第十話 ミネア
今回の話は微妙な部分があります。
ミネアがお気に入りで、穢れ無きヒロインが好きな方は……ごめんなさい。
2016/11/30 若干修正。
クロが何者かに襲われた。
すぐに館に向かう。警備が強化されていて、門に兵士が増えていた。
中に入り、クロの部屋へ急ぐ。
「ああ、ユーイチ!」
ミネアが部屋の前で待っていた。泣いたのか、ちょっと目が赤い。
「クロの様子は?」
「それが、解毒剤は飲ませたんやけど、植物系の猛毒の吹き矢でやられとってな。熱が下がらんし、失明の危険があるんや。今、クレアがついとる」
「むう。その植物ってのは?」
「メチルの木や。それを鉄の釜に入れて燃やさずに燻して出てきた液体を使う」
「よく知ってるな」
「うちも作ったことあるし、教わったからな。それより、クロに顔を見せてやって。口では大丈夫って言ってたけど、不安やろうし」
「ああ、分かった」
ミネアはこの毒を作ったことがあると言っていたが、何のためだろうか。何か別のモノに転用できるのだろうか。それとも…。
「クロ、大丈夫か」
部屋に入ると、クレアが付き添ってくれていた。クレアは軽く頷いてクロの容態が安定していることを教えてくれ、席を立つ。
「はい、すみません。犯人を追えず」
「いや、馬鹿なことを言うな。死なずに帰ってきただけでも御の字だぞ」
「マリアンヌに助けてもらいました。チクッとして針だと気づいて慌てて止血したんですが…めまいがしてしまって」
そう言うクロは焦点が合っていない。
「目が見えないのか?」
「ええと、いえ、見えますよ」
「嘘をつくな」
彼女の目の前で手を振っても目を閉じない。光の明暗すら見えていない様子だ。
「すみません。でも、少ししたら見えるようになるかも」
「うん。とにかく、今はゆっくり休んでろ」
「はい…」
「犯人のことは私達に任せてね」
ティーナもそう言って優しくクロの手を握り、部屋から出る。
「絶対に、捕まえてやるわ」
「ああ、もちろんだ」
襲われたと言う場所で聞き込みをしたが、目撃者は残念ながらいなかった。
捜索範囲を広げたが、結局、手がかりも見つけられず、日が暮れてしまったので館に戻る。
「くそっ!」
自分の部屋で机を殴る。クロを守ってやれなかった。
保護者気取りで、この体たらくとは。
しかも、おそらくは、俺が男爵に昇進したことで、貴族の誰かが気にくわないからやったんだろう。
こんな事なら、貴族にならなければ良かった。
トレイダー軍を撃破するだけなら、策をティーナに教えて、彼女の手柄にすれば良かったのだ。
このまま、クロが目が見えなくなってしまったら……。
いや、そうはさせない。
「植物を探すか」
執務室に行き、植物図鑑を探す。
「あった、これだ」
すぐにハードカバーの本を机の上に引っ張り出して、メチルの木を探す。
「チッ、ダメか…」
植物図鑑のどこにもそれらしき項目が載ってない。あまり知られていない珍しい木のようだ。
「ユーイチ様、食事の準備が出来ております」
セバスチャンがやってきて言うが。
「いらない」
「いえ、食欲が無くともお召し上がり下さい。クロ様が命を取り留めた以上、今夜にも襲撃があるやもしれませんぞ?」
「む…そうだな。分かった」
食堂に行くと、すでにみんなも事件を知っていて、渋い顔。クロはこの席にはおらず、まだ自室で伏せったままだ。
「ああ、ユーイチ。何か、解毒剤の事、分かった?」
ティーナが聞いてくる。
「いや、メチルの木について調べてるところだが…誰か知ってるか?」
「ううん。聞いたことも無いわ」
「確か、悪酔いさせて失明させる毒があったはずだ。それかもしれないな」
レーネが言う。
「失明を防ぐ方法は?」
「分からん。クレアやお前の毒消しは、ダメだったのか?」
「ミネアが解毒剤を持ってたけど、ダメみたいだ」
「ニャー、クロは目が見えなくなるの?」
リムが聞いてくる。
「そうさせないように、何とかしなきゃだな」
「ニャ! 言ってくれれば、火の中、水の中、どこでも行くニャ!」
頼もしい奴だ。後は俺が頑張らなきゃな。
「それで、ミネアとリサがいないようだけど」
エリカが周りを見て聞く。
「そう言えば…きっと、聞き込みをしてくれてるんだろうけど、食事はしっかり食べてもらわないと」
ティーナが心配するが。
「ふざけんじゃないわよ!」
「ふざけてない! うちがどんな顔してみんなに会え言うん?」
廊下でリサとミネアの激しい言い争いが聞こえた。
「どうしたの、二人とも」
普通ではないので、ティーナも俺も様子を見に行く。
「コイツが、パーティーを抜けるって言ってるのよ」
リサが逃がさないようにか、腕を掴んだまま脇のミネアを見て言う。
「ええ?」
俺もティーナもミネアの顔を見る。今まで楽しそうにやっていたし、率先してパーティーの面倒を見ていたミネアは、一度もそんなそぶりを見せたことは無かったのだが。何か不満でもあるのか。
「そうや無いけど…ううん」
ミネアは困ったようにうつむいてしまう。
「そう言うことでしょ。あたし達の前に二度と現れないって言うことは、パーティーは離脱、クロをあんなままにして自分だけ逃げるのと一緒よ」
「違う! そんな事、するつもりもあらへん。ただ、とにかく、犯人はうちが一網打尽にする。たとえ差し違えても」
ミネアが今まで見せたことのない鋭く冷たい目をする。
「何言ってるの、ミネア。あなたも大切なパーティーの一員だから、私はリーダーとして、そんな戦い方は認めない。みんなで一緒に敵を倒せばいいわ」
ティーナが言った。
「そうだぞ」
俺も頷いて言う。
「…うちにはそんな資格は無い。ううん、今までも、ついつい、みんなと一緒が居心地良すぎて、付いて来てしもうたけど、それが間違いやったんや」
力無く床を見ながら言うミネア。
「ふう、ティーナ、うちのパーティーの参加資格って?」
リサが聞くが。
「そんなの、有るわけ無い。みんなが良いって言えば、それでいいわ」
「だそうだけど?」
「でも、そうやな、正直に言わんと、分からんやろな。うちはアサシンやったんや」
ミネアの口からそんな告白が出るが。
「それが?」
リサがだからどうしたと言わんばかりに聞き返す。
「えっ…?」
「まあ、ひょっとしたら…とは思ってたんだけど」
ティーナも、その可能性は疑ったらしい。ま、俺もだけど。
「右に同じく」
そう言っておく。
「アンタ、まさか上手く隠しおおせたなんて思ってたんじゃないでしょうね? アサシンから逃げてる理由も黙り、その上、毒にやたら詳しいし、普段は人当たり良くしてるけど、人を殺っても全然動揺してなかったじゃない」
「ああ…なんや、バレてたか。はは、やっぱり、悪事は隠し通せんなぁ…」
「ニャ、ニャんと!」
「ええー?」
向こうで話が聞こえたらしいリムとエリカが驚いてるが。
「ミネア、とにかく、食事だ。話はその後で」
俺が言う。
「そうね、それがいいわ。きっちり事情、話してもらうわよ?」
ティーナも真正面からこの件を受け止めるつもりらしい。
それが吉と出るか凶と出るかは分からないが、うやむやでももうダメだろう。
食事の後、ミネアは自分の境遇を話し始めた。
「うちは捨て子やったんや。アサシンの組織は、捨て子を拾って育ててアサシンに仕立て上げる。絶対の忠誠心と、事が済んだときに簡単に使い捨てに出来るようにな」
幼い頃から両親の愛を知らず、殺人マシーンとして育てられる。その境遇がどんなものであったか、とても俺には想像が付かない。
「そんな……」
ティーナにとっては、使い捨ての存在と言うことが衝撃だったらしく、悲しそうな顔をして言葉を失う。
「普通の人間はな、愛情があるから、人を殺すとなったら躊躇するんや。そやけど、それが無いアサシンは躊躇は無い。力量よりそっちの方が重要なんや。殺す方法はいくらでもあるしな」
暗殺集団で培われた殺人術は多岐にわたるだろう。剣が苦手でも、毒の調合が上手ければそれで相手を殺せる。
手段は多い方が確実性が増す。
「うちは同い年の子と比べて、体力も速さもなかったからな。毒を徹底的に仕込まれたんや。毒のエキスパートやね。多分、うちより詳しいんは、長老だけやと思う。ああ、ごめん、自慢になってるな」
その毒でいったい何人を葬ってきたのか。
自身の告白であるにも拘わらず、俺にはまだミネアがそんな人間だとは思えずにいる。
「仕事の方は失敗もあったけど、たいていは依頼達成や。そやけど、ある時、商人の一家を手に掛けたときにな、母親がこの子供だけは助けてくれって頼んできたんや。もちろん、うちは関係者は全員抹殺するつもりでおったから、命乞いにも耳は貸さん。ずっとそうやってきた。証拠は残すわけには行かんからな」
誰も口を挟めない。ミネアが続きを話した。
「でも、その母親は、この子は友人の子で、自分の子や無いからって言うたんや。そんなん、うちに判断はつかんやろ? 母親にも笑ってそう言ってやった。そしたらな、どうせこの赤児は顔も覚えられへん、それなら、見逃してやってくれんかって」
アサシンのミネアは、それが道理だと思い、赤児には手を付けなかった。もちろん、赤児を助けるつもりではなく、殺す手間が省けたと思ったからで、母親を始末し、赤児はその場に捨て置いた。
すると、帰り道に一人の聖職者の老婆がミネアに声を掛けてきた。
「お前は人を助ける道を知らぬ。それはお前が人で無いからだ」と。
「お婆ちゃん、誰か人違いやで」ミネアが答えた。
「人違いなものかね。次から赤児は神殿に預けるように。そうすれば今回は見逃してやろう」
ミネアは自分の仕事が見られたかと訝ったが、そんなへまはしていないと確信し、何も言わずに立ち去った。
「それから三日後に、また赤児を助けるかどうかって仕事になってな。その時、うちは仕事を完璧に終わらせるつもりやったから、赤ん坊を殺すつもりで剣を振り下ろしたんや」
しかし、それを受け止めた剣があった。
「赤児まで殺す必要はあるまい」
「くっ!」
現れた白髪の剣士と戦ったミネアは、相手が自分より手練れだとすぐ気づいたが、逃げる間もなく敗北してしまった。
「強いなあ、自分。なら、この首を持ってギルドに行けば少しは金になるかも」
「そんな面倒な事はしない主義でな。金には困ってない。それより、そこのうるさい赤児をどうにかしろ」
「どうにかって…じゃあ、神殿にでも預けるか?」
「それがいい。お前がやれ」
「むう」
仕方なく言われたとおりにミネアは赤児を運ぼうとするが、赤児が粗相をしていることに気づき、そこの布でおむつを取り替えてやってから抱き上げる。
赤児が泣き止んだ。
「なんだ、意外に慣れているな?」
「そらそうや、うちは仲間の面倒を見てきたからな。年下の子や赤児も仰山おるんや」
「ふうん。それなのに、その赤児を殺そうとしたのか」
「それは…そういう決まりなんよ、アサシンは。依頼のターゲットの赤児には情はかけられへん。バレたらこっちが終わりや」
「良くわからん理屈だな。報復を恐れるなら、最初からそんな仕事はするな」
「そやね」
ミネアも全くその通りだと思ってしまった。
赤児を神殿に連れて行き、さすがに自分が殺したとは言えないので、盗賊に殺されたと言って嘘をついて事情を話す。すると。
「よくぞ赤児を助けだして下さいました。これも慈愛のミルス様のお導き、あなたにも感謝します」
若い修道女にそうお礼を言われてしまって、ミネアも珍しく狼狽えた。
「あかん、うちはそんな、感謝される人間とは違う。人や無いんや」
「いいえ、何を仰います、人の子を抱き上げて面倒を見るのは人でしか有りませんよ」
そこで、ミネアはハッとして、己のこれまでの行動を悔いた。悔いてしまった。
「そうしたら、アサシンは辞めるしかないけど、ま、想像はつくやろ? 抜けると口封じに追っ手がかかるんや」
そこでアサシン達に追われつつ、街を転々と渡り歩き、ついに俺達と出会った、と。
「そう、そんな事が…」
「その現れた剣士がレーネでなかったら、ミネアもアサシンは辞めてなかったのかもな」
俺は何気なく言う。
「どうかな、そうかもしれんし、レーネには感謝や」
「私は面倒だからミネアにやらせただけだ。そんな高尚な考えなどあるはずがなかろう。事情も知らなかったしな」
「ふふ。さて、話はそれで終わりや」
「え、ええ…」
緊張したティーナはリーダーとしてこれからどうするかを考えてしまったようで、まあ、ミネアの罪をどうするか、考え物だなぁ。
アサシンに拾って育てられて、マインドコントロールされていたわけだから、情状酌量の余地はあるし、今まで俺達と冒険をしてきて、充分社会復帰は可能で、更生したと見て良いはずだ。
が、人殺しは人殺し。
しかも、赤児殺しはこちらの世界でも残忍と思われているはず。
老婆が人では無いと言ったように。
「まあ、うちも、今まで通りに行くとは思ってへんよ。そやからせめて、クロの仇討ちでもしてこなな。もう誰も殺させへん。これが最後の罪滅ぼしや」
ミネアが席を立ち上がる。このまま行ってしまうのか。
俺には、残念ながら、彼女を止める言葉が見つからない。
「待って下さい! 私は、仇など望んでいません!」
「「「 クロ! 」」」
部屋を抜け出してきた様子。ははあ、地獄耳の呪文で俺達の会話を聞いてたな。
「あかんよ、クロ、まだ安静にしとかんと」
「もう平気ですから、うっ」
よろけたクロをとっさにミネアが抱え上げる。
「ほら、言わんこっちゃない」
「ごめんなさい…でも」
そうだな、このままミネアがいなくなってしまったら、クロは自分を責めてしまいそうだ。
「よし! ティーナ、罪人を裁くのは誰だ?」
俺は思いついて言う。
「ええ? それは兵士、ああ、領主だけど…」
彼女も俺がどうするか気づいた様子。
「なら、この館は俺の領地、ミネアの処遇は引っ捕らえた俺に権限があると思うが?」
この世界の司法は領主が握っている。
「そうね。ええ、その通り」
「あかんよ、ユーイチ。気持ちは嬉しいけど…」
「おいおい、ミネア、お前まさか、俺が無罪放免にしてくれるなんて、甘い事を考えてないか?」
「ううん、でも、ユーイチなら…」
「俺の故郷では殺人は、五年以上の牢獄か無期懲役、死刑しか無いぞ」
「うん、そうやろね」
「ユ、ユーイチさん…」
懇願するような瞳を向けてくるクロ。まあ、安心しろ、悪いようにはしないっての。
「む、それ本気?」
不満そうなエリカ。割とミネアとは仲良くなっていたようだ。…俺に対する条件反射的な文句だけだったりして…。
「ニャー、許してやって欲しいニャ」
リムもおおらかだしな。
良かったな、ミネア、弁護してくれる奴がいて。
「では、罪人ミネアに領主として沙汰を言い渡す。無期懲役だ。死ぬまでただ働き」
「ニャー! 酷いニャー!」
「黙ってて、リム。まだ続きがあるはずだから」
ティーナがリムを注意する。
「オホン、模範囚であれば、仮釈放も付けてやる。以後、俺の命令に従って任務をこなし、また千人の孤児を助け育てること。それがお前の罪滅ぼしだ」
「はい…うう」
ミネアが床に跪いて深々と一礼する。
インドのゴータマ=シッダールタ(お釈迦様)を開祖とする仏教の伝承では、鬼子母神という鬼がいた。
彼女は千人の子供を持ちながら、人間の赤児を攫って喰らっていた。
それを見かねた釈迦が彼女の赤児を隠し、必死になって探したハーリティーはついに釈迦に子を返してくれるよう懇願する。
釈迦は「お前は子沢山だが、たった一人でも失った悲しみの大きさは分かったであろう。ならば、今までお前が喰ってきた一人っ子の親の悲しみはいかほどか」と諭す。
自分の業に気づいたハーリティーは改心し、子供と安産の守り神になったと言う。




