」
「……」
またしても車内には気まずい空気が流れ、私はそっと窓の外に視線を移した。
いわゆる、家庭の事情というやつだものね。
ひとにはそれぞれ事情があるものだ。
触れていいこと、触れてはいけないこと。触れるなら、そのタイミングは非常に重要だ。私はいたずらに彼を傷つけたいわけではない。
センシティブな話題は、安易に他人が触れるべきではない。それは傷口に塩を塗る行為になるから。
考え無しの行動は、無神経で、ひとを傷つける。
だから、覚悟が必要なのだと思う。関わるのなら、最後まで巻き込まれるだけの覚悟が。
テオは、私の人生に巻き込まれてくれた。
だから、今度は私の番だ。
私は一歩、踏み込むと決めた。恩返しをしたいから。私の勝手なわがままだけど、私は私のために、テオの問題に巻き込まれる。
(でもきっと、今じゃない)
ケヴィンの前でする話でもない。
私はそのまま、流れる景色に視線を向けた。ケヴィンは居心地が悪そうにその大きな体を丸めている。テオは、何も言わなかった。
☆
それから途中休憩を挟み、その度にテオの護衛騎士と思われるひとが増えていく。旅程は余裕を持って十日とのことらしい。
今まではファーレとテオの三人旅だったので同室にしたり、隣の部屋を取ったりしていたが、アルヴェールに着いてからはその必要もなくなった。宿は王家直轄のものだし、周囲は近衛騎士に守られている。
私は部屋に連れていってもらうと、そのままベッドに倒れ込んだ。騎士は慇懃無礼に頭を下げて部屋を出ていった。
騎士がいなくなって、部屋には静寂が広がった。思い返すのは、この数日のことである。
(ファーレ……)
生きてるかな……。
テオがあんなこと言うから、なんだか心配になる。
「ファーレの主はアレクサンダー殿下。アレクサンダー殿下……うーーーん」
アレクサンダー殿下……って、どんなひとだったかしら……。
思い出そうにも、存在しない記憶を探るかのごとく、空振りに終わる。存在は、もちろん知っている。王家の方なのだから。特に第二王子殿下は、社交界でも有名で、人気の方だ。
【光の王子様】という別名があるほどなのだから。
どんなひとなのか、と考えても。
「し、知らない……」
知らないから、答えようがない。
ファーレは、アレクサンダー殿下の婚約者にならないか、と尋ねてきた。その時はびっくりしたけれど、よくよく考えても私の答えは変わらない。否、だ。好き嫌い以前に彼のことをよく知らない。そんな状況で「ぜひ!!」と答えられる人間が一体どれほどいるだろう。というか、貴族社会を捨てて逃げようとしているのに、私が頷くとでも思ったのかほんとうに??
(分かってて、聞いた……わよね。絶対)
ファーレの考えが、いまいち読めない。敵だと言い切るには、なぜ見逃したのだろうと思うことが多すぎる。それは、ジェームズ・グレイスリーの地下洞窟の時のこともそうだし、それ以降のこともそう。魔法契約が破棄されていることに気がついたのなら、その場ですぐエレイン・ファルナーの居場所を密告できたはず。それなのに、ファーレはそれをしないで、アルヴェールまでついてきた。
(……アレクサンダー殿下って人使いが荒いのかしら?)
だから逃げ出した?なんてね。そんなわけないかー。
私はじっと、天井を見つめた。さすが、王家所有の宿屋。細かいところまで気が配られていて、天井の彫り細工まで完璧だ。天井の窪みには、有名な絵画が嵌め込まれている。その色使いから、あの画家かしら、なんて取り留めのないことを考えながら、私は寝返りを打つ。
(テオがアルヴェールの王族だったのはびっくりした……)
何の因果だろうか。だけど今思えば、追っ手から逃げ出せたのも、テオがアルヴェールの王族で、抜かりない人間だったからなのだろう。
「……もしかして」
ふと、思い出す。
思い出すのは、テオが取り出した笛だ。あの笛がなんなのかも気になるけど、それ以上に──
(そういえば、あの時、殿下って単語を聞いた気がするのよね……)
あの時は、まさか王子様がこんな辺境に来るわけないわよね〜〜と軽く流してしまったけど。もしかして、もしかする?
(確か、クマに襲われてなかった?)
「…………」
少し考えて、私は思考を切り替えることにした。
いや、まさかね。まさかよね。もしそれが事実なら私は不敬罪??
テオが不敬罪??
……………あら??やっぱり国際問題待ったナシ?
いやいや〜〜あの時は追っ手が誰だかわからなかったし!!
そこまで考えて私はハタ、とまた新たなことに気がついた。
(し、死ななくてよかった……)
アレクサンダー殿下が、ね!!
いえ、言い訳をさせて貰えるなら!!
そもそもあの時は追っ手が誰かなんて分からなかったのよ!
追っ手なんだから、暗部とか、騎士とか、そう言う戦闘能力に長けたひとが来てるのだろうと思ったわけよ私は!!でも普通そう考えると思うの……!!
それがまさか、まさかよ??
王城にいるはずの殿下がいらしてるとは思わないじゃない!?!?
(や、やば〜〜……これでアレクサンダー殿下に怪我でもさせてたら)
そこまで考えて、さぁっと血の気が引いた。
(殿下……。ご無事でありますように)
私はそっと、手を組んで祈りを捧げた。
完全に自己保身のために、私はアレクサンダー殿下の無事を願った。
が、その時気がついた。アレクサンダー殿下は、アルヴェールに来るらしい。ということは、きっと怪我はしていないはず。それか、軽症のはず。
(無傷であってほしい……切実に)
不安の種がまたひとつ増えた。
ついに100話!
ここまで読んでくださりありがとうございます!ブクマ、評価、感想、リアクション等とても執筆の励みになっています。ここから恋愛方面もぐっと動き出していく予定です。
本作のコミカライズが講談社の配信アプリ【パルシィ】から連載中です。また、書籍1巻も12/26発売予定です。どちらも何卒よろしくお願いいたします。




