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第3話

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 翌日。


 夕方のHRが終わると、

 「いくわよ、今わよ、すぐわよ、ほらわよ」

 とサリーに急き立てられ、引きずられるように駅へと向かった。


 中央門に辿り着くなりショートカットの女の子が大きく手を振りサリーの元へ駆け寄った。挨拶を交わすふたりを眺めていると、やおら彼女は僕に向き直る。


「初めまして。わたし、望月尚子もちづきなおこと申します」


愛らしい白のワンピースに小麦色の肌。ハキハキとした物言いの彼女の礼儀正しく頭を下げる。

 僕も自己紹介をすると、「存じてます」って微笑まれた。


「ところで遊里先輩は?」

「あ、マナマナは急にこれなくなったのわよ」


 何食わぬ顔のサリーは僕にだけ小さくウィンクをする。

 黙ってろってことだろう。


「立ち話は良くないわよ。ケーキ食べましょうわよ」


 夕飯前なのに大丈夫? と及び腰な僕の視線をスルーして彼女は悠然と歩き出す。


「スイーツは別腹わよ。ねっ、ナオナオ」

「あっ、はい。そうですね」


 尚子ちゃんは空気が読める女の子らしい。

 かくして3人はケーキが美味しいと評判の喫茶店へと向かった。突き進むサリーの後ろを、僕と尚子ちゃんが並んで歩く。


「サリーとは、どんな仲?」

「どんな仲、と言うか、入学手続きの日に遊里先輩にご紹介いただいたんです」

「遊里さんとは?」

「部活の後輩です」

「部活って、テニス?」

「はい」


 なるほど、もう冬なのに見事な小麦色は部活を頑張ってきたって証拠だろう。快活な笑顔にショートボブがよく似合う。


「このお店わよ!」


 気がつくと目的地に到着。サリーが振り返り、僕たちを手招く。


「ほらほら、さあさあ入るわよ、みんなでケーキが大盤振る舞いわよっ!」


 店は結構空いていた。通りがよく見える窓際の四人席に陣取る。僕の隣はサリー、尚子ちゃんは僕たちの向かいに座った。


「ここのケーキはすっごく美味しいのわよ。お勧めはパイわよ。美味しいからたくさん頼むのわよ」


 有言実行、紅茶にパイをふたつも注文するサリー。尚子ちゃんは少し考える。


「あの、私、ひとつでもいいですか?」

「勿論よ、それが普通よ」

「普通じゃないわよ、女子高生は2個食べる、これが常識わよ」


 常識を生み出すなよ、サリー。


「そんなに食べたら太るでしょ?」

「千歳の夜食より太らないわよ。大盛りや焼きそば700キロカロリーわよ」


 あ、ばれてる。返す言葉に詰まる。

 そんなやりとりにちょっと困った風な尚子ちゃんは、僕がメニューに視線を落とすと、それに習った。ホントに空気が読める子だ。


 余談だけど、空気って読むだけじゃ駄目で「読んだ空気に合わせる」必要があるわけで、そう考えると「空気を読め」じゃなくって「空気に合わろ」って言うべきじゃないかなって思ったりする。だって、多分だけど、サリーは「空気は読めててもあえて無視して突っ走ってる」ような気がするんだよね。


 とにもかくにも、注文を終えるやいなや、ウェイトレスさんが頭を下げている最中なのに、サリーは本題に切り込んだ。


「ナオナオに教えて欲しいのわよ」

「はい、私の知ってることなら何でも」

「マナマナは留学が嫌いなのわよ?」

「えっ?」

「マナマナはイギリスが嫌いなのわよ?」

「??」


 尚子ちゃんの戸惑いも当然だ。サリーの日本語はちょっとヘンだ。僕は慣れてるからすぐに分かるけど、彼女はきょとん顔だ。多分「マナマナって誰?」から始まると思うんだけど…… しかし次の瞬間、尚子ちゃんはその高い壁をあっさり飛び越えた。


「遊里先輩が留学するんですか?」

「そうわよ」

「イギリスへ?」

「そうなのわよ」

「先輩、やっぱり凄いなあ……」


 感心する尚子ちゃん。


「それがね、本人はイヤみたいなの」

「えっ? 本人の希望じゃないんですか?」


 横から口を挟んだ僕の言葉に驚いた風の尚子ちゃん。マナが学園の代表として、先陣を切って渡英することになった経緯をかいつまんで話すと。


「大抜擢なんですね。中学の時と同じ」

「中学の時と同じ?」

「あ、はい。先輩は中学の時も……」


 彼女はそこで言葉を切った。


「言いたくなければ言わなくてもいいのよ」

「いいえ、聞いてください。もしかしたら私が勝手に喋るのはよくないことかも知れません。でも、これはみんなが知ってることですし、何より私が聞いて欲しいです」


 彼女はピンと背を伸ばした。


「私がテニス部に入って間もない頃の話です。先輩は学校の代表に選ばれたんです。普通は三年生が選ばれるんですけど、その年は遊里先輩が一番強くって。先輩は三年生の方がいいんじゃないかって気にしてましたけど、顧問の先生が決めたんです。でも先輩、決まったからには頑張ろうって言ってました。男子の代表は三年生で、ふたりの出陣式はちょっと異様でした」


「異様?」


「はい。三年生と二年生の女の先輩が互いにそっぽを向いて変な感じでした。元々、学年間で溝があったらしいんです。私の入学前のことなので詳しくは知りませんけど、活動に対する考え方が違ったとかで。遊里先輩はまるで二年生だけの代表みたいでした。私たち一年は遠巻きにその様子を見てるだけでした。遊里先輩は優しくて、誰にも丁寧に教えてくれて、一年生には大変人気があったんですが、それでもこの件についてはみんな触れずに見ているだけでした。もちろん、わたしも、です……

 で、府の大会、シードの遊里先輩は最初の試合ですごく強い選手に当たりました。結局、大会は先輩の相手だった選手の優勝で幕を閉じたんですが、と言うことは先輩は最初の試合で負けてしまったわけで、学校が持っていたシード権まで失ってしまったんです。これって単なる不運ですよね? くじ運が悪かっただけですよね? けれども、戻ってきた先輩はすっかり悄気てしまっていて、三年生に言いたい放題攻められて。だから先輩が学校をやめたのはきっとそのせいだと思うんです。先輩、責任感、強い、ですから…… でも、でも、それは先輩のせいじゃ、なくって……」


「ありがとうわよ。はい、これわよ」

「あ、大丈夫です……」


 サリーが差し出したハンカチを辞退した尚子ちゃんは、それでも顔を手で覆い俯いてしまった。口から生まれてきたようなお喋りのサリーですら口をつぐんだ。時間だけが過ぎる。マナがテニス部に入らなかった理由はきっとこれなのだろう。そして、多分だけど、留学を拒絶したのもきっと――

 やがて目の前に現れた芳しい紅茶とアップルパイにピーチパイ、ベリーのパイにレモンパイがサリーの沈黙を打ち破った。


「ささ、食べるわよ。尚子ちゃんも食べるわよ。何ならアタイのアップルパイとピーチパイも食べていいのわよ」


「いえ、そういうわけには……」


 少しだけど笑みが戻った尚子ちゃん、自分のベリーパイにフォークをつける。


「お替わり頼んでもいいのわよ?」

「大丈夫です」

「ナオナオが食べなきゃ、アタイが食べるわよ?」

「そんなに食べてもスタイルいいなんて、羨ましいです」

「それなら千歳の方がもっと暴飲暴食わよ。こんな顔していつも夜中に大盛りのカップやきそば800キロカロリーペロリわよ」

「言わないで!」


 表面的には和やかに、女3人のお喋りはその後も1時間は続いた。




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