第十七話 アクア・レギア
リアルに想像すると少しグロかも知れません。
2016/11/27 ティーナの優しさ補完計画…本気の肘打ちを、小突きに変更。
剣で攻撃しても、魔法で攻撃しても、瞬く間に回復してしまう緑色のオーク。
クレアの提案により、封印しようという事になったわけだが。
「来るぞッ!」
グリーンオークが突進をかけてきた。
「散開しろ!」
ランスロットが指示し、無理せず躱しながら攻撃を加えていく。
「はっ、そのトロさで俺様に向かってこようなんざ、ぐはっ!?」
「グリーズ!」
んもう、格好付けて油断するから…。
砕け散った石タイルをそのままにしておいた俺も甘かった気がするが、グリーンオークが投石してくるところをちゃんと見ていれば、避けられたはずだ。
「ほら、薬草」
仰向けに倒れているグリーズの側に駆け寄って薬草を渡してやった。
「すまねえ。ユーイチ、もし俺に何かあったときには、この剣を――」
「いえ、その程度で死にゃしないから、変なものを押しつけないで」
「ああ? 変な物って、こいつはなあ」
グリーズの話が凄く長くなりそうだから、俺はさっさとその場を離れる。ついでに、散らばっている石も、ストーンウォールでくっつけてお掃除。
「そっち行ったぞ、グリーズ」
「なっ、おい、くっそ。ランスロット! そこはお前が体を張って止めるところじゃねえのかよ!」
「生憎と元気な男をかばう趣味は無いんでね」
そう言いつつも、グリーンオークの胴体を横真っ二つに切り落とし、安全を図るランスロット。
「チッ、さっきより、体がデカくなってるぞ。おかしな奴だ」
アレクサンダーが舌打ちするが、ダメージを与えているのにも拘わらず、強くなってくるって、いや、ストレスに対する進化?
「ミネアは何してるのかしら」
リサが苛立ち始めた。すでに一時間近く経過している。
「おお~♪ おお~♪ 戦士達よ、その不屈の勇気を讃えん。神々もご覧あれ、禍々しき不死の魔物と戦う、彼らが姿~♪」
リュートでアップテンポの弾き語りをしているイシーダだが、いや、さすがに上手いわ。しかも、曲のおかげなのか、気分が乗ってくる。
「ぐっ?!」
むむ、グリーズがまたダメージを受けた。今のは油断していなかったはずだが、グリーンオークが上手く腕を振り回した感じ。
「まずいぞ、コイツ、こっちの動きを掴んできてる」
ランスロットが言ったが、その通りだろう。グリーンオークの動きが良くなっている。
「距離を取れ。無理に攻撃するな」
アレクサンダーが指示するが、攻撃しないと完全体のまま暴れ出すから、このコロシアムからグリーンオークが逃げ出さないかと、ちょっと怖いのよね。
コロシアムは一定の広さがあるから良いが、こんなのと市街戦をやった日には目も当てられない状況になるのは確実だ。
「ごめん、待たせた!」
「ミネア!」
ミネアが、荷車を引いたロドルを連れて戻って来た。
「こっちの壺が塩酸、こっちが硝酸や」
大きな壺が六つほど。
量としては充分だろう。
作戦はもう話し合って決めてある。
「ランスロットさん、お願いします!」
「ああ、任せておけ」
「こちらもいつでも良いぞ」
ランスロットが斬り込んで、グリーンオークを細切れにする。
用意しておいた巨大な石の容器に風魔法で肉を飛ばして突っ込み、そこにウォーターウォールの呪文で塩酸と硝酸を操り、放り込んでいく。飛び散った液体が、ジュッと煙を上げるので、うへ、アレは近づいたらヤバいわ。
「一つ目、完了!」
「次だ!」
石の容器は五つ用意した。今度はすぐには破壊されないよう、かなり周りを分厚くしてある。観客席の石を使った。
蓋をしてストーンウォールの呪文で変形させて密閉させた後は、ミオやエリカがアイスウォールの呪文でさらに外側を覆う。
これが吉と出るか凶と出るかはやってみないと分からないが、俺の考えでは温度を下げた方が再生能力は低下すると見た。絶対零度まで下げられるならそれを試したいが、王水も凍ってしまうと、それも具合が悪い。
なので、ギリギリ、王水が凍らない程度に温度を下げていく。
「これで終わりです!」
「よし、どうだ、アレクのおっさん」
中の様子を呪文で探っているアレクサンダーにグリーズが問う。
「おい、グリーズ、失礼だぞ」
ランスロットが注意したが、アレクサンダーは気にするなと言う感じで片手を上げると、顔を上げた。
「ふむ、今のところ、大丈夫だ。再生が追いついていない」
「やった!」
だが、王水の効力はいずれ純度が下がるなりして切れるはず。
王水を常に新しく作り続け、グリーンオークが出てこないように入れ替えをする必要があるが、どうしたものやら。
「では、後はこちらで引き継ごう」
トリスタンの高級官吏と上級騎士がすでにゴーレムを用意していて、巨大な石の容器を運び出していく。
まあ、魔術士も何人か来ているから、彼らでも大丈夫か。説明もすでにしてある。
「よくやった、ランスロット」
アレクサンダーが英雄の肩を叩く。
「いえ、グリーズや、みんなのおかげですよ」
こう言う謙虚さが人気の秘訣なんだろうな。
「アレクサンダーさん、ちょっと」
皆がお互いを讃え合う間に、俺は彼に話しかけた。
「何だね」
「後で、さっきの呪文、教えて頂きたいのですが」
「ああ、お安いご用だ。こっちもお前さんのストーンウォールに興味がある」
「む、ああ…」
「ま、無理にとは言わん。こちらの透視は別に問題無いぞ。教えてやろう」
「ありがとうございます」
続いて、イシーダ。
「素晴らしいご活躍でした、ユーイチ様」
「どうも。それでですね…」
美少女仮面の英雄譚に問題が生じていることをありのままに伝え、金貨を掴ませる。
「分かりました。今後は、ロフォール子爵ティーナ様とは別人という方向で」
「お願いします」
これで懸念はひとまず片付いたか。こちらをじっと見ているティーナの下へ行く。
「お待たせ」
「ええ。きちんと話、通してくれた?」
「ああ、事情も理解してくれて、多分大丈夫だよ」
「なら良いけど。次に変な歌が流行ってたら、どうなるかは分かってるわよね」
「いや、ううん…以前の歌がすぐ消える訳じゃあ無いんだが」
「む」
「手を尽くします、ハイ」
「よろしい」
さすがに疲れたので、宿に直行してベッドに寝転がる。
ひとまずは解決した。いや、あの女魔術士の事とか、変なモンスターの事とか、気になることが増えたな。
だが、今は、頭が回らない。
寝よう。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
翌朝、スッキリと目が覚めたが、昨日の夕食を抜いてしまったので、腹が減った。
ベッドから降りて、宿の食堂へ向かう。
レベルは39になったが、一つしか上がっていない。総合レベルが上がるだけでは新しい魔法も覚え無いし、微妙だな。
「ああ、ユーイチ、おはよう」
丸テーブルでティーナとリサとクロが揃って食事していたので俺もその席に座る。他のメンバーはまだ寝ているか、もう朝食を終えたのだろう。
「おはよう」
「夕食、眠ってたからそのままにしておいたわよ」
リサが呼びに来てくれていたようだ。
「うん」
宿の従業員がパンとスープを持って来てくれたのでさっそく食べる。腹が減ってるとこっちのパンでも旨い。
「昨日、城の官吏が事情を聞きたいからって、城に呼ばれているわ。リサが一通り事情を説明したけど、陛下に謁見が認められるかしら?」
ティーナが説明がてら俺に聞いてくるが、望み薄だろうな。向こうとしては、武闘大会の騒動の事情を確認しておきたいだけだろうし。王妃が話を通してくれていたとしても、警備を強化したり混乱のせいでお流れになったかも。
「期待はしない方が良いが、無視もまずいだろうからな」
「当然でしょ」
リサが言う。
「それに黒魔術師が召喚したって言う噂が流れてるようだから、あなたが容疑者になってる可能性があるもの」
うえ。
「だから、今日はあの赤いローブで行くこと。いいわね?」
「ええー?」
「文句言わない。アンタの為よ」
リサも賛成らしい。
「だが、当日と違う服装で行ったら、隠蔽工作かと思われないか?」
俺がそう言うと、リサが首を横に振る。
「無いわよ。そこは当日は黒い服を着ていましたって、正直に言えば良いだけだし、私たちにやましい事なんて何も無いもの。聞かれればだけどね」
「ああ」
「じゃ、私はまだ寝てる連中、起こしてくるわ」
「ええ、お願い、リサ。ユーイチは着替えてね」
「チッ、分かったよ」
パーティー全員で城に出頭し、兵士と下級官吏からあれこれ質問された。特に隠すことも無いので、出来事を正直に話す。
「では、オラヴェリア様がお会いになるそうです。こちらへ」
全て話したが今度は別の上級官吏が事情を聞くらしい。一度に済ませて欲しかったなぁ。とは言え、こちらはただの冒険者集団、文句は言えないか。ティーナは身分を明らかにしているが、向こうは礼を失せぬようにしつつも別段、態度が変わった風でも無かった。王宮の官吏ともなれば、貴族も慣れっこだろうしな。
内装が豪華な応接間に通され、お茶が振る舞われた。リムとレーネが退屈そうにしているが仕方が無い。あとはティーナかリサに任せて…と言いたいところだが、あのグリーンオークについてはいくつか気になることもあるし、高官の人にはきちんと話しておいた方が良い。
「お待たせしました」
やってきた可憐な美少女を見て、ちょっとショックを受ける。
え? ここの王女様かな?
やや地味な色柄の服ではあるが、繊細な水色の髪と理知的な瞳がタダ者では無い美しさを主張している。
ソファーから立ち上がろうとした俺たちを、そのままで良いと右手で軽く制した彼女が、自分も向かい側に座る。
「ほう! お前達がランスロットと共に件のオークを倒した冒険者共か!」
少し遅れて入ってきた声の大きな男が、こちらを見回してニヤッと笑う。立派な鼻ヒゲを蓄え、太鼓腹だ。
だ、大丈夫、ムキムキではない。
それより、ええと、どっちがオラヴェリアだ?
「ブンバルト様、こちらのロフォール卿は子爵です。言葉遣いはお気をつけ下さい」
水色の髪の美少女が言う。こちらがオラヴェリアらしい。エルと似たような色だが、オラヴェリアはストレートのロングヘア、エルは三つ編み。うん、どちらも甲乙付けがたい。
「おお、それは失礼致した。しかし、その装備、なかなか堂に入っておるではないか。結構、結構」
破顔して謝るブンバルトは白いローブを着込んでいるが、聖職者っぽい。
「どうも」
ティーナは軽く肩をすくめて世辞に対する礼を言った。待っていたオラヴェリアがタイミングを見計らって言う。
「申し遅れました、私はアイネ=フォン=オラヴェリア。今回の一連の事件の統括担当者をしております。こちらは大司祭の――」
「ブンバルトじゃ! ブンバルトで結構。よろしくな! いや、今回は良くやってくれた! 礼を言うぞ」
大司祭と言う割には偉ぶっておらず、積極的に握手を全員に求めてくるヒゲ親父。くそ、俺はお前みたいな暑苦しい奴じゃなくて、後ろのアイネちゃんと握手したいんだが、そこをどけと。手を放せっての。
「聞いたぞ、お前がアクアレギアを使って、あ奴を封印した魔術士だな! 知っておるぞ、錬金術であろう? どうだっ!」
「いや、ええ、はい、まあ、どれでもいいんですが」
「そうかそうか!」
声がいちいちデケえよ。あと、どいて…。
「ブンバルト様、ひとまず、席に」
「おお、そうだな。冒険者と聞くと、ワシも若い頃を思い出しての。ハッハッハッ!」
四人が席に着いたところで、ティーナが咳払いする。他のみんなは座らずに後ろで待機。
「オホン、すでに名前はお聞き及びかと思いますが、改めて自己紹介を。ミッドランド国、ティーナ=フォン=ロフォール子爵です」
「ええ、ロフォール卿、大体の話は部下から伺いましたが、もういくつか質問させて頂いてよろしいでしょうか?」
「ええ、構いません」
アイネはグリーンオークの見た目や強さ、行動パターンなどについて質問を重ねた。
「…とまあ、そんなところです。他に何かあるかしら?」
ティーナが説明し、リサとミネアが補足説明したが、そんなもんだろう。俺も頷く。
「そうですか。しかし、ブンバルト様、これほどの回復力となると、現存のモンスターではあまりいませんね?」
「ああ、ワシも聞いたことが無い。胴体を二つに割って平気となると、トカゲの仲間とスライムくらいしか思いつかんな!」
ブンバルトが答えたが、アイネの今の聞き方が少し気になったので、口を挟む。
「文献では過去に存在したと?」
すると、ブンバルトの表情が一変して真顔になり、アイネにアイコンタクトで明かして良いかどうかを確認した。アイネも頷く。
「ええ、我が国に残る歴史書には、そのようなモンスターの記述があります」
「なら、対処法もご存じなわけですね?」
そこが分かっているなら、それほど深刻な問題では無いだろう。永遠に倒せないモンスターが存在し続けるというのはちょっと気分の良いものでは無いが。
「うむ、神殿に伝わる秘法として、肉を分けたまま封印する術がある。ところが、じゃ」
何か問題があるのか、ブンバルトが声を潜める。
「かつて封印されしその肉塊が、有るべき場所に無かった。昨日、オラヴェリアに言われて調べてみて、肝を冷やしたわい」
「んん? つまり、その過去に封印したモンスターが出てきたと言うことですか?」
ティーナが首を傾げる。
「それについては何とも言えんな。元々、封印しておった肉塊を確認した者がおらぬ。それに、封印が破られた形跡も無かった。風化して完全な状態とは言えんかったがな」
一同が沈黙する。これについては、俺たちには調べようが無い。
「次の点ですが」
アイネが話を進める。
「グリーンオークについては、こちらで責任を持って管理し、封印の功績については冒険者ギルドを通じて報酬をお渡しします。それでご了承頂けますね?」
アイネがそう言うが。
「ええ、それでいいけれど、あの場には国王陛下もいらっしゃったのでしょう? なら、その…」
ティーナが言い掛けるが、国王の礼をこちらから求めるのは少し憚られるし、彼女の性格からしても無理か。
「危機を救ってやったのだ、国王自ら出てきて労いの言葉の一つくらい、有ってもいいだろうな」
レーネがニヤッと笑ってさらりと言う。ナイス。
「いえ、それは――」
「いや、もっともである! 陛下にはワシが言っておこう」
アイネちゃんは俺たちを国王には会わせたくなかったようだが、おっさんの方が約束してしまった。
大司祭ともなれば、一定の発言権もあるだろう。この場にいるし、アイネも気を遣っている様子。
「分かりました。では、後ほど。話を続けますが、黒き魔術士が魔法陣を作成していたとか」
「ええ。紫色の口紅をした、美人の若い女性でしたが、フードを深くかぶっていたので、目元までは見ていません」
あの場でしっかりチェックしたのは俺だけなので、詳しく述べる。
「体型は痩せていましたか?」
「ううん…ローブを着込んでいたので、そこまでは」
標準体型だったと思う。それにしても、アイネちゃんは痩せてるのに巨乳だね。うえ、こちらの視線を察したようで、彼女は胸を腕で隠してしまった。
しかもティーナが軽く肘で小突いてくるし。鼻がムズムズしたので視線を顔の方に向けておく。
「紫の口紅の女魔術士か。他に何か、特徴は無いのか? 化粧など、口紅の色を変えてしまえばそれまでだぞ?」
ブンバルトがそう言うが、うん、それもそうだ。
「では、少しお待ちを。上質の羊皮紙はありますか?」
「ええ、お待ち下さい」
アイネの部下が紙を持って来た。
それに、メモの呪文で、あの女魔術士の顔を印刷する。
俺の記憶が元なので、間違いが無いとも言い切れないが、大体こんな感じの顔だった。
「おお、これは見事な似顔絵だ! なんと緻密な」
ブンバルトが目を見張って感心しているが、一般的な写真はまだ発明されていないようだ。地球の歴史でも感光剤を用いたモノは19世紀くらいだしな。ただし、冒険者カードには魔法で顔写真が載るようになっており、そこまでの珍しさは無いはずだ。冒険者カードの写真の仕組みは職員などにも聞いてみたが、特殊な魔法としか教えてもらえなかった。悪用を防ぐためだろう。
「ありがとうございます。では、これを百枚ほど写して、各ギルドと騎士団に配るように」
アイネが部下に命じてすぐに対応する。有能そうだ。あの女魔術士はもう王都からは脱出している可能性も大だが、ともかくこれでこちらの打てる手は打った。
さて、ここからが本題だ。
「それで、オラヴェリア様、我々をここに呼んだからには、何か理由がお有りになるのでは?」
いかにも出来る男ですよと視線でアピールしつつ、言う。
「いいえ。あの場に居合わせた他の冒険者からも事情を聞いていますし、あくまで念のためです」
そんなぁ…。
横で俺を白い目で見ているティーナの視線がぐさっとくる。
「ティーナ」
リサが小声で言い、何か促す。
「ああ、ええ、オラヴェリア様、私はミッドランドの使節としてここに参りました。是非とも、陛下にお取り次ぎ頂き、親書を受け取って頂きたく」
ティーナが切り出す。そうだった。ここで外交するために、わざわざ出たくも無い武闘大会に出てきたんだし。そっちは全員、負けちゃったけどね。
「よし! ではワシが」
ブンバルトが立ち上がったが、それをちらりと見たアイネが落ち着いた声で言う。
「その前に、グリーンオークの正体と今後の対応について、少しお話を。無論、あなた方をミッドランドの公式の外交官として認めた上で、ですが」
「む、我らが公式の外交使節であることは疑いようも無いはず。いささか無礼ではありませんか?」
ティーナがむっとして言うが、ミッドランドに確認の使いを出さないとそれははっきりしないだろう。時間稼ぎ、いや、立場を弁えさせようという駆け引きだろうな。
アイネが答える。
「公式の外交使節なら公式の訪問の手順があるはず。ですが、今はそのような言い争いで時間を浪費している場合でもないかと。アレは使徒です」
「シト?」
ティーナが言葉の意味を理解できずにオウム返しに聞き返した。




