第六話 現場検証
2016/5/14 誤字修正。
その場の瓶は誰も取りに行こうとせず、まあ、いつかは回収されるんだろうけど、毒物の証拠品を放置してて大丈夫かね。
イザベルは戻って来ないので、死んじゃいないだろうけど、俺達はセリーヌに「また後で来る」と言付けして宿に戻った。
すでに俺の容疑は解かれたので自由に動ける。
「ああ、あの臭いか。うんうん、アレはきっついなぁ。解毒薬も万能薬くらいしか手が無いし、厄介や」
宿でみんなに話したが、ミネアは知っているようだ。
「あ、そう言えば、おっとうも鉱山で卵の臭いがしたら、すぐ逃げろって言ってたよ!」
ミミもダルクから聞いたようだが、ドワーフの鍛冶職人や鉱山関係者も知識はあるようだ。
となると、犯人はそう言うドワーフ関係のヤツかな?
ドワーフの陰険な悪人、ねえ?
なんかピンとこない。
「それで、この街には温泉とかあるの?」
リサが聞くが、俺も知らないし、そんな話はまだイザベルとセリーヌから聞かずに戻って来ちゃったし。
「さあ?」
「そ。なら、ちょっと聞き込んでくるわ」
「うん、お願いね、リサ」
「ええ」
あ、そう言えば。念のために言っておく。
「リサ、毒のことは他言無用って言われてるから」
「分かってるわよ。ユーイチ、私がそんな間抜けな聞き方すると思う訳?」
「いいや」
「よし」
リサが部屋を出て行く。
「それで、どうするの?」
エリカが聞く。
「犯人探しを手伝うわ」
ティーナがそう答えた。それを聞いてエリカが眉をひそめ、信じられないと言う表情で言う。
「ええ? 犯人扱いされたのに?」
「だからよ。真犯人が捕まれば、身の潔白は完全に証明されるでしょ。それに、死人も出てるそうだし、放っておけないわ」
「ティーナって、いっつもそんな感じね。よその街なんて、ほっとけばいいのに、面倒臭っ」
「エリカ、そう言うお前も、ティーナの面倒で助けてもらったんじゃないのか?」
レーネが指摘すると、フンといつもの調子でそっぽを向くエリカ。
「ですが、いったい、何の目的で…」
いつも微笑みを絶やさない感じのクレアも、犯人のダークな行動に心を痛めたようで悲しそうな顔だ。
「そこだな。恨みのある人間をやるにしても、水路じゃそこを通らない限り、どうにもならないだろ?」
レーネが言うが、怨恨の線は低いだろう。毎回同じ場所が狙われていて、そこの持ち家の人間を狙ったなら、話は別だが。トラブルの関係があったなら、詰め所の兵士達も聞き込みで容疑者を絞れるはずだと思う。
それが出来ていないのだから、ううん、愉快犯の可能性もあるのか。
最悪だな。
「ん、トリスタンは、アルカディアやトレイダーと仲が悪い。どこかの工作員がやった、のかも」
ミオが言うが、それなら犯人も特殊部隊や金の掛かったプロだろうから、もっと大規模な死者が出てもおかしくない。
なーんか、犯人像が引っかかるんだよなあ。
特に、動機と言う点で。
「ちょっと、聞き込みする必要があるな」
思わずつぶやいたが。
「えっ」
「ん? 何その顔」
みんなが唖然としてるし。
「いや、ユーイチはこう言うとき、早く逃げようって急かす方だと思ったからな」
と、レーネ。
「うんうん、毒ならすぐ逃げるのがユーイチニャ!」
まあ、リムの言うことも間違いじゃあ無いんだが。
「人々のために危険を顧みず立ち上がるユーイチさんは、立派です!」
クロが力強く断言しちゃってるけど、そうじゃ無いのよ。ただ、気になるだけなのよ。
毒の謎が。
「よし、じゃあ、リム、聞き込みに行くぞ」
「ガッテンニャ!」
コイツは鼻が利くから、カナリア役だ。フフ。
「あ、私も行きます」
「いや、クロはお留守番しててくれ。危険だからな」
「でも…」
「ま、その辺の、宿屋の主人や、お店の人に話を聞くくらいは良いぞ?」
「あ、はい!」
お店の人ならクロを無碍にしないだろうし、宿屋や商店街は毒の被害には遭っていないだろう。
まだ犯人が捕まってないんだから、お客さんを巻き込まないよう、営業を自粛するだろうしな。
第一、ここ、臭くないし。
「じゃ、私がクロに付いて行ってあげるね!」
お姉さんぶるミミだが、まあいいか。クロの方が三つ年上だが、体力ではミミが大きく上回っている。
護衛役としてはうってつけだ。
「うん、ありがとう」
「じゃ、行くか、リム」
「応ニャ!」
リムと二人で宿屋を出て、まずは兵士の詰め所に行く。
街の人への聞き込みならリサが適任だろうし、俺は別のアプローチを掛けるつもりだ。
「あっ、お前は」
兵士が俺を見てピクッと反応する。
「どうも、容疑者Aのユーイチです」
「むう、何しに来た。セリーヌ様は庁舎に帰られたし、イザベル様はまだ戻っておられないぞ」
「そうですか。じゃ、どなたか、現場検証を手伝ってもらえませんか」
「現場検証? なんだそれは」
「犯人を現場まで連れて行き、当時のことを思い出させながら詳しく状況を再現して調査する取り調べのやり方です」
「むう、俺達をおちょくってるのか?」
「い、いえ、そういうわけでは。じゃあ、上の方にユーイチが捜査に協力しに来たとだけ、お伝え下さい。まだ宿にいますので」
「分かった分かった」
さっさと帰れと言うように手を振られた。
イザベルが白という結論を出し、セリーヌが即時釈放の決定を下したので、兵士も俺に対してはやる気が出ないようだ。ま、勝手に出したら怒られるだろうからね。
バックは外国の貴族だし、外交問題になりかねない。
とは言え、困ったな。
「上手く行かなかったみたいだけど、どうするニャ? ユーイチ」
リムが聞いてくるが。
「そうだな…」
犯人は現場に戻ってくる、なーんて話を真に受けるわけじゃないが、何がどうなったのか、現場を見ないことにはね。
「待たせたな」
戻って来たイザベルはひとっ風呂浴びてきたのか、鎧を脱いで普通の貴族服に着替えていた。
「ああ、イザベル様。具合はいかがですか?」
「ふん、心配されるような柔な体だと思うか? 嫌な臭いが付くから洗っていただけだ」
「そうですか、それは失礼しました。ところで、私が現場を見たいと言ったら…」
「ん? 何のためにだ?」
「あの臭い、温泉で臭ったことがあるんです。それで、犯人像がよく分からなくて、気になるんですよ」
「温泉は私も知っているぞ。誰かがあそこから石なり水を持ってきて排水溝に流したのだろう。犯人は…おそらく、街に恨みを持つ奴の復讐だな」
「復讐、ですか…でも、それだと、誰がやったか、目星が付かないと、犯人も復讐しがいが無いのでは?」
「何を言う、見つかったら極刑に罰せられるのは分かりきっているだろう」
「そうでしょうけど、人を殺す決意をしながら、中途半端な気がしますね。治安部隊には、何か心当たりが?」
「有りすぎて逆に絞れん。過去に捕まえた罪人で、釈放された奴を中心に取り調べているのだが、この街から離れた人間も多いのでな」
「まあ、そうでしょうね」
罪人のレッテルを貼られたままだと生活しづらいだろうし、心機一転、誰も知らない街でやり直そうと思うのが普通だろう。
一方で、この街に留まり、毒をバラ撒いて治安部隊を忙しくさせ、それを眺めながらあざ笑う前科者がいても、不思議では無い。
「ああ。お前は、カルマが低かったそうだな」
冒険者カードを兵士に一度見せたので、イザベルも俺のカルマを知っている。
「ええ、僕は犯罪は一度もやってないですよ。ところで、犯行メッセージのようなものは何も?」
「メッセージか。いや、全く、何も無いな。犯行声明の類いは、ゼロだ。ま、その方がいい。街が騒ぎになっては、マズいだろうしな」
「ええ…。そうですか」
「まあいい、じゃ、現場に行ってみるか?」
「え? いいんですか?」
「それを頼みに来たのだろう? 私も、もう一度、最初から手がかりを洗い直す必要性を感じてな。犯人で無い奴なら拒む理由もあるまい」
脳筋かと思ったら、緻密なやり手の人だな。
まあ、部外者に捜査状況を知らせてはダメだと思うのだが、俺は悪用するつもりも無いし、今回は大目に見てもらおう。別に、犯人にリークするつもりも無いからね。
「じゃ、二人、付いてこい。最初は街外れの資材置き場だ」
イザベルが二人の部下の兵士を呼び、俺とリムを加えた一行で現場に向かう。
「イザベル様、最初の事件の日時は?」
「ひと月くらい前との事だ、見つけたのはな。毒を撒いた時期ははっきりとしないが、それほど時間は経っていないだろう。臭いが残っていた。その時は死人は出ず、どうも資材置き場が臭いと言うので、持ち主の商人から依頼を受けて捜査に出た」
「結果は?」
「聞き込みをやったが、怪しい者は特定できなかった。持ち主の見立てでは自分の従業員が悪戯でもしたんだろうと言うことで、こちらに調査というか、警告をやってもらおうという腹積もりだったのだろうな。あれからは異臭騒ぎも起きていない。資材置き場ではな」
「次の事件は、どこです?」
「まあ焦るな。そこが資材置き場だ」
五十センチ近い石のブロックを、上半身裸のマッチョな従業員さん達が抱えて運んでいる。
人力かよ…! そこに驚愕したわ。
フォークリフトはエンジンやモーターが無いと作れないからか。魔法で…いや、魔法使いは人件費、高いだろうし。
魔道具で作ってみるかなあ。
「何か、ご用でしょうか、イザベル様」
従業員の一人が気づいて走ってやってくる。体は凄いが、優しそうな顔なので威圧感は無い。この人だけだけど。
「いや、気にしないでくれ。ちょっと調べるだけだ」
「はあ」
「こっちだ」
資材置き場の船着き場から少し離れた場所。
「ここだ」
「ここですか。うーん」
「変ニャ! 卵って聞いたけど、臭わないニャ!」
「それは時間が経っているからな」
ここは人通りが無く、なぜ、向こうの資材置き場の入り口に毒を撒かなかったのか、そこが不思議だ。
「人目に付きたくなかったのかもしれんな」
イザベルが俺の考えを推測したか、あるいは、当時の捜査状況を思い出したか、言う。
「まあ、桶を持ってバラ撒いてたら、見つかったら一発ですからね。ただ、そうなると、犯行は夜に行われたのでしょう」
推測を言う。
「暗いと水路に自分が落ちる可能性もあるし、毒だぞ? そんな危険な真似を犯人がするか?」
「ううん。言われてみれば確かに」
「犯人は猫族ニャ!」
「むっ!?」
「なるほど、暗くても見える奴か…だが、そうなるとお前が容疑者に急浮上だな、リム」
「ニャニャ!? ち、違うニャ、アタシじゃ無いニャー」
狼狽えてダッシュで逃げる奴。
「あ、おい、冗談、冗談だぞー! ……行っちゃった」
「後で謝っておくのだぞ、ユーイチ。猫族は犯人とは考えにくい。理由は、鼻が利くから、この毒には弱いんだ」
「ああ…じゃ、夜の犯行はやっぱり難しいか」
「だろうな。だが、日中は日中で見ての通り従業員が数人で働いている。全員が共謀していたと言う結論が自然だったのだがな」
「それが否定された理由は?」
「持ち主が一番信頼している男、さっきの用向きを聞きに来た男だが、そんなことをする人間では無いと断言されてしまってはな。他の者からの評判も良かった」
「ううん、なるほど。仲間はずれにして…彼のいないうちにやったとか」
「つまはじきにされる理由が無いんじゃないか? 待遇に不満があれば、まずそれをアイツか持ち主に言ってみるべきだろう。そう言う話も無かったそうだ」
「じゃ、部外者…はこんなところに来るかな?」
「来ないだろうな」
「雇っていてトラブって辞めた従業員は?」
「私を甘く見るなよ? それも調べたさ。だが、歳を取ったり病気や怪我の他で辞めた奴はいない。持ち主は病気や怪我の奴には見舞金を出していたから、彼を悪く言う者はいなかった。仕事に就いて数日で音を上げて去っていった者もいたそうだが、そこまでは調べようが無い」
ふーむ。今のところ、動機はゼロか。
「じゃあ、ここはもういいです。次を見ましょう」
「そうだな」




