夏の色は青春の始まり
「あっつぅ~」
「でも耐えられる暑さだよな。夜はこの倍くらい違うし」
「そりゃそうね。でも暑いからアイス~」
暑いからアイスを食べる。別に普通の事だが、喜平やサクモ達とはこんな事をやった記憶がない。何処までもゲーム友達で、ある意味割り切った関係だったのかもしれない。夏休み中のプライベートな外出という事情から、今日の椎乃は縞々のへそ出しTシャツに、デニムブルーの短パンを履いている。スカートと悩んだそうだが、『お化け屋敷に行くなら良くない事が起こりそう』という理由がある……らしい。
「アンタなんか食べる? 一千万もあったら奢りでいいわよ」
「……そこまでパッと思いつかないからお前と同じのでいいぞ」
「あいあいさー。そんじゃちょっと待ってて」
椎乃がコンビニの中に入るのを見届ける。幾らマシと言っても暑いものは暑いので俺も日陰に入って涼んでいると、携帯にメッセージが入った。まさか両親が俺の外泊を心配して何かしら送ってきたのかと身構えたが、そんな事は全くない。壱夏からだ。
―――ちょっと待て。何で俺のアカウント知ってるんだ?
しかも開幕早々お祭りの誘いだ。わざわざ遠ざける理由もないとはいえ如何な物か。本人は覚えていないかもしれないが俺は脅されていたのに。
『一応言うけど私は言わされてるから。貴方なんか誘わないから』
『誰にだよ』
『莱古』
…………?
猶更意味が分からない。晴とは連絡先を交換している筈だが、壱夏を挟む理由は? 何らかの理由があってこんな状況になったとするなら一応納得だ。壱夏だってそんな理由でもないと俺に連絡を送らないだろう。
『連れが居るけど、椎乃なんだけど。それでもいいなら行こうと伝えてくれ』
『はいはい』
「おまったーせ。はいこれ、バニラ」
「ん。ありがとな」
「やっぱり夏はアイスよね~! 冬もこたつにアイスだけど」
「季節に対する冒涜が過ぎる。みかんと言えそこは」
「ふふっ。変な場所行く前に何処かで落ち着きたいわね。涼しい所。お化け屋敷なんてどうせ廃墟でしょ? なら暑いに決まってる」
「あー。じゃあちょっと行きたい所があるんだけど、付き合ってくれ」
「なんか今日ずっとユージンに振り回されてるわね。涼しい所ならいいんだけど」
文句にも満たない独り言を漏らしながらも、椎乃はやっぱり付き合ってくれる。ゲームをしない夏休みというのも、ゲームが趣味でない人間にとっては当たり前かもしれないが俺には新鮮だ。気の置けない奴が隣に居るだけという状況もいい。両親だったらこうもいかなかった。サクモであっても、早々にゲームをしたがっていただろう。
椎乃を連れてやってきたのは、俺達が夜に外出しなければいけなくなった原因でもある神社だ。夜に来た時は暑苦しさと打って変わって異様な冷たさに満ちていたが、昼はどうだろう。
「…………涼しくない、な」
「いや、そりゃそうでしょ。まあでも、ここでもいいわ。いい感じに周りの草とかが日陰になってるし。上の方はちょっと騒がしいわね」
騒がしいというか、俺には恐ろしく感じる。階段を上った遥か先には大勢の人の気配。その声や音や遠目から見た姿が、何よりも怖い。結局あの時は追い回されていたのかされていないのか。真相は闇の中だ。
「祭りで使うんだろうな」
「祭りの最後に澪雨が使うのよ。昨年は……なんか物々しい服装で祈祷してた気がするわ」
「……澪雨か」
こうしてのんびりと気兼ねなくアイスを食べていると、いつだって縛られている彼女の事が頭に浮かんでくる。勝手な想像で申し訳ないとは思っているが、夏休みだからといってアイツに良い思い出はないのだろう。話を聞いている感じだと徹頭徹尾町の為だか家の為だか働かされて、巫女の務めとやらを果たしてきて。
―――そりゃ、最適解は大切だろうけどさ。
アイツは自由が欲しいのではなかったか。澪雨には今まで通り巫女としての務めを果たしてもらっていた方が怪しまれないのは確かだが、それは果たして本意なのか。俺はあの二人に脅されて夜を生きている。ならば自分の都合など二の次で、澪雨の事を気遣うのが筋ではないのか。
「……なあ椎。ちょっと火遊びしないか?」
「は? …………うーん。まあ、いいわ。現状以上の火遊びなんて想像もつかないけど、ユージンがしたいなら。まあ面白くなさそうだったら私は横で見てるけど!」
「面白く……はないと思う。ただ、予言しよう。お前は俺を罵る。馬鹿野郎というようになる」
「その予言、どう考えても外れるんだけどな……」
人の流れから逆算して辿り着いたのは、木ノ比良の家。そしてその敷地内に孤立して建造された座敷牢。
「ば、ばっかじゃないのっ!」
「はい、予言者」
「いやいやいや……いやいやいやいや」
家の方には祭りの準備で大勢の人が出入りしているが、その人数からは想像もつかない少人数がこの建物に入っている姿を目撃している。澪雨は夏休み中の自分の所在を明かさなかったが、あの様子だと家には居ない。するとここが怪しいのではと思って訪れてみた。
案の定、澪雨の声がしたので大正解。学校が無くなると彼女のプライベートな時間はいよいよ存在しなくなるらしい。
「おーい、澪雨」
座敷牢を形作る建物には梯子でもないと届かない様な場所に小さな窓がある。仮に手が届いた所で誰も入れないが、しかし隙間があるなら声は届くだろう。壁に張り付いて声を上げると、壁越しに歩く音が聞こえた。
「……日方?」
「あー私もいるよー。コイツの付き添いだけど」
「椎乃ちゃん。……何でここに来た……んですか? 町内会の方々に見つかっては怒られてしまいますよ」
「や、何だ。囚われのお嬢様になってるとは知らなかったもんでな。お菓子とか色々買ってきたけど要るか?」
「…………! 私の為に、買ってきてくれたんですか?」
「買ったの私だけどね」
「金は出したぞ俺も。会計を任せただけだ。窓から入れるから頑張って取ってくれ。行くぞ」
そういって運動会のお手玉入れよろしくテンポよく投げていく。あんまり渡すのに失敗しても中身がぐちゃぐちゃになるのでミス出来ない。飲料水などは万が一澪雨に当たると鈍器の力を発揮するので椎乃を肩車して安全に窓を通す。
「……こんなにたくさん。有難う……ありがと、日方。私の事、覚えててくれたんだ」
「ん?」
「……日方は違うけど。今までいたんだよね。夏休み中だけでも仲良くなろうとしてくれる人。でも大抵、町内会の人やお父様に追い返されて、次に学校で会った時には約束なんてなかったみたいに振舞うんだ。私を忘れないでくれてるのは七愛だけで……その七愛も、今は休暇中だから」
「あーそれ聞いた事ある。お祭りの日まで巫女様は心身を清めているから穢れを持ち込むなみたいな言い分でしょ。私も小学校の時何処かで聞いた」
「…………これの何処が清めてるんだ?」
「本当はね、食べ物も飲み物も食べちゃ駄目なの。身体の中の穢れを全部取り除く……とか。何とか。私にも分かんない」
あはは、と乾いた笑いを上げる澪雨は、壁越しにも痛ましい。たまの気まぐれに返事をしなかったらそれだけですすり泣きそうな雰囲気もある。椎乃はもう離れないと危ないと言いたげなハンドサインを俺に出しているが、こんな所でアイツを放っておけない。
「食事はどうしてるんだ? 餓死するぞ」
「……………………………………」
「澪雨?」
「ねえ日方。私から、一生のお願い」
俺の質問には無視を貫いて、澪雨が言う。どうしても気になったのでもう一度質問しようとしたが椎乃に「話したくなさそうだからやめなよ」と咎められたので、話題を流すしかない。何故ここまで来て隠そうとするのかは謎だ。
「お祭りの日、最後に私が神輿代わりに担がれて神社まで行くイベントがあるの。大体……夕方の四時くらいかな。だから……三時くらいに。少しでいいの。私を連れ出して」
「…………俺一人だけか?」
「出来れば日方一人がいい、けど…………………………駄目かな」
澪雨にイレギュラーな行動をさせるリスクは百も承知。しかし一生のお願いとまで言われて何故無碍に出来る。
「分かった。頑張ってみる」
「…………約束だかんね。破ったら、絶対絶対。後で許さないかんね!」
「あー約束だ。ちょっと片耳使えなくて聞こえ辛いけど大丈夫。つってもお祭りはまだ先だ。これから何回か差し入れ持ってきてやるよ」
「ね、ねえ。それっていいのかしら。穢れがどうとかってのは……」
「どう考えても嘘っぱちだろ。それを強いられてる当人がちょっと自信なさげだったし。実感がないから澪雨も断言出来ないんだ。つまりそれは宗教上、形式上、そういう理由があるってだけ。食べても問題ねえし、こんな座敷牢に居て何か物を食べられるって思うか?」
「ゴミはどうすんのよ」
………………。
特に考えていなかった。
「あ、澪雨。お菓子とかの袋についてだけどそっちに隠せる場所とか廃棄出来る……澪雨?」
「日方……約束してくれた……約束……約束だもんね……ふふ。ふふふ。絶対絶対絶対……守ってくれるよね。破らないよね………日方……指輪まだしてくれてる…………私を覚えててくれた…………優しい、な」
「…………なんか自分の世界に入ってる感じがする」
「んー右に同じっ。でも、本当にいいの? バレたらどやされるわよ」
「それで済めばいいが……人を殺さないといけなくなった事に比べたら些細な事だよ。それくらい出来なきゃ、俺にはきっと生きてる価値がない」
「それは言い過ぎだけど、随分優しいのね。普通呑まないでしょうに、こんな要求」
椎乃は残してあったお菓子を手に取ると、俺の口に近づけて、微笑んだ。
「―――アンタのそういう所、やっぱ好きだ。ちょっと危ない感じもするけどね♪」
笑顔が好きだと言ったからか、彼女は良く笑う様になってくれた。その気持ちを守る為にも、俺はやはり人を殺し続けないといけない。それに比べたら澪雨の頼みなんて本当に……躊躇する事なんかじゃない、全て気持ちの問題だ。
「ていうかここ、涼しくない?」
「俺もそう思った。ついでに休んでいくか」




