第十一話 炎上の王都、マーティネイア
2016/8/20 ふりがなを追加。
アルカディアの王都に出現したというケルベロス。
俺達とレベッカ、それにアプリコット騎士団の一部が急ぎ、王都へと向かった。
レベッカは国王なのに、馬車は使わずに馬に乗って移動。
おかげで俺達も馬での移動となってしまった。
「ケツが痛ぇ…」
少しの間なら俺も慣れてきたんだけども、一日中走って、しかもそれが四日も続けば、そりゃ痛くもなる。
ようやく野宿となって、ほっとしたが、生憎と痛みはすぐに取れてくれないようだ。
「うう」
エリカも自分のお尻を押さえて痛そうにしている。ミオとクロも。
クロはマリアンヌにそのまま乗ってきたのだが、エリカとミオは馬にはあまり乗れないので、ティーナとレーネで二人乗りで連れてきている。
馬も飛ばすから途中でへばってしまい、その度に新しい馬と交換してきた。
ま、金は有るからいいんだが。
「聞け。状況は最悪だ。すでに街の二割は焼失、兵を含めて死者は三百を超えた」
レベッカがこちらにやってきて言う。その顔には不思議と苛立ちは無かった。だが、無表情で彼女らしくは無い。
「むう、そこまで、ですか」
俺は唸ってしまう。モンスターがうろつくこの世界、割と街の人も対抗できている、と今までは思っていたのだが。
「街中、それも人で賑わう王都だからな。なんとか城の中に住民の多くを避難させたが、全ては無理だろう。しかし、王都にも手練れはいたはずだが、仕留められぬとは、とんだ恥さらしだ」
「いいえ、陛下、相手が使徒であるならば、かの九英雄ですら命を落とす相手、恥とはならぬかと」
ティーナが慰める。
「そうだな。では、今日はしっかり休め。明日は王都に入るぞ」
「はい」
俺は魔法チームにサロン草を配り、自分もケツに新しいのを貼り直しておく。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
アルカディアの王都、マーティネイアは惨憺たる状況であった。
ここからケルベロスが侵入したらしく、防壁の一部が派手に破壊され、炎に焼かれたか、石が煤けている。散乱した瓦礫に、手つかずの死体も横たわっており、緊張を強いられる。
火災が起きたようで、この周辺の建物は全て焼け落ちており、無情にも視界は開けていた。
俺達もマグマタートルの一件で以前ここに訪れていた事があり、街の変わり果てた様子に息を飲む。
「おのれ…! 我が都を」
拳を握りしめ、怒りに体を震わせるレベッカ。
「すぐにケルベロスの所在を報告しなさい」
アリシアが兵に命じて探させるが、幸か不幸か、このすぐ近くにはいないようだ。
「陛下!」
鎧を着た老騎士がよろよろとやってきた。額には火傷を負っており、髪の毛も焼け焦げて這々の体だ。
「ゴルデル、状況はどうなっている!?」
「は、申し訳ござらん、守備隊のほとんどを失い、未だ、魔物は仕留めるに至っておりませぬ」
「ええい、お前という者がいながら…! それほどに強いか」
「は、巨体に似合わず動きは素早く、力も強く、隊列を組んだ騎兵の突撃であっても簡単に弾き飛ばされる始末、極めつけに炎を吐くとあっては、近寄ることすら危のうございます。ここは我らに任せ、陛下はお逃げ遊ばされるべきかと」
「ふざけるな! 私は逃げぬぞ。自分のお膝元を守れずして、何が王か」
「しかし、相手は常軌を逸した魔物でございます。人が敵う相手ではないかと」
「らしくないぞ、ゴルデル。貴様が弱音とはな。いつもの気勢はどうした」
「いやはや、面目ござらん。しかし、ここはそれがしにお任せを」
「ならん。六日以上も魔物に好き勝手にさせるなど、役立たずめ。お前の守備隊長の任を解く。少し休んでいろ」
厳しい言葉だが、ゴルデルの様子を見て、休ませようと思ったのだろう。
「ひとまず、治療を、ゴルデル様」
俺がアロエ草と乳鉢を出して、ペースト状に加工する。
「おお、薬師か。ワシは後回しで良い、詰め所に火傷を負って瀕死の者が大勢いる。そちらを頼む」
「すぐに参りますが、その傷は放置できません。口を閉じて少し息を止めて下さい、水を掛けます」
火傷に対しては、速やかに冷やして悪化を防ぎ、細菌が入らないようにしなくてはいけない。
水壁の呪文で水を空中に発生させて、ゴルデルの頭にそのまま掛ける。ゴルデルが顔を拭おうとするので、その腕を掴んで止めさせ、そよ風の呪文で目の近くの水滴を飛ばしてやる。
これはスカートを…ゲフン、いや、ドライヤーの呪文を開発しているときに偶然にも習得した呪文だが、初めてまともに役に立ったな。
後はペーストを傷の上に分厚く塗ってやり、包帯を巻いて終わり。アロエ草の水分が揮発していく際に温度を下げ、火傷の鎮痛の効果もある。
「これで一日経ったら、包帯を巻き直して下さい」
「礼を言う。兵の詰め所は向こうだ。アステリーズ卿、陛下を安全な場所へ。ここで彼奴に出くわせば、アルカディアは終わりぞ」
アリシアが頷いて何か答えかけたが、レベッカが遮った。
「不要だ。それより、ケルベロスはどこだ」
「……むう」
「ゴルデル! 国王の命令だ、言え」
「は。先刻、彼奴は東門に向かっておりました」
「よし! 付いてこい、アリシア」
「はっ!」
俺達はいったん、レベッカを見送り、ゴルデルに聞く。
「それで、本当の居場所は?」
「ふふ、南門だ」
だろうな。国王を、この年季の入ったジジイが素直に行かせるはずが無い。
「じゃ、後で合流しましょう。行くわよ」
ティーナがそう言って、俺とクレア以外のパーティーメンバーを全員、連れて行く。
「詰め所はここだ。では、兵の治療は任せたぞ」
ゴルデルがそう言うなりティーナ達を追う。
「あっ、くそ、まあいいか」
軽傷では無いので本当は大人しくしておいてもらいたかったが、言って聞くタマでもなさそうだしな。それより、こっちだ。
「うう…」
一目でそれと分かる白いローブの聖職者が何人か、魔法や薬草で治療しているが、怪我人が多すぎて手当が追いついていない。
「クレアは重傷者を頼む」
薬草やハイポーションでは限界があるので、そちらはクレアに任せることにする。
「はい、分かりました」
「今からこっちから順に水を掛けるぞ。口を閉じて息を少し止めていろ」
そう言って、横たわった兵士にそのまま水壁の水をぶっかけていく。鎧はそのままだ。無理に脱がせようとすると、皮膚が剥がれたりするからな。
「むっ」
「おお…」
「うう」
この世界の火傷の対処法も、水で冷やすのが第一のようで、抗議の声は上がらない。
続いて、薬草採取用のハサミを用いて鎧下の服を切り取り、患部を露出させる。
「うえ、酷いな…」
赤く爛れていて、見るからに痛そう。
乳鉢でアロエ草のペーストを作り、それを分厚く塗っていく。この分だと包帯が足りないな。
「誰か、包帯を頼む」
「分かった」
聖職者の一人が返事をしてくれ、ま、彼に頼むとしよう。
「おお、ヒンヤリして、これはありがたい」
屈強そうな兵士が感想を述べるが、この人は悲鳴の一つも上げずに大した物だ。
「じゃ、これで、ひとまず完了です」
「うむ、礼を言うぞ、薬師」
そう言って起き上がろうとする兵士。
「ダメダメ、静寂になりて安息のまどろみに誘え、スリープ」
とっさに俺は眠りの呪文を唱える。
「ぐ、くそ、こうしては…おれんのに…ぐう」
一丁上がり。次は魔法防御を鍛えておくんだね。
「ダメだ。こっちもMP切れだ。おお、ファルバスよ、なぜ我らにここまでの試練をお与えなのですか…!」
聖職者が天を仰いで嘆き始めるが、そんな時間はありゃしない。なので、指示しておく。
「そこ! 手が空いてるなら、道具屋にひとっ走りして薬草を買ってくる!」
「なっ。貴様のような、いかにも邪悪そうな奴に言われたくは無いぞ」
むっとして憎まれ口を叩いた聖職者だが、素直に言うことは聞くつもりのようで走って外に出て行った。
「ぐおおお!」
「し、しっかりして下さい!」
向こうで、怪我人の兵士が痛みに耐えきれなかったか、暴れ始める。
少女が必死に押さえつけようとするが、完全に力負けだ。
「任せろ。静寂になりて安息のまどろみに誘え、スリープ」
兵士は動きが鈍くなり、すぐに眠りに落ちた。麻酔が有ればいいんだが、麻痺の薬をそのまま与えるのはまずそうだ。呼吸がどうなるか怪しいし。
火傷の痛みが原因だろうから、ここは鎮静剤でもいいな。ずっと使っていなかった眠り草でも混ぜて飲ませておくか。
あと、痛みを取るロキソ草を内服で使ってしまおう。
「あ、ありがとうございます」
少女が一礼するが、俺より年下、十四、五歳くらいかな。他の聖職者に比べて若いし、場慣れしていない様子。
「君のMPは残りどれくらいだ」
「ええと、それが、よく分かりません」
「ええ? じゃ、見てやろう」
分析を使う。
メイア Lv 13 HP 110 / 112 MP 8 / 42
【弱点】 特になし
【耐性】 光
【状態】 焦燥
【解説】 アルカディアの聖職者見習い。
神に祝福され、癒やしの奇跡を使う。
まだ見習いのため、力は弱い。
珍しい耐性持ちだが、レベルはまだまだ。MPも小回復魔法を3回が限度だな。ゼロまで使い切ると気絶するときがあるし。
「君は今日はあと3回、回復が使える。一日20回くらいだ」
「ああ、はい、どうも」
「他にする事が無いなら、手伝ってくれ」
「あ、はい」
俺が薬草をすり潰して患部に塗り、彼女が包帯を巻いていく。手先は器用なので問題無い。
「次だ」
次の怪我人を見るが、かなりぐったりしている。見た目の火傷は酷くないが、呼吸が苦しそうだ。これは炎を吸い込んで喉を火傷しているな。重傷だと俺は判断した。
「クレア! この人を頼む」
「はい」
クレアが素早くやってきて、回復の魔法を掛けたが。
「神よ、ヴァルハラの騎士としてこの者の魂を迎え入れ給え」
魔法では無い祈りの言葉を続けて捧げるクレア。
遅かったか…。
すでにこの兵士は目を閉じているので、両手を組ませてやり、死人である事を明示しておく。
「え? 助からなかったんですか?」
メイアには眠ったようにしか見えなかったのだろう。
「そうだ。次だ!」
「あ、は、はいっ」
時間との闘い。一人でも多く命を助けようと急いだが、すでに事切れていたり、間に合わなかったりした者もいた。俺にもっと能力があれば…と思うが、これだけの数だ。高度な回復魔法が使えるクレアでも全員は助けられなかったし、今は割り切っておくしかないな。
重傷者の治療がほぼ終わり、残りはここの聖職者でも対処できそうだ。
「クレア、ここはもういい。みんなと合流するぞ」
「はい」
二人で南門に急ぐ。




