第4話
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
夜空が見たくて窓を開けた。
冬の夜気はキンとして、気持ちもキュッと引き締まる。有り体に言えば、すごく寒い。
「ふう~っ――」
白い吐息が夜の闇へと溶けていく。
あれから。
寮に戻ってマナに会っても、夕方の話はしなかった。尚子ちゃんに会ったことも、彼女が色々教えてくれたことも。形式だけの挨拶しか交わさなかった。
星の光は何十年、何百年、あるいはもっと長い時間をかけてやってくる。それに比べたら僕が悩んでいる時間なんて、ほんの一瞬だろう。だけどそれは、とても永遠に感じられた。
どうしたら彼女を説得できるんだろう? きっと彼女は昔のトラウマに囚われているんだ。だったらそれを解き放ってあげればいい。だけど、どうやったら? どうしたら? 何度考えてもわからない。
遠い星を眺めながら思う。やっぱりもう一度話してみるしかない。このまま放っておいても解決しないし、やがて時間切れになってしまう。考えても分からないときは行動だ。行動したら結果は必ずついてくる。例えそれが期待と違う答えであっても、立ち止まっていたら見えなかったものが見えるはず。それは僕がこの一年、経験してきたことだ。
時計の針は夜10時を回っていた。部屋を訪ねるには遅すぎる。名ばかりだけど消灯時間は10時なのだ。でも、居ても立ってもいられなかった。窓を閉め、大きくゆっくり息を吐き、部屋を出ようとドアを開けた。
「っ!」
思いもよらず、そこには「彼女」が立っていた。
「マナ?」
白いカーディガンを着て、僕を見上げる彼女は、すう~っと息を吸い込んで。
「あのね、話があるの」
「…… えっと、入る?」
僕の言葉に頷いたマナ。スリッパの音を気にしながら、そろそろと入ってきた彼女は、もう一度僕を見上げた。まっすぐに心の奥を覗き込むような眼差しにドキンと胸が鳴る。本物の女の子ってちょっとしたところに色気がある。その辺、僕は自信がない。ま、色気に自信があったら困りものなのだけれども。
気持ちを抑え、椅子を勧めながら問いかける。
「どうしたの? こんな時間に」
「千歳も、怒ってる?」
「いや、まだ10時になったばかりだし」
「時間のことじゃなくって」
ああ、そのことか、と思った。
「怒ってない。怒るわけないよ。えっと、ごめん、悪かった。知らなかったとはいえ……」
「……」
「聞いたんだ、マナのテニス部の後輩に。望月さん」
「尚ちゃんね」
「うん。ごめん、勝手に聞いて……」
唇を噛んだマナは、やおらゆっくりと首を横に振った。
「サリーが企てたんでしょ?」
「留学が怖かったんだね。もし失敗したらって。でも大丈夫、絶対大丈夫。僕が一緒だから、絶対失敗しないから! だから、だから一緒に……」
黙って僕を見つめる彼女に、なおも続ける。
「母さんにもちゃんと話をして、学校としても絶対の体制にしてもらうから。だから……」
「だから?」
「だから、一緒に行こうよ」
「……」
「お願いだよ、何だってするから」
「何だって?」
「うん」
「ホント?」
「ホントだよ!」
「ぷっ」
「え?」
「ぷ…… くふふ…… ふふふははははっ!」
「なっ、何がおかしいの?」
「だって……」
「だって?」
「わかったわ、行く。千歳と一緒に行ってあげる」
「ホント?」
「本当よ。女に二言はないわ。その代わり……」
「その代わり?」
「今、何でもするって言ったわよね?」
え?
何この展開?
睨むように僕を見つめるマナの瞳は少し潤んで艶っぽく、僕の胸はドクンドクンと高鳴ってしまう。
「じゃあ、約束して。もう二度と……」
「もう二度と?」
「あたしに隠し事をしないこと!」




