第四十九話 羽村
舞湖は優しく話かけた。
「お役人様ってまあそれはそうなんだけど。水野舞湖と申します。日野村と仰いましたか?」
玉井は舞湖が敬語で村人に話しかけているのに驚いている。なんで若様にはあんな口の聞き方なのにただの村人にこうなんだ??
「はい。この先にある小さな村でございます」
聞かれた事だけを答えてくる。やっぱりこの人は賢い。
「この川でいつも魚を獲っているのですか?」
「はい。鯉や鮒が獲れます」
「そうなんですね。子供を連れておいでですが、子守りですか?」
「いえ、魚獲りを教えています。私はもうじき親の手伝いで狩や畑の仕事に回るので。村では15になると魚獲りを止めるしきたりがあるのです」
面倒見が良さそうな感じです。舞湖はこの男に目を付けました。
「お名前は?」
「権太です」
うーん、渋いというかなんというか。頭良さそうなんだけど名前はあれって感じです。
「権太殿、羽村の方へ行った事はありますか?」
権太は考えている。そして思い出したように答えました。
「羽根村の事でしょうか?この川の上流にある村の名前なのですが」
???例の如く名前が違うのかも。地名も違ったっけ?あれ?
「羽根村ですか。そこかも知れませんね。案内はできますか?」
「行った事はありますが今は………」
権太は周りの子供に目をやって答えます。そりゃそうよね。行った事があるとわかっただけよしとしましょう。
「玉井殿、いずれこの川から水を引きます。その時にこの権太殿の力を借りたいのですがどうすればいいかな?」
玉井は驚いている。なんでまた?
「舞湖様。なぜでございますか?この者は先ほど見かけただけの………」
「だまらっしゃい!地元を知る者がいるといないとでは工事の段取りやらなんやらで違うのですよ。そのくらいはわかるでしょう!」
舞湖が怒ると子供達が泣き出します。えっ、そんなに怖かったの?優しいお姉さんですよーと笑顔を向けるが子供達は泣き止まない。権太はというと怒られて喜んでいる玉井を見て変な顔をしている。舞湖は何してたんだっけ?と一瞬忘れた。子供の泣き顔って凄いよね、全てに優先されちゃうみたい。
「ええっと。玉井殿、これからその羽根村に向かいます。権太殿に案内を頼みたいのですが無理なようです。今回は2人で行きましょう。次にここに来るのは休暇後になります。その時は案内してもらえるよう事前手配をお願いします」
玉井はまだ驚いている。ただ舞湖の命令は絶対だ。
「承知しました。権太殿、お住まいの場所を聞いてもよろしいか」
玉井と権太が話をしている間に舞湖は子供のお守りだ。
「お姉ちゃんは怖くないでちゅよ。スマイルスマイル」
子供達は泣き止んだものの舞湖が何を言っているかわからない。そうか、スマイルは通じないんだった。
「ねえ、お姉ちゃんに魚獲りを教えてくれない。釣りとは違うんだよね?」
「釣り?」
えっ、釣りも通じないのか?釣りは流石にこの時代でもありそうだけど。話を聞いていくと釣りは大人の暇つぶしでやるもので子供達がやっているのは投網と罠だった。楽しむのではなく生きる為の狩猟のようなものなのだろう。
「えい!」
子供の中でも身体の大きい男子が網を投げた。あまり遠くまで飛んでなかったが網を引くと小魚が何匹か網に引っ掛かっている。
「やったー、獲れた」
小さな子供達がそれを籠に入れている。舞湖はそれを見て心が和んだ。ここのところずっと忙しく、周りは大人ばかりだし気が付かない間に心が疲れていたのかも知れない。
「子供っていいな。私も子供なんだけどなあ」
時間にして5分くらいだったがぼーっと子供達を見ていたようだ。玉井は動かない舞湖を見て微笑んでその邪魔をしないようにしていたが、声をかけないのも良くないかと、
「舞湖様。こちらの話は終わりました。そろそろその羽根村とやらへ行きませんか?」
舞湖は我に返り、子供達にまたね、と声をかけて権太には
「次来たらよろしくね」
と笑顔で話し、また馬に乗った。権太は深々とお辞儀をして舞湖達を見送ったが玉井は面白くなさそうだった。これ以上ライバルを増やしたくないのだ。
舞湖と玉井は多摩川沿いに馬を走らせた。途中に村がいくつかあったが舞湖の記憶ではもっと向こうだ。玉井はどんどん上流に向かう舞湖を追いつつ、どこから水を引くのだろうと不安になる。そしてしばらく行ったところで舞湖は馬を止めた。
「ここね」
そこは多摩川が少しカーブしているところだった。水量はかなりある。玉井は
「ここが羽根村なのですか?」
「多分ね。村長に挨拶したいけど今度にしましょう。ちょっとここいらを調べます」
そう言って舞湖は探索を始める。今日はただの下見だ。工事するにはもっと調査が必要だがその時間は今はない。玉川上水の工事は埋め立ての進み具合に合わせればいいのだから。




