第十七話 真の美食家
街道の予算権限を持つ侯爵家のアンジェお嬢様を出迎えたまでは良かったのだが…。
お疲れだそうで、早々に部屋に引っ込んで仕舞われた。
下手したら明日、そのまま帰りそうな予感です…。
街の視察やプレゼンも俺達は綿密に計画していたのだが、弱ったね。
「料理の方はどう?」
厨房にティーナと俺の二人で向かい、料理長らに確認する。
「ああ、これはお嬢様。ええ、仕込みも完璧に終わって、後は調理してお出しするだけです。任せて下さい」
今回の総料理長、ローランが自信ありげな顔で言う。
ハンバーグの一件で旅に出てしまった前料理長ガイウスの息子で、子供の頃から料理人となるべく厳しく仕込まれたという。
クラウスとテッドに聞いたが、腕は確かで、人一倍の努力家だそうだ。普段はラインシュバルト城の料理長をやっているが、アンジェの接待のために出張してもらった形だ。
唐揚げを片栗粉で試し、日本で市販されているようなカリッとした食感に仕上げてきたので、出来る奴だ。
パスタもそれに適した麦の品種を見つけてコシのある麺にしてくれた。
パンも麦粉の種類で膨らみ方が変わると教えてくれた。ライ麦がダメだったのね。
そのライ麦でもパン生地に酢を入れると柔らかくなるなど、不思議なテクがいっぱいだ。
スポンジケーキは小麦粉を使い、砂糖と卵だけでふあふあに作った。泡立てがポイントらしい。
天才だと褒めたら、彼は「試行錯誤で粉の材料を色々変えてみただけですよ」と苦笑していた。
ラインシュバルトの料理人にはもう一人、テイラーという天才肌の兄がいたそうだが、父親のガイウスとは方針の違いで揉め、ラインシュバルトから出て行ったという。
テイラーの料理も味見してみたかったが、ま、いない者は仕方ない。
「分かった。任せるわ」
ティーナも俺の忠告を聞いてか、それ以上は言わなかった。
直前になってあれこれ変えるのはミスの元だからね。
出せる最高の料理で無いにしても、そのギリギリの可能性を求めて賭けをする場面では無いと思う。
食堂で皆が席に着き、アンジェを待つ。
夕食はもういつでも出せる状態だ。
すでにセバスチャンが呼びに行っているが、遅いな。
シェフの一人、テッドがちらっと食堂に顔を見せて、俺を手招きする。
「どうかした?」
「侯爵様はまだですか」
次期侯爵だが、細かいことはどっちでもいい。
「ああ、うん、今、呼びに行ってるところだが」
「そうですか…出来立てが一番良いんですがね。冷えたら、味が落ちますよ」
「うん。まあ、温め直しができるのはそうしてもらうとして、こればっかりはね」
アンジェを急かすのも違うだろう。
「そうですか…。分かりました」
「まだニャ? もうお腹、ぺこぺこニャー」
すでに何度かなだめているが、リムもそう我慢が出来る子じゃないし。
「じゃ、リム、これでも食っとけ」
猫の実を渡して食わせておく。
「やった! ユーイチは頼れるニャ。いつでも猫の実をくれるニャ」
常に集め回してストックしてるからね。
「私にもくれ」
レーネが言うので、彼女にも渡す。
「いつも思うけど、どこにそんなに入れてるのよ」
リサも少しイラついているのか、睨んでくる。
「ローブだよ。ちゃんと専用の袋に入れてるから、安心してくれ」
「ん、その名は四次元ポケッ○」
「ええ? 何それ」
「違う。俺のはただの袋だ」
ゲーム世界では鎧を何個も持てたりもするのだが、この世界ではそんな便利な袋は存在していない。
空間をいじる系統の魔法も存在していない。
失敗して石の中に飛ばされても怖いので、俺も研究はしてない。
魔王城に乗り込む時には、きっとパーティーメンバーの食料が大荷物になるだろうな。
もちろん、俺はそんなところ、有ったとしても行かないけど。
あくまでたとえ話だ。
魔王さんはいないし。
二十分ほどして、こうして待たされるのも嫌だなあと思い始めたとき、アンジェがようやく姿を見せた。
「ごめんなさい、少し疲れが出て、眠ってしまいましたわ」
「気にしなくていいわ、アンジェ。体調の方はいいの?」
「ええ、一眠りしたら、すっかり良くなりました。やはり、ベッドの上で無いと、私、眠れませんわ」
お嬢様が板に付くと、そうだろうね。一方のティーナは野宿も見張りもこなせるスーパーお嬢様だ。
多分、この世界ではじゃじゃ馬とか大うつけに分類されるんだろうけど。
「そ。私はどこでも眠れるけど」
「それはもう、いえ、下品ですし、止めておきましょうか。では、皆さんもお待ちかねのようですし、始めて下さいな」
「ええ。では、エクセルロット家とロフォール家の発展を願って、乾杯!」
ティーナが音頭を取って、料理の蓋が一斉に外されていく。
唐揚げ、とんかつ、ピザ、アスパラ巻きベーコン、ベーコンエッグ、シチュー、サラダ、サンドイッチと、それは一緒に出しちゃダメでしょと言うような組み合わせが目白押しだ。
俺は反対したんだけど、料理長やティーナは美味しいモノは出し惜しみせずに全部出すと言って聞かなかった。
それがこの世界の慣習らしいし。
「あら? 見かけない新作が多いですわね」
「ええ。自信作だから、どうぞ召し上がれ」
「へえ。でも、まずはこれからね」
アンジェはシチューを手で示す。シチューの器はテーブル中央にあって手が届かないので、通常ならばメイドに取ってきてもらうのだ。
だが、独りでにすすーっと皿が動くと、アンジェの目の前にやってきた。
ピラミッドで手に入れた『王の燭台』の力だ。
「む、これは魔道具のお皿かしら?」
さすがにこれしきでは驚かないか。
「ええ。燭台の方なんだけど、冒険中に手に入れたの」
「へえ。便利なモノですわね」
さして感心した風でも無いアンジェはシチューを銀のスプーンで掬って上品に口を付けた。
「ん…いい味ね。これを食べると、ラインシュバルトに来たという気がするわ」
「ええ」
ここはロフォール領だが、ティーナが笑顔で頷いたように、ラインシュバルト家の繋がりが消えたわけでは無い。
アンジェの発言を深読みすれば、これまで通り、ラインシュバルト家と同等にお付き合いをしていきましょうと、そんな感じではなかろうか。
「このサラダに掛けられているのは、クリーム?」
アンジェがマヨネーズに目を付けた。ローラン達の手により、芸術的に網掛けのように交差したマヨ。この世界の料理人達も決して技術が低いわけでは無いのだ。
「ふふ、それは自分で食べて確かめてみて」
ティーナが悪戯っぽく笑うと、意地悪ねと言うように軽く肩をすくめたアンジェがフォークでサラダを試す。
「んっ、これは、濃厚で舌触りも滑らかなのに、程良い酸味が利いているのね。ビネガーと、油と卵かしら?」
うお、一発で材料を見抜きやがった。卵はともかく、油が原料だと見抜けるモノなんだろうか? 求めの天秤を使って手作りにありがちな油っぽさは完璧に打ち消してあるのに。
「す、凄いわね、アンジェ。私も初めて食べたときには、何が使われてるのか分からなかったわ」
「あなたは剣が得意ですけど、私は料理が得意ですもの。それにしても、これは魔法で?」
「ええ、魔道具を使って混ぜているわ。マヨネーズと言うの」
「なるほど」
続いてアンジェはアスパラ巻きベーコンに目をやり、その皿が前に来る。
「この肉、ハムかしら」
アンジェがフォークで突き刺したベーコンを見つつ怪訝な顔をする。現代日本だと生ハムと言えば高級品だが、この世界においては味の落ちる保存食であり貴族の客人に出すものでは無いらしい。
「ええ、だけど、美味しいわよ?」
「まあ、ロフォールでは牧畜は盛んで無いと聞いていますけれど…んっ? んん?」
口の中に入れ、その味に驚いているアンジェに俺たちはニヤニヤ。
「こ、これは、タダの塩漬け燻製肉ではありませんわね?」
「ええ。保存性よりも香りや味わいを追求してみたの」
「そうですの。ううん、ここまで変わるとは。うちのシェフにも作らせてみようかしら」
すでにこの世界にある塩漬けの燻製肉だが、マヨネーズより受けが良かった。なぜだ…。まあ、道具屋で売ってる干し肉とか、固くて塩辛くて不味いからな。アレを想像していたなら、驚くだろう。
次はサンドイッチ。
「これは…わざわざパンの耳を切り落としたの?」
アンジェがそう言ってナイフで切り分けて一つずつ食べようとするので、ティーナが止めた。
「待って。こうして食べるのよ」
手づかみで自ら口に運んで示すティーナ。
「ええ? 手づかみなんて…」
はしたないと眉をひそめるアンジェに、ティーナが勧める。
「いいからいいから」
アンジェは仕方ないと言う感じで渋々、口に運んだ。
「ん…?」
最初はレタスを挟んだもの。マヨネーズとバターが塗ってある。
アンジェは何も言わず、グラスの水を軽く一口飲むと、今度はツナマヨ風の油漬け魚のサンドイッチに手を伸ばした。
「むっ!」
よーし、来た来たぁ。ツナマヨは初めて食べた人間にはちょっと衝撃だろう。
「どう?」
ティーナも思わず答えに期待する。
だが。
「ええ、こうしてパンに挟んで食べるのもそれなりに面白いですわね。マヨネーズも使い道が広そうですわ」
割と淡々と。
「むむ」
ティーナも俺も、この反応には不満が残る。ティーナは「これならお皿が要らないし、野営で食べるときにいいわね!」と感心していたが、携行食としての価値を認めない者には只のパンと具材でしかないか。
続いて、唐揚げ。
「これは、変わったソテーね」
「大量の油で揚げているのよ」
「そうですの」
もうちょっと衣をカリカリにできれば反応も違うんだろうが、今ひとつ。
一口でアンジェは唐揚げの賞味を終え、とんかつに移ってしまった。
「これは、ええ? 肉?」
一切れフォークで刺して、肉の断面を見て怪訝そうにするアンジェ。
「ええ、豚肉よ。それも衣を付けて揚げただけなんだけど…」
「衣?」
揚げるという調理法が無かったこの世界では、そこから説明する必要がある。ティーナが説明した。
「なるほど、これは、美味しいですわ!」
おお、これは当たったようだ。
出来れば濃厚なソースが欲しいが、玉葱を炒めトマトを煮込んだソースは、スパイシーなケチャップという感じで、ウスターソースになってくれなかった。
ピザも好評だったが、そこまでのインパクトは無かったようだ。
「とんかつ、でしたっけ? とても美味しかったですわ」
満足そうなアンジェは締めの感想を述べてくるが、まだ終わりじゃ無いんだな。
ここまで全ての皿に手を付けて感想を述べる辺りは、接待を受ける側もなんだか大変そうだ。
「アンジェ、メインディッシュがまだ二皿、残ってるわ」
「ええ?」
「出来立てがいいから、タイミングを待ってたの」
ティーナがそう言い、すかさずテッドが笑みを浮かべて皿を自ら運んでくる。木の上に鉄板を載せて、ジュージューとまだ音を立てているハンバーグ。
「熱いのでお気を付けてどうぞ」
「あらあら、料理しながら出してくるなんて。それにしても、この肉は何の肉かしら?」
眉をひそめるアンジェは、おそらく挽肉なんて食べたことは無いに違いない。この世界では、細かく潰した肉は、何の肉かぱっと見で判らないために、クズ肉と相場が決まっているからだ。
「安心して。ラインシュバルトの牛肉よ」
「ええ? でも…」
「まあまあ、食べてみれば判るわ」
ティーナが勧める。
戸惑うアンジェだが、ナイフとフォークで肉を切りに掛かる。
「えっ!?」
その柔らかさに驚くアンジェ。おそるおそるという感じで口の中に入れ、何度か咀嚼する。
「…!」
大きく目を見開いたアンジェに、俺とティーナはニヤリと目を交わす。
「こ、これはなんと言うこと。こんなに柔らかい牛肉は初めてですわ。いったい、どうやって…」
「種明かしをすると、肉にパン粉や卵を混ぜたモノなの」
「あ、ああ、それで…むう、パンを細かく砕いて混ぜ合わせるなんて…これではもう錬金術、ああ、あなたの発案ですわね?」
いかにもな黒いローブを着ていたせいか、アンジェが俺を言い当てる。
「ええ、まあ、そうなんですが…」
俺の元いた世界の誰かが発明したのだが、それも説明するとなると話がややこしくなるので曖昧に肯定しておく。
「じゃ、次を」
「ま、まだあるんですの? は、早くお出しなさいな」
客人が急かすのはマナー違反だと思うが、優雅を誇っていたアンジェももうそんな事は気にしていられないという顔だ。
とは言え、ハンバーグの方をラストに持ってきた方が良かったなあ。ティーナが良い方を先に出せと言うからこういう順番になってるけど。
今度はクラウスが皿を運んでくる。
「これは?」
「カルボナーラと申します」
クラウスが答える。
「シチュー? いいえ、この主役、黄色くて細長いモノは何かしら?」
「パスタと申します。原料は小麦と卵を用いました」
「ええ? ううん…」
「ま、アンジェ、悩まないで召し上がれ」
「ええ…そうね」
フォークで掬って食べにくそうにするアンジェ。
「アンジェ、こうすると少し食べやすくなるわよ」
ティーナがフォークをくるくると回して麺を絡め取る。
「ああ、なるほど」
真似て口に運び、味を確かめるアンジェ。
「信じられない…小麦と卵と言ったわね?」
「はい」
クラウスが頷く。
「それにこの濃厚なソース、黒胡椒が味を綺麗に引き締めていて、このパスタに良く合うわ。何とも言えない素晴らしい食感ですこと」
気に入ってもらえたようだ。一同、緊張が解けてにこやかな雰囲気になる。
最後は猫の実を使ったパイがデザートとして出てきたが、ふっくらサクサクの食感にアンジェはしきりに感心し、是非とも作り方を教えて欲しいと言うので、レシピをローランから手紙で送らせる事になった。
「ありがとう、ユーイチ。今日はあのアンジェ相手に、完璧だったわ」
アンジェが食堂を退席した後、ティーナが達成感のある笑顔で言う。
「そう。まあ、俺の元世界の受け売りだしな。とにかく良かったよ」
「ええ。でも、明日は視察もあるから、まだ終わりじゃ無いわよ?」
「ああ、分かってるさ」
とは言え、視察はティーナが案内し説明するので、俺はお付きとして行動するだけ。料理部門は最高の形で終わったので俺も肩の荷が下りた。




