26
女子中学生に出会ってから数日後。
僕の日常が変わることはなかった。
その日常とは……。
学校が終われば真っ直ぐ家へ帰り、休憩もせず塾や習い事へ行く。
それらが終わる頃には、もう外は真っ暗だ。
「おかえりなさい太郎。さあ、家庭教師の先生が待っているわよ」
そして家に到着しても、僕を待っているのは温かい食事でも家族でもなく、僕に勉強を教える家庭教師だった。
「うん……」
僕はこの日常が嫌だった。
塾なんていきたくない、習い事もやりたくない。
友達つくって、ゲームとか漫画とかしたい。
もっと遊びたい。
でも、そんな事言えるわけもない。
だから僕は勉強し続けるしかない。
塾や家庭教師の先生に、勉強が出来なくてぶたれようとも……。
「期待しているわ。あなたならきっと、立派な人になれるから」
立派な人ってなに?
勉強やスポーツができる人?
絵やピアノが、他の人より上手い人?
だったら、僕はなれないかな……。
確かに僕の成績は他の人よりは上だった。
でも一番じゃなかった。
一番になる人は、明らかに僕とは違っていた。
具体的にはよく分からないけれど、雰囲気が既に違うような気がした。
そういう人らを天才って言うんだろうな。
僕には才能が無かった。
だから一番になれない、負け組。
そう思いながら、僕は自室へと向かい、家庭教師の先生と勉強をした。
今夜もいつも通り、三度ほどぶたれた。
数日後。
「はぁ……」
今日も一人で塾へ向かう。
足取りは……、とても重い。
塾へはいつも早めに行っていた。
遅刻しないためというのも勿論だけど、早めに行って現地で勉強しなければいけないからだ。
そうでもしなきゃ、僕は授業についていけない……。
低い点数をとればどうなるか……、あまり考えたくはないかな。
「あっ、きみは前に会った……」
憂鬱な気持ちのまま、いつもの道を歩いていた時だった。
僕は、前に声をかけられた女子中学生と出会った。
「こんにちは」
女子中学生は、とても穏やかで優しそうな笑顔で挨拶をしてくれた。
「うぅ……」
「どうしたの?」
その笑顔は、成績が良かった時にママがしてくれる笑顔とは違った。
僕はその違いが分からなかったが、その笑顔を見た僕は、胸の中の大切な部分がきゅっとなってしまい……。
「うわああああん!!!!」
涙と声が止まらなくなり、女子中学生へと抱きついた。
「よしよし……」
女子中学生は、そんな僕を嫌がる事も無く、何も言わず頭を撫でて慰めてくれた。
「そこの公園に行こう。君のお話聞きたいな」
「うん……」
そして泣いて少し気持ちが落ち着いた僕は、女子中学生の誘いを受けて公園の中へと入り、ベンチへ一緒に座った。
そこで僕は、名前や近所に住んでいる事、連日習い事ばかりで友達がいない事、期待が重荷になっている事……。
今自分が思って居る事の全てを、”女子中学生のユリお姉ちゃん”へ打ち明けた。
この時僕は、まだユリお姉ちゃんを疑っていた。
お姉ちゃんもきっと、僕に期待をかけて”頑張れ”とか言うんだろうなと思っていた。
だがそれは、いい意味で裏切られる事となる。
「お父さんやお母さんを喜ばそうとしてる。優しいね」
なんとユリお姉ちゃんは、僕を褒めてくれたのだ。
褒められ慣れていない僕は、優しい笑顔をしたお姉ちゃんから、思わず目線を逸らしてしまった。
「私ね、お父さんやお母さん居ないんだ」
「え……」
「ここの公園を抜けた交差点の先に養護施設があるんだけど、私はそこに住んでいるの」
お姉ちゃんの出自を聞いた僕は、昔パパとママに言われた事を思いだして戸惑った。
「ごめんなさい……」
「別に謝らなくてもいいよ。先生達はみんないい人ばかりだし、弟や妹はやんちゃだけど楽しいよ」
「そっか……」
「今度、時間があったら遊びにきてね」
「う、うん……」
施設がどういうものかは、小学生の僕も分かっていた。
別にそういう場所に偏見をもっているわけでもなかった。
ただ、遊びに行く時間が無かった。
この時僕は、自分の才能の無さを呪った。
「ふふ、お話してくれてありがとう。それじゃあまたね」
「うん」
「だいたいこの時間帯に居るから、良かったらまた来てね」
「うん」
それでも、今日みたいに話をするくらいは出来るはず。
そう思った僕は、母親よりも母親らしいユリお姉ちゃんに心を惹かれた事を自覚しつつ、次の再会を約束した後に塾へと向かった。
塾には授業が始まるぎりぎりの時間に到着した。
だから勉強する暇は無かったが、ユリお姉ちゃんに相談したお陰で気持ちは少し楽になっていて、塾内テストはいつもより少しだけ成績が良かった。




