第九話 メイルシュトローム
2016/12/2 若干修正。
クラーケンが触手攻撃を止め何かをやろうとしている。巨体のためか、その動きはまだ緩慢だ。
「なにかしら?」
ティーナ達もいったん攻撃の手を休め、首をひねる。
が、俺はすぐに気づいた。
「うわぁ。メイルシュトロームっぽいぞ。早く離れろ!」
慌てて水を引っ掻いて俺達は距離を取る。
「み、水が!」
潮流がだんだん激しくなり、くそ、やっぱりメイルシュトロームだ!
「うわあああ!」
人魚の呪文で水流の影響をほとんど受けなくなっているにも拘わらず、俺達の体が奔流に引きずり込まれ始めた!
「まずい、このままじゃ…」
いったん流れに引き込まれると、泳いだくらいでは抜け出せそうに無い。
コイツの回転がいつ終わるか分からないが、船酔いは確実。
それどころか、流れの速さによっては体が引きちぎられかねない。
魔法チームは慌ててウォーターウォールなどを使ってみるが、流れは止まらない。
「何かないか……そうだ! 玉手箱」
天女からもらったアクア・クリスタル。この魔力をここで使えば。
「おお、光った」
玉手箱を開けると、アクア・クリスタルがまばゆい光を発し、水流の流れが変わる。
が、拮抗している感じで、まずいな、どこまで持つか。
「くそっ、ダメだ。手が無い」
俺はそう言って、悔やむ。
メイルシュトロームへの対策を怠ったのは致命的だった。
いや、陸で戦うという方針が、危険と想定したメイルシュトロームへの唯一の対策であったのだ。
「ええ? そんな」
パーティーに重い沈黙が訪れるが―――
「それがしに掴まれ!」
「ソードフィッシュ!」
もうとっくに逃げてたと思ったが、まだいたのかよ!
だが、コイツの速さなら、あるいはこの奔流から逃れられるかもしれない。
俺達はその長い槍のような口先を握り、しっかりと掴まる。
さらにリサとミネアがロープで固定した。
「では、行くぞ!」
ソードフィッシュが全力で泳ぎを開始し、うおっ、はえっ!
「よし、いいぞ、抜け出せそうだ! コレはいいな!」
レーネは気に入った様子だが、速すぎて怖いぞ……!
「か、海面へ向かってくれ!」
俺はすぐに言う。とにかく海の中から逃げないと。
「承知!」
なんとか渦の外に逃れ、海面へ顔を出せたが、後ろを見ると、巨大な渦が出来上がっており、あれに巻き込まれていたら大変な事になっていたと思う。
俺達はそのままソードフィッシュに掴まって砂浜近くまで運んでもらった。
「ありがとう、ソードフィッシュ」
ティーナがパーティーを代表して礼を言う。
「礼は要らぬ。それがしはそれがしの役割を果たしたまで。勇者達よ、後は頼むぞ」
「ええ」
カッコイイ魚だ。
後でイシーダにソードフィッシュの話を伝えて、酒場で謳ってもらうとしよう。
サザ村にもでっかい銅像を建てて……いや、猫耳族の標的になっては事だ、それはよしておこう。
俺達は砂浜に上がり周りを確認するが、ここはサザ村とは離れており、周囲に人影も無い。
「よし、場所も問題無いな。ここでクラーケンと戦闘を行う」
俺は宣言。いつも逃げてる訳じゃ無いぜ?
「ええ、やりましょう!」
クラーケンも俺達を追いかけてきて、最初に触手が伸びてくる。
「どうした、海の王よ、その程度か!」
レーネが大剣を振り回してその触手を切り落とし、さらに挑発する。
「GYAAAAA!」
それに苛立ったのかどうかは分からないが、海面から顔を出して攻撃してくるクラーケン。
やたら大きいな…。
山ほどある大きさというのがピッタリだ。
「くっ! 切りが無いわ! この触手、回復してるんじゃないの?」
ティーナが言うが。
「いいえ、してないわ。私が確認してる。半分は切り落としたから、頑張って」
リサが励ます。普通のイカは十本足だが、こいつは何本足があるのか、見当も付かない。
「まだ半分…くっ、ええい! せいっ!」
ティーナも気力を振り絞って剣を振るい続ける。
だが、これだと先に疲労が極限に達して、動けなくなりそうだ。
「ティーナ、前衛チームを二つに分けて、片方は休憩しろ」
「うーん…分かった。じゃ、レーネ、ここをお願い。私とリムが先に休憩するわ」
「任せろ!」
レーネ一人で触手と対峙するのは厳しいので、魔法チームも援護。
ミオはその間にゴーレムを量産し始めた。
「レーネ、もっと下がれ」
途中、俺は指示を出す。
「ああ、そうだったな」
クラーケンはまだ海の中にいる。頭だけ海面から出しているが、完全に陸の上に引き込まないと、地形効果も出にくいはずだ。
ま、奴のメイルシュトロームはすでに封じたので、危険はぐっと下がった。
「ぐっ!」
クラーケンも触手をムチのように振るってレーネにダメージを加える。
「レーネ、もう良いわ、交代!」
ティーナが疲れた頃合いを見計らって、前に出る。
「ああ、任せた」
さすがに疲れた様子でこちらにやってきたレーネに薬草を渡しておく。
「ふう、大分、陸に上げたな」
レーネがサロン草を腕に貼りつつ、クラーケンの方を見やる。
「ああ。もうちょっとだ」
クラーケンはかなり前進していて、体の半分以上は海から上がっている。普通のイカは陸に上がったら弱ると思うが、コイツは使徒だからか、弱る気配すらない。
だが、どう見てもイカだからな。
海の中よりは絶対マシだ。
陸に上げたら、ストーンウォールで固めたり、ファイアウォールでタコ殴りにしてやんよ!
俺は勝利を確信していた。
―――が。
「あっ! クラーケンが退いていくわ!」
ティーナが叫ぶ。
「な、なにぃ?!」
ボスが逃げて良いのかよ! それは無いぞ!
「どうするのだ、ユーイチ」
レーネが問うが。
「ちぃ…こっちに水場を作る! それで海側から攻撃だ」
「「「 了解! 」」」
アースウォールで砂浜をごっそり削り、海水を引き込む。
前衛チームは再び人魚の呪文を体にかけて、海の中に入って攻撃開始。
「GYAAAAA!」
クラーケンも思ったよりダメージが深刻なのか、俺達の攻撃を嫌がり始め、逃げようと移動を開始する。体が浅瀬に入ってしまっているので、その動きはかなり遅い。
これが海中だったら、あっと言う間に逃がしてたな。
「あっ、あかん、そっちに行かせたらダメや!」
ミネアが叫び、どうしてかと思って見たら、サザ村がすぐ近くに見えていた。
「くそっ、村の近くに来ていたか」
戦闘に集中しすぎていて、気づくのが遅れてしまった。
「くっ、あっちへ行きなさい、七星閃光!」
「ここから先は通行止めだ! 虚空斬!」
「ニャー、向こうへ行くニャ! とりゃあ!」
前衛チームが必死に攻撃するも、まずいな、動きが止まらない。俺はリサに指示を出した。
「リサ、村の人に避難するよう、伝えてくれ」
「分かった」
彼女が頷いて走って行く。サザ村の村長には事情を話し、クラーケンには近づかないように言ってあるから、すぐに対応はしてくれるはず。
念のため、俺は探知で周囲に人がいないかを確認。
「んっ?」
反応があった。赤いポイントの場所を見やると、そこには金髪ネコミミが座り込んでいた。
んもう、なにしてんのよ!
「そこのネコミミ! さっさと逃げないか!」
拡声器の呪文も使って呼びかけるが、どうやらクラーケンのあまりの大きさに腰を抜かしてしまったようで、立てない様子。
「まずい、触手が行ったぞ!」
レーネが叫ぶし。
「くっそ!」
俺はこの場からウインドランサーの呪文を使って触手を穿つ。新しく開発しておいた風属性の単体攻撃呪文だ。上級呪文で魔力消費が激しいのであまり使いたくはないのに。
魔法チームが一斉に攻撃をしたが、触手は次から次へと伸びてきて、切りが無い。
「誰か、あのネコミミを避難させてくれ!」
ミネアに頼もうかと思ったが、彼女はちょうど、反対側にいてダメだ。
「アタシに任せるニャ!」
近いリムが返事をして走って行く。何とかギリギリだったが、間に合った。
やるな、リム。
俺も一緒にそちらへ行き、アイアンウォールのシェルターを作る。
「よし、もう大丈夫だ。しばらここで大人しくしててくれ」
「う、うう、あ、ありがとう」
「ニャ、ミーシャがお礼なんて、初めて聞いたニャー」
そう言えばここの村の人間はリムの知り合いだったな。今まで礼も言ったことが無いなんてどうかと思うが、ま、礼は礼だ。
「さて、陸に上がったな?」
俺はクラーケンの位置を確認してニヤリと笑う。
逃げるつもりか、最後の悪あがきか、とにかく奴は自分から死地へ入り込んだ。
「ミオ、クロ! やれ!」
魔法チーム三人で一気にアースウォールを使い、クラーケンの足場を持ち上げて水を排出する。
四人目のエリカはMP切れでお休み中だ。
ストーンウォールを使い、クラーケンの体を固定しようとするが、それは軟体動物ゆえか、ちょっと上手く行かない。
仕方ないのでファイアウォールを使い、持続ダメージを与えに掛かる。
「よし! 行ける!」
陸の上で完全に動きが鈍ったクラーケンは、炎から逃れられずにダメージをどんどん蓄積。
逃げようとする方向へファイアウォールを設置してやると、炎を嫌がって方向転換。
最初からこの魔法で誘導すれば良かったのだが、まあいい。
「あとはのんびり~」
果報は寝て待て。
「ダメじゃ! 妾の出番が無いではないか」
俺の腰にぶら下がっている魔剣リーファが喋った。
「ええ? しょうが無いなあ。じゃ」
魔剣を鞘から抜いて、適当に、えい。
「くっ、もうちょっとやる気を見せろと言うに……仕方ないの、ていっ!」
魔剣が自らの力で動き、俺の手から離れて凄い勢いで飛んでいき、クラーケンに突き刺さった。
ボフンと白い煙となって魔石と化す。
「よし、クリアー!」
俺達は飛び上がって勝利を喜んだ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「我々、勇者はー、労働待遇の改善をー、要求する!」
拳を掲げてシュプレヒコールをする俺。
相手はもちろん、女神ミルスだ。
『ええと、ですが、無事に勝利しましたよね?』
「ギリギリだったじゃないですか! どう見てもレベル適正が合ってない。コレがブラウザゲーだったら、掲示板は炎上、運営がお詫びしてレアアイテムを配るくらいの問題です」
『はあ』
「最低でもあとレベル20は上げた後で呼んでもらわないと。メイルシュトロームも、アクア・クリスタルで防ぎ切れてないし」
『ううん…そこまでのレベルは必要無いかと思いますが…。アクア・クリスタルに関しては、アレは別の役割があるのです』
「じゃ、なおさら対策が甘かったじゃないですか。こっちは死にかけたんですよ!?」
『分かりました、次からは善処しましょう』
「約束ですよ? 破ったら、もう勇者は辞めます」
『困りましたね……それでは邪神が勝利してこの世界は滅んでしまうかもしれません』
「そこを対処して、そうならないための方策を考えるのが神様のお仕事だと思います。もしあなたが対処できないのなら、上司である主神ファルバスに報告して指示を仰がないと。ほうれんそう、報告、連絡、相談はお仕事の基本ですよ!」
『う、ううん、はい』
たとえ、相手が神であろうとも、俺の生存ルールは妥協しないぞ!
「ユーイチ、いくら何でも失礼でしょ。本当に申し訳ありません。後で叱っておきますから」
ティーナが割り込んでくる。
「叱るのは良いが、なんで君が勇者筆頭じゃないのか……死に急ぎすぎるからかもなあ」
「ええ? そんな事は無いけど」
「いーや。あるね。さて、じゃ、ロフォールに帰るか」
『あっ…』
「むむ」
ミルスが何か言い掛けたが次の使徒の事か。
『いえ、次は急ぎの使徒ではありません。まだ猶予はあります』
「ならのんびり行きましょう。ちなみに、次はどこですか?」
早めに対策を立てておきたいからな。行き先だけは聞いておこう。
『エルフの里です』
「ふうん? エルフの里……ハッ!」
美少女だらけの里と聞いて、のんびりしていられようか、否! 断じて否!
「こうしちゃいられない、ティーナ、次の啓示だ。エルフの里に向かうぞ!」
「ええ? ふぅ、そう言うことね」
やる気の無さそうなパーティーを俺は鼓舞し、次の目的地を目指した。




