第八話 伝記 ユーイチ=フォン=ヒーラギ男爵 後編
2016/11/30 若干修正。
私、ヘリオス=ヨシーダは、見事な料理の数々に打ちのめされた思いでいた。
読者に少しでもその味や貴族達の驚きが伝われば良いのだが……。
「それでは皆様、ここで吟遊詩人による歌を聞いて頂きましょう。諸国を渡り歩くイシーダさんです! さあ、拍手でお出迎え下さい!」
吟遊詩人のイシーダが前に出てリュートで弾き語りを披露した。内容は、これまでのヒーラギ男爵の立身出世であり、ティーナ子爵と共にした冒険譚である。
貴族の中には招待されてきたものの、ヒーラギ男爵をよく知らない者もいるであろうから、無難な紹介の仕方であろう。もっとも、謳い上げるエピソードの無い貴族では吟遊詩人も困り果てるであろうけれど。
内容はすでに読者も耳にしておられる方がいるだろうし、実際に酒場で聞かれた方が良いと思うので、ここでは割愛する。
「ありがとうございました。続いて、ヒーラギ家騎士団による剣礼をご披露……んん?」
和やかな雰囲気で進行していた披露宴だが、門の方が騒がしくなり、司会も何事かと言葉を止めてそちらを窺う。
「ディ、ディープシュガー侯爵夫妻、おなりぃー!」
「ゴールドフィッシュ伯爵夫妻、おなりぃー!」
「ジップ伯爵、おなりぃー!」
「ネクーラ男爵、おなりぃー!」
「ハーゲン男爵、おなりぃー!」
「ビールバレル男爵夫妻、おなりぃー!」
次々と来客の告知が行われたが、貴族達もざわめく。
ラインシュバルトとは仲の悪いディープシュガーがここにやってくるとは、誰が予想したであろうか。
招かれざる客か、と緊張が走ったが、ヒーラギ男爵が前に出て笑顔で挨拶する。
「これはディープシュガー侯爵閣下、おいで頂き、誠にありがとうございます」
「ふん、確かここはオズワード侯爵の館であったはずだが、今日は何か催し事かな」
ディープシュガーがそうとぼけて見せたが、これは酷い。場が一瞬で凍り付いた。
このような茶番をされるくらいなら、ヒーラギ男爵もわざわざ招待状を出さねば良いのに。
「今日は私の男爵への就任を皆様にご報告すべく、披露宴を私が催させて頂きました。この館は私が商人より買い付け、国王陛下もご承認になっておられます」
さすがに一瞬、唖然としたヒーラギ男爵であったが、怒ったり狼狽するでもなく、淡々と説明する。
「ほう、聞いたか、奴隷が侯爵の館を買ったそうだ」
ディープシュガーが後ろの取り巻きの貴族に向かって言う。
「アハハ、これはつまらない冗談ですなぁ」
「いや、まったく」
「何かの間違いでしょう、ワハハ」
「寝言は寝て言うでおじゃるよ」
「あなたたち!」
ロフォール子爵が怒りを爆発させて前に出ようとしたが、それをハウラー子爵が片手で制した。
ムッと彼を睨み付けるロフォール子爵に、ハウラー子爵は「俺に任せろ」と言う風に頷き、ディープシュガーに向き直る。
「ディープシュガー侯爵、いくら相手が奴隷上がりの男爵と言えども、それはあまりに非礼。はっきり言わせてもらうが、就任を祝う気が無いなら、さっさと帰るがよろしかろう」
オールバックの髪型の若き武人がはっきりとした口調で言う。
「な、なんと、侯爵閣下に口答えするか、若造がッ!」
「そんな口を利いて許されると思っているのかッ! 無礼者めっ」
「やはり、ヒーラギ男爵の招待客、まともな礼儀を知らぬと見えるでおじゃる」
ディープシュガーの取り巻き貴族が次々とハウラーを非難したが、最後のジップ伯爵の言い方では、自分たちもまともな礼儀を弁えていないと自らあげつらっているようなものだ。
「いや、あんたらも招待状を受け取ったから、ここに来たんじゃ無いのか?」
アーシェ=フォン=バルバロッサ卿が、やや呆れつつも、そこをツッコむ。
「む。いや、我らは何やらここで催しがあるらしいと聞いて、やってきたまでだ。招待状など知らんな」
ディープシュガー侯爵がそう言い、取り巻き達も口々に自分たちもそうだと言い出す。
「フン、招待状などどうでも良いわ。ディープシュガーよ、ここはユーイチの披露宴である! 遅れてやってきた招待客なら、その非礼をまず詫びて隅で大人しくしていろ。そうで無いと言うのなら、さっさと帰れ帰れ」
アーロン侯爵がお前は邪魔だと言わんばかりに不機嫌そうに手を払いつつ言う。
「むっ!」
取り巻き達も、アーロン侯爵には相手が悪いと思ったか今度は噛みつかない。どうにも頼りない取り巻き達である。
「まあまあ、お二方、ここは祝いの席、そのくらいで。ディープシュガー卿も、せっかくいらしたのですから、料理のひと皿でも召し上がって行かれてはどうか。実に良い食事でしたぞ」
ライオネル侯爵がなだめに入る。
「ライオネル卿がそこまで言うのであれば、そうだな、少し食べていくこととしよう」
ディープシュガー侯爵も承諾した。
「それがよろしい、そうなさいませ」
「ふんっ」
鼻を鳴らしたアーロンは気に入らない様子であるが、どうにか場が収まったようで他の貴族達がほっとする。
「では、酒じゃ、葡萄酒を持って参るのじゃ。まさかワインの一つも用意してないとは言わぬでおじゃるよのう、ホホホ」
そのジップ伯爵の言葉に、ヒーラギ男爵とロフォール子爵が素早く目を交わして頷き合ったが、他の貴族達は気づいていない。
「お待たせ致しました。こちらが当家のご用意した葡萄酒、ルバニア特級十年物でございます」
老執事が恭しくボトルを差し出して銘柄を告げる。
「ぬぬっ!? なんと!」
なぜかジップ伯爵はそのワインを見て驚いたが。
「ふん、ルバニアなど、聞いたことも無い。どこのワインだ、それは」
ディープシュガー卿が忌々しそうに問う。
「スレイダーン王国にございます」
老執事が答えた。
「おいおい、スレイダーンとは去年、戦をやったばかり、そんな国のワインを出すとは、いかがなものかねえ」
ビールバレル男爵が言う。
「あたくし、まずいお酒は飲めません事よ?」
ビールバレル夫人もそう言うが、二人とも豚か樽のようにぶくぶくと太って本当に味にうるさいのか少々疑問であるが。
「あら、スレイダーンとは去年、和議が成立しておりますわ。その砦を我が国の領地としたのもヒーラギ男爵の手柄。なら、この場にふさわしいワインだと私、思いましてよ? 味も悪くないから、試してごらんなさいな」
エクセルロット侯爵夫人がそんな事を言う。周囲の貴族も頷く。
「ふむ、ま、そこまで言われるのなら、一口」
「麻呂はそのような無名の三流品、要らぬでおじゃる。美食家の麻呂の舌を唸らせるのは難しいでおじゃるよ? 他に何か、飲める物を持て、今すぐにの」
ビールバレル男爵夫妻にはルバニア産のワインが、ジップ伯爵には炭酸のソフトドリンクが出された。
「どれ、まあ、香りはまあまあだが、むむっ!?」
「あら? これ、美味しいわね」
ビールバレル夫妻は少し意外そうに、ぐいぐい飲み始める。
「おおおお…、このシュワシュワのジュースは旨いでおじゃる!」
ジップ伯爵もけなしていた割にあっさり気に入ってしまった様子。
「むう…」
それを渋い顔で見やりつつ、ワインを口にするディープシュガー卿。
首を小さく横に振った彼は、ワインを下げさせた。味が気に入らなかった様子。
「では、皆様、ヒーラギ騎士団の剣礼をご覧頂きましょう。庭にご注目下さいませ」
司会がタイミングを見て進行を再開させた。
「前へー!」
軽装鎧の騎士達が一列にずらっと並び、隊長の号令で、ザッザッザッと前に出る。
その動きはかなり訓練したようで綺麗に足並みが揃っている。
前後左右に行進を始め、最後に中央に向き合って二列に並び、互いに剣を交差させて、ぴたりと止まる。
剣に囲われた道が作られた。
「うむっ! 見事である!」
アーロン大将軍がそう言い、他の貴族も拍手。
「うぬう…」
何やらいちゃもんを付けたかった様子のディープシュガー一行は、苦虫をかみつぶしたような顔でそれを見つめていた。
「よし、もう一つ余興だ。ティーナ、剣舞をやれ」
大剣を背負った白髪の剣士がそんな事を言い出すが、式の進行の予定にはなかったようで、当のロフォール子爵が困った顔をする。
「ちょっと、レーネ、私、今ドレスなんだけど」
「その方が映えるんじゃないのか。出来なくはないだろう」
「ううん…」
「では、そこの剣士、俺と手合わせ、と言うことでどうだ?」
「乗った!」
ハウラー子爵が手合わせを提案し、余興と言うことでレーネなる剣士と剣を撃ち合わせた。
「いや、これほどとは、参った!」
「ふふ、ま、悪くはないが、まだまだだな」
決着はあっさりついて、レーネの勝ち。
「ぬう、あの大剣であれほど素早く動けるとは、よほどの手練れではないか……ユーイチ! よもや、よもやアレがお前の部下だ、などとは言わぬな?」
ギロッとアーロン大将軍が凄い剣幕でヒーラギ男爵を睨む。
「い、いえ、アレは私の冒険者仲間でして、部下というわけでは…」
「そうだな。ま、私は金貨一枚をくれるなら、傭兵としてお前の部隊に就いてやるぞ。いつでもな」
レーネがニヤッと笑う。
「おおっ、そうでおじゃる。次は麻呂の護衛とやってみるでおじゃるよ。ホホホ」
ジップ伯爵がそんな事を笑って言いだしたが、私は思わず天を仰いだ。この男、剣はからきしのようで、相手の力量が読めていない。指名された護衛の方も顔が青ざめている。
「ダメだダメだ、そんな奴、相手にならん。いや、そうだな、ユーイチ、お前が相手をしてやったらどうだ?」
レーネが言う。
「ええ?」
「おお、それがいい!」
「そうするでおじゃる!」
「是非に!」
一斉にディープシュガーと取り巻き達がその話に飛びついた。それを見てニヤリとするレーネ。
「いえ、私は剣士では無いので…」
ヒーラギ男爵は一度断ろうとしたが、アーロン侯爵も焚き付け、ついに、黒い魔剣を持ってその護衛に対峙した。
「カカカッ、これはあれよの、この場で首を刎ねても文句は出ないというヤツじゃな?」
「だ、ダメダメ、あくまで手合わせだっての」
どこからともなく聞こえた子供のはしゃぐ声に、ヒーラギ男爵が慌てて否定する。
「構わんと思うが。では、始め!」
レーネの合図で、ジップ伯爵家の騎士が気合いの声を上げ大上段の構えで走り込む。が、その振り下ろした剣は空を切った。
「ひらーり、ひらひらー」
「ぬうっ、小癪な!」
ブンブンと大振りで振り回す剣をヒーラギ男爵は軽々と躱していく。
「おお、男爵は剣も扱えるのか」
「やるではないか」
「ステキですわ」
「ぬう、魔術士と聞いていたが」
貴族達が驚く。
「おのれ!」
ジップの騎士がヒーラギ男爵の余裕過ぎる躱し方に激昂し、防御も捨てて渾身の力で斬り込む。
ヒーラギ男爵はその一瞬を逃さず反撃に転じた。
「あっ!」
「なんと、剣が!」
「折れた?」
ジップの騎士の剣が真っ二つに折れていた。
戦場なら剣が折れることは珍しくないのだが、このような手合わせの場でというのは珍しい出来事だ。
なぜなら戦場では次々と剣を撃ち合うため、刃こぼれも手入れしようがない。だが、こう言う場で折れる剣を持っているというのは、粗悪な剣しか持っていなかったり、刃こぼれの手入れを怠っていると考えられる。
ゆえに、この話を聞いた剣士はディープシュガー卿の取り巻きの伯爵が大したことが無い家だと思うであろう。
あるいは、ヒーラギ男爵の持つ魔剣リーファに注目するだろうか。
「それまでッ! 勝者、ユーイチ!」
「おおっ!」
貴族達の歓声が一斉に響き渡り、披露宴の盛り上がりは最高潮を迎える。
「フンッ、帰るぞ」
ディープシュガー一行はそれを横目にぶつぶつ言いながら帰って行った。
「いや、見事な披露宴であった」
「ヒーラギ卿、これからもよしなに」
「今度、我が家で茶会でもいかがか」
貴族達は皆、笑顔で称賛し、ヒーラギ男爵と握手を交わして帰って行く。
私も、一番最後に男爵と握手の機会を得た。
「素晴らしい披露宴でございました」
「いやいや。では、これが引き出物ですので、お忘れ物の無いようにお帰り下さい」
男爵から手渡しで二十センチほどの石の彫刻をもらった。一目でロフォール子爵だと分かる。白いマントをひらめかせ、服は赤いミニスカート。まつげまで再現されたその精密な形に感嘆せざるを得ない。
「これは、他の貴族にも配っておられましたが、あれだけの数となると、作るのに職人が何人も必要だったのでは?」
私は就任間もないヒーラギ男爵に問うた。
「いえいえ、恥ずかしながら自作ですので」
「ほほう!」
私はもっとよく見ようと何気なく足を上にひっくり返してみようとしたが、ヒーラギ男爵が真剣な眼差しでスッと手を添え、それを止めた。
「…ここでは、なんですので。帰ってからごゆるりとご覧下さい」
「…なるほど」
帰ってからじっくりと眺めてみたが、隅々まで美を追究し、間違い無く一級の芸術品と言えるだろう。
私もその手の芸術には馴染みがあるのだ。
こうしてユーイチ=フォン=ヒーラギ男爵は多くの貴族にその存在を認められることとなった。
ただ、私は最後に一つだけ、読者に警告を付け加えねばならない。
あなたがこれから目にするヒーラギ男爵は、おそらく別人であろう、と。
なぜならこの伝記は、現時点のヒーラギ男爵である。彼はまだ十七歳であり、これからさらに成長するのだ。
願わくば、その伝記を再び、私が書けますように。
―――ヘリオス=ヨシーダが記す
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「いかがでしょう? ご指摘を受けた点は全て修正してありますが」
緑のポンチョを着て背中にリュートを背負った男が言う。
ここはヒーラギ別邸の執務室。その向かい側正面の椅子に座っているのはここの主、俺だ。
「ええ、素晴らしい、完璧ですよ。さすがイシーダさん、こちらの要望通りに直してくれましたねぇ」
彼から伝記の話を持ちかけられた俺はすぐに許可を出した。
何せ、奴隷上がりという身分の事だけが先行して、何一つ、真実が伝わって無い感じだったからね。
アーサーみたいな奴隷を毛嫌いする貴族が何人も嫌がらせをしてきても困る。
「いえいえ、お安いご用ですよ。元々、このような随筆の仕事も手がけておりますし」
仕事、か。領主について、あるいは商人でも良いが、大衆に自分を都合良く宣伝してくれる機関。
カメラやマイクは無いものの、吟遊詩人はこの世界のマスコミと言っていいだろう。
伝記の方は、読み書きが出来る人間がこの世界では限られているが、そこから口伝えで広がるのは間違い無い。
金さえ積めば、あら不思議、凡人が英雄に、悪人が聖人君子に早変わりだ。
利用しない手はない。
いや、凡人や不利な人間は、利用しなくては勝てず、生き残れない。
金貨十枚、十万ゴールドの出費はちょっと痛いけど。
だが、俺は嘘は嫌いだ。
あまり事実とかけ離れても齟齬が出そうだから、なるべく過剰な称賛は抑えてもらった。
ただ、ディープシュガーがきっちり悪者になっていて、ま、ほとんど台詞はいじってないから、それも当然だけどな。
これからも言いがかりを付けられるのは間違い無いから、先手を打ってディープシュガー一派の信用をガンガン落としておきたいところ。




