第一話 タイムリミット
2016/12/1 若干修正。
気球を浮かせるためには魔法が必要だが、魔法使いは人数がとても少ない。
高給で募集してみたが、ロフォールやラインシュバルトや王都を含めても応募はたった三人だった。
うち、一人は水準に達していない初級の魔法使いだったので、採用は見合わせた。
魔法学校も作った方が良いかもしれない。
「それでは魔道具を用いられてみてはいかがでしょう?」
夕食の時にセバスチャンが俺の愚痴を聞いてそう提案してきたので、すぐにその話に乗った。
金に糸目を付けず要求を満たす魔道具を集め、四セットほど実用レベルのモノを見つけた。
速攻で買い付け、これで気球は六つ、使えることとなった。
空軍と言うにはあまりにお粗末なのだが、偵察隊や地上支援としてなら役立つだろう。
最低限の教育をしてケインに預けた。
スレイダーンとの国境沿いにはアースウォールで塹壕を作って張り巡らせておく。
ストーンウォールで櫓も作り、これで弓隊による間接攻撃が効果的になる。
「失礼します。先日の『気球』なるモノについて話を詳しくお伺いしたく」
異端審問官が俺の館を訪ねてきて、やれやれ、結構大袈裟な事になってるな。
「アレは、空気を暖めたモノで、邪悪なモノでは無いですよ」
にこやかに俺は説明するが。
「それを調べて決めるのは我々ですので」
異端審問官のユリアは素っ気ない。
一度、俺が破廉恥な彫刻の件で摘発されているし、その時の彼女なので、俺に対する心証は最悪の様子。
「ユリア殿、邪神についてはお聞き及びですか?」
「む、それは…はい、大司祭様から直接伺っております」
知っているとなれば、ヴァイネルンの大神殿の中でも割と幹部らしいな。
俺は真面目な顔で言う。
「気球はその邪神に対抗する上で、絶対に必要不可欠な武器なのです」
コレは本当。
「ううん……」
「あと、金策も必要ですので、彫刻も少し大目に見てもらえると嬉しいのですが……」
こっちは割と趣味。
「なっ! ダメです。大司祭様が信仰を妨げ堕落させるモノとしてお触れを出されたのです。金策ならばもっと別なことでして下さい」
「仕方ありませんね。ああ、そうだ、どうでしょう? 気球にファルバスのマークを入れ、大神殿の祝福を頂いた事にすれば、来たるべき邪神との決戦において、民衆は神殿の威光を敬服するのでは?」
「ううん…、分かりました。その点については、大司祭様とお話ししておきます。ただ、彫刻の方はダメですから」
「分かりましたよ」
交渉成立だ。エロいフィギュアが販売出来ないのは残念だが、火あぶりにされても困るからね。
生存を最優先にしておく。
そうして、ついに出立の時が来た。
「では、リックス、後は頼むわね」
ティーナが言う。
「はっ、お任せを」
「ケイン、無理はしなくて良いからな」
俺が言う。
「はい、大丈夫です。お任せ下さい」
リックスとケインに後を任せ、俺達のパーティーはトリスタンを目指す。
留守中にスレイダーンが侵攻してくる可能性もかなりあるのだが、女神ミルスの啓示だからな。
やれるだけのことはやったと思う。
出来れば、もっと時間があればと思うのだが、仕方が無い。
「どうか、お気を付けて」
と、見送りに来ているエル。
「お土産、頼んだわよ! 絶ーっ対、忘れないでね!」
危機感のかけらも無いベリル。遊びの旅行に行くんじゃ無いんだぞ。あと、領主に要求出来る立場かよ、お前。
「後は全部、俺に任せておけよな! 大船に乗ったつもりでいろよ。俺は船なんてモノには一度も乗ったことねーけどな! ハハハ!」
余計に不安にさせてくれるネルロ。
「じゃ、みんなも元気でね。行きましょう」
ティーナは笑顔で応じるが。
手を振って、トリスタンに俺達は出発した。
少し歩き村が見えなくなったところで、ティーナが立ち止まって後ろを振り向く。
「みんな、上手くやってくれるかしら…?」
いつもは楽観的なティーナも、本心はやはり心配だったようだ。
「大丈夫、あいつらなら、上手くやるに決まってるわ」
リサが頷いて太鼓判を押してくれた。
「それより、ユーイチ、女神ミルスが行けと言う場所は、何があるのだ? 聞いてなかったが」
レーネが問う。
「それが、俺もその詳しい用件は聞かされてないんだ。ただ、トリスタンの南東へ向かうようにって、それだけ」
「フン、いい加減なんだから。どうせ女神に鼻の下でも伸ばしてたんでしょ」
エリカが言うが、女神ミルスは不可視の存在、伸ばしようが無いんだよな。ちぇっ。
「どうなの? ユーイチ」
ティーナまで聞いてくるし。
「いや、マジで、そんな事は無いから」
「ま、うちらもだいぶレベルが上がっとるし、大丈夫やないかな」
ミネアが楽観論を言う。
「ん、魔王もへっちゃら」
ミオが言うが、邪神だぞと。
「ミルス様の方は、私も一度お会いしたいですね、うふふ」
クレアが言うが、まあ、彼女が本職なんだし、クレアに啓示を出してくれても良かったんだけどな。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
道中は危なげなく、関所を越え、俺達パーティー一行はトリスタンへ入国。
トリスタンではひとまずアッセリオの街へ向かい、イザベルと面会して改めて協力の礼を言っておくことにした。アルカディアへの援軍の件もあるが、俺達のためにワイバーンでハイランドに送迎してくれたからな。
「なに、気にするな。条約に基づいているのなら、私への礼など不要だ」
イザベルはさらりと流すが、やはりカッコイイ武人だ。紫の髪のベリーショートがちょっと惜しい感じだけども。
「あれから、毒の発生はどうですか?」
ティーナが話を向ける。水路の毒の原因だったと思われる石膏は取り除いたが。
「うむ、あれからは異臭の報告もぱったりと無くなった。やはり、アレが原因だったようだな」
「そう。良かった」
「ああ。ところで、聞いたぞ? トレイダー軍をお前達が破ったそうだな」
「いえ、あれは私達だけの力では……でも、ユーイチは水攻めを思いついたり、うん、国の英雄ね。男爵の位ももらいましたから」
ティーナが俺ににっこりと頷いて言う。国の英雄ってちょっと大袈裟な気もするが、いや、照れるね。
「ほう、出世したな」
「いえ、どうも」
この世界の地位は司法の待遇にも関わってくるので位が高い方が身の安全を図れるが、面倒事も増えてくるからねえ。男爵ならもう充分だろう。他の貴族のやっかみもあるし、何事もほどほどが一番だ。
「アルカディアではハーピーやケルベロスが出現し、トリスタンではグリーンオーク、トレイダーでは巨人か。ミッドランドでは、何も出ていないのか?」
イザベルが警備責任者らしく、そちらを気にした。
「ううん、それが、今のところは特に何も」
ティーナが自分でも疑問に思ったか首を傾げながらそう言うが。
「ひょっとしたら、ゴブリン軍がそうだったかもしれません。第一の使徒は統率を使ってくると言う話だったし、訓練された軍隊のように統率が取れて面倒だったからな、あのゴブリン共は」
俺が言う。
「ほう、ゴブリンか。だが、弱そうだな」
「ええ。まだあの頃は私達もレベルが低くて弱かったから苦戦しましたけど」
ティーナが肩をすくめてちょっと恥ずかしそうに言う。何せゴブリンだからな。
「ま、誰にしろ駆け出しの頃はある。私も最初に冒険に出た頃は、ゴブリン相手でも警戒したものだ」
イザベルがその頃のことを思い出したか、懐かしげに言う。
話が途切れた。イザベルもワイバーン部隊の隊長も兼務するとなると忙しいだろうし、今は勤務中だ。長居するのもアレだし、そろそろお暇するか。
「ティーナ、そろそろ」
「ええ、それでは、イザベル様」
「ああ、またここに来ることがあればいつでも訪ねてくれば良い。それで、お前達はまた外交の任務でやってきているのか?」
「ああ、いえ…それが女神ミルスの啓示がありまして」
「ほう?」
簡単に事情を話す。すでにイザベルは邪神についても知っているので、隠す必要も無い。この世界の神様は実在が信じられているようで、啓示を特に疑われることも無かった。
ただ、話を聞いたイザベルは眉をひそめた。行き先が問題だからね。
「ううむ、トリスタンへ向かえと言われたか。またここで、使徒が発生すると言うことか?」
「…その可能性は大いにありますね」
肩をすくめて言う。俺だって発生して欲しくは無いのだが、女神ミルスがスレイダーンとの戦を放置してまで向かえと指示したのだ。何もない方がおかしいだろう。
「チッ。ハーピー程度ならまだなんとかなるが、ケルベロス級になるとキツいな。少し待て。そう言うことであれば、セリーヌにも話を通しておいた方が良いだろう」
内政官のセリーヌがこちらに呼ばれ、事情を聞いた彼女も思案な顔になる。青い髪のロングヘアに落ち着いた雰囲気のローブの美少女。
「そうですか…では、警戒は怠らないように、王都と各街にも報せを出しておきます。時期ははっきりしないのですね?」
「ええ。間もなくかとは思いますが」
「では、それまではゆっくり滞在していって下さい。何か要りようなモノがあれば、遠慮無く仰って下さいね」
「魚ニャ!」
今まで適当に話を聞き流して退屈そうにしていたリムが、急に反応するし。
「えっ?」
「お魚―――モゴモゴ」
俺がリムの口を塞ぐ。セリーヌが申し出てくれたのは、魚みたいなどうでも良い物を用意するためじゃないから。
「い、いえ、何でも無いですから。ちょっとリム、恥ずかしいからそういうの、止めて」
ティーナも少し慌ててリムに注意する。
「ふふ、猫耳族は魚が好物だったな。それなら、南の港町、アンダルシアに立ち寄ってみたらどうだ。あそこなら新鮮な海の魚がたんと食えるぞ」
イザベルが笑って勧めた。
「ニャ! 決定ニャ!」
「もう…。じゃ、しばらくすることも無さそうだし、そうしましょうか」
「賛成ニャ!」
イザベルとセリーヌに別れを告げ、俺達は南へと向かう。
―――途中。
「ニャ! こっちの道ニャ!」
リムがさっと走り出して、脇道に入って俺達を呼んだ。




