第十五話 軋轢
2016/11/25 若干修正。
流れ込んでくる浮民は一定数まで保護する。
領主であるティーナと話し合い、そんな方針を決定したのだが。
今度はセルン村に親子が食べ物を求めてやってきた。
「お願いします! 三日前から何も食べて無いんです。せめてこの子だけでも!」
見るからに痩せこけ、ぐったりしている子供が抱きかかえられているのを見てしまっては、とても追い返すことはできない。
ティーナがお人好しで良かったわぁ。
分析してみると、ただの飢餓、栄養失調だったので、パンとポーションを与えておく。
さらに、村の外れにストーンウォールで家を作ってやり、適当に服や毛布や桶など、生活に必要な物と少額の金を渡した。
「何か困ったことがあれば俺かエルに言うように」
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
さて、浮民の保護はこれでひとまず完了だが、これでセルン村の村人になったからめでたしめでたしと言うのは早計で無責任だ。
きちんと生活していける仕事と収入を与えておかないと、すぐにまた逃げ出すか、食い物のために盗みを働くか、どちらかだろう。
可哀想だからと捨て猫をその時の感情で拾ってきて数日餌をやり、後はお母さんに世話を丸投げ、果ては要らないと言って段ボールや保健所行き――。
それは命に対する責任の認識の甘さであり、それを許していれば命を軽んじることに繋がる。
これは会社の従業員や、国の移民政策であっても同じ事だろう。
面倒臭えな。
とは言え、村長の職責にある以上は、最低限のことはやっておかないとな。
ジーナ大ババ様やネルロと相談し、その一家には畑を分け与え、さらに今後やってくるであろう新たな浮民の世話係も義務としてやらせることにした。
自身が浮民なら、悩みや必要な物もすぐ思いつくだろうしな。
俺なら絶対やりたくない世話係だが、そこは否応は言わせない。それが出来ないなら、どうぞこの村から出て行って下さい、だ。
王侯貴族を迎えるかのような待遇をする余裕はこの村にも無いし、そんな扱いをしようものなら地元の村人の不満が爆発してしまう。
村の生活も楽じゃ無いからな。
……お、おう、俺もちゃんと仕事してるところを村人に見せつけないとな!
お菓子作りはこっそりやって、パンはしっかり配っておかねば…。反省。
「ゴーダ、32歳、男、ワブ村出身と」
名前と年齢と出身の村の名などを記録し、日付を添えてティーナに報告書として出しておく。
ゴーダは農夫だそうだから、畑仕事は問題無いだろう。
それと。
一晩おいて、少し落ち着いたところで、もう一度面会し、必要なことを話しておくことにする。
世話係のエルも一緒だ。ネルロは別に要らないのだが、勝手に来ている。まあいいか。
「では、ゴーダさん、この村での重要な注意事項を伝えておくので覚えておいて下さい」
「は、はい」
「まず、動いているゴーレムは危険なので子供に近づかせないよう言い聞かせておくように。これね」
「GHAAA!」
「ヒッ!」
「うん、襲って来たりはしないから、大丈夫、大丈夫」
「ハッ! だらしねえ、それでも男かよ。こんなんでビビってちゃあ、この村で生きていくのは無理だぜ!」
「ネルロだって初めは、アレはおっかねえぞって首をすくめて言ってたじゃない」
「う、うるせえな、エル、そこは黙ってろよ。格好付かねえだろ、村の頼れる男としてよ」
和む奴だなあ。
「それと、キノコ取りは厳禁です。木の実や山菜だけにして下さい。分かりましたか?」
きっちり俺は言っておく。
「わ、分かりました」
「前によ、ベリルが毒キノコを食って死にかけたからな。白いのは採ってくるなよ?」
「はい」
ネルロの言葉に真剣に頷いているから、まあ大丈夫だろう。
「じゃ、ジーナ大ババ様のところへ行って、少しお話、この村での心構えなどを聞いてもらいます。こっちへ」
親子三人全員で大ババ様のところへ来てもらい、座らせる。
「それでは、大ババ様、よろしくお願いします」
村長の俺が頭を下げて丁寧に言っているのを見れば、この人は大物なんだと思うに違いない。
「うむ。ゴーダと言ったな」
「は、はい」
「この村では、いくつか、お前さんの村とはやり方が違うはずじゃ。じゃから、違ったときは、その場で話を聞いて、こちらのやり方に合わせるように。家の中のことまではうるさく言わんが、他の村人を怒らせないよう、上手くおやり」
「はい」
「もし、おかしなことを言いつけられたと思えば、ワシかエルか村長に相談するとええ。そこの悪ガキの言うことは、いちいち聞かんでええぞ」
「ああ? 誰が悪ガキだっての! うっせーぞ、ババア」
ふう、うるさいのはお前の方だろう。今、大事なお話の最中なんだから。
「ネルロ、退出。これは命令だ」
外を指差して言う。
「ぐ。くそっ」
言うことを聞かないなら、外で待機しているケイン達に実力排除させるつもりで言ったが、意外に素直に出て行った。
「やれやれ、先代の爺様から躾を頼まれたが、体と負けん気だけ大きくなって、困ったもんじゃ」
まあそれでも乱暴は振るったりしないし、村人達から嫌われてる訳でも無いんだよな。ネルロ村長時代のことはボロクソに言われてるけど。
「さて、ゴーダよ。最後に、この村で落ち着きたいなら、よくお聞き。
これから先、お前さん達は自分がセルン村の人間だと思って暮らさねばならん。
余所者と陰口を叩かれようともぐっとこらえて耐えねばならん。
お前さん達がこの村の人間として村のために頑張ればいつかは皆も認めてくれるじゃろう。
どうしても我慢できないようなら、いつでも出て行って構わんが、ここには二度と戻れないよ。
ま、一度村を捨てて逃げたお前さんなら、その大変さは身にしみて分かってる事だろう。後先を考えないやり方は身を滅ぼすから、良く覚えておくがええ」
「はい……」
息子を飢え死にさせかけたゴーダにとっては耳に痛い話だろう。
しかし、逃げ出さないという選択肢も彼には無かったはずだ。増税で生活が立ちゆかなくなったからと理由を聞いている。これはゴーダの責任とは言いがたい。
ま、彼にとっては、これからが正念場だろうな。
しかし、増税とは、お隣さんの領主も面倒な事をしてくれる。
浮民の殺到を予想した俺は、ティーナとも相談し、魔法チームや大工や村の男衆をフル回転させて仮設住宅を大量に作った。きちんとした家を作ってやりたいが、今は数が優先だ。
受け入れ予定の人数分の二割増しを用意すべく、建設を急ぐ。二割増しの意味は、大は小を兼ねると言うし。
村の女衆には木の実を集めてもらったが、雪が積もり始めたので途中で中止せざるを得なかった。もっと早く集めて備蓄しておけばと後悔。
それからひと月。
俺はセルン村へは週一回くらいしか行かずに、ティーナの屋敷の自室で、暖炉の前で毛布にくるまって本を読む日々が続いている。
だって、寒いし。
雪が積もって道もよく分からなくなり迷いそうになるくらいだし。天気予報も無いから途中で吹雪いたらマジ危険。
村長代理の役目はエルに押しつけておいた。
「私にはとても無理です」と恐縮するエルに「大丈夫、君なら出来る、君しかいない」と、甘い言葉と泣き落としで最後には首を縦に振らせてやった。
押しの強い奴は嫌いなんだが、押しに弱い美少女に対して地位を盾に強引に迫るのもなんだか楽しいね。ウヒ。
もちろん、エルは村で数少ない使える人材だけに、機嫌を損ねられても困るので、街で手に入れた高級裁縫セットをプレゼントしておいた。エルは恐縮しつつも喜んでくれた。
「ユーイチ様、ネルロが来ておりますが」
セバスチャンがやってきて告げる。
「ええ?」
せっかく騎士物語の佳境、聖騎士ブロウが飛竜を罠に掛けて、さあこれからと言う良いところで、邪魔してくれるし。英雄王グランハードの第五巻も手に入ったから早く読みたいんだが。
「じゃ! 村に行かなきゃね!」
俺の部屋で木工細工を彫っていたミミが立ち上がる。
「私、パンを持ってきます」
クロも自分が読んでいた本を閉じて机の上に置くと、自分のリュックを背負うし。
「キュッ!」
「クエッ!」
うん、ミミとクロはともかく、こいつらまで俺の部屋にいるんだよな。ミミが「一緒じゃ無きゃヤダー!」とだだをこね、クロも「寒いと思いますから…」なんて上目遣いにお願いしてきた結果だ。
相手は氷系のドラゴンと、野外が当たり前のクーボなんだがね。甘やかしすぎか。
「面倒臭い~。セバスチャン、留守だと言ってくれ」
俺もそう言ってだだをこねてみる。
「生憎、おられるので呼んで来ましょうとお答えしております」
「そこはさ、お前のミスってことで」
「お急ぎを」
スルーかよ。ま、ティーナの執事であって、俺の使用人じゃないからな。
わざわざ俺のリュックを取って持ってきてくれるところが心憎い。
「分かったよ。じゃ、ティーナにはよろしく」
「はい、お出かけになったとお伝えしておきます」
支度して外に出るとネルロが怒鳴った。
「おせーぞ!」
まったく、目上に対する礼儀という物を教えてやらないとな。
ネルロは熊の毛皮をコート代わりに着込んでいて、猟師っぽく見える。靴は俺が作ってプレゼントしてやった防水加工の長靴だ。この世界ではゴムでは無く皮や革が基本なので、普通の靴は防水が弱めだ。
雪道を歩くのにそれでは困るので、樹脂に浸して一応の防水とした。耐久性に難があるから長持ちはしないんだよな。内側には綿をつめて、暖か柔らかな履き心地にはしてある。
「これでも急いで来たんだからね!」
ミミが言い返す。
「それで、何があった?」
俺はネルロに聞く。
「また浮民だ」
「またか…」
もう入村管理課を作って、自動で手続きをやらせたいところだが、そこまでできる人材はいないんだよな。エルなら出来そうな気もするが、村長代理を引き受けてもらっているし、元々、働き者で忙しいのであまり彼女の仕事は増やしたくない。
登用試験、いや、やっぱり教育だなあ。文字の読み書きの教育は雪が積もる前までは時々やってたんだけども。
専門の先生を雇った方が良さそうだ。
「それで、どんな奴だ?」
「男が二人だが、あいつらはどうもいけ好かねえな」
「まあそう言うなよ」
「チッ。俺が村長なら追い出すところだ」
「じゃあ、今度、選挙でもやるかなあ」
「選挙?」
「村人に俺とお前とどっちが村長にふさわしいかを投票してもらうんだ」
「ああ、ヨウロン調査ってヤツか」
「世論調査な。選挙はそれの一段上みたいなもんだけど」
村長の支持率調査は、年が明けてから、もう一度行っている。
溶鉱炉をサラマン山まで取りに行ってその間の留守がどう評価されるか気になったからだが、相変わらず高支持率であまり調査の意味が無かった。
「他の事はどうだ?」
「他は、家が一つ増えたことくらいかな。魔法でぱぱっとやってくれりゃ早えんだが」
うん、ごめんね、ネルロ&村の人。俺も本を読むのに忙しいのよ。
「家の方は無理しなくて良いぞ。有る程度、数は揃ったし、雪で寒いからな」
「だが、次から次へと浮民が来てるし、喧嘩も起きてるぞ?」
「むう…」
摩擦や不満で、そうなることは大体の予想が付いていたことではあるのだが。
「レイジ村だったか、あそこの連中は特にダメだ。濾過装置を勝手に持って行くし、文句を言ったら開き直るしよ」
「分かった。それについては、俺からも叱っておこう」
「頼むぞ? ババアが俺の言うことは聞かなくて良いなんて言うから、俺が言っても聞きゃあしねえ」
「じゃ、遠回りになるが、ちょっと街にも寄って行こう。仕入れる物が有る」
「ああ、いいぜ」
濾過装置の事はきちんと叱らないといけないが、濾過装置の数を増やせば取り合いの喧嘩はひとまず解決だろう。
水道のモーターの配線がショートしなければこんな面倒な事にもならないのだが、雪や冷気で結露してしまうのか、ちょっと上手く行っていない。
雪を溶かして水にするという手も考えたのだが、溶けて出てくる量が少ないために雪をかき集める労力が必要で、結局、沼で汲んで来た方が早い。
街で濾過装置の材料を買い込み、ついでに酒も買った。宴会で仲良し大作戦と言うわけだ。はっきり言って自信はあまり無い。
セルン村に到着。特に変わりは無いようでほっとする。
「じゃ、私は工房に寄ってくるね!」
ミミがそう言って自分の工房へ駆けっていく。
「ああ」
「私も、パンの準備をしてきますね」
クロは俺達の工房へ。
「頼んだ」
「じゃ、こっちだ、ユーイチ」
ネルロが新しくやってきた浮民の家に案内する。
「ここだ」
「だから、俺は村長の息子だと言ってるだろう。他より大きな家を用意しろ」
家の中から、そんな声が聞こえてきた。
「え、ええと…あ、村長」
困った様子のエル。様子を見に来て正解だったか。
「おい、てめえ! ここはセルン村で、お前はここの村長でも何でもねえだろうが! 家と食べ物を分けてもらいに来た奴がデカい面すんな、ボケ!」
ネルロが喧嘩腰で怒鳴るが、うん、それくらいは言って当然だ。ビクッとした男の方は、中肉中背だが、痩せてないな…コイツ。
「まあまあ、落ち着けって。ビートも、無理を言っちゃいけねえや。俺達は浮民だからな」
そう言って笑顔でなだめに入った男も、体格が一回り良い。金髪のあごひげの中年。
「フン」
面白く無さそうにそっぽを向いたビートだが、立場、分かってんのかね。俺が面接官、ノーと言えば入村は認められないぞ?
「だいたい、村長も他の家と同じ大きさだ。文句言うな。馬鹿野郎」
「ま、ネルロ、そのくらいで」
話が進まないので、なだめておく。
「ああ」
「それで…」
「やあ、あなたがこの村の村長ですか。魔法使い?」
俺が何か言う前に金髪のあごひげが聞いてくるが、ううん、なんか妙だな。普通、浮民って、生活苦なんかで村を逃げ出してるから、みんな表情が暗いんだけど。
妙に明るい奴。
「そうだが、お前は?」
さすがに格好はボロ布なので、貴族じゃないだろう。ここは立場をはっきりさせるためにも、横柄に対応することにする。
「ああ、自分は、いや、オラはロビー。村から逃げてきた浮民でさあ」
今、ちょっと騎士っぽい名乗り方をしかけたな?
「どこの村だ」
問う。
「へい、南の方で」
南か。南からの浮民は初めてだな。北からがやたら多く、西と東も若干と言うところだが。
「名前を言えよ、名前を。南にも村はたくさんあるだろが」
ネルロが問い詰める。
「へい、それが、ええと、自分はバカでして」
あっけらかんと笑う金髪中年。
「ケッ、自分の村の名前も分かんねえのか。お前、スゲえバカだな」
「ネルロ、それは言い過ぎでしょ」
エルが注意する。
「ええ? だってよう」
「すいやせんね、へっへっ」
「笑ってるしよ」
「じゃ、ビートとロビーだな? ビート、お前の出身の村はどこだ?」
「レイジ村だ。あと俺は村長の息子だ」
地位を笠に着る奴ってやだねー。しかも村長程度で威張ってるって。
むむ? 俺も後でエルに謝っておこう…。
「オホン。聞かれたことだけ、答えろ。言っておくが、これはお前達を受け入れるかどうかの面接だ。村長の俺がノーと言えば、後ろの兵士が即刻追い出す。いいな?」
俺の護衛役のケインと兵士三人が、言葉に合わせて柄に手をやり一歩こちらにずいっと寄ってくる。
ビートとロビーはあからさまに緊張したが、脅しは充分効いたな。
「じゃ、次、ビート、お前は前の村で何をしていた。いや、何が出来る?」
「んん? どう言う意味だ?」
「畑仕事をやっていたのか、他に何か出来ることがあるかって事だ」
「ああ。ま、俺はアレだな。見回りと言い聞かせが出来るぞ」
見回りは警備として…。
「ううん? 言い聞かせって何だ?」
聞き間違えたかと思って聞き返す。
「村人に言うことを聞かせるんだ。あれやれ、これやれってな」
………。
好意的に受け取れば村長代理の監督業務なんだろうが、コイツ、真面目に農作業手伝ったこと、あるのかね。
「それはうちじゃ間に合ってる。お前は畑仕事をやれ」
言う。
「ええ? じょ、冗談だろう。俺は村長の息子だぞ?」
「レイジ村のな。嫌ならレイジ村に戻れ。ここではお前の仕事はそれしか無いし、それをやらないと言うのなら、受け入れはしない」
「な…おい、お前、俺を誰だと、むう」
さすがに、村長の息子と村長を比べてどちらが上かという頭はあるらしい。
「おいおい、言っとくがコイツは上級騎士だぞ。お前らが適当な口利いていいお人じゃねえんだぞ」
などと言って、俺の肩を気安く叩く奴。
「ネルロ…そう思うなら、もう少し…」
エルが渋い顔。
「なっ! 上級騎士!? も、申し訳ございません!」
バッと素早く土下座したビートは、変わり身はえーな、おい。
それを見たロビーはしょうがねえなと言う態度で、のろのろと両膝を突く。
「そこまでする必要は無い。じゃ、まあいい。ここでの決まり事を言うから、よく聞いて覚えておくように」
ゴーレムに近づかないことと、キノコ取り禁止を伝えておく。
続いていつものように、ジーナ大ババ様のところへ行って、訓示。
後は濾過装置を作って揉めた連中を諭し、今後は仲良くやるように言い聞かせた。
どうせ俺が諭したくらいじゃ収まらないだろうけどね。
後は工房で多めにパンを焼き、村人に配る。
「ネルロ、仲直りの印と言って、これを振る舞って全員で酒盛りしてくれ」
「お! 任せとけ」
ひとまず、村の事はこんなもんか。
「ケイン、ちょっと良いか」
「はい」
「こっちへ」
ここでは話せないので、人気の無い工房の裏まで連れて行く。




