第十一話 ラストダンジョン
俺達は西大陸に飛空艇で向かい、ラタコンベの攻略を開始した。
すでにマップは地下第四十九層まで正確なモノが作られており、迷う心配は無い。
だが、それでも広大な迷宮はモンスターも徘徊していて、そう簡単に先を進ませてはくれなかった。
「くそっ、思ったより時間が掛かるな。五層に来るまでに一週間もかかるとは」
一軍チームのリーダー、ランスロットが珍しく苛立った声を出した。
一軍チームは、ランスロット、グリーズ、アーシェ、アレクサンダー、ハウラー、ユリア、オルタ、スカーレットのパーティーだ。
彼らは今、第五層のボスを倒し、下に向かう階段の手前で休憩中だ。
俺達もそこに一緒にいる。
『一軍が先に戦い、二軍が無傷で邪神のところへ向かう』
そんな作戦だったのに、まぁ、案の定と言おうか、血気盛んなティーナやエリカがさっさと攻撃を始めて、何のために一軍と二軍を分けたのかよく分からない状態だ。
ま、いいけどね。薬草はこのラタコンベのダンジョンのあちこちにも植えられていて、いくらでも補充可能だ。
さすがにこの人数になってしまうと、モンスターを囲んでも余ってしまい、攻撃が出来ないアタッカーも出てくる。
魔法使いは支援魔法や攻撃魔法で離れていてもいいのだが、剣士はそうもいかない。
「焦っても仕方ないぞ、ランスロット。ここは有名な難所だからな。一週間で五層まで行けただけでかなりのもんだ」
アレクサンダーがなだめる。S級冒険者の大ベテランだけあって、このダンジョンも何度か潜ったことがあるそうだ。
「でも、新記録じゃないですよね?」
ランスロットがそう言って聞く。
「ああ、ま、そこは急造のパーティーだからな。連携が取れるまでは慎重に行くべきだし、初見でこのペースなら大したもんだよ。記録を作った奴は何度も行き来して慣れてるんだからな」
「なるほど、それもそうですね」
ランスロットも納得したようで落ち着きを取り戻す。
「だが、地上がいつまで保つか分からん。なるべく早く邪神を倒した方が良いぞ」
ハウラーが言う。
「ああ、そりゃもちろんだ」
アレクサンダーもそれには反論せず、同意する。
タイムリミットとしては、残り二ヶ月。各地の地下シェルターに用意させている保存食が残り二ヶ月分だ。
それまでに邪神を倒さないと、地下シェルターに避難している住民達が動けなくなる。
五層で一週間かかったが、残り四十五層だと、九週間か。ギリギリだな。
下の階層に行くほど敵が強くなるし、罠も手強くなるだろうから、後はこのパーティーがどこまで連携が取れて、このダンジョンに慣れるか、だが。
間に合いそうにない気もしたが、今は信じて進むしか無い。
「よし! 時間だ、出発しよう」
ランスロットがそう言って立ち上がる。
休憩の取り方はアレクサンダーが指導し、俺達もそれに従っている。
迷宮ではいつモンスターが襲ってくるか分からないため、必ず一人は見張りが必要だ。
三方が壁に囲まれている場所での休憩が望ましい。やむを得ず、通路で休憩する場合は、二人見張りを立てる。
見張りも休む必要があるので、交代で立つ。
小休止の場合は、五分で交代。
大休止の場合は、三十分で交代。
睡眠の時は、三時間で交代だ。
時間をきちんと決めておくことで、不公平を無くし、争いを未然に防ぐ。
モンスターがいつ出てくるか分からない場所だけに、心理的なプレッシャーも掛かってくるのだから、トラブルの原因は早め早めに潰し、なるべく小さくしておく必要がある。
トイレは迷宮の安全な場所に自然と作られる。睡眠や食事を取る休憩場所とは少し離れたところだ。
と言っても、便器があるわけでも無く、溝が有れば良い方なので、俺は天然トイレに行く度に、ストーンウォールの呪文で傾斜した溝を作ってやり、改良を加えた。
遮蔽の壁は女子とスカーレットに感謝された。
明かりはライトの呪文が有るからいいようなものの、魔法使いがいないパーティーは松明に頼るしか無く、かなり厳しいと思う。松明を持てば武器や盾を持つ手が塞がるし、明るさも充分とは言えないので、敵の接近に気づきにくく、奇襲を許す可能性も高くなる。
冒険者の死亡率が高いのも圧倒的にダンジョンにおいてである。
「通路の左、何かいるぞ」
先を行くランスロットが警戒して言うが、出てきたのはタダのレッドバット一匹だった。
それと分かって皆の緊張が緩む。
スカーレットが投げナイフの一撃で仕留めた。
確か、レッドバットはレベル5とかそれくらいだった気がする。
「はい、クリア」
上層ではさほど危険な敵はいないのだが、それでも敵が出てくる度に警戒しなければならないので、どうしても進むスピードは落ちる。
さらに罠もあるから、踏破されている場所はまだしも、地図に載っていない場所はさらにスピードが落ちるはずだ。
「この先に毒矢が出てくる罠がある。気を付けてくれ」
歩きながらアレクサンダーが言う。出てくると分かっていればなんてことは無いのだが、罠に引っかかったときに、モンスターの襲撃と勘違いしてパニックを起こすのもまずい。騒げば周囲のモンスターが音に引かれてやってくるし、罠に引っかかっている時に攻撃されても態勢が整わない。
左右の壁注意して進む。
通路は石ブロック(横幅五十センチ、縦幅二十センチの長方形のモノ)で組み上げられており、それが延々と複雑な迷路となって続いている。
通路は前衛が三人並んで戦闘が出来る程度の広さがあるが、敵が二匹以上いると回り込むのは難しく、それもまた戦闘が長引く原因となっている。
「俺は後ろを警戒する」
初めは前衛として戦うことを主張していたハウラーだったが、皆の実力が分かってくると後ろに下がった。ランスロットとグリーズとアーシェの三人が最前列だ。俺達のパーティーとやり合っても互角以上に戦えそう。
「この先の右には落とし穴がある。左へ行こう」
アレクサンダーがそう言って左を指差したが。
「アレクのおっさんよ、その落とし穴ってのは床が崩れるのか?」
グリーズが聞く。
「そうだ。人が上に乗ると崩れる。だが、またその場を訪れたときには床が復活していてな」
「けっ、厄介な代物だな、そりゃ」
「ああ」
復活するダンジョンの罠はお約束の様なモノだろう。一度クリアして次が発動しなくなるなら、次に潜る冒険者の楽しみが無い。いや、別に楽しむための施設じゃないんだろうけど。
「あっ! アレクサンダーさん、やっぱり右に行きましょう」
俺は思いついて言う。
「んん? なぜだね」
「わざと落とし穴に落ちて、下の階にショートカットしていけば時間を短縮できます」
「ほう、近道か。それもそうだな」
俺達は右に向かい、浮遊の呪文を使って下の槍を避けて下の階へ降りる。
「ストーンウォールで穴を開けます。どんどん、行きましょう」
俺は笑って言い、皆も頷く。
穴を開けて、降りる。
穴を開けて、降りる。
穴を開けて、降りる。
楽しー。
こりゃ、今日中に邪神のところまで行けそうだ。食料の運搬を冒険者に依頼で出してたが、要らなかったな。
「ええと、今、何階層だ?」
グリーズが数が分からなくなったようで聞いてくる。
「今、三十七階層だ」
俺が告げる。マッパーの呪文で把握しているので問題は無い。
「よし、あと十ちょいだな、どんどん行こうぜ」
「ああ」
穴を開けたときに下にモンスターがいたときは、魔法で一掃し、罠の有無も確認しながら行く。
第四十層に入ると、石のブロックから天然の洞窟に変わったが、俺達のやることに変わりは無い。
「来ました。ここが第四十九層です」
俺は手を休めて言う。
「ここは私も知らない場所だな。未踏破エリアだ。気を付けてくれ」
アレクサンダーが周囲を見回して言うが、この下が問題だ。
「じゃ、さっさと邪神を拝みに行こうぜ」
グリーズが言うが。
「待て待て、グリーズ、準備をしてからだ」
ランスロットも苦笑した。
「支援魔法を全て掛けてから行くので、そのつもりで。クレア、祝福を全員に頼む」
俺がそう言って指示を出す。
「ええ」
クレアが祈りの言葉を唱え、俺やクロも支援魔法を順番に掛けていき、準備を整える。
その間、剣士達は自分の武器の具合を確かめていた。
「よし、こっちは準備万端だ」
ランスロットが言う。
「こっちもいいわね? ユーイチ」
ティーナが問うが。
「ああ、オーケーだ」
全員の準備を確認し、床にストーンウォールで穴を開ける。
「あれれ?」
俺は穴を覗き込んで首をひねるが、ライトの呪文が阻害されているのか、下がよく見えない。真っ暗闇だ。
「待って、何か来たわよ」
リサが下では無く、この階の通路の方を見て注意を促した。モンスターかと思ってそちらを見ると、やってきたのは人間の冒険者のパーティーだった。
「よう、あんたら、わざわざ階段で潜ってきたのか?」
グリーズが先に声を掛けた。
「そうだが、別に道があるのか?」
向こうのパーティーのリーダーらしき戦士が怪訝な顔で問う。
「ああ、ちょっくら魔術でな。穴を開けて垂直の直通だ」
グリーズが下をつつくように指差して言う。
「ほお」
「ユーイチ」
後ろから俺の名を呼ぶ大柄な戦士が前に出てきたが、知った顔だった。
「ああ、ビクトールさん」
ヒューズの街で高級ポーションを俺にくれた冒険者だ。
アイアン・タンク・ビクトール。
「驚いたな。お前がここまで来るとは」
ビクトールは俺が男爵となり、総人類生存計画の責任者となっていることは知らないらしい。ま、今更言うことでも無いしな。
情報の徹底という点で課題が見えたが、計画はすでに最終段階にある。
「ええ。これ、お返しします」
俺は懐から十個の極上ポーションを出した。借りは返さないとな。
「これは、極上か?」
「ええ」
「じゃ、一つだけもらっておく。お前も必要だろう」
「たくさん有るんですけどね」
「だが…」
「何か来るぞッ!」
向こうの冒険者が叫び、すぐさまデーモンの群れが現れた。
「くそっ、ウルトラ・グレート・デーモン・エンペラーだとっ!?」
どうやら魔王軍も俺達が邪神に迫っていることに気づいて、あるいは、こいつらが邪神の親衛隊なのかもしれないが。
「へっ、ちょうど良いぜ。腕慣らしが必要だと思ってたところだ」
「待て、グリーズ、俺達の役割は―――」
ランスロットが止めようとするが、その前にグリーズは斬りかかっていた。
「関係ねえ! こいつらを瞬殺して、うおっ!?」
横からパンチを食らったグリーズが洞窟の壁にめり込む感じで激突した。
お、おいおい…。
「グリーズッ!」
やべえ、こりゃ、かなりのパワーとスピードだ。
「やれやれ、どうやらこいつらを片付けないと先には進めんようだな」
アレクサンダーが炎の呪文を使って、言う。
「だが、強い!」
アーシェがデーモンの爪を剣で押し返しながら言う。
「新手が来たぞ! うわっ」
向こうの冒険者のパーティーの剣士が狼狽えた声を出すが、次々と現れるデーモン。
うへえ、こりゃ本格的に侵入が気づかれたな。
俺も杖を構えるが。
「ユーイチ、ティーナ、あなたたちは先に行きなさいッ! ここは私達が食い止めるわ!」
スカーレットが言う。
「でも!」
ティーナがレイピアを構えたまま、抗議するように言うが。
そう、これだけの数、スカーレット達だけで倒せるかどうか。
「忘れたの? あなたたちの使命は邪神を倒すことでしょ。こんな雑魚、私達で充分よ。さあ、ぐだぐだ言ってねえで、ちゃっちゃと片付けて来やがれ!」
「分かった!」
ティーナが頷き、俺も頷く。
穴に向かおうとしたが、横からデーモンが襲いかかってきた。
「SHAAAA!」
「くそっ」
俺は杖で爪を受け止めようとしたが、その前に盾でビクトールが止めてくれた。
「ビクトールさん!」
「ここは任せておけ。なに、俺達もここまで来たんだ、いくら数で来ようとも、そう簡単にはやられんさ」
「はい!」
「ユーイチ、テメー、負けたら承知しねえからな!」
グリーズも無事だったようで、戦いながらそう言ってくる。
「ああ、すぐに戻って来る」
「けっ、俺らがここを片付けてそっちに行くんだっての、おらぁ!」
「ああ、そうだ、僕らもすぐに追いつく。君たちは先に行っててくれ」
ランスロットもデーモンを切り捨てながら言う。
「分かったわ。じゃ、ランスロット、みんな、後は任せたわよ!」
ティーナがそう言って、穴に飛び込む。
続いてリム、リサ、クロ、 エリカ、ミネア、レーネ、ミオ、クレア、最後に俺だ。
「う、うお?」
滞空時間がやけに長いので不安になったが、マッパーの呪文で広い空間を降りていることは確認できた。
「地面が見えたわ」
リサが言い、先に着地する。浮遊の呪文が無かったら、きっと死んでたな。上の連中は…アレクサンダーが魔法を使えるな。後からやってきたパーティーにも魔術士がいたし、四十九層まで来る連中なら、浮遊くらいは知ってるだろう。別に無理にあの穴から飛び降りてこなくても良いのだ。ロープも用意してるだろうし。
「ここは、何だ?」
レーネが見回して言う。ライトの呪文を全開にしているのだが、どうも光が阻害されて、おぼろげにしか辺りを照らせない。
「今までと随分、感じが違うわね」
天井を見上げたティーナが言う。
ここまで迷路の通路が続いていて、こんな吹き抜けのような場所は無かった。
マッパーで確認するが、かなり広めの空洞だ。端の壁が探知できない。
「くんくん、変な匂いがするニャ。何かいるニャ」
リムが言い、皆、緊張して身構える。
「ここにおるっちゅうたら、やっぱりアレやろうな」
ミネアが言うが、これでドラゴンやゴブリンが出てきた日にはちょっと泣ける。
「決まってるでしょ。戦闘準備は良いわね?」
リサも言うが、準備は万全だ。
「女神ミルスよ、ファルバスの神々よ、我らにご加護を」
クレアも祈りの言葉を捧げる。
俺は探知を唱える。
反応があった。
「そっちの方向にいるぞッ!」
俺は正面を指差して言う。
「行くわよ、みんな!」
ティーナがそう言って先頭を切って走る。さすがリーダー。
行きたくねえなあと思ってしまった俺も覚悟を決め、そちらに走る。




