第5話
更新大変遅くなりました。
ひらにひらに~っ!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
4ヶ月が過ぎました。
いよいよ千歳と一緒に飛び立ちます。
アムステルダム行きボーイング777型機の後方、彼はあたしに窓際の席を勧めてくれました。
「長い一日になるね」
アムステルダムまでは12時間、そこから飛行機を乗り継いでイギリスへ。時差があって時間が巻き戻るから一日が長いって千歳から聞きました。着いたらまだ夕方なのに体内時間は真夜中だから頭の中が真っ白になるんだって。
「でも、千歳が一緒だから!」
あたしにとっては初めての海外で不安もちょっとありますが、でもでも、千歳と一緒なんですよ! こんなに楽しいことはありません。
「でも、よかったよ。一時はどうなることかと……」
留学はしないって意地悪言ったのはちょっと反省。だけど、中学の時のことはちょっとだけトラウマになっていたのも本当です。
でも、もう大丈夫。
4ヶ月前、千歳の部屋で――
「あたしに隠し事をしないこと!」
思い詰めたような千歳を見ていると、あたしの小さなわだかまりは綺麗さっぱり吹き飛びました。本当は学校代表って重責、ちょっと怖かった。でも、尚ちゃんから謝りのメールが来て、サリーも部屋にやってきて、ああ、バレちゃったんだって思ったら、逆に心配掛けちゃいけないって思いました。
ふと見ると、窓の向こうはどこまでも落ちていきそうな暗闇。
「そんなの、もう平気。だって随分と学校の代表みたいなことやってきたんだもの。オープンキャンパスの時に壇上に立った時なんて足が震えてたんだから。でも、千歳が頑張ってたからあたしも頑張れたのよ」
少し強がりを言いました。でも、本当は昔のトラウマだけじゃなくって、千歳があたしに黙って二人の留学を画策してたことにも怒ってたんです。だから衝動的に「いかない」なんて言い張っちゃった。でも、ひどいと思いません? 黙って勝手にやっちゃうなんて。あたしが「留学なんてしたくない」って思ってたら、一体どうするつもりだったんでしょう――
あたしは思いっきり睨んでやりました。
「千歳が内緒でイギリスに行ったって知った時のあたしの気持ち、わかる? 今まで何でも相談してくれて、何でも一緒に頑張ってきたのに、ひどいって思わない? 許せないって思わない?」
まくし立ててあげました。
「ねえどうなの? あたしの言ってること間違ってる? あたしすっごく悲しかったのよ! ねえ、あたしの気持ち、分からない?」
「ごめん……」
千歳の顔がみるみる青くなっていきます。ちょっと、可哀想かな? 千歳だってあたしのためにやってくれたのは分かってるし。
「だから! ちょっとだけ困らせてやろうって思ったのよ。でもね、さっきサリーが来て、「昔の話を聞いたのわよ」とか「無理なら行かなくてもいいのわよ」とか「代わりの人は探してあげるのわよ」とか、わよわよわよわよ心配してくれたから、だから、あたしも悪かったかも――」
千歳は膝をついて、謝ってくれました。だから、あたしはもう一度、千歳と一緒に前を向けたんです。
エンジン音の上昇とともに、体が椅子に押しつけられます。さっき搭乗したターミナルが窓の外を流れて消えて、飛行機はぐんぐん上昇していきました。
「サリー驚くでしょうね!」
「何を?」
「千歳がホントは男の子だってこと」
「案外驚かなかったりして」
「どうして?」
「すでに知ってるかも」
まあ、その可能性は高いです。千歳は男性として留学手続きがされているのですから、すでに耳に入っていても不思議じゃありません。
でも、どうせなら、あたしの目の前でびっくりして驚いて欲しい、って思うあたしは悪い子でしょうか?
サリーとの再会に思いを馳せながら、膝掛けの毛布を広げ、その下でそっと千歳の手を握りました。決して小さくはない彼の手を握ると不思議に安心して、窓の下に雲の海を眺めました。
ヒースロー空港での手続きはあっさりしたものでした。入国審査の列は短く、手荷物を受け取るまでにちょっと時間はかかったものの荷物検査はどこにあったのかも分からないまま、あれっ? って思う間に到着ロビーに出てきました。
「マナマナわよっ、チトセわよ~っ、待ってたわよ~っ!」
懐かしい声、フルカラーの美少年アニメTシャツを着た金髪ハーフの美少女が右へ左へ大きく手を振っています。勿論あたしも手を上げて彼女に応えました。
「ようこそイングランドへ、って、チトセどうしたわよ? コスプレわよ?」
「コスプレって?」
「男の子のコスプレわよ。腐男子萌えなのわよ?」
ああ、なるほどです。今の千歳はサリーの妄想をかき立てまくるのでしょう。だって、あたしが見ても飛びっきりカッコいいんだもの。
「そうそう、今日は男の子の格好をしてきたの」
よせばいいのに千歳もノッてます。
「カッコいいのわよ!」
瞳をキラキラさせながら千歳の上から下までを視線で舐め回したサリー。あげないからね、千歳だけは譲れないからね――
3人はタクシーに乗りました。黒いベンツ、日本では高級車のベンツもここでは当たり前のタクシーのよう。ハイウェーを流れるように走ります。追い抜いていく車はBMWにプジョー、フィアット、VW、ボルボ、オペル、アルファロメオ…… 当たり前だけどこっちの車が圧倒的で、ああ、外国に来ちゃったんだって感じます。でも、案外と小さい車が多いんですね。
「ホント似合ってるわよ、男でもやっていけるのわよ」
助手席から振り向いて千歳を褒め称えるサリー。
「それは光栄、だけど……」
「惚れ直しちゃったのわよ」
「惚れてたんだ」
「当たり前だわよ。剛勇で千歳に惚れてないのはいなかったわよ。同性好きの男の子も千歳だけは例外だって鼻の下を伸ばしてたわよ」
「聞かなきゃよかった……」
うんざり顔の千歳、ベンツのタクシーはぐんぐん飛ばして、気がつくと窓の外にはどこまでも続く緑の草原。所々にレンガ色のかわいらしいお屋敷が見えます。中世貴族が馬車で旅をしてそうなのどかな田園風景、その真ん中をハイウェーは突き抜けいきます。
「で、新入生はどうだったのわよ?」
こっちを向いたままサリーのお喋りは続きます。
「メールしなかった? たくさん入ってきたよ」
入学式は壮観でした。150ものセーラー服がズラリと体育館に並んだのですから。勿論、神愛ちゃんや尚子ちゃんもいて、サリーに写メを送ったら、彼女は「アタイも見たかったわよ」と悔しがっていたはず……
「それは見たのわよ、女子寮にもたくさん入ったのわよ?」
「あれっ、報告してなかったっけ? 賑やかになったわよ、学年定員の16人も入ってきたから。そうそう、彼女たちはみんな千歳つぁりーもいるもんだと思ってたらしくって、あたしひとりって知ったら一様にがっかりしてたわ。惜しかったわね、残ってたらモテモテだったのにね」
「勘弁してくれよ」
男言葉に戻って呟く千歳。でも、サリーは気にする様子もなく、ドンドン話を進めます。
「どうせお目当てはチトセなのわよ? 多分チトセは女にもすっごくモテモテわよ。歌劇団の男役みたいだからわよ」
あ、それわかる。ってか、ホントに男ですし。
「で、その千歳は剛勇やめてどこに行ったのわよ?」
「岳高校」
男子校の名をあっさり暴露した千歳、しかしサリーは知らないのか全く動じません。
「ふ~ん、それどこにあるのわよ?」
「隣の県の男子校」
「またまた~、千歳は冗談ばっかりわよ」
「いやいや冗談じゃなくって、実は私は……」
「吸血鬼、なのわよ?」
「ちが~う」
「知ってるわよ? 吸血鬼の代名詞ドラキュラの作者はアイルランドのひとなのわよ。港町ウィットビーで書かれたらしいわよ。時間があったら一緒に行ってみないわよ? でもまあ最初はロンドン観光するべきかもねわよ、バッキンガム宮殿で近衛兵の交代を見ないのは京都に行って舞妓はんを見ないのとおなじなのわよ。ハロッズでテディベアーを買わないのはオタロードで同人誌を買わないのと同じなのわよ。ビッグベンの真下で鐘の音を聞かないのは法隆寺で柿を喰わないのと同じなのわよ――」
法隆寺で柿を食べることが当たり前の行動かどうかは置いとくとして、サリーのふるさと自慢は加速する一方。千歳もカミングアウトする気力を失ったのでしょう、喋り続けるサリーの話を聞き続けて、気がつくと目的の街へと到着しちゃいました。




