幕間 魔族の会合
一度全部消えました・・・意気消沈。
同じ頃、魔族の国 シュバルツ――――
時は夜。皇王の間にて貴族たちが物々しく集まっていた。
そこへ、重たい扉が開くとともに、黒いローブの男が現れる。
「陛下、ご前を失礼いたします」
「よい、入れ」
「はっ」
ローブの男は、皇王の前に来ると膝をつき頭を垂れる。
「報告いたします。人間の姫、和平交渉の場に現れ、現在こちらに向かってきております」
「……本当に姫が来たのか? 案外不甲斐ないな、あの王は」
「恐れながら、名を名乗りましたので間違いはないかと」
和平と称して人間側の王族の姫を指定したのは、皇王自身だ。
だが、人間は本当に欲深い生き物。溺愛しているという娘をこうも簡単に差し出すことに皇王は呆れるしかなかった。
「……人間は親の情すらも薄いものなのか」
「陛下、そう決めるのはまだ早いですよ」
「レヴィンドライ公爵?」
皇王の呟きに待ったをかけたのは、この国で皇王の次の権力の持ち主、煉琉=レヴィンドライ公爵だった。
そして報告をしたローブの男に視線を合わせる。
「その姫、本当に王族の姫だったのか?」
「は、はい。金髪に薄い紫の瞳をしておりました。人間の王族の特徴だと思われます」
「薄い紫?」
「はい、間違いございません」
報告内容に偽りはないようだ。少なくともこの男は嘘はついていない。とすれば考えられる可能性は。
「確か姫は濃い紫の瞳だったと、以前報告があったな」
「ですね。ということは、偽物の可能性のゼロではありません」
「しかし、特徴は王族の特徴そのものだ……」
「本物である可能性もゼロではない、ということですね」
皇王と公爵の話に、他の貴族も同意するように頷いている。
人間の王族の特徴を持っている姫。報告のあった姫ではないのかもしれないが、そもそも瞳の色は光の加減で変わることもある。確かなことは言えなかった。
皇王は仕方なしにもう一つ聞きたいことの報告を促す。
「して、魔力のほうはどうだった?」
「微力ながら、光の魔力を感じました」
「光の……」
「それは希少な……」
口々に声が漏れてくる。それもそのはず。魔族では光の属性を持つことはできない。
人間のみに発現すると言われている属性が光属性だからだ。
しかも人間の中でも希少だと言われている。それが本当ならば、魔族にとっても悪いことではないが……。
「しかし、陛下。そのものはどう扱うおつもりですか?」
「カルビナン伯爵?」
「もし王族だとしても、所詮は人間です。我々魔族に交わるなど、本気でお考えではありませんよね?」
「そのまさかだが?」
「なっ⁉」
カルビナン伯爵の問いに答えた皇王の眼は真剣だった。
その答えに周囲はざわめく。
人間の血を魔族に入れる。それがどのようなことか知らないわけではない。人との混血など、不快な存在でしかない。
純血主義を貫いている貴族にとっては許せる存在ではない。
「正気とは思えません。純粋なる魔族の血に、下賤な人間の血を混ぜるというのですか?」
「そうです!私は反対です‼ 使用人でもなんでもすればよいのです」
声を荒げる貴族たち。だが、そんな中でレヴィンドライ公爵は黙って様子を見ているようだ。
皇王はそんな公爵に目を向ける。
「お前はどう考えているのだ?」
「……陛下がそうお決めになったのなら、私は従うまでです」
「なっ、レヴィンドライ公爵‼」
肯定を示す言葉に、周囲が静まり返った。
「それが魔族という種族です。力がすべての国で最も力を持つ者は皇王陛下。その陛下が決めたことならば従います」
「私が決めたことはすべて是というつもりか?」
「……時と場合に寄りますが、臣下としては」
暗に臣下以外の立場であればそうではない、と告げていた。
その言葉に皇王は笑みを浮かべる。
魔族は力がすべての国。その頂点に立つ皇王が決めたことに異を唱えることはあってはならない。
「さすがだな」
「いえ、それでどうするのですか?」
「……お前の息子はどうだ?」
「神琉を、ですか?」
「陛下!!!」
一旦静まった空気が再び荒れ狂う。
「本気ですか⁉ 神琉様と人間をだなんて何を考えていらっしゃるんです‼⁉」
「そうです‼ なぜ皇族と! そんなの―――」
「私は、煉琉に聞いているのだ……して、どう思う?」
皇王は貴族たちの非難を一蹴する。
そうして、再びレヴィンドライ公爵へと視線を向けた。
交わった視線は逸らされることはない。
ようやく視線を逸らすと、レヴィンドライ公爵はふっと息を吐いた。
「わかりました……その話お受けします」
「っ‼」
貴族たちが息を飲むのが聞こえる。だが、口を出すことはできない。
皇王が指示をだし、そしてその親であるレヴィンドライ公爵が受けたのだ。既にこれは決定事項である。
「そうか。これで決まりだな。他の者もそのように心せよ」
「「はっ……」」
どんなに気に入らなくとも、異を唱えることはできない。
ここに、人間の姫エルウィン=グラコスと魔族の国の皇族 神琉=レヴィンフィーアとの婚姻が決定されたのだった。
******************
貴族の面々が納得しない顔のまま帰る頃、皇王は煉琉=レヴィンドライ公爵を呼び止め、自室へと誘った。
「煉琉、すまないな」
「それは何に対してですか?」
「無論、今回の件についてだ」
「婚姻についてなら、決まったことです。神琉も納得するでしょう」
「あの子はそういう子だからな……」
「それに、姫の魔力も神琉と交われば安定する可能性もあります」
「そうすれば、光の力をこちらは手に入れることができる、か……政治の道具だな」
「……私の子です。そんなのは当たり前のこと。今更です」
神琉=レヴィンフィーア。煉琉=レヴィンドライ公爵の嫡男であり、皇王にとっては甥にあたる皇族の一人でもあった。
人のみで魔力を扱うことは難しいが、魔族の補助があれば別だ。現に、今も魔族と人の混血は存在する。
純血以外を認めないとする貴族からは迫害されているが、それも神琉と人間の姫との婚姻で流れが変わるかもしれない。
魔族は力を持ってはいるものの、争いを嫌う。
だが、人間に対して憎しみを持っていることは否定できない。
魔族の領域を犯し、自然を荒らし欲望のまま争いを続ける人間を受け入れることは魔族にとって難しいことだった。
今回の和平も見せしめの一つ。
だが、光の魔力をもつ者は貴重だ。それを埋もれさせるわけにはいかない。
それが例え人間だったとしても……。




