第六話 緑の化け物
2016/11/27 ティーナのヘイト回避のため、パーティー決定方針のあたりを数行修正。
アルカディアの城塞都市レグルスは、陥落の危機を迎えていた。
対する敵は人では無い。
醜い老婆の顔をした異形の鳥だ。
それが、何千、何万も。
空を埋め尽くさんとする蠢く魔物の群れは、さながら暗雲であるかのように見えていた。
「くっ、まだいるのか…」
誰がそうつぶやいたのかは分からない。
だが、トリスタン侵攻の先鋒として派遣されたはずのアプリコット騎士団。
アルカディアの精鋭を誇るこの大規模な騎士団でさえも、この多勢の敵には押し返すだけの力が無かった。
最初は華々しく敵を斬り散らしていた戦乙女達も、次第に疲労の色が濃くなっていき、普段なら物ともしないレベルの魔物に引っかかれ、その身に傷を増やしていく。
士気は奮い立たせれば良いが、疲労はそうも行かない。休まぬ限りは決して回復しないモノだ。
「第一部隊を下がらせなさい。第二部隊と交代させます。第三、第四部隊も、五十メートル後退」
騎士団長のアリシアが戦線を縮小させる命令を出した。妥当な判断であろう。部隊を休ませるためには、全員が戦っていては無理だ。
「むっ! アリシア様、それでは街が守り切れません! あの程度の敵で我らに下がれとご命じですかッ!」
血気盛んな青髪の騎士ルフィーは、自分に一撃でハーピーを葬れる力も有るからか、命令に反発した。ま、ルフィーは俺を連れてアッセリオまでグリフォンで飛んでいたので、その間もずっと戦い続けていた騎士団の他の者よりも、疲労の度合いが軽いこともある。
「あの程度の敵に、我らが三時間も手こずっているのです。もうじき日も暮れてしまう。日が落ちてからでは敵の視認も難しいでしょう。街の建物は重要な設備だけを防御、他は捨て置きます」
アリシアが言うが、これも仕方ないだろう。全てを守り切る戦力が無い以上、無理をすれば全滅もあり得るし、そうなれば街を守ることは不可能だ。
「なっ! そんな……」
「メリル、あなたは防御陣地の構築を。第五部隊を使いなさい」
「分っかりましたぁー」
ピンクの髪を後ろで結い上げた小柄な女騎士の一人が、どこか楽しげに言う。
「ユーイチ、薬草を」
すぐ近くで戦っていたティーナが俺に言う。彼女が怪我をしているわけでは無く、近くの女騎士が血を流していて、その治療の為だ。
「じゃ、こっちで止血を」
そちらに行き、ヨモギ草とアロエ草を渡してやる。
「恩に着る」
「どう致しまして」
もっと華奢で可愛い子なら恩を売りまくるのだが、生憎、その騎士は俺の好みの顔では無かった。
「ティーナ、ここはもう持たないかもしれない。脱出を考えておくぞ」
間違いなく反対してくるだろうが、いつも楽観的すぎるティーナには俺が釘を刺しておかねばならない。
「言うと思った。だけど、街の人を見捨てては行けないわ。まだ戦えているし、まだ逃げないわよ」
「ああ」
ティーナも戦えなくなれば諦める様子だ。それならいい。
「東門から抜けましょう。日が落ちれば、私達には暗視の呪文もあるし、逃げやすくなるわ」
リサが言うが、ハーピーの夜目が利かないという前提での話だな。
もし、連中の夜目が利くと言うのなら、街の外に少数で出るのはハッキリ言って自殺行為だ。
だが、建物の中に籠もるにしても、誰かが扉を守っていなければ、侵入されて一晩中、戦う羽目になる。
昼間は騎士団も外で戦えるが、夜中はどうなるか、ちょっと、いや、かなり不安だ。
「ええ。でも、どうしてこんなにたくさん……せいっ!」
ティーナがハーピーを攻撃しながら疑問を口にした。そこは俺も気になるところだが、モンスターの生態はよく分かっていないので今はどうしようも無い。
「ユーイチー、エリカを頼むニャ!」
リムが目を閉じて動かないエリカを担いで来たので重傷でも負ったかとヒヤリとしたが、ステータスを確認するとHPは減っていない。MPの方がゼロ。
「むっ、ああ、MP切れか」
ファイアウォールを無理して使ったのだろう。それで戦局を変えられる訳でも無し、無駄とは言わないが俺としては大人しく待機してて欲しかった。
「早く中へ」
リサが戦闘員達の休憩所として解放されている建物を指差す。
「分かったニャ!」
リムがそのままエリカを担いで建物の入り口をくぐる。
「ユーイチさん」
マリアンヌに騎乗したクロが疲れた顔でこちらにやってきた。ファイアウォールをギリギリまで使ったらしい。クロは無茶しなくても良いんだがな。
「クロ、ご苦労だった。中で休んでろ」
「はい、すみません」
「ああ、ミオ」
ミオもやってきたが、こちらもMPが限界だろう。
俺は少しは残しているが、満足に戦える状態では無い。
「ティーナ! 一度休憩するぞ」
言う。
「むっ、じゃ、あなたたちは休んでていいわ。前衛チームで頑張る」
「ダメだ。それで疲れて動けなくなったらまずい。全員、建物の中に入って、休憩するぞ」
「ううん、分かったわ。少し、休憩は入れましょう」
休憩の後でまだ戦うつもりのようだが、とにかく、少し休んだ方が良い。ティーナももう疲れで動きが鈍っているし、他の者もそうだろう。
西門にいるレーネ達を呼ぼうと俺は念話の呪文を使ったが、ここからでは範囲外。
「じゃ、私が呼びに行ってくるわ。ミネア、ここは任せたわよ」
リサが引き受けてくれた。
「了解や」
レーネ達もこちらにやってきて、全員、建物の中で休憩を取る。
「さすがに、疲れたな。右腕がもう上がらん」
肩を回すレーネはそれほど疲れた様子では無いが、彼女は大袈裟に言うタイプでも無いので正確な自己申告だろう。
「レーネ、これを腕に貼って。サロン草だ」
「おお、うむ、ヒンヤリして気持ちが良いぞ」
他の皆にも配ってやり、少しだけ笑顔が戻る。
が、やはり口数は皆、少ない。
「ティーナ、分かっていると思うが…」
「む。夜に脱出でしょ。それまではここで戦うわ」
「待て待て。MPや疲労の回復も必要だぞ」
「それは、ええ、じゃあ、日が暮れる直前に休めば良いわ。魔法チームはこのままここで休んでて良いから」
「ううん…」
俺は迷ったが、レーネが軽く首を横に振った。
「いや、ティーナ、前衛チームも休むぞ」
「ええ? レーネ、あなたまで」
「戦ったとしても、ハーピーを百や二百、減らしたところでどうにもならん」
「でも!」
なおも引き下がろうとしないティーナに、レーネが諭すように問う。
「お前の目的は何だ? 使節として王都に向かうことだろう。トリスタンとアルカディアが事を構えてしまえば、トレイダーは後ろを気にせず大軍をミッドランドに向けてくるぞ」
そうなれば、今度はミッドランドの街がここと同じように攻撃されるかもしれない。
「むぅ…どうすればいいのよ…」
力無く目を伏せてつぶやくティーナは、善人過ぎる。
「自分に出来る事をやれ。全ての街の人間を救うなど、神にも出来る事では無いぞ」
レーネがそう言うと、クレアが何か言いたそうにしたが、物言いは付けなかった。
「ティーナ、君はミッドランドの貴族だろう。ミッドランドの街を優先した方が良い」
俺も言う。
「目の前にいる人達を放っておけと言うのね」
肯定したくは無いが、ごまかさない方が良い。
「その通りだ」
「くっ!」
「ティーナ、ユーイチの言う通りよ。今回ばかりは、私達の命も掛かってくるんだし、あなたはうちのパーティーのリーダーでしょ。覚悟を決めて」
リサがティーナをじっと見つめ、真剣な顔で言う。
「分かったわ」
沈んだ顔で頷いたティーナは、まだ割り切れていないようだが、パーティーの方針は決定した。
夜に脱出だ。
ティーナに優しい言葉でも掛けてやろうと俺が考えていると、外で戦っている騎士達から鋭い声が上がった。
「何だアレは!」
「何か来るぞっ!」
とっさにアイコンタクトを取って、俺達は外に出る。
「ほう、面白いモノが来たな」
レーネが空を見るなりニヤッと笑うが、うん、アレは敵では無い。
大きな緑の翼を悠々と羽ばたかせ、その背中には鎧を着た戦士達が乗っている。
トリスタンの飛竜部隊。
ワイバーンだ。
近くにいるハーピーと比較するとその大きさが分かるが、左右の翼を広げると八メートルくらいになるか。
それが三百騎ほど。
だが、実力はどの程度のものか。
曲がりなりにも竜の亜種、竜騎兵と言って良いだろうから、弱いはずは無いだろう。
ただ、この数では活躍したとしても、街を救えないかもしれない。
俺は内心で舌打ちし、ため息をついた。
たった三百か。
その部隊の先頭の竜騎兵が剣を抜いて構えた。
見覚えがある。紫のベリーショートの髪、イザベルだ。見た目はちょっと怖いお姉さん。水の都アッセリオの警備責任者。
「ミッドランドとの盟約に基づき、我らも魔物討伐に参加する! 行くぞ!」
どうやら彼女が飛竜部隊の隊長らしい。イザベルが剣を振って合図すると、一斉に飛竜部隊が加速し、凄いスピードでハーピーの群れに突っ込んだ。
「なっ!?」
「嘘…」
地上にいる者は、空を見上げて思わず呆然とする。
飛竜部隊は、ハーピーの群れと交差しただけだが、次々とハーピーが切り裂かれ、墜落していく。
「むむ、どうなってるんだ? アレは魔力?」
俺は目をこらすが、何をどうやってるのか、よく分からん。
「いや、剣術だ。ふっ、奴らめ、なかなか良い腕をしている」
レーネがそう言ったが、相当な腕だろうな。
「ワイバーンの爪でも攻撃してる。行ける! これなら行けるわ!」
ティーナが興奮した声で言うが。
「おおっ! ブレスか」
さらに、ワイバーンの何体かが、炎を吐いた。炎に巻き込まれたハーピーは羽に火が付き、慌ててもがきながら墜落していく。
ええ? これ、マジで強くない?
ハーピーはワイバーンに押され、地上へと降りてくる。そこを待ち構えていたアプリコット騎士団と冒険者達が切り伏せる。
明らかに優勢になったため、こちらの士気も上がり、動きが良くなった。
だが、いつまで持つか。
ワイバーン部隊は次々とハーピーを蹴散らすが、やはり元の数が多いため、全てを片付けるにはかなりの時間が掛かるだろう。
それまでにワイバーンが疲れてしまえば、攻撃力も落ちる。
「私達も加勢しましょう」
ティーナがレイピアを抜く。
「いや、休めるときに休んだ方が良いぞ」
優勢な時でなければ休めないし、疲弊した状態で状況が変わると対処が出来なくなる。
「ユーイチの言う通りよ。ティーナ、この戦い、先がどうなるかまだ分からないわよ?」
リサがいつもなら俺を除名しろだのなんだのと叱咤するところだと思うが、逆のことを言った。
「でも――」
「待ってや。なんか音がするで?」
ミネアが左手を挙げて黙るよう、合図を出して来た。
「なんだ?」
確かにピーッと言うような高音、笛の音だろうか。少し耳障りな音が風に乗って流れてくる。音はそれほど大きくは無い。
「むっ、ハーピー共の様子が変だぞ」
レーネが上を見て言う。
それまで人を見ればすぐに襲いかかってきた凶暴な鳥達は、その音を聞いているのか、動きが止まる。
そして、こちらに背を向け始めた。
「あっ! 逃げていく」
「逃がすな!」
ワイバーンに乗っているイザベルがそう号令を発し、ワイバーン部隊はハーピーを囲い込もうとする。が、包囲する数が圧倒的に足りず、空中のために逃げ場も多い。
「くそっ! 待てっ!」
グリフォンに乗っているルフィーが追うが、ハーピーの逃走を阻止するまでは至らない。
「アリシア様ぁ、いかが致しますぅ?」
アプリコット騎士団のメリルが団長に指示を仰ぐ。
「……いずれまた襲ってくるかもしれません。追撃はせず、怪我人の手当と、防御陣地の構築を」
「了解~。それと、トリスタンの飛行部隊の扱いですけどぉ、補給はお断りしますで良いですよねぇ?」
「いえ、思惑はともかく、我らの街を魔物共から救ったのです。水は与えておくように。それ以上の要求には応じません」
「了解!」
ま、元々、攻め込もうとしていた相手国の軍だ。諸手を挙げて感謝歓迎とは行くはずも無いか。
「ユーイチ、私達も怪我人の手当を」
「分かった」
それは反対の理由も無いので、パーティーのみんなで薬草を手分けして配った。
「よしっ! 生き残った。今回は無傷だぜ!」
冒険者の一人、バズがそう言って喜んでいるが、ううん、まあ、今は無傷だな。途中で俺が回復薬を渡したことは、突っ込むまい。
「ハッ! バズ、テメーは途中でやられてただろうが。いちいちヒヤッとさせんじゃねえよ」
やっぱり仲間から突っ込まれてるし。リーダーのラッドが笑ってなだめに掛かる。
「まあまあ、アレを乗り切ったんだ、俺達はツイてるってことでいいんじゃねえのか。しかし、何匹倒したか、わかんねえな。レベルが4も上がったぞ」
「おお、本当だ。よし、俺は30になったぞ。ラッドに追いついたぜ!」
「なに、5レベルも一気に上がったのか、スゲえな」
ラッドは驚いているが。
俺もちょっと期待して自分のカードを取り出してみるが、レベルは40、一レベルしか上がっていなかった。まあ、レベル18くらいのハーピーだからな。カルマの方が上がらないかとそちらの方が心配だったが、一桁のまま。レベル18くらいまではセーフらしい。
「ユーイチ、レベルの確認なんか今はどうでも良いから、ドロップを拾いなさいよ」
リサが注意してきたが、ふむ、そこら中に紫の魔石や、羽が落ちてるな。
取り放題だぜー!
俺が普段から鍛えまくっている採取のスキルを活かし、目にも留まらぬ速さでドロップアイテムを回収して行く。
ウインドボールの呪文も使って、羽を風でかき集める。
「うひょー、なんか楽しー」
「あっ、それは私の」
アプリコット騎士団もドロップを集めていて、その子が手を伸ばそうとした先から風魔法で吸い寄せる。
むっとしてこちらを睨むその子に近寄り、羽を束で手渡してやる。もちろん、片膝を突いて求婚するかのようなあのポーズで。
「どうぞ、お嬢さん」
「む、ありがとう。でもキモい」
「なっ!」
「プッ」
くそ、リサに笑われた。真の男の魅力が分からない奴らめ。
「ニャー、拾い放題ニャー!」
騎士団や冒険者、それに街の人も外に出て魔石や羽を集め始める。戦っていない者が取っちゃうのはどうかと思うが、街の人も家の修復に金が掛かるだろうしな。そこは咎めないでおこう。
「ラッド、袋が足りねえ、ちょっと買って来てくれ」
バズが持ちきれなくなったようでリーダーのラッドに言う。
「あぁ? 自分で行ってこいよな、ったく。アッシュとトラッドも要るのか?」
「ああ、こっちもいっぱいだ、頼んだ」
フフフ、ド素人共が! こういうときのために、空袋に空袋を収納しておくのだよ。
「えー、ユーイチ印の袋、袋はいらんかねー。お一つ、10ゴールド。今ならあなたのイニシャルを無料で刻印しまーす」
「お、買った。四つくれ」
「毎度」
ラッドに四つ、渡してやる。袋に刻むイニシャルはR、B、A、Tだ。メモの呪文で入れておく。
「ユーイチ、こっちも一つ」
リサが言う。彼女はかなり予備の袋を持っているはずだがもう足りなくなったらしい。背負っているリュックもすでにぱんぱんだ。
「ん、ほれ」
さすがに、仲間に売りつけるわけには行かないので、無料配布。
「こっちもだ、ユーイチ」
レーネが呼ぶ。
「ほいほい」
「そこの魔術士、私にも一つ頼む」
クールな感じの女騎士。美形です。
「はいはい、お名前は?」
「む、イニシャルはいらんぞ」
「ええ?」
チッ、ま、俺のスマイルマークは標準で付いてくるけどね!
「ユーイチ、あなたまさか、名前を聞き出すためにそれ、やってるんじゃないでしょうね? イニシャルはリーダー権限として禁止します」
ティーナがそんな事を言い出すし。目敏い子だよなぁ。しかし、もちろん、ここはごまかしの一手に限る。
「横暴だッ! 自分の持ち物に名前を書きましょうなんて、小学校で習う基本だろうがッ! 誰かのと一緒になってトラブルが起きたらどうするんだ! 貴重品を入れる袋はなおさら、泥棒に取られた時も証拠になるんだぞ!」
「もう、だから、なんでそんなキレるのよ……余計、禁止ね」
「くっ!」
「バカね」
「バカだニャー」
「バカだな」
うるさいよ!
ハーピーのドロップアイテムをあらかた集め終わった頃、イザベルが単騎、ワイバーンで戻って来た。
すぐに警戒したアプリコット騎士団が囲い込む。
「待て、戦いに来たわけでは無いぞ。ここの責任者と話がしたい。それと、ユーイチ、お前もだ」
イザベルが言う。
ま、ミッドランドとトリスタンの条約を使った以上、話はしておかないとな。




