幕間 魔族の会合2
ご無沙汰しております。
少しずつ物語が動き始めます。
皇王の間━━━
「して、調査状況はどうだ?」
「はっ」
皇王の声に応えたのは、交渉の場にいた葉磨=カルビナンだ。その手には報告書が握られている。頭を上げ立ち上がると、その内容を読み始めた。
「やはり、あれは偽者でした。現在も王の側には、王女の姿があります。容姿も報告通りであり、間違いないでしょう」
「……そうか」
予想していたものが当たってしまったことに、皇王は重い息を吐く。ここにエルウィンが来てから、念のため人間の国を調べていたのだ。あの強欲な人間が、簡単に溺愛していたという娘を手放すことに不信感を抱いたため、あくまで保険のつもりだった。しかし、どうやらそれが保険では済まないようだ。
「では、あの少女は何者だ?」
「煉琉……」
ここにいる人間の姫だと名乗った少女は、偽者。しかし、煉琉の息子である神琉の婚約者としている。婚約式もそこまで迫っており、直ぐに撤回は出来ない。ならば、王族としての色を持ったあの少女の正体を知らねばならない。それも、直ぐにだ。
「あの者は、辺境にある村にいた平民です。名はフィオナ。家族を脅し、容姿が似ている人間を偽者に仕立てあげたということのようです」
「平民、か」
「平民ならば、神琉様とは身分が釣り合わないではないか!」
「そうだ! 我らを謀ったのだ! 即刻、処罰すべきでしょう!!」
葉磨の報告を聞き、会合に参加している貴族らは口々に処罰を求める。人間が皇族の中に入ることさえも厭うのに、あまつさえそれが王族ではなく偽者で、ただの平民だというのだ。反対意見が出るのは当然だろう。
「レヴィンドライ公爵、直ちに罪人を連れてきてください!」
「……」
興奮する貴族らは、この場で断罪でもするつもりなのだろう。しかしこの要求に、煉琉は頷かない。
「公爵!」
「皆の想いはわかる。私とてただの平民が嫁いでくるのは納得がいかない」
「ならばっ――」
「だが、ただの平民が王族にしか顕れない色を持つことがあるのか? 加えて、あの少女は光の魔力の持ち主。簡単に断罪することはできんのではないか?」
「そ、それでもあの人間が我らを謀ったのは事実‼ 万死に値することではないかっ!」
「謀ったのは人間の王。あの少女ではない、そうだったな葉磨?」
煉琉が視線を葉磨へと向ければ、葉磨が首肯する。
話を聞く限りでは、そのフィオナという少女は家族から引き離され、名を奪われた上に身代わりとして魔族の元へと来ることになったのだ。不憫という以外に何と言えるだろう。
そう話す煉琉に、声をあげていた貴族たちも強く批判することができない。いかに人間を嫌っていても、相手は少女なのだ。人間だからという理由で、その命を奪うというのは、人間が魔族に対して行っていることと同じ。人間と同類と言われることほど、魔族にとっての侮辱はない。
「……陛下、その少女が住んでいたという村へ攻め入りたいと思います。我が公爵家のみで」
「「公爵⁉」」
突然の宣言にどよめきが起こった。
戦争することに難色を示していたレヴィンドライ公爵が、人間の国へ攻め入ると言ったのだ。驚かない者はいない。皇王も同様だった。
「煉琉……?」
「今、あちらの王へ真偽を問えばその村は終わり。それはあの少女の正体を知る手がかりを失うことになります。その前に、こちら側へ組み込んでしまえばいい」
「予告なく攻め入るのか?」
「同時であれば問題ないでしょう。先に和平の条件を破棄したのはあちらです。何とでも言い訳ができる」
和平の条件は、現王の娘。だが、実際は偽物を寄こした。破ったのはあちらだ。
「……認めよう」
「ではすぐに準備します」
「お前自ら行くのか?」
「……息子に任せます。説明する必要があるでしょうから」
「そうか」
婚約者が偽物で、更にはその娘の故郷を攻め入る。その役目を当事者にさせるのは、非情のように思われるかもしれない。しかし、他の貴族では駄目なのだ。人間の村に攻め入れば、皆殺ししてしまう可能性がゼロではないのだから。と言っても、小さな村如きで、煉琉が出るわけにも行かない。それ故、神琉が適任だった。神琉ならば、無駄な殺生は行わない。さらに言えば、現状フィオナという少女と一番触れているのは、神琉なのだから。
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屋敷に戻った煉琉は、すぐに神琉を呼び出した。事情を説明するためだ。
「――というわけだ」
「……」
「できるか?」
神琉は目を伏せたままだった。流石に驚いたのだろうかと、煉琉は神琉の反応を待つ。しばしの時間沈黙した後、神琉は口を開いた。
「彼女との婚約は続行ですか?」
「現状はそうなる。あの少女には光の魔力がある。だが身分が平民ではお前の正妻になることはできん」
「平民以外の可能性がある、と?」
「それを知るためにお前が行くのだ」
たかが容姿が珍しいというだけで、平民ではない可能性があるなどと言われても納得がいかないのだろう。万が一、平民であったとしても煉琉は構わないと思っていた。光の魔力を持つ血が系譜として入るだけでも価値があるのだから。
「わかりました」
「婚約式は近い。それまでには戻るように」
「はい」
神琉は了承すると、煉琉の書斎を出ていった。
人間の国へ攻め入る。あの強欲だという人間の王は、どう動くか。
「我らを甘く見ない方がいい、人間の王よ」
その呟きは、誰にも聞かれることはなかった。




