第二十四話 なんでそうなるの
舞湖は顔を上げて上様と呼ばれる男を見た。普通のおっさんだ。息子のようなオーラは感じなかった。実際、女子中学生から見たら中年は皆、ただのおっさんで括れる。
「水野舞湖と申します。上様にお目にかかれてキョウエチュシュギョクでありんす、て、あれ?」
「ブッ、ハハハハ」
秀光が吹き出した。徳川秀長は息子を気にせず冷静に
「そんなに緊張する事はない。忙しいところ呼び出した事を詫びよう。そこの愚息の願いでな」
舞湖はすぐさま返す。
「それだけではありませんよね?」
舞湖は笑った秀光にこんのクソガキと思いながらも秀長の言葉の意味を計った。笑われて恥ずかしかったのが秀長の返しで吹っ飛んだのだった。笑われた相手が良かったのだろう。天下の将軍が息子の願いだけでわざわざ呼んだりはしないでしょうと。もしそれだけならうちの同級生の男子くらいにアホです。舞湖の言葉に秀長の眉がピクピクッと動いた。
「遠山に聞いた通りの娘のようだ。ここには秀光と遠山しかいない。その、お前のいた世界の事を聞かせて貰いたいのだ」
大江戸は利根川移動工事、大江戸城の普請で金も人も足りないと言う。だが、水不足を解消しない限り大江戸の発展はない。
「遠山に聞いたが大江戸は300年続くというではないか。どうやって水不足を解決したのだ?」
秀長はいきなり直球をぶち込んできた。まあ回りくどいよりはいいと思いますけど。舞湖はどう答えたもんですかいな、と少し考えてから、
「まず、私がいた世界は大体400年後の世界だと思います」
秀光が驚く。
「舞湖は400歳なのか!」
皆こけた。どうしたらそうなる?舞湖は
「あなたは黙ってて貰えますか?どうせ聞いてもわからないでしょう」
あっ、しまった。また暴言吐いちゃった。秀光の顔を見ると何故か嬉しそうだ。なんで!玉井といい若様といいこの時代の男はなんなの!そういう文化だったら嫌だ。舞湖が好きなのは仕事で輝いている男の人の横顔なのです。ナヨナヨしたのはちょっとって感じなのです。秀長は、
「舞湖。すまん、これでも跡取りでな。勉強もさせたいのだ」
ほう。
「ならば学校を作ったらどうですか?大名のご子息を対象に」
舞湖はガキの面倒を見る気はなかったので適当に言ってみた。ところが秀長は丁度学問所を作りたいと思っていたところだったので驚きながらも話に乗ってきた。
「それはいい案だ。場所はどこがいいかな?」
舞湖は想定外の展開だったが場所と聞かれて閃いた。あそこよね。
「今、神田川工事の監督所にしている場所があるのですが、工事が終われば開きますよ。お城からも近いですし」
それが後に湯島聖堂になるのだが、それはまた別のお話である。
「さて、どこから話しますか。今行っている工事は吉祥寺にある池から川を持ってきて神田川にするものです。その池は湧水でできていて今も川となって流れていますが途中であちこちに分岐していて江戸川橋辺りで無くなっています」
「その江戸川橋とはどこのことだ」
「地図はありますか?」
遠山が地図を探してきた。これはいい。下総から武蔵まで網羅している。
「江戸川橋と私が呼んでいるのは小石川の東にあるこの場所です。神田川の支流を潰して全ての水をここに集めます。そして今、山を崩して川を作っているところへ流すのです」
遠山が、
「上様、聞いても宜しいでしょうか?」
と聞いた。お奉行様でもこの場所では迂闊に発言できないのか。私勝手にしゃべってるけどいいの?秀長は頷いて許可した。
「舞湖。今中村を使って溜池を作ってるだろう。あれはなんなのだ?」
「小石川の水を溜めるのです。多分水量が足りないので神田川の水も流し込みます。そして、その溜池の水を城下へ運びます」
舞湖は地図に神田川の通り道と溜池のところに印をした。丁度碁石があったのでそれを使って。それを見た秀光がウンウン唸っている。何か言いたそうだ。さっき黙っててと言ったから発言できないのかな?
「若様、何か?」
舞湖は仕方なく助け船を出した。秀光は秀長を見て仕方ねえな、と言う顔をしていたのでOKと思い話し出す。
「そこに神田川とやらを作るのであろう。そうするとその溜池の水をどうやって運ぶのだ?」
あれ、こいつ馬鹿ではないんだ。ちょっとだけ見直した。でもまだまだ評価は低い、って私は何様だ???
「若様。いい着眼点です。さすがです」
秀光は嬉しそうに、
「そうであろうそうであろう。で、どうするのだ。」
遠山も身を乗り出した。同じ疑問を抱いていたのだ。
「ええと、川久保様が小石川の医療所で実験していたのを使います。川の上を川が渡るのです。ただまだ調べなければいけない事があって多分そのままだと失敗します」
その後、神田川工事の後にやることも説明した。そして、
「最初にお話しした方が良かったのですが、実は私の世界の歴史とこの大江戸は似て非なる世界のようなのです。私の世界では豊臣様は滅んでその後を徳川様が治めています。それ以外にも少しづつ違っているようで私の計画が上手くいかない可能性もあるのです。ですので下調べが欠かせなくて」
秀長は驚いていた。帝は京にいて幕府が江戸にあるとこの娘はいう。そのくせ、地名や川の位置は舞湖の世界と同じだそうだ。
「あいわかった。舞湖、大義であった。水の件、伊達に余からも話すので安心して邁進するが良い」
そう言って上様は下がっていった。何故か秀光は残っている。舞湖は遠山に、
「お奉行様。さっきの話は衝撃的でしたかね。上様の顔色が変わりました」
「俺にも衝撃的だった。だが、この大江戸が舞湖の江戸に劣っているとは思えない。それに舞湖の知識があればその江戸よりも早く水を引くことができよう」
「それとは関係ないのですが」
舞湖はそう言ってから地図に利根川、荒川、隅田川の位置を碁石で並べた。うる覚えですけど、といいつつ。それを秀光はじっと見ていた。




