第二十四話 大魔導師バルシアン
2016/9/9 誤字修正。
むっ、この人が星部(魔術省)の大貴族バルシアン侯爵か。フードを深くかぶっているので顔は見えないが……宮廷魔術師の彼がなぜここに?
ディープシュガーと関係が深かったのだろうか。
「この私に救いを求めるか。普段は気味が悪いと私を馬鹿にしていたお前が」
黒ローブのバルシアンは落ち着き払った声で言うが、こちらに敵対しないつもりだから落ち着いているのか、それとも―――。
「わ、悪かった! だが、今はそれどころでは無いのだ! 何とかしてくれ! 金ならいくらでも払うぞ!」
ディープシュガーが言うが。
「金貨か。なるほど、錬金の材料としてはそれなりに使えよう。フフフ、だが、これこの通り、生憎と金貨には困っておらぬのでな」
バルシアンが金属製の黒いロッドを軽く振るうと、そこから金貨がジャラジャラと湧き出てきた。
うわ、何それ羨ま凄い!
「バルシアン侯爵閣下! お初にお目に掛かりますッ! 私はユーイチ=フォン=ヴァルディス男爵! 是非ともあなた様に弟子入りを!」
「弟子か。下僕なら雇ってやっても良いが……」
「はいッ! 雑巾掛けから足のマッサージまで何でもやりますッ! 下僕で結構でございます! 喜んでっ!」
「いや、やはり止めておこう。私は騒がしいのは嫌いでな」
ぬおっ、ち、沈黙! ここは態度だけでアピール! パントマイムで、シュバババババッ!
「バルシアン卿! そのような事より!」
「分かった分かった、うるさい豚め、なら、お望み通りに、救いをくれてやろうぞ」
そう言ったバルシアンが黒いロッドを振るう。
―――すると。
蔵の石畳の床に血の色の魔法陣が浮かび上がり、赤い円柱の形をした光を上に発した。
アレは召喚―――!
「いかんっ! 下がれケイン!」
突入しようとしたケインに俺はすぐさま叫ぶ。バルシアン侯爵は思った以上に手強い魔術士だ。いや、間違い無く大魔導師クラスだな。
あんな便利な呪文が使えるなんて。
しかし、くそっ、なんでそんな人が悪代官なんかの側に付くのか。金も要らないなら、どうみてもそっち側じゃないだろうに。
俺の指示を聞いてケインとジェイムズが下がる。
次の瞬間、石畳の床から赤い大きなドラゴンが出てきた。
うわー、強そう。
「ぎゃっ!」
ドラゴンは蔵よりもずっと大きく、出てきた途端に、蔵が内側から破壊されてしまった。
その場にいたディープシュガーは悲鳴を上げたがあっと言う間に潰されてしまった様子。
どう見ても助からないと思うが。
……ううん、どうかな。
手品かもしれないし。
念のため、分析で確認したが、やはり彼は死体となっていた。
えっ? 今の助けたんじゃないの?
俺は事情が飲み込めず、その場で思考がしばし止まった。
再び、いつの間にかレッドドラゴンの脇に立っていたバルシアンが笑う。
「フフフ、これで俗世のしがらみからは救われた。ユーイチよ、お前も私に金の救いを求めるならば、その対価を差し出してもらおうぞ」
なんか違う助け方だな、こりゃ。誰もそんな救いなんて求めてないっての。意味分かんねーよ。
「い、いやいや、キャンセル、契約破棄で! クーリングオフで!」
俺は慌てて言う。そんな黒いセールスマンみたいな契約は嫌よ。
「遠慮はするな。レッドドラゴンの鱗や魔石は金になると言うぞ」
「お金は欲しいけど、生ドラゴンはいりませーん!」
そう言いつつも、俺はもう三重マジックバリアを無詠唱でこの場の全員に掛けている。
案の定、レッドドラゴンは炎を吐いた!
「うわっ!」
「ケインッ!」
炎をモロにかぶったケインが、慌ててその場から逃げる。
ヒヤッとしたが大丈夫、HPが200ちょい削られたが、まだ400残ってる。
ケインは自分の鎧の腰にぶら下げた袋から薬草を取りだして口に放り込んでモグモグ。
くそ、何とか戦えるレベルだが、ブレス一撃で200のダメージは厳しいな。範囲攻撃だし。
「他の者は下がれ! レベル60以下は交戦禁止だ、下がれ!」
俺は拡声器を使って命令を出す。
「下がるぞ!」
ジェイムズが上手く兵の指揮を執ってくれ、下がる。彼はレベル38だから、この相手は荷が重い。ケインはレベル51まで上がっているが、ま、いつものパーティーメンバーで相手をした方がいいな。
俺は念話で仲間に緊急召集を掛け、煙玉と風玉も使って空中に『助けて! by ユーイチ』という文字も空にデカデカと出した。
「待たせたわね!」
ティーナが一番乗りでやってきてくれた。さすが頼れるリーダー。かっくいー!
「相手はそのレッドドラゴンと大魔導師バルシアンだ」
俺が告げるが。
「えっ、ええ? バルシアンって……」
ティーナも相手を知って怪訝な顔になる。
「完全な敵だ。容赦はするな」
「分かった!」
疑わずに信じてくれるのはありがたい。ここで変なやりとりしてたら確実に命取りだしな。
俺はティーナにも三重マジックバリアを掛けておく。
「せいっ!」
彼女はレッドドラゴンに走り込んで横からレイピアを突き刺した。
キンッと金属音がして、しかし、ミスリル製のレイピアが弾かれる。
「硬い!」
ティーナがレッドドラゴンから素早く距離を取って下がり、顔をしかめながら言う。
んー、まだ腕力UPのアイテムを使っていないから分からないが、この様子だと普通の物理攻撃は厳しいか?
もう一方のバルシアンに今動かれると凄くヤバいのだが、彼は笑って戦闘を眺めているだけ。余裕だなぁ。ま、攻撃してこないなら後回しが良い。
「ティーナ、無理はするなよ。みんなが揃ってからでいい」
心配なので俺は言っておく。
「分かってるけど、私のレベルも高いんだし、やれると思う」
「いや、思うとかで話をするなよ。リーダーはパーティーメンバーの命を預かる重責があるんだぞ? どこぞの粋がったガキみたいなことを言わないでくれ。最低でも相手が納得する科学的根拠を示してコンセンサスを取れと」
「もう、あなたを納得させるなんて神様でも不可能でしょ。ああ言えばこう言うで埒が明かないし」
「なら、諦めろ」
「むぅ。私は経験と勘に基づいて言ってるの。せいっ!」
ティーナが俺とやりとりする間にも、ドラゴンがブオッと十メートルを超える炎を吐き出し、熱気が五十メートル離れている俺のところまで届いてくる。
くそ、もっと距離を取らないと。ケイン、そこ邪魔。下がれ! 下がれ!
「お館様、あれではティーナ様がお一人で戦う羽目になりますが…」
ケインも心配したようで言う。兵士達が助太刀に入ろうかどうかと隙を窺ってるし、勇み足も出てきそうで嫌な雰囲気だ。うちのヴァルディス騎士団は元ロフォール騎士団の兵士が多いし、ティーナお抱えのロフォール騎士団もこの場にいるからな。
「ティーナ! 下がるんだ」
俺は声を掛ける。
「嫌よ。ここでレッドドラゴンを逃がすようなことがあれば、分かってるの? ここは王都のど真ん中なのよ!」
「くっ」
俺もそれくらいは承知しているが…。「それがどうした」と言うのは止めておこう。ティーナが間違い無く激怒するし、俺の騎士団の兵士達もこんな領主には仕える気にならないと思われたら事だ。一時の詭弁や冗談でも、俺と付き合いの浅い者には通用しないだろうし。
どうしたものか…。
こうして考えている間にも、ティーナはたった一人でレッドドラゴンに立ち向かっていく。
ホント、勇気あるよな。
むむ、じっとここで影から見ている俺がどうなんだ、という雰囲気になりかけてるし。
ケインや兵士達の視線がこちらに集中。
「あっ、ティーナ! 頼む、下がってくれ。俺は君を失いたくは無い。愛する婚約者だからな!」
決まった。キリッと演技も入れて熱愛も全身で表現した。これでチョロインのティーナは照れながら下がってくれるはず―――。
「愛のあるフィアンセなら、隣で剣を持って戦うはずでしょ」
さらりと。
「ぬ、ぬぬ…あれ?」
「カカッ、ほれ、妾を持って突っ込むのじゃ」
腰の魔剣リーファも笑ってそう言うが、嫌だよ!
何が悲しくて魔術士の俺がドラゴンに剣を持って突っ込まねばならんのか…くそう。
「ほう、火竜か、面白い!」
俺が本気で困っていると、レーネが到着した。よし、とにかくみんなが来てくれれば問題無い。
みんな早く来てくれ!
「ユーイチさん!」
クロも到着。
「ニャ! ユーイチ、助けに来たニャ!」
リムも到着。
到着した仲間に、その度に三重マジックバリアを掛け、俺はひたすら支援魔法を連発。
仲間が全員揃うまでは防御優先だ。何が何でも防御。死んでも防御優先!
「そこっ、まだ攻撃を仕掛けるな!」
前衛チームが揃ったことで、ドラゴンを囲んで調子に乗って連携攻撃し始めたので俺は注意しておく。
「助けを呼んでおいて、ワガママな奴だ。そらっ!」
レーネがそう言って構わず大剣で斬り込んだが、レッドドラゴンの堅い鱗も切り裂くことが出来た。戦えることは戦えるな。
だが、相手はレッドドラゴンである。赤い敵はヤバいと相場が決まっている。
「ほっとけば良いわよ、あんなの」
いつの間にかやってきていたリサは隣の倉の屋根の上に陣取り、牽制のボウガンの矢をドラゴンに向かって放つ。
『ミネア、それは今、やめとけ』
ショートソードを握り、バルシアンの背後に忍び寄ろうとしたミネアに俺は念話で言っておく。
黒ローブのバルシアンは高みの見物を決め込んで攻撃参加していないので、刺激したくは無い。
『分かった』
電撃が後ろから飛んできて、エリカもやってきた様子。
「お待たせしました」
最後にクレアが到着し、これで十人が揃った。
俺、クロ、リム、ティーナ、リサ、エリカ、ミネア、レーネ、ミオ 、クレア。
レベル74オーバーの最強のパーティーだ。
これなら第十一の使徒、レッドドラゴンでも行けるはず。
問題は、伝承では『レッドドラゴン使徒ヴァージョン』を倒すのに氷の杖を使ったと言うこと。
残念ながら俺達はその杖の所在すら掴んでいない。
氷の魔剣は知っているが、ハイランドまでまた取りに行く必要があるし、あそこは遠いんだよな。
しかも、ストーンウォールの呪文と、魔剣リーファが無いと運ぶことすら困難だから、俺がその間はパーティーから外れる必要がある。
ひとまず、戦って具合を確かめるか。
敵わないようならハイランド行きだ。
「弱点は氷! 炎系は禁止だ!」
伝承を信じて、俺は告げる。
ここまでブンバルト大司祭から教わった通りの使徒が出てきているからな。
多少種別が違うこともあるが、弱点はたいてい同じ。
間違いは無いはずだ。
「「 了解! 」」
皆も勝手は分かっているし、幾度も戦ってきたから連携もしっかりと取れている。
「はぁあああ! せいっ!」
まずティーナがレイピアで牽制し、次にリムが横から攻撃。さらにレーネが大きく振りかぶり追い打ちを掛ける。
魔法チームはブリザードやアイスジャベリンを使う。
俺は全員のHPをステータスウインドウで監視し、少なくなる前に下がらせ、薬草やポーションを使う。
「戦えるわね」
リサが言う。
「ええ、行けるッ!」
ティーナも頷く。
彼女のレイピアは弾かれてしまうが、レーネの大剣とリムの手斧はレッドドラゴンに傷を負わせる事が出来た。
氷系の魔法もきっちりダメージが入る。
だが、バルシアンがいるからな。
あまり長引かせたくは無い。
「前衛チーム、少しで良い、足止めしてくれ」
俺は言う。
「「 分かった! 」」
「さあ、クロ! ミオ! エリカ! 例のアレをやるぞ!」
俺は魔力増幅アイテムであるアクア・クリスタルを左手に持ち、杖を右手で構えた。
「分かりました」
「ん」
「任せなさい!」
魔法チーム四人が、四方に並び立つ。
そして、同時に詠唱を開始した。
「「「 幽深なる真の氷よ、無の波動となりて全てを内に閉じ込めよ! アブソリュート・ゼロ! 」」」
同時詠唱。
この世界では、威力が倍々になったりはしないが、加算して魔法が強くなる。
タイミングも合わせないといけないから、かなり難易度が高いのだが、一発の威力を高めたいときにはこれが有効だ。
四人別々でもいいじゃんと言う無かれ、ランチェスター集中の法則だ。
そして大魔導師級の氷系呪文、『絶対零度』
リニア鉄道を作る際に俺は思いついて開発を進めていた。
本当に絶対零度になっているかどうかは自信が無いのだが、それに近い温度は出せる。
残念ながら魔力消費が高いので、連続使用は出来ず、リニア鉄道には利用不可能だ。
だが!
炎系の敵に対しては効果絶大のはず。
燦めく青い光はレッドドラゴンを包み込み、そして瞬時に氷と化した。
前衛チームが攻撃の手を止め、じっと緊迫したままで様子を窺うが、凍り付いたドラゴンはぴくりとも動かない。
「やった! ボス級を凍らせたぞッ!」
俺は杖とクリスタルを持ったままガッツポーズを決める。
「それで、どうするの? このまま封印?」
ティーナが聞いてくるので。
「いいや、ティーナ、思いっきりそいつを突いてみてくれ」
「分かった! はぁああああ、せいっ!」
ティーナが駆け込んでレイピアを突き出す。
ピキッと、レイピアの先端が当たった氷にヒビが入ったかと思うと、次の瞬間、氷が粉々に砕け散った――。
――中身も全て。
砕け散った氷はボフンと赤い煙に包まれ、最後に魔石とドロップの品々が残された。
「クリア!」
リサがクリア宣言。
「ほほう」
バルシアンもこれには感心した様子で眺めているが。
「さあ、次はあなたよ、バルシアン卿」
ティーナがレイピアを向けて構える。
「よかろう。来いっ!」
大魔導師バルシアンがロッドを構えた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「行くぞっ!」
レーネが大剣を掲げて突っ込む。ティーナとリムもすでに走り込んでいる。
魔術士との戦いは俺と練習を何度もしているので、三人とも慣れたものだ。
とにかく前衛は、距離を詰める必要がある。
間を開ければそれだけ呪文を使う隙を与え、倒しにくくなるからだ。
―――が。
「えっ?」
「なにっ?」
「ニャッ?」
三人が唐突にバルシアンを見失い、立ち止まる。
「ここだ」
別のところから現れたバルシアンがロッドを振るう。
すると大量の石つぶてがティーナ達に襲いかかった。
「くっ!」
剣でいくつかは撥ね返したものの、その大半が体に当たってしまい、ダメージに顔を歪める三人。
「ティーナ!」
俺はすぐさまハイポーションを投げて三人に順に渡していく。
「もう一度!」
「それが、いつまで持つかな?」
バルシアンはそう言って薄ら笑いを浮かべたが、フッ、その表情がいつまで持つか楽しみだぜー。




