第十八話 謎の爺さん
「あーあ、人が足りない人が足りない」
舞湖の最近の口癖です。今は、神田川と名付けた新しい堀を一生懸命に作っています。元々ここには平川と呼ばれている川がありました。湯島台の大地から湧き出た水が小川町を通って日比谷の海に流れ込む川です。その水源は小石川の伏流水と湯島台地からの湧水でした。この水は水源として活用されていますが、水量が足りません。
まずはこの地域に集まる水を増やす。そしてその増えた水を活用する。という順番で進める予定なのですが、水を集めるのにも、川を作るのにも人手が足りないのです。
舞湖は谷端川の水源を調べた帰りに幸に川がないかを調べさせました。ちょうど現在の江戸川橋の辺りです。谷端川とは違う川が山の向こうを流れていたのです。
「やっぱし。でもなんで川久保様はこの川の事を言わなかったのだろう?」
不思議に思って取り出したのは芽衣ちゃんグッズ、そうです。例の濾過装置です。川の水は流れていて住んでいましたが現代人の舞湖は流石にそのまま飲む気になりませんでした。いつもの通り濾過してから一口舐めると
「あれま、塩っぱいでござる」
舞湖は時代劇言葉がたまに出るようになっています。なんと海水がここまで逆流しているようでした。舞湖はこの川の上流と下流を調べたかったのですが、その時は時間がなかったので諦めたのです。その後、工事を始める間の時間を活用して調査を行った結果、
・こいつは現代の神田川。水源は井の頭公園だけどあちこちに支流があってあんまり水が来てない
・下流は大江戸城の外堀の横を通って海につながっている
・塩っぱいのは潮の満ち引きで海水が逆流するから
・平川が小川町の辺りまで水が飲めるのはこの川より小川町の方が高いところにあるから
とわかった。神田川周辺の井戸も調べたが飲み水にできるのは目白から上だった。
「平川に繋がっているって本で読んだけど違ったのね。高低差で海水が逆流する位置が変わるなんてむずかし過ぎる」
理科で習いそうな事で当たり前のことなんですが、視覚だけでは土地の高さってわかりにくいのです。海抜なんmなんてどこにも書いてないし。ですが実際に目の当たりにすると納得できます。歩いただけだと小川町の方が高いとは思えないのですが、江戸川、舞湖はこの川を江戸川と呼ぶ事にしました。江戸川橋っていう地下鉄の駅があったしってそれだけの理由で。
「江戸川は海に行くからダメなのよ。こっちにおいでって工事しないとなのです」
舞湖の呟きに玉井が反応します。
「水野様、この水を今掘っている神田川へ繋ぐのはわかりました。ですがあの幅で水が流れるとすると小川町にそのまま流すととんでもない事になりませんか?」
「玉井殿。その通りなのです。なので人が足りないのです。いいですか?これから神田川工事に必要なのは無茶苦茶たくさん掘る事です。あっちもこっちも掘って掘って掘りまくって水の道を作るのです」
舞湖はやりたい工事を説明しました。前にも会議で話したけどわかってなさそうだったので再度説明します。舞湖の話は壮大すぎて普通の人は何言ってるかわからないのです。
・平川は小川町に流すのは堰を作ってごく一部とする
・平川に合流した神田川は大川に繋ぐ。途中に堰を作って海水の逆流を防ぐ。
・神田川の一部を小石川に合流させる
・小石川に作っている池にその水を流す
・井の頭公園から江戸川までの支流を潰す
「まずはここまで。まだ続きは長いけどこれができないと先には進めないのです」
玉井はメモを取り始めている。メモといっても紙に墨で書いているから大変だ。鉛筆っていつごろできるんだろう?そういうのは調べた事ないなあ。図書館があればいいのに。舞湖がそんな事を考えていたら、玉井はため息をついています。
「どうしたの?」
「これだけの工事を行うには一体何人必要なのか検討もつきませぬ」
何言ってるんだろう。官の人だよね?
「それがあなたのお仕事なのでは?」
舞湖は言ってからしまったと思いました。なんか、弱い物いじめをしてしまった感覚です。中学生に大人が叱られるなんてやってはいけない事です。つい言い方がキツくなってしまいました。こんな小娘に言われたくはないですよね。反省反省。ところが玉井はなんか嬉しそうでした。
「はい、その通りでございます。至らぬところだらけですがこれからも厳しくご指導ください。なんとか計算をしてみます」
玉井の目は急に輝きだしている。あれ?なんで?
舞湖は工事現場を視察に来ています。多分位置的にそのうちに湯島聖堂が建つところ、そこに工事監督所がありました。湯島聖堂っていつ建つんだっけ?ううう、図書館が欲しい。舞湖はそこにいても工事の状況がわからないので歩いて将来聖橋ができるであろう、今はまだただの丘から上流を見ました。不忍池のおかげで大体の位置が特定できるのです。なんて偉いんでしょ、不忍池。最高の目印ですよね。舞湖が今立っている目の前はちょっとした崖になっています。考えてみると聖橋から見た神田川横の道路は下り坂でした。これがああなるのか、なんかそういう感動が日々起きている気がします。そしてそこから見た平川はお城の方へ流れています。そしてその上流はいかつい男達がひたすら土を削って堀を作っています。掘り出された土は舞湖特製のリヤカーや荷駄に乗せられ運ばれていきます。
「あれ?掘る道具ってなんか弱そう。スコップとかないのかな?」
舞湖は玉井を呼び出そうとしましたが、監督所から出てきていませんでした。なんで用事がある時にいないのかね?また怒ったら喜ぶのかな、あの人?うう、やばいやばい。私まで変な人になりそう。
「スコップとはなんですかな、娘さん」
「うわあ、驚いた。いつからそこにいらしたのですか?」
そこには品の良さそうなお爺さんが立っていました。いつのまにか舞湖のすぐ横に立っていて工事の様子を見ています。
「私は伊達宗政と言います。隠居した爺いですわい」
名乗った爺さんは片目に眼帯をしていました。




