第三十一話 若様は偉いのだが
舞湖はいきなり攻撃的です。
「何でここにいるのよ、こんなとこに来ていいの?」
「舞湖に会いに行くと言ったら父上が許可してくれたんだ」
親バカなのかしら。
「上様も甘いのね、若様も堀でも掘ってく。折角来たんだし」
「余、余は次期将軍であるぞ。その余に穴掘りをしろと言うのか?」
「だって暇そうじゃん」
「じゃん?何となく意味はわかるが相変わらず冷たい女だな。で、今の話だが遠山。この間城で舞湖が碁石で並べたあの川の流路だが実現できそうか?」
「はい。そのためにこの川久保の知恵が必要なのです」
秀光は川久保を見てから、
「川久保は舞湖を助けたいから手伝えないと申すのだな」
川久保はこれは助けて貰えると思って余計な事まで言ってしまう。
「左様でございます。舞湖は実の娘のようなものですので」
おいおい、いつから私は娘になったんだ。でも川久保様の支援は本当に素晴らしい。そうかあ、娘と思ってくれてたんだ。パパって呼んじゃおうかな。お小遣いくれたりして。なんて思っていたら話は変な方向へと進んでしまいます。秀光は、
「どちらの工事も大江戸にとっては大事な物だ。どっちが優先というわけにもいかん。でだ、川久保は遠山の方へ行ってくれ」
えっ、なんかよくわかんない。どういう事?舞湖だけでなく遠山も川久保もキョトンとしている。
「舞湖の手助けは余が行う。これにて一件落着」
秀光は遠山のお白洲を見学したことがあって一度言ってみたかったセリフを格好つけて言ってみた。ところが、
「一件落着してねえだろ!」
舞湖は間髪入れず叫びます。つい口調が荒くなってしまいました。どうもこのクソガキではない次期将軍様を見ると話し方が雑になってしまうのです。
「舞湖、なぜだ。余がやると言っているのだぞ」
「何が、でだ、よ。川久保様だから痒いところに手が届くようなフォローができるのよ、わかってます?」
「フォフォフォとは何だ?」
「それはなんとか星人ではない、ええと、フォローっていうのは手助けの事です。川久保様は気配りや思いやりが入ったいい仕事をしていただいていて私は毎日感謝しているのですよ。そんな事を若様ができるのですか?」
「できん!」
「できんのかい!じゃあなんで偉そうに言うのよ」
「余は偉いからな。当然だ」
「仕事のできない男にはなんの価値もない。ほんと、鈴木殿の爪の垢でも飲んだら!」
「ん?鈴木とは誰だ?連れて参れ」
「鈴木殿は若様と違って忙しいのです。伊達家から来ている人で頭も回るし期待している人です」
期待だと。なんか面白くない。舞湖は余が気に入っているのに他の男の話をされるのはなんかムカつく。しかも舞湖は仕事ができる男が好きなようだ。権力や金には興味がないのだろうか?
「わかった。おいおいどこかで会うこともあるだろう。余は川久保程の知識はないが川久保以上に権力がある。伊豆から石を運んでいるそうだが、必要な資材は余でも用意できる。川久保より早く多くだ。舞湖、なんでも言うが良い。余にできるかどうかは結果でしめそうではないか」
秀光は舞湖に惚れています。ですが、今の舞湖を無理矢理手に入れる事は出来ません。大江戸に水を持ってこなければ今後の発展はないのです。
川久保は折れました。相手が次期将軍様でははなから勝負にはならないのですが、今の話を聞いていて秀光はおそらく上様に言われて来ているのだろうと。それだけ遠山の方が切羽詰まっていると言う事です。
「それでは今日は引き継ぎできるように纏めておきます。明日から遠山様のお手伝いに行きます」
遠山は
「すまん。これもお役目、わかってくれ」
川久保は頷きます。話が纏まったのを見て秀光は
「舞湖。それであれば川久保の屋敷にいる必要もあるまい。明日か城から仕事に通うが良い」
「ええっと、城ってあの城?」
「そうだ。流石に本城の中というわけにはいかないので、本城の横に女中が住む場所があってな。その中で最もいい部屋を用意した。お前には侍女がいるであろう。そいつも連れて来ていいぞ」
また勝手に決めて!と思ったが今までもずっと居候の身だったし、いいのかなと前向きに、
「では若様、お世話になります。川久保様、今日は夕餉をご一緒させてください。お世話になりっぱなしでなんて言ったらいいか」
川久保は目から涙を溢しそうで堪えている。その日の夜は川久保と語り明かした。何で小石川の医療所で例の実験をしていたかが舞湖の疑問だった。偶然なのだろうか。
結局川久保とは暫く会う事は無かった。これが後の物語に大きな影響があり、舞湖は後悔することになるのだがそれは後程。
舞湖のいた元の世界、東京の湯島では舞湖がいなくなって大騒ぎになっていた。いつもは夕方には帰ってくる舞湖が夜になっても帰ってこない。舞湖の母は芽衣ちゃんの家に電話をかけたが今日は学校で別れたきりだという。警察にも連絡したが結局見つからなかった。学校でも話題になったが1週間もすると誰も興味が無くなったみたいで話題に出なくなった。唯一仲の良かった芽衣ちゃんは、
「家出でもしたのかなあ。そんなタイプじゃないし、相談もされてないし違うよね。誘拐だったら身代金とかの要求があるだろうし、どこへ行っちゃったんだろう」
探すのを諦めていないのは舞湖の両親と芽衣ちゃんだけだった。




