第三話 インフレーション
少し怪しいインフレの考察があります。一応筆者は経済学部の学士号を持っておりますが、◇◆の印があるのでランクを予想しつつ生暖かい目で読んで下さい。
2016/10/8 最終章第八話「汚職問題」に解決編のようなモノを追加しました。
『変革というものは、ひとつ起こると、必ずや次の変革を呼ぶように出来ているものである』
―――マキャベリ
俺とティーナは飛空艇で王宮へと向かった。
ミッドランドにおいていくつか深刻な問題が発生していたからである。
それは邪神とは完全に無関係なのだが、だからと言って放置し国が混乱してしまっては最終決戦に悪影響が出てしまう。
「インフレ? それはどう言うモノなの?」
ティーナには前に一度少し説明したのだが、その時にインフレーションと言う言葉は教えてなかったな。
「インフレーションの略で、要は、物価が上がり続けることなんだ」
「ああ、そう言えば、目安箱にそんな苦情が増えてたわね」
ヴァルディス領とロフォール領には目安箱を設置して、匿名で誰でも直訴が出来るようにしてある。
これを機能させるためには識字率の向上が欠かせないので学校教育にも力を入れ、大人に対しても読み書きは教えているのだが。
物価の上昇はロフォールでは結構前から起きていて、俺はこの世界の物価上昇率はこんなものかなあと思っていたのだが、どうやらそれは普通の状態では無かったようである。
俺の参謀、セリオスに指摘されて対策を取ったのだが、どうにも上手く行かない。
物価を強制的に決めてお触れを出したら、店の方が倒産したり、仕入れをわざと減らしたりして、代わりに闇市が出来てしまった。それを取り締まってもいたちごっことなるので、統制経済は早々に諦めた。
次の対策として良心価格の店に補助金を出したり、俺とクロが自らパン屋や道具屋をやったりしたのだが、そうすると、その特定の品は確かに値段が安くなるのだが、他の店が潰れてしまい、かえって品薄になり、また物価が跳ね上がるのである。
困ったね。
現在、パンは一個12ゴールド、前は1ゴールドするかしないかだったので、一年ちょっとで十倍以上の物価上昇だ。
やはり異常である。
もちろん俺は原因を調査し、この世界の学者や賢者にも教えを請うたのだが、効果が出る対策は今のところ出ていない。
食うにも困っている者たちには食料を配給とし、急場は凌いでいるのだが、どうも最近、身なりは裕福なのにパンをもらいに来る奴もいて、モラルハザードも起きている様子。
俺はもう一度、書物を調べたり、この世界の識者と意見を交わして考えたのだが、やはり、これはインフレーションであるという結論に達した。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
ここから少しインフレについて考えてみよう。
インフレに対する一般的な対策は、
・中央銀行の公定歩合の引き上げ
・売りオペレーション
・公共投資の削減
・増税
だったと思う。俺も現代知識はネットが無いので、うろ覚えだ。
だが、ちょっと待って欲しい。
この対策が正しいとしても、この世界には中央銀行など存在しないのである。
中央銀行とは何か?
通貨を発行するところ、かな?
あと、普通の銀行に金を貸したり?
それだけ?
……怪しい。
そもそも銀行とは何なのかも考えておく必要もありそうだ。
銀行は預金者から金を借りて、利息を付けて返す。
銀行はまた、企業に金を貸して、利子を受け取る。
他にも送金や決済など色々あるんだろうが、基本的なのはこの二つだろう。
余っているところからお金を集め、足りないところへお金を渡す。
お金を融通する機関だから、金融機関。
『通貨の番人』とも呼ばれてた気がするな。
現代はお札を預かるが、貸金庫に金貨が入っててもおかしくは無いし。
どちらにしても金を守り、管理する機関だ。
高利貸しもヤミ金も銀行も、結局は金をやりくりして儲ける商売だ。
中央銀行の特殊なところは、そのお金を自分で作れちゃうところである。
法律で厳しく規制されるから中央銀行以外はお金を作れない。独占だ。
そして、今、金貨を作っているのはこの俺、造幣副局長であるヴァルディス男爵だったりする。
となると、金利操作は出来なくとも、何かやれそうだよね。
債権、つまり誰かの借金の証書を高値で買いまくるとか。これは買いオペだ。
インフレ対策としては逆の売りオペが必要だが、俺は誰かの借金の証書を持ってるわけでも無いので、売れないな。
公共投資の削減は……このところ、天空の城や大神殿や色々作っちゃったけど、アレがマズかったかな? 雇用も産まれるから冒険者に依頼を出してバンバン工事を手伝わせてたんだが…俺のせいか? いやいや。そんなはずは。
増税は…いや、この世界の税金は高いと思うから、安くして当然。人の暮らしを良くするのが領主の務めである。増税は嫌だ。減税バンザイ! 減税こそ世界を救う。減税以外は認めない!
市場にモノが足りず人々の需要が大き過ぎるとインフレになるが、それならモノの供給を増やしてやればいいだけである。他の領地はともかく、ロフォール領は穀物生産高が倍以上になっており、パンの値段が上がるのは基本的におかしいのだ。まぁ、人口も増えたし、パンの質も劇的に向上して飛ぶように売れるということもあるが…。最近、痩せ過ぎの者が減ってきたが、元気になるのは良いことだ。もっと美味しくて健康的で安全安心のパンを大量供給してやるぜー。
金貨は作っても作っても足りない状況になっており、造幣局の作業員は増員して対応している。金属を溶鉱炉で溶かしてプレスする危険な作業であるが、幸い今のところ死亡事故は発生していない。ヒヤリとする事例は何度か起きていて、俺はきちんと報告書を出させ、その報告書に銀貨一枚の高額褒賞を付けている。ヒヤリハットはいずれ大事故に繋がるから、早めに対策を取って危険の芽を摘み取らねばね。
叱るのでは無く、価値のある情報として扱い、作業員にも対策を考えてもらうのだ。そのための時間も労働時間としてちゃんと給料を払う。考える時間が無いような忙しさでは困るので、作業員が報告書を書く前提でシフトや配置を組む。
でも、インフレって確か、通貨の信用が下がっていることであり、通貨発行量が多すぎてもインフレになるんじゃなかったか。
…あれぇ?
ひとまず、インフレに対する考察はこのくらいで!
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
うーん、でも、王宮からは「もっと金貨を作れ!」「足りん!」「何やってんの!」「仕事しろ!」といつもせっつかれているし、実際、金貨は不足気味の気がするんだよね。
道具屋に高値のアイテムを持って行ったら、金を用立てるのに少し待ってくれと言われたり、大商人のロバートも金貨や銀貨が集めにくくなっていると言っていた。
なのに物価上昇が起きている。
何かがおかしいんだ。
どこかで闇の勢力が何か悪さをしているに違いない。うん、きっとそうだ。
「と言うわけで、闇の勢力を退治してもらうよう、宰相に相談しに行くんだ」
俺はキリッとして言う。
「う、うーん、そう。話を聞いていると全部ユーイチのせいの気が……」
ティーナはそんな事を言い掛けるし。
「シャラップ! 俺は真面目にきちんと言われた仕事はやってるの! 良い対策があるならいつでも言ってくれ。それをすぐやってやる」
「じゃあ、増税?」
「! ティーナ……どうしてそうなる。君がそんな奴だとは思わなかった」
「だって、あなたが、一般的には財政規律を高めて増税するのがインフレ対策だー、なんて言うからよ」
「増税は絶対にしない」
「そう。ひとまず、大神殿や天空の城みたいなのはしばらく作らない方が良いと思うわ。あれで冒険者の仕事が増えて金回りが良くなったみたいだけど…うーん」
「金回りが良くなったら、良いことじゃないか。それはやっぱりインフレとは関係ないだろ。有ったとしても聞く耳持たん」
酒場が大繁盛、景気が良い、それはつまり、インフレ傾向の気がしてきたのだが、俺のその思考にシャラップだ。
「ええ? まあいいわ、とにかく私達の領地だけじゃなくて、他の領地でも金貨不足と言うのなら、宰相に相談した方が良いと思うし」
「そうそう、そうだろうそうだろう。俺は何一つ間違ってない」
「うーん」
「何か、問題があるか?」
「いいえ。相談に行くのは良いことだと思うわよ」
「だろう?」
王都の俺の別邸に飛空艇を着陸させる。前は王宮の庭に直接着陸していたのだが、宮廷貴族がけしからんだの不敬だの言い出したので、そちらに配慮して着陸は別邸にした。
馬車に乗り換えるのが面倒臭い。
「ねえ、せっかくだから、歩いて王宮まで行きましょうよ」
ティーナがそんな事を言い出すし。
「はぁ? 時間が掛かって、歩く労力が掛かるだけだろ?」
「もう、風情が無いわね、あなたって人は」
「俺は風情より楽を取る」
「私は楽より風情を取ります」
「エー? 分かったよ。付き合ってもらってるのこっちだし、今日は譲ろう」
「ええ、ありがと」
ティーナと二人、後ろに護衛の兵士を連れてだが、王都を歩く。
「なんか前より人がずっと増えてる気がするな」
「そうね。あ、見て、鯛焼きをここでも売ってるわ。買っていく?」
「そうだな」
他にもクレープや大判焼きなど、俺が伝えた食べ物の屋台や店が増えている。
かき氷やアイスも伝えたが、さすがに季節はもう冬に入りかけているので、その二つは見かけないな。
「鯛焼き、二つ頂戴」
「はい、30ゴールドになります」
一つ15ゴールドって、高いな、おい。
「えっ、高いわね…」
ティーナも高いと思った様子。
「いいえ、お客さん、うちは安い方ですよ。向こうの通りじゃ一つ20ゴールドで売ってますからね。材料も高くなってますし、来月には多分、10ゴールドくらいは値上げしますよ」
店員が小声で言うが。
「ええ? うーん、まあいいわ、はい、じゃ、小銅貨三枚ね」
「毎度あり~」
「じゃ、はい、ユーイチ。私の奢りでいいわ」
「おう、サンキュー。しかし、インフレ対策、真面目にやる必要がありそうな気がして来た」
「そうねぇ」
鯛焼きを頭からパクッと食べるティーナと、しっぽをちぎってチマチマ食べる俺。ふっくらしたスポンジの内側に、こしあんがたっぷりと入っていて、しかもアツアツの焼きたてだ。香ばしい匂いと上質な甘みに満足。
「あっ! ユーちゃんとティーナ様じゃん」
ちょうど服屋から派手な女が出てきたが、ベリルだった。この寒空にへそ出しルックとか、お腹壊しても知らないぞ。腕には生意気にも、凝った装飾の宝石入りゴールド・ブレスレットをしてるし、服も、お前それ、平民用のじゃないだろ?
だいたい、なぜティーナに様を付けて、俺を様付けで呼ばんのだ、まあいい。
「ベリル、なんでお前が王都にいるんだ?」
俺は当然の質問をする。
「ああ、うん、ちょっとぉー、ラトゥールのチケットが手に入ったから、地下鉄使って王都に遊びに来たの! あと服も買いたかったしぃー。エルも誘ったんだけど、あの子、来ないって言うしさぁ。あ、見て見て、コレ、チョー可愛くない? 1800ゴールドもしたのよ」
歩きにくそうな、かかとのやたら高いロングブーツを履いているが、俺の領地ならそれは危険商品として生産禁止だな。
俺の領地にもそれを履いて入って欲しくは無いが、高い金出して買ったんだろうし、禁止したらうるさそうだしなぁ。
念のため分析してみたが防御力は低いタダの革靴だった。特殊効果も無し。
「高ぇ…。だが、地下鉄の料金もかなり高く設定してたはずだぞ? 金はどうしたんだ」
アレは基本的に一般人用ではなく、俺達要人が行き来するために作った物だ。ただ、その間ずっと眠らせておくのも惜しいので、定期便を作って一定料金を支払えば一般人でも乗れるようにしてある。ただし、俺が想定したその一般人とは貴族や大商人のことであるが。
「バイトして貯めた。アタシ、今、ロフォールの街の酒場で一番人気の踊り子なのよ? おひねりもジャンジャン飛んでくるんだから」
「ふーん、まあ、あまり変なバイトじゃなきゃ、俺も何も言わないが」
「当然でしょ、あ! 彼氏だからアタシに変な事して欲しくないわけだ? やだ、早く言ってよ、ユーちゃぁん」
「いや、ちげーよ!」
ジロッとティーナが俺を見てくるし、勘弁してくれ。変な汗が出てきたぞ、おい。
「アハハ、冗談だっての、真に受けちゃって、二人ともカワイー。じゃ、私、王都で評判のスイーツを食べに行かなきゃだから、またねー。あそこ並ばないと買えないんだって!」
ベリルはそう言って手を振ると、さっさと行ってしまった。
「本当に手を出してないのね?」
ティーナが聞いてくるし。
「無い。俺を信じろ。と言うか、アレは趣味じゃ無い」
「そんな感じね。でも、前に見た時よりさらにオシャレになってると言うか…。私もあの靴、挑戦してみようかな」
「止めとけ、転んで骨折するぞ。じゃ、城に…うお、ネルロ」
王城に行こうとしたら、ちょうど高級レストランからネルロが出てくるのが見えた。
「おい、ネルロ!」
俺は呼び止める。
「ん? おお、ユーイチじゃねえか。こんなところで会うとは思わなかったぜ。お前、ヴァルディスにいたんじゃないのか」
「そうだが、今日は王宮に用があったからここに来てるんだ。それより、お前も地下鉄に乗って来たのか?」
「ああ、そうだぜ。アレはスゲーな、あっと言う間に王都に着いたから俺もびっくりしたぜ」
「金はどうした?」
「へっへ、大神殿や天空の城を作るのに依頼が出てただろ。アレでちょっと稼いだんだ」
「あー、お前が真面目に働くとは」
想定外だ。
「ああ? うるせーよ。だいたいユーイチ、お前が最近、肉を奢ってくれないからだぞ」
「うーん、ま、それはまた今度な。今日も今、食ったんだろう?」
「ああ、王都の肉はやっぱ旨えな。お前にもらった一張羅を着てきた甲斐があったぜ」
「そりゃ良かったな。あんまり無駄遣いせずに貯金しておけよ」
「ハッ、そりゃ無理だな。俺は宵越しの金は持たねえ主義よ。じゃ、あばよ!」
宵越しって、まーた誰かに何か吹き込まれたな…大神殿の大工かな、余計な事を。
「うーん、何だろう、働いてお金を稼ぐのは良いと思うんだけど、宵越しの金を持たないって、貯金はしないって事よね?」
ティーナも危ういモノを感じたようで確認してくる。
「そうだ。なんとなーく闇の勢力の正体が分かった気がするなぁ」
バブル経済。
ボディコンを着た若い女の子が扇を振って狂ったように踊ってる動画があったが、あの雰囲気に似てる気がした。
当時の日本は、土地と株と円の値上がりで、好景気に沸き、経済が異常に過熱していた。
東京の土地を売ればアメリカ全土が買えると言われるほどの値上がりであった。
人々はさらに経済成長を期待し、円高によって国際競争力が失われていたにも拘わらず、広く楽観論に支配されていた。
株価の暴落と共にその経済は一気に崩壊していくわけだが、その都度適切な経済政策を採っていかないと、ミッドランドも危うい。
俺はそう考えた。
「行こう、ティーナ」
「ええ、行きましょう」
俺達二人は、王宮へと足早に向かった。
あとがき
ユーイチは国債発行は思いつきませんでした。他にも色々と手段はあると思いますが、経済政策編はもう一話続きます。




