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第11話

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 昼休み、真っ赤な苺柄の袋を手に教室を出た。

 ふたりだけで、静かなところで食べたいね、とマナに誘われた。


「校庭もいっぱいね!」


 廊下の窓から身を乗り出すマナ。

 きっとトイレでの話の続きに違いない――


「本当ね。でも、トイレでランチは悲しすぎるし」

「もう、千歳ってば冗談ばっかり!」


 軽く背中を叩かれた。何言ってんだ、僕……


「そうだ千歳、屋上に行ってみない?」

「開いてるかしら?」

「チャレンジよ、チャレンジ!」


 階段を登り切ると、果たしてドアに鍵は掛かっていなかった。

 青空の下に出ると並んで手すりの前に立つ。

 高台の校舎からは下界の街並みが一望できた。色とりどりの建物たち、どこまでも続く灰色の線路、そして遠くに聳える深緑の山々。眼下に広がる壮大なパノラマと心地よい日差しが僕の心を鎮めていく。やおらふたりは目を見合わせると頷き合って、貯水タンク近くの段差にハンカチを敷いて座った。


 マナは水色の袋から小さな楕円のお弁当箱を取り出した。僕も苺柄の弁当袋を開ける。今日のおかずは黄色い玉子焼きに赤いタコさんウィンナー、緑のアスパラに茶色の肉巻き。おかずの横には俵型のおにぎりが2個並んでいた。


「おひとついかが?」


 マナのお弁当箱にはぶりの照り焼き、エビフライ、焼き明太子にかにかま、たこ焼き、そしてご飯の上にはピンクのふりかけ。鮭フレークかな? 彩りとか詰め方とか、とても可愛い。


「今、海鮮ブームが巻き起こってるのよ」


 くりっと無垢な瞳がキラリ。


「そうなの?」

「あたしの中でね」


 ぺろり舌を出して首を傾げる、そんなちょっとした所作にどきりとする。


「じゃあ、このたこ焼きをいただくわ。代わりに好きなの取って!」


 丸いたこ焼きを箸で摘まむと、僕の弁当箱を彼女の前に差し出した。


「じゃ、タコさんウィンナー!」


 タコ交換が成立した。


「うわあ~、赤くて可愛い~っ」

「マナの焼いたたこ焼きもすっごく美味しいわ」

「ありがと。でもそれ、冷凍食品。レンジでチン――」


 しまった。そりゃ、朝からたこ焼き焼いてるヒマはないよな。

 でも、お弁当にたこ焼きってチョイスがいいわね、って挽回する。


「でしょでしょ。あたしのお気に入り」


 キャッキャうふふと食事は進む。


「ところでマナ、部活はどうするの?」

「そうね、どうしよっかな……」


 彼女はエビフライを頬張り空を見上げる。


「中学時代はテニス部だったのよね」

「うん。でも途中でやめちゃったし、もういいの。千歳は?」


 中学時代は吹奏やってたけど――


「帰宅部、にしようかしらん」

「もしかして、家に帰ると家庭教師が待ってるとか、ピアノやお花の先生が待ってるとか? 千歳っていいとこのお嬢さまみたいだし」

「わたくしは寮生よ。帰っても誰も待ってやしないわ」

「そっか!」

「マナがどこか入るんなら、一緒に入るわよ? あ、でも運動部はちょっと、だけど」


 運動部は色々とまずい。試合とか出るわけにはいかないし、何かと男だってバレそうだ。


「ありがとう。でも、特にはないかな」


 やっぱり今朝の勧誘は悪い印象を与えたんだろうな――


「ねえ千歳、あのさ」

「――?」


 彼女は箸を置き、息を整えると、体を僕の方へ向けた。


「あのさ、あたしと一緒に転校、しない?」


 ゴクリ口の中の玉子焼きを飲んだ。

 やっぱりだ。

 もしも、じゃなかったんだ。


「あたし、マリアナ女子に転校しようと思うの。受け入れてくれるんだって。千歳も一緒に行こうよ! 剛勇はレベル高いから受け入れてくれるって。千歳も絶対大丈夫だよ、新入生代表でしょ? 成績抜群なんだよね。父に頼んでみるからさ――」

「ちょっ!」


 予想はしていたけど、いざ言われるとズシリとくる。

 マナが去って行く。

 目の前が暗転する。

 これでみだ――


「あたしね、千歳と仲良くなれて凄く嬉しい。千歳と離れたくない。だから一緒に行かない? 転校は早い方がいいって父が…… って、どうしたの? 千歳? ねえ千歳?」


 あれっ、何だよこれ!

 慌てて空を見上げた。ほろりと涙が零れていた。

 男のくせにすぐこれだ。

 泣き虫、弱虫、自己嫌悪。

 女々しくてイヤになっちゃう――


「あ、何でもない、大丈夫。ちょっと待って……」


 マナが学校をやめる――

 母さんは激昂するだろう。怒りのヤケ食いで10キロは太るだろう。とんかつの脂身あぶらみ返せと迫るだろう。お年玉で買ったゲーム機は没収、毎月の小遣いも激減、女装は終わり、僕は元いた一貫校に戻されるだろう。最初はあんなにイヤだった女装もこんな形で終わるなんて悲しい。1年間の約束がたったの3日。もっとマナと一緒にいたい。最後までやり遂げたい。けれど彼女のためを思えばこの結末が一番いいのかも知れない。マリアナ女子は伝統ある人気のお嬢さま学校。可憐な彼女にぴったりだ。


「良かったわねマナ。マリアナに行けるって凄いじゃない。でも、わたくしは行けないの、ごめんなさい」

「どうして? あたしが一緒じゃイヤ?」

「そんな訳ないわ。わたくしだってマナが好きよ、大好きよ。だけど、わたくしは寮生ですもの」

「マリアナにだって寮はあるわよ?」

「でも剛勇の寮費は安いのよ。その上新築で綺麗だし、お弁当も付いてるし、娯楽室には月刊少女フランソワーズだってあるし……」

「だったら――」


 マナの真剣な眼差しが僕に突き刺さる。。


「今日の帰りに女子寮に寄ってもいい? あたし、父に頼んでマリアナに待遇とか掛け合ってもらう。だからどんなところか見ておきたいの」


 それは勿論、と言いながら僕の脳裏に神愛の顔が浮かんだ。

 ごめん神愛、せっかくここまで頑張ってくれたのに。



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