第十一話 空白
2017/8/2 若干修正。
ミネアに判決を言い渡した三日後、俺は彼女に縛り上げられ、床に転がされている。
ここはアサシンのアジトの一つ。
「ふふ、立場が逆転したなぁ。ユーイチ」
俺の髪を掴んで持ち上げ、顔を近づけてせせら笑うミネア。顔は笑ってるが目が笑ってない。
「くっ、ミネア、お前…」
「ん? なんや、その顔。まさか、うちがアレで本気で改心して真人間になるとでも思うたか? 前から忠告したらなあかんなぁと思うたけど、人間色々やで? 根っからの悪人もおるんや」
「ミネア、あなたね、きゃっ!」
うお、蹴った。ミネアが、ティーナをかなり強く蹴って、転がしたぞ。おいぃ…。
「やかましいわっ! うちはユーイチと話してるんや。邪魔せんといてな。綺麗な顔がぐちゃぐちゃになるで? ま、もう顔の心配もせんでもええやろうけど、アハハ」
「くっ、見損なったわ、ミネア」
「ふん、それは自業自得やろ? うちに文句垂れられても知らんわ。さぁて、ほんなら、楽しい尋問タイムと行こか」
「何が聞きたいんだ?」
蹴られては敵わないので、教えられることは全力で答えるつもりで聞く。
「紙や。これな」
ミネアが一枚の紙切れを懐から取りだして見せた。
何も書いてない紙。
目をこらして、すぐに気づく。これは俺が作った紙で、羊皮紙ではない。
「ええっ? 紙ギルドの手先だったのか?」
俺やクロを襲ったのは、どこかの嫉妬した貴族、大方ディープシュガー一派の回し者の仕業と思っていただけに衝撃だ。
ひょっとして彼らは最初からクロを殺すつもりではなく、警告や無力化のためにあんなことを…むう。
「せや」
「おいっ!」
ミネアの後ろにいる黒ローブのゴツい男が鋭い声でミネアを叱る。
「ええやん。どうせ吐かせた後でコレやし」
首をかっ切るジェスチャを見せるミネア。マジデスカー。
「それでも、依頼人の事をバラすのは御法度だろうが」
「細かいなあ、自分。どのみち、こいつらはもう気づいてるけどな」
「ふん。続けろ」
男が顎で指示する。
「じゃ、大人しく喋った方が、楽に死ねるで?」
「え? え? そこは喋ったら助けてくれるんじゃなくて?」
俺は聞き間違えたかと思って聞き返すが。
「あかんなあ、自分、アサシンが尋問言うたら、喋らんとどうなるか、分かるやろ? 前にも言うたけど、うちは毒のエキスパートや。ごっつぅ苦しむ毒もぎょーさん知ってるで?」
「ひ、ひぃ、喋る、喋るから」
「ええ子やね」
「だいたい、紙なんてどうでもいいんだから、いくらでも…ああそうか、出回ると逆にヤバいのか?」
「どうやろな、その辺、どうなん?」
ミネアが後ろの男を振り向いて聞く。
「知るか。俺はギルドから依頼を受けただけだ」
「だそうや。ま、知っても知らんでも、同じ事やん、細かいことはどうでもええやん」
「ダメダメダメ、そこ大事だから。あぶっ!?」
つま先で口を蹴られた。痛いん…。
鉄の味がして、唇、切れたん…。
「ダメかどうかは決めるん、こっちやで? 分かってるか?」
「ハイ」
「じゃ、紙の作り方、コイツに説明したって。うちは聞いてもしゃーないし」
「りょ、了解であります。紙の作り方はですね…」
懇切丁寧に、やり方を全部説明する。
「ふむふむ」
「自分、メモらんで大丈夫か?」
「この程度なら暗記できる、要らぬ心配だ」
「優秀やなぁ。うちは大事な情報、メモっておかんと、不安でしょうがないけど」
「ふん、それで証拠に残って足が付いたら、それで任務は失敗だぞ。この二流が」
「ハハッ、その通りやね、ま、三流と言われんかっただけ、マシかなぁ」
「この製法を知っているのは誰か、聞き出せ」
「だそうや。って言うか、自分で聞いた方が早いんちゃう?」
「俺は尋問は得意じゃない。知り合いの方が話しやすかろう」
「そやね。ほら、ちゃっちゃっと答えてや」
「むう。この製法を知ってるのは、うちの執事のセバスチャン、騎士総隊長のケイン、セルン村のエルとトゥーレ、それだけだ」
「それぞれの特徴は? 詳しく話せ」
男が聞いてきたので、髪の色や特徴を話す。
「セバスチャンは白髪のジジイ、執事の格好をいつもしてるからすぐ分かる。ケインは鎧を着てることがほとんどで、髪は茶色で割とイケメンだ。歳は俺と同じ。上級騎士で、ああ、だけど、ムキムキじゃあないな。剣の腕は確かだけど……ええと……」
「次」
「エ、エルは水色の髪のお下げの美少女、大人しい子だ。トゥーレは金髪の美少年。ちょっとなよっとしてる。細い感じ」
「エルとトゥーレの歳は?」
「ええと、エルは同い年で、ああ、トゥーレも同い年って言ってたな」
「そうか、分かった。じゃ、始末しろ」
男がミネアに言う。
「分かった。じゃ、そっちから」
ミネアがティーナをちらりと見てから、懐から布と小瓶を取りだした。小瓶には黒紫の液体が入っており、ミネアはそれをいったん布に染ませ、それからナイフにこすりつけた。
「毒か。なぜそのまま使わん?」
男が質問する。
「これはトリカブトっちゅうて、一滴でも猛毒やから。床に垂れて部屋が使えんようになったり、痕跡が残ったらヤバいやろ?」
うわ、知ってる名前だぁ。どんな植物かはよく知らないが、ミネアが猛毒と言うからにはヤバい猛毒だろう。
「なるほど」
「ちょっと、ミネア、嘘だよね? 私達、友達じゃなかったの?」
ティーナがこの期に及んでそんな事を言い出すが。情に訴える作戦とかじゃなくて、本気でそう思ってるんだろうなぁ。
「あー、ふふっ、ごめんなぁ、ティーナ、うち、アンタのこと、一度も友達って思った事無いで」
「そ、そう…」
暗い顔になるティーナ。
ミネアは彼女に近づくと、すっとナイフで腕の辺りを切った。
「なぜ首をやらん?」
男が聞く。
「あのなあ、自分、毒は素人か? 首の頸動脈やったら血が飛び散るやん。毒も飛び散るけど?」
「なるほど。いや、余計な口を挟んだ。後は任せる」
「はいな」
ドサッとティーナが崩れ落ちる。
「えっ! もう? そんな効き早いの?」
「うん、苦しまずに逝かせてあげるから、安心してや、ユーイチ」
「いやいやいやいや! ちょっ! マジ、助けて。何でもする、何でもするからぁ!」
「んー、ふふっ、こういうとき、ほんま楽しいな。じゃ、安らかーに眠ってな。化けて出てきたらあかんよ」
「化けて出てやるぅー! ぬっ、あうあう」
くらっと来て、すぐに俺は意識を失った。
――― 異世界のユーイチの大冒険 完 ―――
……。
………。
…………フゴッ!
あれ? なんだここ?
凄い真っ白。なーんにも見えない。空白地帯。
「目覚めましたね、ユーイチ」
んん? 俺の名を知ってるのか、この人。この声、前にも聞いた事があるような。
「私はミルス」
「はあ、あれ? どこかで…」
聞いた名前だが、顔が思い出せんー。声はちょっと覚えがあるな。
「主神ファルバスに仕える一柱、慈愛と癒やしと豊穣を司る神と言えば、分かりますね?」
あっ! この世界の神様だー!
魔法がある世界だから、人格を持つ神が実在していてもなんら不思議では無かった。
ただ、ホントに出てくるとは思わなかったけど。
「のぉわーっ! ははーっ! 女神ミルス様におかれましては、ご機嫌麗しゅう。いつも回復をありがとうございます! ご尊顔を拝謁し、誠に、誠に至極恐悦!」
「いえ、そこまで謙らなくても結構です」
「そっすか」
「………」
いや、ある程度は敬意を払えってことだな。やっべ! 空気読めなかったよ、俺!
神様に対してやっちまったよ!
「いえ、ちょっと戸惑ってしまって。無礼を働いたとしても罰しませんから、少し落ち着きなさい」
「ああ。ええと? それで? あ、ひょっとして、俺は死んじゃったのでありますか?」
ミネアにトリカブトの毒を染ませたナイフで肩をスッと切られたところまでは覚えてるんだが。
いやいやいや、ミネアは、ホントに毒を塗るはず無いじゃん。
アレはお芝居であって。
え? え?
「ふふ、安心なさい。あなたは死んでなどいませんよ」
「あー、良かった。今、変な汗が」
ミネアにホントに裏切られてたら、俺は立ち直れないと思うわー。
色々過去は有るけど、俺が知っているミネアは心根の優しい子だ。
「ごめんなさい。ちょうどあなたといくつかお話がしたかったので、意識が無い時を狙って干渉をしました」
「干渉…」
「はい、アストラル投射を」
いや、そこを聞いたんじゃないんだけども。
「ああ、それはごめんなさい」
ミルスが謝った。
むむ。テレパシーで会話可能か。ここは―――
一、女神ミルスの裸体を要求する
二、女神ミルスのキスを要求する
三、女神ミルスのセッ―――
「オホン、それはどれも選べませんね。それにしても驚きました。私に対して選択肢を用意するなど、人間ではあなたが初めてです」
ミルスの初めての人になれちゃった。
いやいやいや、くそ、ダメだ、思考が暴走して、コントロールが利かない。
「待って下さい。イド領域が拡大しすぎています。少し、自我の波長を調整してあげましょう。これでどうですか?」
「ありがとうございます。思考が非常にクリアになりました」
キリッとした俺だね。
「ううん、まだ不調のようですが、まあいいでしょう」
あり?
「あなたをここに呼んだのは他でもありません。アルヴォーシスが目覚めようとしています」
「アルヴォーシス?」
聞いたことの無い名前だ。この世界の一柱、それもマイナーな神かな。
「いえ、彼はかつての古き神ではありますが、今ではその地位は剥奪されています。そうですね、分かりやすく言えば、邪神というところでしょうか」
「む、むむっ」
邪神が目覚めようとしている。
って!
うわー、俺の一番望んでない展開だ。
魔王さんはいないけど、邪神さんが出てきたよー。うわーん。
闇属性の魔法があるからには闇を司る神もいて不思議では無いが、地位を剥奪されたと言うからには、闇とは違う神なのだろう。
「あまり猶予はありません。勇者ユーイチよ、これより啓示をあなたに与えます。あなたはこれから―――」
「ちょっ、ちょっとお待ちを。え? 私が勇者なんですか?」
「ええ。そうですよ?」
「なぜ? 他にもっと強そうな人が……」
いるよね、いっぱい。少なくとも俺はティーナやレーネを推したい。ランスロットも良いな。
「確かに、現時点ではあなたはまだ人の頂点には立っていません。ですが、分岐した未来でもっとも強くなった数が多いのがあなたです」
「分岐した未来…えっ? エヴァレットが正しかったんですか?」
「こちらの世界ではそうです。そうで無い世界もありますが」
「うわー、面倒臭ぇ…」
量子力学におけるエヴァレット解釈とは、つまり、パラレルワールドが無限に存在する宇宙と考えればいいだろう。
シュレーディンガーの猫が生きている世界と、生きていない世界が同時に存在するという。
世界の頂点に君臨する俺がいるかと思えば、別の世界には、奴隷のままの俺がいたりする。
童貞を捨てている俺がいるかと思えば、捨ててない俺がいたりする。
「あ、そこは……」
「えっ? どこの世界でも俺はDTなんですか!? そんな馬鹿なっ!?」
「残酷なことを言うようですが、最初から可能性の無い事象は起こりえないのです」
「い、いやいやいや、確かに元世界ではモテる可能性もゼロだったかもしれませんが、こっちじゃ割とモテモテでしょ?」
「…話を戻しますが―――」
「ちょっ! いや、そこ凄く大事なんですが、スルーしないでミルス様!」
「ええ、あなたにとって非常に大事な、切実な問題であることは理解しています。しかし、邪神が復活してしまえば、あなたの命も危ういのですよ?」
生存は最優先事項。絶対のルール。
死んでしまってはDTも捨てられない。
「わ、分かりました。で、具体的にどうしろと―――」
「一度に話しても、未来が揺らいで上手く行かないかも知れません。まずは、セルン村に戻り、スレイダーンの侵攻に備えた上で、トリスタンに向かいなさい」
「むむ、やはり、スレイダーンが攻めてきますか」
「ええ。間違い無く」
まあ、ロフォール砦を奪われたまんまじゃ、面白くないだろうし、あれだけ浮民が発生してりゃ、国も不穏になって、政府も不満を外に誘導したくなるだろう。あるいは、本当に生産がギリギリで、打って出るしか打開策が無いとか。
次期公爵のコーネリアスとか、有能そうな人はいたんだけどねぇ。次期では間に合わなかったか。
それに、どう考えてもラスボス級の邪神が出てくるとなると、あーくそ、日々の鍛錬や魔法開発、もっとやっておけば良かった。ついつい、この世界の面白い伝記や官能小説を読みまくってしまっていた。
ダンジョン攻略も全部コンプリートしないと、邪神には敵わないはず。うひー。




