第十六話 運命の歯車
2017/3/23 誤字修正。
「では、陛下、この書状に署名をお願い致します」
「はい」
ダマン城の執務室で、新たに王となったロレーヌが頷く。ライオネル侯爵が差し出した羊皮紙に彼女が達筆なサインを記した。
ロレーヌは黒髪のウェーブがかった長髪で、肌は小麦色だ。瞳はエメラルドグリーン。これまた違ったタイプの美少女ですなぁ。
ロレーヌの左後ろに立つロックス、今は鎧を脱いで絹の服に着替えているが、彼も小麦色の肌にエメラルドグリーンの瞳だ。その鋭い瞳が、ロレーヌを見んなとばかりに俺にギロッと睨んでくる。おっかない。
「ありがとうございます。これでミッドランドとの不戦条約が成立しました。両国の新たな繁栄とルーグル王国の復活をお祝い奉ります」
「ええ、ライオネル卿、私も両国の末永い繁栄と平和を切に願っております」
ロレーヌが頷いて言うが彼女の本心でもあるだろう。これからルーグルはトレイダー帝国が送り出してくる反乱軍討伐部隊と戦わねばならない。その上ミッドランドまで事を構えてしまっては、支配地域も少ない生まれたばかりの小国、あっと言う間に滅びてしまう。
平和でなければロックス卿といちゃいちゃできないし。
・ルーグル王国の承認
・不戦条約の締結
・ミッドランド軍の駐留許可
・ルーグル王国への援助
・交易の開設
これらの多岐にわたる取り決めは、ルーグル側はロックスとその腹心、ミッドランド側はカーティス副将軍、ライオネル侯爵、それに俺がテーブルに着き、三日かけて集中的に議論してまとめ上げた。
ルーグル王国が存続可能になるように支援し、かつ、ミッドランドも一定の領土や権益が取れるよう、無難な落としどころを探って双方が合意に至っている。
ルーグル王国は小国なので、脅すなり高圧的に出ればいくらでも搾り取れるが、それではトレイダーの再侵略を防げない。
正直、ミッドランドが援助したところでルーグル王国がこのまま存続できる確率は一割に満たないと俺は予測している。
ルーグルと比較してトレイダーの国力と兵力は40倍を超えているのだ。これでは三年持たせれば偉業、五年以上なら奇跡と言えるだろう。
ルーグル人にとっては、独立などしない方が良かったと思う日もあるかもしれない。だが、彼らは奴隷よりも自らの足で立つ事を選んだ。
ミッドランドが反乱を助けたのは事実だが、あくまでルーグルが主体である。ルーグル人の意思決定なのだ。
それ故に、ロックスの顔は渋い。ミッドランドの侵攻を利用する考えも彼の頭の中には少しはあったと思われるが、ここまで露骨に介入されると、他国からはミッドランドの傀儡政権と見られるのは確実だからだ。
俺がトリスタンやアルカディアにも渡りを付ける約束をしたが、国家承認を得られるかどうかは微妙なところ。
もし、国家としての承認を受けられないと、ルーグルはただの反乱軍・テロ組織となり、仮にトリスタンがここに攻め込んできて城を取ったとしても、それはトレイダーとトリスタンの問題となってしまう。
ロックス卿はいずれは国交の交渉はするつもりでいたようだが、その考えが甘いことを俺は鋭く指摘して、直ちに国家承認を受けるように説得した。
トリスタンに交易等で利益を持たせておけば、トレイダー帝国がルーグル王国を取り戻そうとしたときに、トリスタンの外交的・軍事的な介入を少しは期待できるようになる。
こう言う根回しや外交をおろそかにして二国間の理由だけで隣国に攻め入ると、思わぬところから横槍が入り、第三国からの好ましくない干渉を招く。
ティーナにははっきりと言っていないが、ミッドランド国はルーグル王国を積極的に防衛したりはしないだろう。
元々反乱軍で他国領なのだから、滅びたところでミッドランド国にとっては大きな痛手ではないのだ。トレイダー帝国が分裂混乱すればそれで良しと言う程度。
一方、トレイダー帝国にとっては、ルーグル王国の復活は看過できない一大事だ。
あちこちの国を武力併合している大国だから、一つが独立すれば、俺も俺もと他の地域に飛び火して連鎖しかねない。
俺としてはその連鎖が発生してトレイダー帝国の弱体化が進んでくれればと願っている。世界を股に掛ける大商人のロバートや吟遊詩人のイシーダあたりに協力してもらって、各地の反政府組織を援助したり煽るのも面白そうだ。
はっきり言ってそれはテロ組織の支援だが、勝てば官軍、国家独立の支援と同じ事。
トレイダー帝国からすれば、ルーグル王国はテロ組織が国を僭称したと言うことになろう。そう国民や兵に説明して、討伐に結束を促すはずだ。
もちろん、無差別テロをやってるような酷い組織を援助するつもりはない。無法者を育てれば、いずれ飼い犬に手を噛まれるようなことにもなりかねない。
俺が介入しておいてあれだが、ルーグル王国とロレーヌ達の運命やいかに。
『ユーイチ、じろじろと女王陛下を見ないように』
ティーナが俺がエロ目的でロレーヌに注目していると思ったようで嘆かわしい。これも日頃の行いのせいなのか。
ま、目の保養であることは否定しないけど。
肩をすくめて目を逸らしておく。
「では、ここはもう良い。ユーイチ、お前には王宮より帰還命令が出ている。ティーナも共にな」
調印式を済ませて執務室を出た後、カーティス卿が俺達に告げる。
「そうですか」
「きっとご褒美よ」
ティーナがウインクするが、ルーグルはこれからが正念場、少しアドバイスなり手伝いなりしたいところだったのだが…仕方ないね。ロックス卿も介入は嫌うだろうし、ここは彼らの国だ。トレイダーに併合される前は一人前の国だったわけだし、国家経営のノウハウを持ってる古強者も何人かは生きているだろう。
それより俺は次のステップについて準備しておかないとな。
外交の勇み足で国王からお叱りを受ける可能性もあるが、今回のトレイダー戦における功績はミッドランド史上でも希に見る快挙だそうだから、褒美で間違いないだろう。
ミッドランドの王様が俺に金品ではなく領地の褒美を用意したとなると、色々面倒事がありそうだ。
「どこの領地をもらう事になるかは知らんが、急な出世は余計なやっかみを招く。足を掬われないようにしておくことだ」
カーティス卿もそれを予想しているらしく、忠告してくれた。
「ご心配頂き、痛み入ります」
「良い、早く出立しろ」
「「 は 」」
ロフォール騎士団の方は総隊長のリックスがいつでも城を発てる準備をすでに整えてくれていた。
出来る腹心である。パーティーメンバーもいつでも出発準備オーケーだった。
後はティーナや俺自身の出発の準備を手早く済ませ、ダマン城を出ると、北から結構な数の騎士団がこちらに行軍して来るのが見えた。
味方だ。ミッドランドの旗が掲げられているので。ただ、俺の知らない紋章の旗も一緒に掲げられている。
「あれは?」
俺は味方の軍でも気になった。
「黒竜の紋章、あれはルーガウス子爵だ。北部国境の守りに就き、北方の蛮族を撃退させたり、盗賊団を壊滅させたり、お前の次に派手に活躍しているそうだぞ」
リックスがそんな事を言い出すが、比較は勘弁して欲しい。余計なやっかみの元だ。
「ルーガウス卿はミッドランド一の剣豪と名高いけれど、一度も手合わせの機会が無いのよね。ちょっと挨拶がてら、話してみようかしら?」
ティーナは怪我が怖くないのか、理解に苦しむことを言い出す。
「手合わせはいいけど、相手に怪我をさせたり、君が怪我をしたり、そう言うのは無しにしてくれよ?」
「分かってるわよ、もう」
ロフォール騎士団とルーガウス騎士団が道を左側通行で一列になり行き交う。右利きの者が多いため、相手に剣の死角を取らせない為に騎士は左側通行が基本だ。
「かなりの練度ですな」
リックスがそんな感想を漏らすが、ルーガウス騎士団は無駄口も叩かず、綺麗に整列して動いている。もちろん、うちの騎士団も同じだ。
「ルーガウス子爵!」
ティーナが呼び止め、隊を止める。
「何か?」
オールバックの黒髪。長髪長身の男。俺も見覚えがあるな。一度、ミッドランドの謁見の時に見かけた事がある。
黒い鎧に身を包み、周囲の護衛も同じ色の鎧だ。うっかりトレイダー軍と間違えそうだが。
「私はロフォール子爵、一度、晩餐会でご挨拶したと思うけど、覚えておられるかしら?」
「いいや」
「むむ、そう。どうかしら、剣豪と名高いあなたに、是非、手合わせをして頂きたいのだけれど」
「ふむ、せっかくだが、お断りする。ロフォールと言えば、ヘイグ男爵が近くにいよう。アレも剣豪、私には及ばないが、まずはヘイグを倒してから申し込んでもらいたい」
「そう、では、ヘイグ男爵を倒して、またの機会に」
「ああ」
再び、ルーガウス騎士団が行軍を始めた。
ティーナは何も言わずに馬を歩かせ、こちらも行軍再開。こりゃあ、内心は怒ってるな。
『なんだか冷たい男ね。ティーナを女と見て侮ったのかしら?』
リサが念話でそんな事を言う。ま、気分じゃなかったのかもしれないが、ちょっと無愛想だったな。
「手合わせくらい、してやれば良いニャ。ケチな奴ニャ」
リムも気に入らなかったようでそんな事を言うが。
「リム、失礼よ。ここでは他の騎士団の悪口は言わないように。領主としての命令よ」
ティーナが言う。
「ムム、分かったニャ、へへー、領主様」
ルーガウス騎士団の最後の兵が脇を通り過ぎ、それを振り向いて確認したティーナが、怒り出す。
「まったく! 断るにしたって、もうちょっと言い方があると思わない? 私をヘイグ男爵より下だと思ってるところもムカつく!」
わぁ。やっぱりね。
「だが、ティーナ、ヘイグ男爵とも手合わせはしたこと無いんだろ?」
あの場で、私の方が強いです、などと言わなかったのだから、まだ手合わせしていないはず。
「ええ、だけど、こっちはレベル70よ? 少しは出来る感じだったけど、負ける気はしないわね。もちろん、ルーガウスにも、よ」
「ふうぅ、お館様、『井の中の蛙、大海を知らず』と申しますじゃ。天狗になっていると、思わぬ恥を掻くやも知れませぬぞ?」
ここは家臣として忠告しておかないとね!
「ふう、じゃ、ヘイグ男爵に勝ったら、私を蛙に喩えた無礼を正座で謝罪してもらうから、いいわね? ユーイチ」
「それはいくらでも」
「ぬるいわね、主君を侮辱したんだから、茹で蛙の刑くらい、してもいいわよ」
「ちょっ、こらこら、リサ、誰も侮辱はしてないっての。単なる言葉の綾、ことわざだから」
俺達は和気藹々と、ミッドランドの王都へと帰還の途に就いた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
騎士団の大半はそのままラインシュバルトへ帰し、一部の護衛だけで王都に入る。
「見えたぞ! ロフォール騎士団だ!」
「おお! あれがそうか」
「えっ? あの可愛い子がそうなのか? 無茶苦茶、可愛いぞ?」
「やっべ、俺今日からロフォール様のファンになるわ」
「レイピアとマントが凜々しくてステキ!」
「ロフォール、バンザーイ! ミッドランド、バンザーイ!」
予め、凱旋の歓迎があると報せは受けていたが、街の人々が人垣を作って喜んでくれるのは気分が良い。
トレイダー帝国の侵略は、前線から離れた王都の人達にとってはあまり危機感を覚えないことだろうし、少なからず政治的な配慮があると思われるが、勝つには勝ったし。
「ありがとう、ありがとう」
ティーナも笑顔で民に手を振って応える。いいね、様になる領主だ。
「ユーイチ様ぁー」
「ぬおっ?」
「やだぁ、こっち見て下さったわよ!」「ちょっと格好良いかも」
「ウホッ」
俺に名指しで黄色い声援が飛んでくる日がやってこようとは……! フヒッ!
「ちょっと、ユーイチ、顔が変よ。普通にしてて。恥ずかしいから」
ティーナに注意されてしまった。
「そう言われてもな。こういうのは慣れてないんだ」
「もう……慣れなくて良いわ、あなたは」
「ええ?」
それはどう言う意味だ、とティーナに聞き返そうとしたとき、首筋がチクッと。
「むむ、針?」
次の瞬間、悪寒とめまいがして、あ、これは猛毒だと直感した。ゲーリックに吹き矢でさんざん攻撃されたから、毒矢には慣れている俺。
すぐに毒消し草をモグモグしつつ、首から抜いた針を分析。
ビッグコブラの毒か。
ちょうど、ヘビ用の猛毒消しを持っているので、飲む。
『あかん、見失った』
『いいから、捜索するわよ、ミネア』
『了解』
リサとミネアは俺が毒攻撃を受けたことをもう気づいている様子。
「どうかしたの?」
「いや、ティーナ、何でも無い。後で話す」
「うん、分かった」
ここで騒ぐと、せっかくの凱旋パレードが台無しになってしまう。
しかし、暗殺か……。
王宮が、俺の出世で軋轢が起きたり、貴族達から圧力が掛かるのを面倒に思って……いや、それなら、パレードの最中では絶対そんな事はやらないだろう。
お膝元の王都で暗殺なんて起きたら、治安や警備に疑問符が付き、王の権威が下がってしまう。
となると、コモーノ伯爵やディープシュガー侯爵、あの辺の、いかにも「他人の出世が嫌いデス!」みたいな連中の仕業だろうな。アーサーという線もあるか。
ったく。
目の前で悪口を言ったり、俺の悪い噂を流すならともかく、いきなり暗殺とはね。
これは、かなり腹をくくっておかないと、マジで死人が出かねない。
トレイダー帝国やスレイダーン王国が工作を仕掛けて来ている可能性もあるが、彼らが暗殺を狙うなら国王やアーロンみたいな大物だろう。俺みたいな小物を消したところで戦況が変わるとは思えない。
「ケイン、セルン村の警備を至急、増やすように」
「わ、分かりました」
慌てているケインも、俺が毒攻撃を受けたのは気づいていたようだ。
さて、毒の暗殺が失敗したら、次はどう出る?
俺なら、凄腕の剣客を送るだろうな。
となると、王宮から出るときが危ないか。
さすがに王宮の中であれこれやってくるとは思えないが……。
前途多難だわー。
2016/7/26 犯人像の予想にトレイダー帝国などを追加。ご指摘ありがとうございます。




