第三十九話 水道橋の歴史
舞湖は年号をあまり意識せずに水の知識を増やしていて、神田上水と玉川上水の間がどのくらい空いていたか覚えていませんでした。20年で100万人という幕府の要求になんとかなるねと軽く考えています。100万人の飲み水を確保するには玉川上水しかありません。普通の人は水源を探すところから始めるでしょうけど、舞湖にはすでに歴史が頭に入っています。ただ舞湖の知識だけならそうなのですが、人、物、金という大事な資源がいる事はわかっても具体的なところまでまで頭は回っていません。
舞湖は水博士とは言っても知識は図書館で学んだことしかありません。それと現代に残っている歴史的な場所に実際に行って見た事、それをこの大江戸で活用しているのです。
小石川上水に関する著書は少なくて、いくつかの説がありました。その中で舞湖は平川と呼ばれていた神田川の前身の上を小石川が渡っていた、つまり水道橋駅の辺りで線路に沿って流れている平川の上を小石川が掛樋という木でできた水道管というか樋を最初に作ったという説がもっともらしいと思っていました。ただ、この掛樋は高さが低くて川を渡った後の水の流れが上手くいかない事と、平川が増水した時に樋が飲み込まれてしまうという問題があって、神田上水は坂の上に掛樋を作った、となると筋道は通ると思っていました。わざわざ坂の上にまで水を持っていく理由としては十分です。
ところが、そうなると小川町の辺りで水が飲めたという話もあって辻褄が合わなくなってしまいます。平川の水は海水が混ざっていて飲めないという記述があったのです。となると小石川上水の正体は?
舞湖は神田川が井の頭池から大川まで繋がったその夜、夢を見ました。ちなみに井の頭池という名前を正式に付けたのは徳川秀光です。舞湖によって強引に付けさせられました。そうしないと舞湖の機嫌が悪くなるので仕方なく。表向きは大江戸の井戸の起点なので井の頭という事になっています。名前には意味が必要なのです。
「ねえ舞湖ちゃん。今日は随分と近くの探検でございますまね、オホホホホ」
「そうなんですよ芽衣ちゃん。今日はお家の近くをご案内いたしますですわ。オホホホホ」
中1の冬の事です。舞湖とお友達の芽衣ちゃんは水道橋駅から神田川沿いに坂を登ったところにある場所に来ていました。ここには神田上水掛樋跡という石碑がありました。
「舞湖ちゃん。神田上水って名前なんだね。なんか芸能人にいそうだね」
舞湖はコケます。
「芽衣ちゃんは相変わらず面白いですね。そういう発想は私にはできないでありんすよ」
「そうでありんすか。前に歩いたのは小石川だったよね。あの川がここまで来たの?」
舞湖と芽衣ちゃんは以前、矢端川と呼ばれている上流からこの水道橋まで歩こうとして途中で頓挫していました。ですので芽衣ちゃんは大塚のあたりまでしか小石川の経路がわかっていません。急に真面目な口調になったので舞湖も真面目に答えます。
「うーん、小石川に関する本が少なくてよくわからないのです。最初に小石川上水を作ったのは間違いなさそうなんだけどそれがどんな物だったのかがジェンジェンわかんないっす」
「舞湖ちゃんでもジェンジェンわかんないんだ。それじゃ本当にわかんないってことね。でも小石川って地名は残ってるからここらに川があったんじゃない?」
確かにその通りです。以前探検した谷端川は大塚駅から水道橋駅に向かって流れていたという本がありました。ただその川は一体どこへ消えたのでしょう?そもそも小石川上水とは?神田川との関係は?まだまだ舞湖が調べなければいけない事は盛り沢山です。
「この場所は神田上水と言って江戸の大名屋敷や町の中に飲み水を供給していた水道の橋があったところなのです」
「水道の橋でありんすか。ホースで川の向こう側に消防車みたいに水の橋を作って向こう側に池を作ってってやつですね」
「違うでありんす。芽衣ちゃんは本当に面白いでありんす。そんな事考えた事もなかったばってん」
「それはどこの言葉?」
「どこだっけ?」
「エヘヘヘヘへ」
「エヘヘヘヘへ」
しばらく2人で笑い転げた後、舞湖は説明を始めます。
「さっきの芽衣ちゃんの発想はすごいけど江戸時代には流石にできないかな?ここから向こう岸まで木で橋を作ってそこに水を通したんだって。木の水道管みたいなやつ」
「ふーん、神田川を渡らないと皇居の方へはいけないもんね。水も同じなんだ」
「そうなのよ」
「でもなんで神田川の水をそのまま流さないの?その方が簡単じゃん」
「いい質問ですね、芽衣姫様」
「くるしゅうないぞ、舞湖や。それでどうしてじゃ?」
上下水道を分けた、神田川は水運にも使うので飲み水と分ける必要があったと説明すると、
「江戸時代の人は頭がいいのです。で、なんでこの場所を選んだの?ここ坂の上だよね?小石川はどこへ行ったの?最初は小石川上水なんでしょ?」
芽衣ちゃんの攻撃が始まった。まあ話を真面目に聞いていれば疑問に思うよね。




