第十六話 アンジェリーナ=フォン=エクセルロット
2017/8/2 誤字修正。
今日はいよいよ、アンジェリーナ様のご登場だ。
街道に強大な権限を持つ大貴族。
ティーナの家臣として、また村長として、俺も今回の接待は成功させたい。
可能な限り、美味しいモノを作ってきたし、
決して、決して、ただただ自分の欲望を満たそうとしていたわけでは無いのだ。
「申し上げます! ロフォールの街を出て行程は順調、間もなくこの館に差し掛かる頃かと」
伝令の兵がティーナの執務室で報告した。ロフォールの領境には上級騎士リックスを迎えに出し、ここまではリハーサルもしていないのにスムーズに家臣や兵が動いている。ちょっと感心。
あと、アンジェリーナの動向が逐一、報告で入ってくるのも、なんかこう、盛り上がるね。
戦みたいな。
「じゃ、門で待ちましょう」
ティーナがそう言い、執務室の席を立つ。
俺達も後に続く。
「ニャー、来ない方が良いニャ。途中で盗賊に襲われたりしないかニャ」
「ちょっと。リム。それが本当になったら、こちらの警備の問題になるのよ」
冗談じゃないとティーナが渋い顔で注意する。
「心配するな。警備は固めてあるし、侯爵家のご一行ともなれば、その辺の盗賊くらい、返り討ちに出来るだろう」
レーネが言う。
「そうだけど、ね。事が起きないに越したことは無いわ」
真剣な顔で言うティーナは少し、いや、かなり緊張しているのだろう。
「大丈夫だよ、ティーナ」
と、優しく言ってやれれば好感度UP間違い無しなのだが、おう、いかん、俺も緊張してきたぁ。
門に出て、しばらくすると、騎兵が一騎、勢いよく道を駆けてきた。
「エクセルロット侯爵家嫡子様、おなりぃ~!」
ああ、アナウンスの人ね。何かあったのかと、ドキッとしたじゃん。
「見えたわ」
まずは護衛の騎士が先頭に四人。そして馬車が三台続き、その後に徒歩の兵士が二十人くらいか。
大名行列と比べるとしょぼい気がするが、侯爵令嬢が一人動くだけで、このお付きだからな。
ううん、ティーナより格上っすか?
エクセルロット家ってラインシュバルトと大体同じくらいと聞いていたが。
跡継ぎだと扱いが違うのかな。
「あれだけ少人数でって言ったのに、見栄っ張りねえ…」
陣容を見てティーナがぼやく。
「お久しぶりでござる! ティーナ様!」
一人の騎士が馬を下りて第一声の挨拶をしてきた。壮年のあごひげ。声がデカいが、完全なムキムキタイプだ。
「ええ、バートン、久しぶりね」
「それはそうと、あのピラミッドはどうしたことですか。前には無かったはずですじゃ」
「ああ、あれね。ちょっとしたオブジェよ。ふふっ」
ティーナはよそ行きのお嬢様スマイルを見せているが、アレについては一悶着あった。
うん、領主の許可を得ずに作り始めたのは俺のミスだ。途中経過の報告も、もっと早ければ良かったのだが。
だが、俺の設計より数倍大きくしたのはミオであり、村や街を派手に飾り付けろと曖昧な指示を出したティーナも責任の一端がある。
そう言いくるめて、うちの領主の方は複雑な顔をさせるだけで済んだのだが…。
水道管の方は王宮に似た仕組みがあるそうで、特におとがめは無かった。
ま、作っちゃったものは仕方ない。今更、解体するのも面倒なだけだし。
「オブジェ? アレを飾りと仰るか。ううむ…」
バートンは納得しないようだったが、実際、飾りなんだよね……もうちょっと何かお役立ち機能を付けておけば良かった。天体観測用とか、何かの着陸基地とか。
「おーほっほっほっ、お久しぶりですわ、ティーナさん」
青いひらひらドレスの侯爵令嬢、アンジェリーナ=フォン=エクセルロットが馬車から降りてきた。
いちいち高笑いして、なんだか芝居じみた人である。
グラマラスで巨乳。
スイカを胸に二つ入れてるのかという程に。
だが、腰はかなりくびれているので、太っている印象は無い。
顔も美形で、身のこなしも上品だが、ゴージャスな金髪の巻き髪を見ると、あ、こいつ絶対意地悪だ、と思うのはなぜなのか。
ティーナの幼なじみで、ライバル格の貴族。
彼女を接待で上手く攻略できれば、ロフォールの発展は約束されたと言っても過言では無い。
ティーナも気合いを入れて今日の準備をやってきている。
もちろん、俺も。みんなも。
滞在期間は不明だが、ロフォールの拠点から移動すると一日は簡単に過ぎてしまうので、一泊するのは確実。
ティーナの予想では、不便な田舎を嫌ってすぐに引き上げるだろうと言うことだったので、それまでに美味しい料理を食べてもらい、村や街の良いところを視察してもらうよう、上手く取り計らう必要がある。
アンジェリーナの挨拶に対して笑顔で応じるティーナ。
「ええ、お久しぶり、アンジェ。ようこそ、ロフォール領へ。歓迎するわ」
「ありがとう。では、悪いけれど、さっそく部屋の中でお茶なりでくつろがせてもらっていいかしら? ここまで道が悪いし、野宿もしなくてはならなくて、さんざんでしたわ。馬車も一回り小型で窮屈でしたし」
「ええ、じゃ、部屋で皆を紹介するわね」
「ええ」
ティーナの館へアンジェを案内し、俺達はその後にぞろぞろ付いていく。お付きの兵士はケインやギブソンが応対し、兵の宿舎へ案内する。
一週間前になってリックスが気づいて事なきを得たが、この館には多数の兵士が寝泊まりする施設は無かった。
なので、ストーンウォールで急ごしらえしている。
ベッドは石のベッドに藁を敷いてシーツをかぶせただけだが、それで充分とのこと。
侯爵家のお付きの兵士でもそれとは、身分差がキツイね。
季節は晩秋、夜は少し冷えると思うが、毛布で我慢してもらおう。
「あら、まあ」
廊下を歩くアンジェは近況をティーナと適当に雑談していたが、その間にも、館のあちこちを見て驚いたり顔をしかめたり。
「狭くてごめんなさい。まだ、屋敷の方は手が回らなくて」
ティーナが言う。
「ええ、文官である私を砦の方に案内しないだけマシですけど、これでは子爵の館と言うより、どこぞの商人か名主の家みたいね」
「むむ、次に来るときには大きな城にしておいてあげるわ」
「ティーナ、そんな無理な約束をして恥を掻くのはあなたの方ですよ。それとも私には当分の間、ここには来なくて良いと言うつもりかしら」
「そうじゃ無いけど…じゃ、アンジェ、ここが応接間だから、入って」
「ええ。ふう、狭いですわね」
見回して、大きくため息をつき、小馬鹿にしたように言うアンジェ。客のくせに、その態度は無いだろうと思うのだが。
「生意気ニャ」
「あかんよ、リム。口にチャックや」
ミネアが囁き声で注意してくれたが、聞こえてなきゃいいけど。
「じゃ、どうぞ」
「ええ」
ティーナが勧めてからアンジェがソファーに腰掛ける。最低限の礼儀はアンジェにもあるようだが。
ティーナが向かいに座り、他のパーティーメンバーはその後ろに立つ。
侯爵令嬢の二人と一緒にと言うわけには行かないからね。
「あら、ごっこの皆さんはあなたにとって信頼の置ける仲間ではなかったの?」
「ぐ、そうじゃないけど、いいわ、みんな座って」
そう言うが、人数がやや多く、全員が座ろうとするとアンジェのすぐ隣まで詰めないといけないので、レーネとエリカとリム以外はみんな遠慮した。
「ユーイチは座って」
「む」
上級騎士だからな。座る。
「そうそう、ユーイチさんにもご挨拶しておきますわね。名前はお聞き及びかと思いますけど、アンジェリーナ=フォン=エクセルロットですわ。城で何度かお会いしましたわね」
そう言ってにっこり笑うアンジェ。ふむ、まともに挨拶してくれたか。
一度目はワードネア城の晩餐会で。オズワード前侯爵の城だ。
二度目は王城の謁見の時。と言っても、どちらも会話するでもなく、顔を合わせただけ。
「は、その節は名乗らず、失礼致しました。上級騎士のユーイチ=ヒーラギと申します」
「ええ。ティーナさんのお気に入りの配下とか」
「はい」
「言っておくけれど、やましい関係では無いわよ?」
とティーナが今更外聞を気にしたのか、言う。
「ああら、私、一言もそんな風には言っていませんけど、ふふ、アーサーと一騎打ちをしたりと派手ですこと」
「あれは…話を収めるのに仕方が無かったのよ。アーサーは納得してくれたわ」
「それは私も本人から聞きましたわ。さて、遊び人の誰かさんの爛れた関係や、それをめぐる取り合いなんて話してても面白くありませんし―――」
「だから! そう言うのじゃ無いって、言ってるでしょう、アンジェ」
「はいはい、王宮ではもっぱらそんな話になってましたけど、ええ、私は親友ですから、そういうことにしておいてあげますわ」
「むぅ…だから…」
「お茶をお持ちしました」
ちょうどタイミング良く、メイドのメリッサがお茶を持ってきて話を中断してくれた。
銀のカートからポットとティーカップを取りだし、注いでいく。
「どうぞ」
「ええ、ありがとう。ふう、生き返るわ…ラインシュバルトのお茶はどこでも一級品ね」
メリッサに礼を言って笑顔を見せるアンジェ。
「お褒めに与り恐縮でございますが、私の腕前もございますので」
「ふふ、ええ、そうでしょうとも。もちろん、理解していてよ、メリッサ」
ううん? 今のやりとり、微妙におかしくなかった?
この世界の慣習として、そう言う言い回しが好まれることもあるだろう。
「それ、完全に自分の自慢じゃない」
ティーナがメリッサに白い目で言うが、やっぱりそうかよ!
「甘い。ところ変わろうとも、優秀な家臣がいれば名門ラインシュバルト家は廃れること無し、王宮のくだらない噂などより真実のお茶と言う、それはそれは深い意味がございますので」
淡々とそれっぽい事を言うメリッサ。お澄まし顔で、姿勢正しいので、まともなことを言っているようにも聞こえちゃうのだが。
「ううん…前半はともかく、後半は適当に思いつきで言っただけでしょ?」
「はい」
いや、そこは嘘でも否定しようよ!
「もう」
「ふふ、相変わらずですわね。ところで、そちらのあなた、貴族の方かしら?」
ソファーに横柄に腰掛けているレーネが気になったか、声を掛けるアンジェ。
「いや、貴族じゃあねえなあ」
ニヤァと笑うレーネ。人の悪そうな笑顔です。
王族だから違うもんね! ってことなのかね。
シルクのように光沢のある白髪に、鋭い白銀の瞳は、目立つ美形だ。
「彼女は平民だそうよ」
ティーナが言う。
「ふうん? そちらの方は?」
アンジェが今度はクロを見やる。ビクッとしたクロはこちらも光沢のある銀髪に色白の美形だから、目立つわな。
「わっ、私は違います! ただの平民です!」
泣きそうな顔で必死に否定するクロだが、うん、ちょっと落ち着け。必死すぎだ。
「ええ? まあいいですわ。ティーナさんが紹介して下さらないということは、そういうことでしょうし」
「ああ、ええ、でも名前は一応、紹介しておくわ」
クロ、リム、リサ、エリカ、ミネア、レーネ、ミオ、クレアの名前が告げられ、そのうちの何人かは礼儀正しく会釈した。
紹介されなかったリックスもこの場にいるが、彼はもうアンジェとは顔見知りのはずだ。
「そう、皆さん、改めましてよろしくね。では、悪いけれど、私のお部屋に案内して頂ける?」
「…ええ、いいわ」
若干、間の開いたティーナは、何か当てが外れたようだ。ううん、何だろね。
アンジェは疲れていたのかそのまま客間に引っ込んだ。一同、ティーナを除いてほっとする。
「ふいー、緊張したニャ。ティーナ、これで終わりかニャ」
「あのね、夕食も一緒にって言ったでしょ、リム」
「あ、そうだったニャ。面倒ニャー」
「心配せんでも、ちょっかい出してくる感じやないし、普通にしてれば大丈夫ちゃう?」
ミネアがそう言うが、その普通がリムには曲者だったりするからね。
猫パンチは禁じておいたので、大丈夫だと思いたいが…。
「私、出たくない」
エリカがむすっとして言うが。
「ダメよ。パーティー仲間として出席してもらうから。あと、ユーイチ、ちょっと」
「ん? なんだ?」
ティーナはそこでは話さず、廊下を進む。厨房へ向かうようだ。
仕方ないので付いていく。
「思った以上に心証が悪い感じだわ」
「ええ? そうなのか?」
「ええ。街や村の様子を一言も聞かずに、終わったでしょう?」
「ううん、疲れてたみたいだが」
「そんな柔なタマじゃないわよ、アイツは。体調不良でも理由にしてすぐに帰るつもりかしら。まずいわね…」
「まあ、料理とお風呂でアピールしておけば」
最悪、視察無しで帰るにしても、料理ならこの世界に今まで存在しなかった『真・ロフォール名物』が目白押しだし、あれは印象に残るはずだ。
「ええ。だから、気合い入れて、お願いね。もう一工夫して、ユーイチ」
「いやいや、もう仕込みも終わらせてるし、今から手直しは無理だよ」
「そこをなんとか」
「落ち着け。料理は最善の物が出てくる。それよりティーナ、明日の視察、直接帰るにしても、ピラミッドの脇を通って、眺めるくらいはできるだろう?」
「うーん…アレはあんまりアピールしたいモノじゃないんだけど、こうなったらそうも言っていられないわね。ええ、そうしましょう」
これで、料理もまずいとか、体調が優れないからあまり欲しくないと言われると厳しいよね。
こっちは接待に気合い入れてるのに、ここはもう袖の下や黄金が入ったお菓子を…
いや、相手は侯爵、そんなことで動くとも思えん。
俺が爽やかな話術で虜に出来ればいいが、無理だし。
ティーナが渋い顔をしているが、ちょっと、幸先が良くないようです…。
ううん…。




