第十七話 権謀術数
2016/12/1 若干修正。
造幣の一件は、多少の貴族の反発はあると予想していたのだが、目立った動きが無いため、少し油断していた。
どうやら水面下で多数派工作が実施されていたらしい。フランネル子爵やアンジェからも情報が入らなかったが、となると、おそらくディープシュガー派閥のみで動いていたのだろう。
「此度の件であるが、サンルック伯爵より会議招集の提言が有り、これを妥当と認めたので本日開催することとした」
オーバルト宰相が座ったままで言う。
かなり大きめの円卓に、ずらりと貴族が座っている。
円卓の向こう側にディープシュガー侯爵が座り、こちら側にラインシュバルト侯爵が座る。
俺はもちろん、ラインシュバルト陣営である。
国王はこの場にはいない。貴族会議と言うヤツだ。
ミッドランドには元老院やら、そう言う議会制は無い様子。
仕組みや慣習がよく分からないのはやりにくいな…。
「では、サンルック伯爵、案件を述べるが良い」
「は、先日、探部(検察・公正取引委員会)が行った造幣局の一斉捜査ですが、聞くところによると、後釜にはヒーラギ男爵の名前が挙がっているとか。その件に付いてご質問させて頂きたい。周知の通り、ヒーラギ男爵は元々ロフォール子爵家の家臣、そのロフォール子爵もラインシュバルト家の血族です。なれば、これはラインシュバルト一派による、造幣局の意図的な乗っ取りとも疑われます」
「なんと! そのような憶測で会議を開くとは、呆れたモノですな!」
うえ、さっそくフランネル子爵が野次を飛ばしてるし。
「フン、質問すら許さぬとは、ますます怪しいではないか」
ハーゲン男爵がすぐに言い返してくる。悪代官一派の貴族だ。俺の披露宴にも悪代官と一緒につるんで遅刻して来たしな。
「静まれ。ラインシュバルト卿、まずは答えを聞こう」
オーバルト宰相が釈明を求めた。
「は。今回の経緯は、まずヒーラギ男爵がロフォール領にて金山を発見した事により始まります。その金の純度を測るため、数種類の金貨を用いたところ、偶然にもミッドランドで現在流通している金貨の純度が著しく下がっていることを発見したわけです。その連絡を受けた私が、宰相の許可を頂いて強制捜査に踏み切ったわけですが、出るわ出るわ、公金横領と王宮への偽の報告、造幣局の乗っ取りをやっていたのはむしろゾンデ侯爵であったと言えましょう。後任については、私が口を出すことでは無く、国王陛下や王宮で決めて頂くこと。まず、ヒーラギ男爵が造幣局長になってからそのような文句を言って頂きたいところですな」
ラインシュバルト侯爵が打ち合わせ通りに説明する。不正の証拠は本当に山ほどあるので、ディープシュガー一派がゾンデ侯爵を擁護する方向で喧嘩してくれば、返り討ちに出来る。
ちなみに当のゾンデ侯爵はこの場にいない。すでに幽閉中だ。
「いやいや、そもそもそのような重職に男爵の名前が挙がること自体、おかしいではありませんか」
ゴールドフィッシュ伯爵が言う。コイツも悪代官の派閥だ。
「そうでおじゃる。仮にも財政を預かる金庫番、ぽっと出の小物に務まるわけがないでおじゃるよ、ほほほ」
ジップ伯爵が言うが、コイツだけ白粉をしてたり、違和感がハンパねえぞ。
コイツも悪代官の一派。
「まあ、ヒーラギ男爵が造幣局長にふさわしいかどうかは置いておくとして、ゾンデ侯爵の不正の事実には、諸侯は異議無しと認められるのですかな?」
ライオネル侯爵が問いかける。アーサーの親父さんの割には俺に好意的だが、この場ではどう動くか。大貴族の一人、中立さえ保ってくれれば、御の字だが。
「オホン。それは探部の任務。探部が不正無く任務を遂行し、王宮が問題なしと判断すれば、我らが異議を挟むことでも無いだろう」
おや、悪代官がどう言う風の吹き回しか、探部には物言いを付けないつもりらしい。こっちがゾンデの不正の証拠をしっかり握っていることをすでに知っている様子。
さすがに一筋縄では行かない相手だな。
「では、造幣局長の代理を誰にするか、それが問題ですわね」
アンジェが高笑い無しで普通に言う。エクセルロット侯爵は先の戦の傷が思わしくなく、このところ公務は休んでいるそうだ。ちょっと心配だな。
「左様ですな。宰相閣下はすでに候補はお決めになっておられるのでしょうか?」
カーティス伯爵が問う。この場にアーロンはいないので、彼がここでのアーロン派閥の代表と言うことになるだろう。
「うむ、それについては、造幣の技術を持ち、実力のある者を付けるつもりでいる。非常時であるし、必ずしも、地位や家柄にこだわる必要はあるまい」
オーバルト宰相は候補の名前の明言は避けたが、条件は明らかにした。ま、俺が当てはまるんだけど。
「おや、そう仰るからには、これはヒーラギ男爵で決まりですかな」
カーティス伯爵が結論を急かすが、そこは曖昧なままの方が俺には都合が良かった。
「候補は選定中だ。決まり次第、国王陛下に献言致す」
素っ気なく躱す宰相。
「はっきりしませんな。少なくともラインシュバルトに連なる者からは避けるべきでございますぞ!」
リッケン伯爵がドンとテーブルを叩いて強く言うが、宰相に向かってその物言いはなんだと。ま、紙ギルドの管理責任者を更迭されて無役になったそうだから、それの逆恨みだな。
コイツが暗殺の指示を出していたかどうか…証拠が出なかったからこの席に座っていられるんだろうが、こっちも微妙にスッキリしないな。
「リッケン卿、貴殿が腹を立てるのも分からなくは無いが、紙ギルドの一件、元はと言えば身から出た錆、ここは黙って大人しくされていた方が利口であろう」
ライオネル侯爵がやや厳しく諭す。
「くっ、アレは部下が勝手にやったこと。こちらも良い迷惑だ!」
「呆れた。それで上が務まると思ってるのかしら」
ティーナがつぶやき、それが聞こえたのか、リッケン伯爵が彼女を睨む。
「オホン、次の造幣局長には、ゴールドフィッシュ伯爵を推薦したい。いかがか?」
悪代官が自分の派閥を送り込もうとしてきた。
「それが良いですな!」
「賛成です」
「うむ、ゴールドフィッシュ伯爵なら、問題ありますまい」
悪代官の派閥がすぐに賛成に回る。
「では、私はヒーラギ男爵を推薦致しますわ」
アンジェが俺を推してきた。
「理由を聞いてもいいかね?」
ライオネル侯爵が質問する。
「ええ、何しろ大きな金山を見つけ、その純度も見抜いた程ですもの、実力は明らかだと思いますわ。それに、彼は魔術士で錬金術師でもありますから、打って付けではなくて?」
「ふむ、なるほどな。では、私も賛成しよう」
ライオネル侯爵もこちらに付いた。ふふ、悪代官派閥が揃って顔をしかめた。
大侯爵がこちらは三人、向こうは一人。
「お待ちを。ヒーラギ男爵は知っての通り、トレイダー戦でもめざましい活躍を見せてくれております。造幣局長などより、アーロン大将軍閣下の参謀として迎えたいのですが」
むう、カーティスが、そんな事を言ってきたし。幕僚の話って、まだ生きてたのかよ! やっべ。
「おお、そうであったな、では、そちらに賛成するとしよう」
ライオネル侯爵があっさり撤回するし、こりゃまずい。
「ヒーラギ卿、お前ならば、平時は造幣局長、有事は参謀と言うことでも務まるのではないか?」
ラインシュバルト侯爵がそう話を向けてくる。アーロンの幕僚は嫌なんだが、造幣局長の椅子を取ろうとすると、それしか無いか。
「ああ、それがいいわね」
ティーナも賛成。
「は、しかし、局長という大任は私には荷が重すぎます。ここはどなたか、清廉潔白な人物を据えて頂き、私は副局長として補佐に回ればよろしいのではと」
俺は遠慮してみせる。
「おお、それが良いですな!」
フランネル子爵がさっと賛成。
「む、待つでおじゃる。それでは、結局、ロフォール子爵が造幣局長の座に就き、ラインシュバルトの乗っ取りでおじゃるよ」
ほう。ジップ伯爵が反対したが。
「はっはっ、ジップ卿、誰もロフォール子爵を指名しておらんが、なるほど、貴殿にとって清廉潔白な人物とはロフォール子爵であったか」
ライオネル卿が茶化す。
「む、むう」
目を白黒させるジップ卿に、皆が笑う。
「いかがでしょう、宰相閣下、造幣局長には不正摘発で手柄をあげているロフォール子爵を据え、技術的な補佐としてヒーラギ男爵を据え、様子を見ると言うことで」
ローハイド侯爵が、さりげなく、プッシュしてくれた。さすが盟友。今度、彼のお気に入りの白髪の魔法少女の別バージョンを送るとしよう。
「うむ。ディープシュガー卿は反対のようであるが、皆の意見も出揃ったようだ。ロフォール卿、いずれ陛下からお声が掛かろう。心しておくように」
宰相が言い、造幣局長はこれでティーナに決まった。副局長は俺。ラインシュバルト派閥の完全勝利だ。
「はっ!」
「行くぞ」
悪代官一派は不満そうに席をすぐに発つ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「でも、あのジップ伯爵のご指名、ふふっ、ちょっと笑っちゃうわね」
ヒーラギ邸に戻り、ティーナがニコニコしながら言うが。
「まあ、あまり笑わないでやってくれ。彼は貴族の格を犠牲にして、俺に椅子を回してくれたんだから」
俺はジップ伯爵を擁護する。何せ、あのおじゃるも盟友の一人だからな。
「ええ? まさか、あれも計算しての発言なの?」
「多分ね。間違っての発言なら、すぐに取り消そうとするだろうし、躍起になって否定材料を上げ直してくるさ」
ジップ伯爵はあそこでぐうの音も出ないという感じの演技をしたが、あれなら親分の悪代官にもさほど怒られることは無いし、裏切りと気づかれることは無いだろう。
「ううん、そう考えると……むぅ、あなたの悪事を肯定するわけにはやっぱり行かないわ。だいたい、ディープシュガー一派であるジップ伯爵と何で取引してるのよ?」
ティーナもあのご禁制の彫刻のリストは覚えていたようだ。
「そこはそれ、地獄の沙汰も金次第ってヤツだろう。うちの派閥の方が居心地良さそうと思ったかもしれないし」
などと俺は適当に言うが、奴は間違い無くロリだ。ロリに全てを捧ぐ男。同類だからこそ分かる。
「ええ? 素直には歓迎出来そうも無いわね。不正調査、しておこうかしら」
「いやいや、今は造幣局の準備が先じゃないか?」
盟友の危機に素早く俺は提案する。
「それもそうね」
借りは返したぜ、ジップ。
『最初から信頼出来る友人だった者より、
最初は疑わしげにみえた者のほうが、
より忠実で役に立つことがわかるはずだ。
彼らはかつての悪い心証を払拭しなくては
と思っているから、
人並み以上に忠義を尽くさざるを得ない。
だから、恩恵を受けることに慣れ切って
君主の利益を忘れがちな者より、ずっと役に立つ』
―――― マキャベリ『君主論』




