第47話 王女との契約
「レティシア、一つ聞くけど……そこにいる男は、《剣聖》リシャールを倒したクロードで間違いないかしら?」
ルイーズ王女は俺を指差しながら、レティシアに問う。
レティシアはそれに対し、「はい」とだけ答えた。
それを受けて、ルイーズ王女は俺のもとに近づいてきた。
まっすぐ下ろされた長い銀髪は、とても美しく神秘的だ。
背丈は平均的な女性よりも高く、そして胸のサイズは小さくスレンダーだ。
年齢はだいたい16歳前後で俺より年下だと思われるが、少し大人びている感じである。
「ふーん……《回復術師》って聞いてたけど、案外がっしりしてるのね」
ルイーズ王女は俺の身体をあちこちと確認する。
特徴的な赤い瞳で俺の身体を見たり、腕や腹筋を触ってきたり……
距離がとても近いので、甘くていい香りが漂ってくる。
そのこともあり、俺は王族である彼女に対してほんのわずかに緊張していた。
なるほど、どうやらこのルイーズ王女は、俺を侮ったりはしないらしい。
俺の実力を少しでも見抜ける人間は、そうそういるものではない。
ボディチェックをするルイーズ王女に、レティシアは言う。
「ルイーズ王女殿下、無礼を承知で申し上げますが……初対面の男性の身体をジロジロ見たり触ったりするのは、失礼なのではないでしょうか」
「そ、そうですよっ! 王女さまはあんまりそういうこと、しないほうがいいんじゃないんですか!? その……エッチ、ですよ……?」
レティシアは申し訳なさそうな口調で、エレーヌは顔を真っ赤にしながらルイーズ王女を諌めた。
それにしても彼女たち、自分のことは棚に上げているような気がするのだが……
というよりは、自分たちが「対象」に含まれないように、言葉を選んでいるようだ。
ルイーズ王女の行為に対して、俺は特に失礼だとは思わない。
まあ相手は王女だから、まったく緊張しないわけではないが。
「大丈夫よ。私は王女なんだから」
ルイーズ王女はあっけらかんと答える。
そして満足したのか、俺から一歩離れてこう言った。
「いいわ……クロード、私の剣術の師範になりなさい」
ほう……王族自らが俺を選んだ、ということか。
他人に認められたい俺としては非常に嬉しいところではあるが、レティシアに確認しておくべきだ。
「レティシア、君との訓練の約束はこれからも果たせるはずだ。だからこの話を受けてもいいか?」
「はい、もちろん構いません。それに……」
──ルイーズ王女殿下とお近づきになれるチャンスですよ……
レティシアは俺の耳元でそう囁いた。
そう、これは俺にとって福音だ。
俺は世界最強の冒険者になるのと同時に、王族に認められることも目標としていた。
「世界最強」になる動機とはすなわち、今まで俺をバカにしてきた連中を見返し、承認されることにほかならない。
前後関係が逆になってしまうが、それでも誰かに認められるのなら構わない。
認められたあとで世界最強になっても、それはそれでなんの問題もないのだ。
ふとルイーズ王女を見てみると、彼女は顔を真っ赤にして震えていた。
「あ、あんたたち……そんなに仲がいいの……?」
「え?」
「だ、だって! レティシアが耳元でなんか囁いてたじゃない! それとも、耳に息を吹きかけてたの? 王女である私の前で、イチャイチャするんじゃないわよっ!」
アレのどこが「イチャイチャ」に見えるんだ……
どう見ても内緒話だろう。
もっとも、その内容についてはルイーズ王女には伝えられないのだが。
俺はとりあえず、彼女の誤解を解くことにした。
「あれは単なる内緒話です」
「ふ〜ん、本当かしらね〜? それはいいとして──あんた、なんでレティシアに敬語を使わないの? 別に貴族ってわけじゃないのよね」
「それは、私が『タメ口で話してほしい』と頼んだからです。ですから彼は何も悪くありません」
「うそっ!? ──それは本当に面白そうな話ね……」
レティシアの言葉に、ルイーズ王女はとても興味津々である様子だ。
まあ確かに主君と臣下との仲がいいのは、王族にとってはとても面白いことだろう。
ルイーズ王女は少し呼吸を整え、俺に問う。
「──話を元に戻すけど……クロード、あなた毎月どれくらい稼いでるの?」
「これくらいです」
俺は紙とペンを持ち、前月の収入を記入する。
さらに、Sランクに昇格したことと、回復ビジネスをすることで得られるであろう見込み収入を、ルイーズ王女に断った上で加算する。
最後に、公爵家の騎士としての基本給もいくらかもらっているので、それも記入する。
それをルイーズ王女に手渡すと、彼女は「へえ……公爵家の騎士で冒険者もやってるって聞いてたけど、結構稼いでるのね」と感心していた。
「いいわ。それよりも色をつけてあげる」
「ありがとうございます──ですが一つ聞かせてください。なぜ俺から剣術を学ぼうと思ったのですか?」
俺がルイーズ王女に問うと、彼女の表情は少しだけ暗くなった。
「リシャールに勝ちたいのよ──私、下手なりに一生懸命努力して、王宮にいる騎士たち全員には勝てるようにはなった。父上も私の実力を認めてくれている──でも、リシャールにだけはどうしても勝てなかった……けれどクロード、あなたはそのリシャールに勝った。だから教えてほしいの。王国武闘会でリシャールを倒すために」
「分かりました。教えましょう」
「ありがとう、よろしく頼むわね」
ルイーズ王女の天職はまだ聞いていないが、リシャールは《剣聖》なので、剣術で勝てないのは仕方のないことだ。
それでもなお諦めずに立ち向かう姿勢は、俺にとてもよく似ている。
俺も《剣聖》である父を越えようと剣を振り続けたし、今でも世界最強の冒険者になろうと努力している。
一方で、俺とルイーズ王女の話を聞いていたレティシアは、「リシャール」という単語を聞いて眉をピクッと動かしていた。
「ルイーズ王女殿下、リシャールを倒したい気持ちは私も同じです。それに私はこれから毎日、クロードと訓練しようと思っていたのです。ですから私もご一緒させてください!」
「あなた確か、リシャールと因縁があるのよね……──分かったわ、一緒にがんばりましょう」
「はい! 私たちのどちらかが、武闘会でリシャールと戦って勝てるといいですね!」
レティシアとルイーズ王女は、互いに握手をする。
共通の敵であるリシャールをめぐり、彼女たちは一種の同盟関係となったのだろう。
そんな彼女たちを見て、エレーヌはとてもおどおどした様子で問いかける。
「あ、あのっ……わたしも訓練にご一緒させていただけませんか……? 見てるだけでいいんですっ……」
「あなたは誰?」
「ルイーズ王女殿下、彼女はエレーヌと申します。クロードの同僚であり、そして私の恩人なのです」
「エ、エレーヌって言います……」
レティシアに紹介されたエレーヌを見て、ルイーズ王女は「へえ、レティシアの恩人なんだ……」と興味深そうな表情をしていた。
比較的長身であるルイーズ王女は中腰になり、小柄なエレーヌにしっかりと目線を合わせる。
エレーヌは「あう……」と声を漏らし、とても緊張している様子だった。
「怖がらなくてもいいわよ。取って食ったりはしないから──私はルイーズ。よろしくね、エレーヌ」
「は、はい! よろしくおねがいしますっ……!」
よかった……ルイーズ王女が優しくて。
これでエレーヌも少しは安心できると、俺は思っていた。
「それじゃあ、まずは王宮に行きましょう」
「はい!」
俺たちはルイーズ王女についていき、彼女が乗ってきたという馬車に乗り込む。
定員ギリギリだが特に問題はなく、馬車はゆっくりと進んだ。
◇ ◇ ◇
それから十数分後……
俺たちを乗せた馬車は、王宮に到着した。
ローラン公爵家の別宅やルクレール公爵家の屋敷よりも、敷地や建物は大きい。
庭には綺麗な花や植物が植えられており、その上真ん中には噴水まで設置されている。
建物は非常に綺羅びやかで、今まで見たこともないような豪華絢爛さであった。
「うわあ……おっきくてきれい……」
エレーヌは車窓を眺め、ため息交じりに呟いていた。
そんな彼女を、レティシアとルイーズ王女は微笑ましく見ている様子だった。
入場チェックの後、馬車は門をくぐる。
庭園を進み、玄関前で降りて王宮に入った後、少しお茶をした。
そして、王宮の中庭にて──
ルイーズ王女が木剣を携えながら、こう言った。
「早速だけどクロード、この私と手合わせ願うわ。お互いの力量を確認したいじゃない」
「分かりました。ちなみに俺の天職は《回復術師》ですが、ルイーズ王女は──」
「《勇者》よ」
《勇者》は決して単一の存在ではない。
他の天職よりも発現率が著しく低いだけだ。
俺の中では、幼馴染ガブリエルに次ぐ《勇者》
ルイーズ王女が《勇者》だと分かり、俺はこれから行われる戦いを前に血が滾ってきた。




