第十九話 無能な領主、無力な領主
2016/11/25 若干修正。
浮民が大量発生し、一部は盗みもやっていたので、こういう結果も予想は出来たのだが。
だが、面倒だがひとまず食い物と家を与えておけばなんとかなるさ、そんな考えが俺には有った。
一刻も早く、この状態を改善させないと。
窃盗を皆無にするなど出来はしないだろう。
それは現代社会においても起こっている事態であり、実行可能な解決策なども見つかっていない。
あるいは、全てを公平に配分すればいいのかもしれないが、それに同意する人間は少数派に留まるだろう。
そして、公平に配分したとしても、強欲に取り憑かれた人間はどこの世界にもいる。
全ての場所に監視カメラを張り巡らし、盗んだ瞬間に予め体に埋め込まれたナノマシンが爆発して死を招く…。
そんなシステマティックな事が出来たとしても、多分、手を出す者はいるだろう。
だが、発生する数を減らすことは可能なはずだ。
ボルン子爵がいるという街に到着したが、閑散としている。人通りが極端に少ない。通りかかった人間も、こちらを見るなりさっと慌てたように脇道に入って行った。
「なんだか、暗い街だな。こういう辛気くさいところは好かん」
レーネが言う。
「空き家が多いわね。ミネア、気は抜かないでよ」
「うん、分かっとるよ」
リサが気にしたが、人が住まなくなってから結構立っている感じの崩れた家がそのまま放置されている。
多かれ少なかれ、こういうスラム街はどこの地域にもあるのだが、街の入り口、街道から入ってすぐの場所となると、なんだか初めて見た気がする。
「報告には聞いていたが、ここまでとはな。見ろ、道具屋が潰れている。税を掛けすぎたのではないか?」
コーネリアスが部下の騎士に向けて小声で言う。
「そうかもしれませんな。調べましょうか?」
「ああ」
「では」
「ムゥ、嫌な臭いがするニャ」
リムが鼻を押さえる。
「どこ? む。あの家……死体が放置されてるわ」
うえ。リサが言うが、ひい。俺は絶対にそっちは見ないぞ。
「チッ。この街の兵士を呼んでこい」
「はっ」
コーネリアスが指示を出したので、うん、俺達が片付ける必要は無さそうだ。
「行きましょう」
先を促すコーネリアスは自国の恥を晒すのも面白くないと思ったか、あるいは後は部下に任せれば良いと思ったか。
「ええ…」
子供の盗賊に襲われてから、ティーナは口数がめっきり減っている。
「ん? 何や、女の人の声が」
ミネアが立ち止まって路地裏を見る。
「何か聞こえる?」
ティーナが言うが、俺には聞こえない。いや?
「いやあ! 助けて」
うん、聞こえたね。
「行きましょう!」
うわ。ティーナ。
「ちょっと!」
「む」
リサが止める間もなく、路地裏に突っ込むうちのお館様。リックスやコーネリアスも渋い顔をしながら、後を追う。もちろん、俺達も追いかける。
「その人を離しなさい!」
数人の男が、若い女性を囲んでいる。女性の服が破けているが、襲いかかってたんだろうな。
んもー、ここの街、治安悪すぎ。兵士は何やってんの?
「なんだ、てめえは?」
「私は、通りすがりの剣士よ」
「ハッ! ガキがいっぱしの剣士のつもりかよ」
「アレだ、吟遊詩人が歌ってた、仮面剣士様だろ」
「おいおい、嬢ちゃん、仮面を忘れてるぞ」
うわあ。
赤ら顔で、酔ってるんだろうが、しかし……あああ……イシーダさん、勘弁して下さい。
「そんなもの、必要無い!」
「待った!」
斬りかかろうと、突っ込むティーナに、横から立ちはだかるコーネリアス。
「なぜ止めるの!」
「少し待って頂きたい。お前達、もしや、ここの街の兵士か?」
え?
確かに、剣は腰にぶら下げてるが…。むむ。
街で剣を持てるのは冒険者か兵士くらいか。
鎧は着てないが、どっちだ?
「だったら、どうしたよ?」
「む…昼間から酒に酔い、あまつさえ自ら治安を乱すとは。我が名はフィリップ=フォン=コーネリアス。エルトラント増援部隊の副司令だ」
「ああ? なっ! ふ、副司令だと?」
兵士達が仰天し、お互い顔を見合わせ、そして震え出す。
「貴様らの狼藉は子爵に伝えておく。下がれ!」
「は、ははっ!」
「大丈夫?」
ティーナが襲われていた町娘を気に掛けるが。
「へ、平気です。失礼します!」
ううん、あからさまに怯えて逃げてったな。
「ええ? 何なのよ……」
納得行かなそうな顔のティーナ。
まあ、断言しても良いが、ここの街の領主は、間違いなく無能だろう。
………帰っちゃおうかな?
でも、何しにここまで来たかも分かんなくなるよね。
「じゃ、さっさと領主のところに行って話を付けて帰りましょう」
リサが言う。そうだね。長居してたら、また襲われるかもしれないし。
領主の館は、城では無かったが広い庭園があり、そちらは見事に手入れされていて、なんだか別の場所に来たのかと思うほど雰囲気が違っていた。
そこの番兵たちと会う会わせないで言い争いになり、最後はコーネリアスが先に領主にお伺いを立てると言うことで何とか収まった。
「会うそうだ」
「ふう。じゃ、通るわよ」
「勝手にしろ」
「お前達!」
コーネリアスが叱る。番兵も分かってんのかね。この人は次期公爵閣下だよ?
「いえ、構いません、コーネリアス卿」
ティーナがそう言い、中に入る。
館の中は、こちらも綺麗にしてあり、埃一つ、落ちていない感じ。ちょっと金ぴかしすぎているが、調度品もあちこちに置かれていて、贅沢してんなあ。
「領主様は、こちらです」
出てきたメイドが案内してくれるが、ウホッ!
何その凄いミニスカート。
ちょっと見えてるよね?
しかし、黒色のレースか……。うーん。悪くは無いよ?
これでもうちょっと童顔の美少女だったら、俺もここの使用人になりたいくらいだが、残念、美人は美人だが、なんか俺の求めてる方向と違う。
「ねえ、ここの領主って…」
ティーナが一緒に付いて来ているリサに向かって問う。
「当然、そうでしょ。ユーイチがあの反応だもの」
答えるリサ。おい、何が言いたい。
「ああ…」
気が抜けたような顔をする女性陣。
「こちらになります」
メイドが扉を指し示すが、自分で開けようとはしない。
まあ、招かざる客だものね。
「行くわよ」
ティーナが自ら扉を開け、中に入る。
「良いではないか、良いではないか、ぬほほほ」
「えー、ダメですぅ」
わあ、なんか、タイミングが悪かったと言うか。一応、二人ともまだ服は着ているので最悪のタイミングでは無いんだが。
「オホン! お初にお目に掛かる、ボルン子爵!」
あからさまに怒っているティーナ。
「な、なんだ、貴様らは」
「私はティーナ=フォン=ロフォール子爵」
「うん? はて、今日は客人が来る予定だったか?」
「えー? あたしにはわかりませーん」
使えないメイドだな。まあ、使用用途が違うんだろうけど。たれ目の巨乳美人。んー、やっぱり俺の好みとは違うな。
「あなたはもういいわ」
「は、はい、失礼しまーす」
女の勘か、ティーナの不機嫌さを敏感に察して、そそくさと出て行くメイド。
「それで、ロフォール卿、何の用だ?」
お遊びが邪魔されたせいか、不機嫌そうなボルン子爵。ぶくぶくと太っている。なんか、豚に見えちゃうな。獣人では無いんだが。
「単刀直入に言うわ。税を下げなさい」
「んん? いきなり、何を言い出す」
「私の領地にあなたの領地から大量に浮民がなだれ込んでいるわ。原因は、増税にあるはずよ」
「ああ、その事か。逃げる奴は放っておけば良い。残りの奴の税を重くすればいいのだ」
ん? ん?
「あなた、それ、本気で言っているの? それとも、私への当てつけかしら?」
「何を言う。浮民が出るから税が上げられないという話では無いのか」
「そ、そうだけど…」
「だから、残っている奴に税を払わせれば良いと言っている」
「ちょっと待ちなさい。私は、対策として税を下げろと言っているだけで、税を上げろとは言ってないわ」
「んん? 待て待て。税を下げては収入が減るだろう」
「それは当然よ。でも、浮民が発生したら、結局はあなたも税収が減るわよ? あ…そう言うこと」
この男は、浮民がもたらす被害や影響には全く目が向いていないようだ。
ティーナも気づいた様子。
「だから、減った分は、残った領民に払わせれば良いと何度も言っているだろうに。頭の悪い奴だ」
「む。あなたに言われたくないけど。それで、残った領民がどんどん減って、一人もいなくなったらどうするつもりなのかしら?」
「民草は放っておけば増える。その心配は無いぞ」
「む…ここの領民の人口はいくら?」
「そんな事は知らん」
「むぅ。じゃ、税の目録を見せなさい」
「執事に聞け。ワシは知らんぞ」
「結構、そうさせてもらうわ。執事を呼んで」
「むう」
手に持って振るタイプのベルを鳴らし、執事がやってくる。
「お呼びでしょうか」
「ああ。コイツが税の目録を見せろとうるさくてな。渡してやれ」
「よろしいのですか?」
「構わん。それが済めば、帰るのだな?」
「ええ。少し話をしたらね」
「ふん、まあいい、お前も、なかなか美人ではないか」
「む…さっさと目録を持ってきて」
見つめられて生理的嫌悪感が有ったようで、ティーナが眉をひそめる。
「畏まりました」
まだ若い執事は、言葉だけは丁寧だが、あからさまに面倒だという顔をして目録を取りに行く。
客が来ているのに、他のメイドを呼んで茶を出すという指示もしない辺り、三流の執事だな。
セバスチャンなら、招かざる客として地下室に案内してるところだろう。
「お前達も食うか?」
お、気が利くね、と思ったが、蜂蜜のスプーンをそのまま瓶に突っ込んでるから、間接キッスを狙っているのは明らかだ。
俺は遠慮してこう。蜂蜜、久しぶりに食べたいけどね。
「む、要らないわ」
「そうか。ま、独り占めが一番美味い!」
この世界ではなぜか虫歯にならないから歯は心配しなくていいが、どう見てもその太り方、糖尿病とか気を付けた方が良いよ。
どれ、分析。
あー、やっぱりね。しかしレベル1のHP9とかでよく生き残ってこれたなあ…。
「ええ?」
ウインドウを見てティーナもちょっとびっくり。
「ほほう」
リックスも興味深そうに太った領主とウインドウを見比べている。
「こちらになります」
執事が戻ってきて羊皮紙の巻物を渡す。
「ちょっと。これ、今年の目録しかないじゃない。五年前から概略だけで良いから、全部持ってきて」
「むう、全部、でございますか? 探すのが大変ですが」
「それがあなたの仕事でしょう? 褒美は出してあげるから」
「おお」
「ワシは出さんぞ!」
すかさず言うボルンも、そういうところだけはしっかりしている感じ。
「私が出すわ」
「ならいいが」
でも、それって買収だよね。いいのかな。どうもこの領主、俺達がミッドランドの人間だと気づいてない感じだけど。
「おお、思い出した。ロフォールと言えば、隣の領地だったな」
うわ。今そこか……。
「しかし、うん? あの男に娘や妹がいたとは聞いておらぬが」
「配置が替わりましたので。ご挨拶が遅れてごめんなさいね」
ティーナも分かっていて、ニヤニヤしながら言う。
「そうか、まあ、別に挨拶はいらんぞ。む、ワシと仲良くしたいと言うことだな?」
「いいえ、全然っ!」
凄い早口で言うティーナ。
「む、そうか。おい、誰か、砂糖水を持って参れ」
うわあ。
いや、でも、ジュースとかって、色付き砂糖水と言えなくもないか。
がぶ飲みは止めておこう。
結構時間が経って、イライラし始めたとき、ようやく執事が目録を持ってきた。三年目の目録が見つからないと言うが、困ったのものだ。
「やっぱりね。ボルン子爵、これが五年前の人頭税。320万3215ゴールド。端数になるのはなんだか変だけど、それはいいわ。そして四年前が302万5225ゴールド。一年飛んで、240万4225ゴールド」
む、減ってるのは良いが、百から下の桁の数字が同じって、それ、粉飾されてるんじゃね?
指摘したくなるが、話の腰を折ってもアレなので黙っておく。
「そして去年が140万2225ゴールド。半分以下に落ち込んでいるわ」
「なら、人頭税を倍にすれば良い」
「ちょっと…。それで払いきれなくて、逃げてきている領民がいて、こっちは迷惑してるのよ?」
「ああ、なら、逃げた領民はそちらで切り捨ててもらって構わんぞ」
「いや、うーん…」
ティーナの話の持って行き方じゃ、てんでダメだな。まともな奴ならそれで諭せるかもしれないが、コイツはそんな頭脳も持ち合わせていないようだし。
「閣下、税を高くせずとも、税収をバンバン増やしちゃうとっておきの秘策、聞きたくはありませんか?」
「教えろっ!」
食いつき良いな!
「簡単です。領民を増やせば、税金を払う人数が増えて税収も増えます」
「ふむ。よし、では、領民を増やすのだ」
「ちょっと…どうやって増やすのよ?」
ティーナが呆れつつ聞く。
「どうやって増やすのだ?」
ま、方法は丸投げしてくれて構わないよ。
「まず、税を半分にします」
「バカな。それでは税収も半分になるだろうが」
「いえ、それで評判を聞いた民が閣下の領地へたくさんやってきますから、人数が増えて税収は結果として上がるんですよ」
「むう? 本当か?」
「ええもちろん」
どれだけ増えるか、俺も興味があるので、言葉巧みに丸め込んで、減税プランを羊皮紙にまとめて渡してやった。
「でも、上手くやったわね……と言うより、あの領主、どうしようもないくらいにバカね」
「ま、よろしいではありませんか。これで目論見通り。しかし、ユーイチ、大言壮語を吐いていたが、本当にアレで税収が増えるのか?」
リックスが聞いてくるが。
「ううん、まあ、理論的には行けると思うけど、実際にやってみたわけじゃないから実証はまだだね」
「ちょっと……知らないわよ?」
まあ、他所様の領地だし。それに、減税になる分には、民も死んだりしないだろう。
あの豚領主が「騙したな!」と言って怒るくらいのもんだ。
ただ、減税で可処分所得が増えれば消費が上がり乗数効果も期待できると言った経済学的な理論もあるし、関税が高くてこの街を敬遠していた商人が戻って来ると言うような体験的なロバートの話など、根拠はある。全くのホラ話でも無いのだ。
ともかく、これで領民の逃亡が減って、税収も増えれば俺たちもボルン子爵も万々歳だ。




