女神たる?裁き
人数割引などという概念はその達成条件の緩さから割引率はそう高いものではないが、それでも適用されないよりは遥かにマシ。五人で座る席はなかったので、俺と椎乃は別の席に座る事に。凛が少しだけ残念そうにしていた気がするのは多分気のせいだ。
「あ、そうだそうだ。別れる前に~。ユーシン。桜庭ちゃんに連絡先教えてもいい~?」
「桜庭って桜庭華子か?」
「そそそ。仲良くなりたいらしいよー? モテモテで隅におけないね~」
「……心当たりがないな。助けたか?」
と、言った所で今更思い当たる節。デスゲームの時は簡単に思い至ったのに、いざあれがとんだ茶番だったと分かると人は考え方を変える様だ。彼女が仲良くしたい理由は偏に平常点。理由も分からず俺が満点だから、言い方は悪いがおこぼれに与りたいのだ。現実は当人でさえ理由が分かっていないのでおこぼれも何もだが。
「もう勝手にしてくれ。ただ、何かしら送ってきても返信は遅いとだけ」
「あいあい。んじゃ教えるねー。ばいびー!」
元々椎乃と二人きりで来る予定だったので願ったり叶ったりの状況だが、ギャル凛と話すと体が疲れてくる。特に理由はないが本来の彼女を知っていると何割か増しで喋る事になるからか。椎乃は既にホイップクリームを中心に何十種類ものトッピングが乗ったパフェを注文していた。
「抜け目ないな」
「だって食べたかったのは本当だし。一口居る?」
「んー。チョコアイスが来るまで時間かかりそうだし貰うわ」
恐怖と疲労で溶けた脳みそに甘い物は素晴らしく効き目がある。委縮していた思考回路が拡張し、あらゆる物事を見通す錯覚を得てしまう程、それは甘く、仄かに苦く。またそれがたまらない。クリームの柔らかい口当たりが苦さに残る棘を中和してくれている。
「うま」
「ん~♪ 最高♪」
「最高最高!」
俺達の会話に割り込んできたのは何者かと思えば、それは単なる大きめの独り言で。奥のテーブル席ではディースがスライスされたイチゴとプリンにチョコが上掛けされたクレープに一心不乱にかぶりついていた。単に髪を染めた女子と比較してあまりにも純度の高い金髪に近くの席に居る女子が釘付けになっている。上品さの欠片もなく食べている割には口元にクリームがつく事もない。どうも周りが見えていない様で、写真に撮られるのもお構いなしだ。
「…………あれ、声かけた方が良い?」
「うーん。どうだろうな。不審者近くに居ないし、プライベートなのかもしれない。邪魔しない方がいいんじゃないか?」
「そうよね。ただ食べに来ただけっぽいし……見なかった事にしましょうか」
二人で窓の方へ向き直り、今しがたの出来事は速やかに記憶から消去する。椎乃のパフェを一口どころではない量を貰っていると、サクモからメッセージが飛んできた。
『少し話したい事がある。夜に時間あるか』
『電話じゃなきゃダメなのか?』
『お前にとって都合が悪いぞ』
―――どういう意味だろうか。
俺にとって都合が悪いと言うと夜更かし関連だが……サクモの記憶は消えた筈だ。現に他の参加者の誰もあの事について言及してこない。だからその選択肢はあり得ないとして…………俺がこっそり漫画を学校に持ってきている事がバレたか。それは不味い。
『もしかしてもう手遅れか?』
『泳がせてもいいが、何か勘違いしてるな。とにかく話したい。顔は……別にどうでもいいが、とにかく直接話したい』
『何をそこまで焦るんだよ』
『流れが変わった様に思う。だから電話させろ。頼む』
頼んでいるのか脅しているのかさっぱり分からないのだが、他ならぬサクモの頼みだ。とはいえ俺の方から聞きたい事はない。デスゲーム中の判断について問いたい所はあるが、記憶はなくなっている筈だ。だから全て闇の中。するとゲームの攻略情報くらいしか聞きたい事がないが……まあ、文脈からして脅している訳ではないので、いいか。
「何教えたいんだろねー」
「……勝手に覗くな」
「ごめんごめん。でもたまたま目に入っちゃった」
「…………まあみられて困る内容でもないけどさ。俺にもさっぱりだよ。アイツが真剣なのは初めて……でもないな。ゲームの時は結構真剣だったわ」
そう。アイツはいつだって真剣だった。緩くのんびり楽しむ様な雰囲気を醸していた喜平とは対照的に、いつだって真面目だし、いつだって素直。心の底からゲームを楽しんでいたのではと今も勝手に思っている。
とりあえず、手加減はしてくれない。
「お待たせしました」
「おっ」
「お?」
色々と考え込んでいたら注文のチョコアイスが来てくれた。個人的にも変わっている自覚はあるが、昔からこの手のアイスに刺さっている板チョコが好きだ。それだけが異常に好きと言っても過言じゃない。ネエネが食べていたアイスにもよく刺さっていて、それだけ貰っていた。
アイスクリームが嫌いという訳ではないので注文した以上今回は全部食べるのだが、懐かしい気分になった。
「うーん、そっちも美味しそう」
「一口やるよ」
「まあ、そうなるわね。これで一口の件はおあいこさまで」
「……またいつか、来てもいいぞ」
「ほんとっ? ユージンも気に入ってくれたのね。それともお金を使いたいから? あたしゃ宵越しの金ぁ持たねえ主義……ってか?」
「明日の命もあるか分からない生き方はしてねえぞ。 ただこういうの……ちょっとだけ落ち着くんだよ。ちょっとだけな。元カノとはこういうの……してなかったから」
「……デートでも?」
「アイツが食べてるのを横で見てるだけみたいな事は結構あったよ」
「へー。そういうタイプなのね。ユージンが好きだったなら気が合うかなって思ったんだけど、勘違いだったかな」
「…………は?」
「―――あ。ごめん! 今のなし、なし! 言い方がちょっと悪かった! えっと、そうそう。ユージンが彼女にするくらいだから私みたいにゲーム好きなのかなって! そういう意味だから! 変な意味とかないわよっ?」
「はあ。お前は最初からそうだったというより俺の影響を受けたんだと思うが……ゲームか。どっちかって言うとアウトドア派だった気がする」
「そっちも嫌いじゃないわよ。頻繁にはちょっと」
大好きの魔力は恐ろしい。考えてもみれば趣味嗜好が一致していなかったのに、俺達は恋をしていた。恋人だった。ともすれば愛し合っていた。ネエネを覗いて女性に対する免疫が全くなかった……というよりは、幻想のせいか。
好きになった者同士は、分かり合えば一生の理解者になれるのだと。
そんな妄想を。俺は。
ネエネが居なくなった寂しさを埋めるように、信じていたのか。
「…………はぁ。時間かあ。僕の休日やい……もう慣れたけどさ」
感傷に浸っている最中、センチメンタルな気持ちを見事ぶち壊してくれたのはプライベートと思われるディースの声だった。振り返ると、彼女は席を立って会計をしている最中だった。この町に外国人が全くいないとは言わないが、あまりに綺麗な金髪に見合う美貌は周囲の視線をそれとなく引いている。凛の連れなんか、無断で写真を撮影していた。
「えーすごーい。あの人すっごい美人ー!」
「あたしの方が可愛いっしょー。もしくは凛の方が!」
「私なんてまだまだでしょ~。化粧したら自信あるけど☆」
「うわ~うっざー。じゃあ彼氏作んなよ!」
「…………ごめんなさーい」
ディースは独り言とも謝罪ともとれる言葉を残すと、ポケットから取り出したトランシーバーの様な機器に手を掛ける。スイッチが入った瞬間だろうか―――彼女を撮影した女子の携帯が電池切れになったのは。
「……え? うっそ。あれ!? 電池切れになったんですけど」
「充電のし忘れとからしくないねー? 寝落ち?」
「いや、え? 充電したけどな……」




