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第1話




 第10章 遙か、西へ


 一生懸命だった。

 こんなにがむしゃらに突き進んだのは初めてだ。


 得意だった将棋も、友達の中では出世頭だった柔道も、勿論学校の勉強も、それなりに頑張った。比べることは難しけれど、でも、胸を張って言える。今回が一等頑張った。全てを忘れて打ち込んだ。シートン校での転入試験もそうだけど、そのあと、剛勇学園との姉妹校提携のために一役買ったのだ。母も一緒だったけれど、現役の在校生のプレゼンがインパクトがあるからと僕は自ら手をあげた。スピーチの原稿を作るだけでも3日は掛かった。1日24時間の全てを捧げた。何せ英語で、相手は英国人なのだ。授業の英作文とはわけが違う。にわか仕込みだけど臨時の家庭教師にも付いてもらった。最初、スピーチの練習では「君の発音はおかしいし、英語になってない」とまで言われた。ショックだった。ブリティッシュ・イングリッシュは滑らかで美しい。学校で習ったのと違う。聞いていて絶望的になる。だけど落ち込んではいられない。必死に真似した。もう、僕にはともかく真似るしかなかった。休憩時間の先生との雑談だって貴重な時間だ。気なんて抜いているヒマはない。何時間も続けて神経を集中していると気が狂いそうになった。でも、彼女のためと思えば頑張れた。マナの笑顔を思えばお安いご用だ。


 プレゼンテーション本番、母は冒頭、よそ行きの笑顔で「うちの高校では語学教育にも力を入れておりますの。留学生のレベルにはきっと満足いただけますわ。それを今からご覧ください」などと紹介した。僕は大変な役目を背負ってる。深呼吸をひとつして全力で戦った。身振り手振りも大げさに、文字通り全身全霊でアピールした。だけど所詮は付け刃。自分でも自分のレベルくらいは分かる。演説はそれなりに進んだ。繰り返し繰り返し、イヤになるほど練習したのだから当然だ。だけど問題は質疑応答。居並ぶ理事や先生方の質問には、最初、意味が掴めないものがあった。聞き返してしまった。パードン。答える内容も、自分ではちゃんと喋れているつもりだけど、頭の中は真っ白で、何を答えたのか、自分で自分が言ったことが思い出せないものもあった。


 母は「よく頑張ったわね」と褒めてくれたけど、僕の中では60点。満足なんかできなかった。母は楽天家だから「ま、大丈夫でしょ」なんてサラッと言い放ったけど、気が気じゃなかった。


「昔っから千歳は理想が高いのよね。悪いことじゃないけれど、頭が変にならない?」


 母の言葉は慰めもあったと思う。

 それでも結果は上手くいった。でもそれは僕の力によるものじゃない。僕はそこまで自惚れ屋じゃない。多分に母の根回しもあったのだろう。遙か遠い極東の地からやってきた少年への同情もあったろう。しかし、何はともあれ結果オーライなのだから素直に喜ぼうと思った。そうじゃなきゃ母が言うとおり、頭が変になってしまう。


 ああ、それなのに。

 それなのに――


「ごめんなさい、こめんなさい……」


 寮の食堂でマナに会った。

 なぜ留学したくないのか聞いた。

 そのとき僕は詰問口調になっていたかも知れない。

 彼女は俯いて僕の話に何度もごめんなさいを繰り返すだけ。


「僕と一緒は、イヤ?」

「そうじゃない!」

「じゃあどうして」

「どうしてって……」


 彼女の大きな瞳に光るものが見える。僕は黙って答えを待った。

 やがて彼女の口から紡がれたのは予想だにしない言葉だった。。


「……怖い」

「怖い?」

「ごめんなさい」


 待ってと言う僕の横をすり抜けて彼女は去って行く。

 追いかけようとした僕の前に入れ替わるように金髪少女が現れた。


「どうしたのわよ?」

「サリー!」



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