第三十二話 誕生日
舞湖は早速大江戸城に引っ越した。幸も一緒だ。幸は城の門を潜るときに震えていた。普通の町民が城内に入る事など想像した事もなかったそうだ。通ったのが大手門で将門塚があったからではないと思う。舞湖は毎日城から湯島の監視所へ向かう。川久保が居なくなったので中村の旦那が舞湖に付きっきりで監視所に詰めるようになった。最初、遠山があの奉行所にいた偉そうにしていた奴を寄越そうとしたので思いっきり断った。仕事のできない男はいらないのだ。できないって知らずに決めつけるはどうかとも思うが野生の勘がそう言っている。嫌いなタイプと仕事するのは効率が悪い。クラスの男子にも嫌な奴がいて、そいつが近くにいるとなんか嫌だったし。気分が乗らないイコール効率ダウンでしょう。
2ヶ月が過ぎて、舞湖は15歳になった。誕生日を祝う習慣が大江戸にあるのかわからなかったので黙っていた。暦もなんか微妙に違ってる感じがしてるのでピッタリ合ってないかもしれないし。そもそも祝う暇もないのだが、何となく寂しかったので幸に言ってその日だけ夕餉を豪華にしてもらった。理由は言わずに。無茶苦茶ジュースが飲みたかったのだが売ってない。仕方ないので果物を絞ってジュースにしてもらった。かなりの贅沢だが幸は、
「何の日だかはわかりませんが、舞湖様は普段働きすぎです。たまにこういうのがあってもいいと思います」
と肯定の言葉をかけてくれた。なんていい子なの。
伊達家からの支援部隊が到着した。仙台の農民だそうだ。丁度稲刈りが終わりいい出稼ぎと期待して大江戸に初めて出て来た連中だが皆、筋骨隆々で逞しい。伊達藩は裕福なんだなと思って鈴木に聞くと海も山もあるので食生活は悪くないと言っていた。支援部隊の中に例の河川工事に詳しい田村群生という男がいた。舞湖は早速田村に現場を見てもらい説明をしたのです。
「この川を大川に繋げると、潮の満ち引きで海水は川を逆登ってきてしまうのです。それを防ぐためにここに堰をつくりたいのです。普段は水を流していて満潮時に栓を閉める、または貯水池のように水を貯めて上部から水を排出しその高さまで逆流した水が来ないようにするか、どっちかですが後者が希望です」
「水野様はお若いのに見事な知識をお持ちのようだ。後者の方がいいですな。わかり申した。某にお任せ下さい」
「助かります。それでここができたら………」
舞湖は気が早い。もう次の工事の話を始めた。鈴木はその話を聞いていてやっと舞湖のやりたいことが理解できた。今までは話はしてくれるが断片が繋がらず大まかにしかわからなかった。玉井に聞いても同じようなレベルだったし、弥七はそんな事は気にしてなく言われた通り作業するだけとしか言わないしで困っていたのだ。
「そうか。この場所は舞湖様がよく言う実験なのだな。どこまで先読みをされているのだろう。賢いお方だ」
鈴木は舞湖の事を上司としか思っていない。玉井と弥七からは恋のライバル、強敵現ると思われているが鈴木はそれに気づいていない。あくまでも伊達家のお役目としてここに来ているだけだった。だが、舞湖が徳川秀光に鈴木の名前を出した事で状況が変わっていく事になる。
舞湖が監視所に戻ると豪華な三つ葉の紋のついた籠が止まっていて警護の兵も大勢いる。
「あーあ、忙しいのに何だよ、もう」
聞こえるように大声で独り言を言ってから中に入ると徳川秀光が中村の旦那が入れたお茶を飲んでいた。やっぱし。
「おう、舞湖。邪魔しているぞ」
「本当に邪魔なんだけど、帰ってくんない」
それを聞いた中村があたふたしている。中村は秀光に会うのも見るのも初めてだ。次期将軍様だと言う事は大江戸町民なら誰でも知っている、そのくらい偉い人なのに舞湖の態度はあり得なかった。
「舞湖様。このお方は」
「中村殿、存じてますわよ、オホホホホ」
秀光は、
「このお茶は美味いな。どこの水を使っているのだ?」
中村はまだあたふたしていたが自分が答える質問だと気づいて、
「はい、この監視所の裏にある井戸から取った水でございます。おそらく小石川の水が神田山の大地に吸い込まれ湧いた水だと思われます」
中村はこの仕事についてから水の知識が増えている。それまでは井戸は水を汲む場所でしかなかったのだが、今はその水がどこから来たかを考えるようになっている。
「ほう、そこに案内せい」
「ねえ、ちょっと何しに来たのよ。本当に邪魔しに来たの?」
「舞湖。もう少し優しくしてはくれんのか?余は一応偉いのだが」
「前も言ったでしょ!貴方は親ガチャで当たっただけよ。私は仕事のできる男しか認めない」
「親我茶?よくはわからんが血筋の事か?まあいい。仕事が出来ればいいのだな」
そう言って中村を連れて井戸を見に行ってしまった。護衛をぞろぞろ連れて。そのタイミングで田村と鈴木が監視所に戻って来たので、500人の割り当てについて下話を始める。中村の旦那と玉井、弥七が揃っていないと正式には決められない、と言うか決めたくない。舞湖はこのメンバーをチームだと思っている。




