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そんな重く苦しい静寂がしばらく続き。
「ねえ、タロ君」
最初にきっかけを作ったのは、リリーシアだった。
「一つ、お願いがあるの」
この期に及んで、何を言うんだろう。
「あなたの能力を、もっと強く私にかけて欲しいの」
「……どういうこと?」
「私の意志を無視して、あなたの言う事だけを絶対に守り続ける……」
「そんな事したら、お姉ちゃんはお姉ちゃんじゃなくなっちゃうよ」
リリーシアの言っていることは間違っている。
だいたいそれじゃあ、ラノベによくある都合のいいチョロインじゃないか。
いや、それ以下だ。
成人向けゲームに出てくる、簡単に体を許す女の子になってしまう。
違う、もっとだ。
ただの人形に成り下がってしまう……。
僕は断った。
そこまでしてこの人を付き従わせる気はないし、そうやって従わせても空しい事をなんとなく分かっていたからだ。
「いいよ」
「えっ……」
それでもリリーシアの気持ちは変わらなかった。
「私は君についていくって決めた。それなのに王様の話を聞いた時、心が揺らいでしまった」
この時、リリーシアの琥珀色の瞳は濡れていた。
「もう二度と心が揺らぐ事のないように、私を君だけのものにして」
きっと彼女も、悩んで苦しんで、考えぬいた末にそれを望んだんだろう。
…………。
…………。
僕も考えた。
深く呼吸し、ずっと考えた。
…………。
…………。
…………。
…………。
「……ごめん、やっぱり出来ない」
そして僕は、リリーシアの願いを断った。
多分、やろうと思えばやれるんだろうなって思う。
着せ替え、散々頼り続けておいて、今更言える義理じゃないけれど……。
「なんで……」
「僕が好きなのは、僕の言う事を何でも聞く人じゃない。”リリィお姉ちゃん”だもん」
「タロ君……」
自分の都合の良いように他の人を仕立てて、自分に逆らわない人だけ周りに置いて。
そんなの、本当の理解じゃないと思う。
僕が欲しいのはそんなんじゃない。
リリーシアはそんな思いを汲み取ってくれたのかな。
一粒涙をこぼして、それを自身の綺麗な指で拭うと……。
「変な事言ってごめんね。もう、終わりかな……」
笑顔を見せて、僕に謝ってきた。
言っている言葉はとても悲しい内容なのに、この時のリリーシアは、いつも以上に穏やかで魅力的だった。
この時、僕の鬱々とした心境にある変化が生まれた。
本当に、この人の言う通り終わりなのか?
リリーシアは表情こそ笑顔だけど、今も涙を流し続けている。
僕の事を見捨てた人が、僕のことで泣いている。
見捨てた?
違うだろう、そうじゃないだろう。
だいたい、本当に見捨てられたなら、王城で僕は処刑されていたはず。
それを生きて帰ってこれたのは、他でもないリリーシア達のお陰じゃないか。
……僕が馬鹿だった。
何でここまで思ってくれている人を疑ってしまったんだろう。
気持ちが揺らいだのは僕のほうだ。
だから、終わらせちゃ駄目なんだ。
ここで手放したら転生前と同じになってしまう。
「終わりじゃないよ」
「でも、もう私と一緒には行かないって――」
「僕こそ、……ごめん」
僕はリリーシアの言葉を遮ると、服の裾をぎゅっと握りながら謝った。
「えへへ、じゃあ仲直り……かな」
「うん」
「これからもよろしくね」
「こっちこそよろしくだよ、リリィお姉ちゃん」
僕は大声で泣きそうになった。
でも、そっと優しく微笑むリリィお姉ちゃんの胸に顔をうずめて誤魔化した。
お姉ちゃんはそんな僕に対して何も言わず、頭を撫でてくれた。
いつもよりも、お姉ちゃんは温かった。




