代理殺人
どちらが生き残りやすいかという指標などはない。完全に当てずっぽうだ。そもそも勘違いしないでおきたいのは凛か柊木かではなく、内側か外側という事だ。どっちがどっち側かも明らかでない以上相談する意味はない。勘でいい。
強いて考察材料があるとすれば人柄か。あの凛がわざわざ不利な立場を背負うとは考えにくいので、居るとすれば外側な気がする。ゲーム開始前に遠目に見ただけで詳しくは分からないが、ここに在る装置はアイアンメイデンのような形で首から下を拘束する代物だった。あんな物に縛られたらとても正気では居られない。
なので『2」を押したが。結果はどうだろう。
柊木が出てきた。
柊木しか出てこなかった。
「………………………………………え」
足取り重く、表情は暗く。彼女は控室に戻ってきたかと思うと、喉が擦り切れんばかりの勢いで叫び出した。
「もおおおおおおおおおおおおいやあああああああああ! もうやだやだやだやだやだやだあああああうあわあああああああああ! 出るもん出る出るんだからああああもう私が出るんだから邪魔しないでよおおおおおおおおおお!」
「ちょ、柊木、落ち着けよ!」
「さわんなうるさいだまれしねああえあああああ!」
それはもう、殆ど正気という物を失っていた。高井が遠目から少し宥めようとしただけで火に水か油でも注いだように騒がしくなって、半狂乱に控室を暴れ回っている。たった一言、別に挑発でも地雷でもなさそうな発言でこれなのだから、誰も止めようとは思わない。世間知らずの澪雨ならば或いは、と言いたかったが。
「……………………………凛愛」
澪雨にしては妙な呼び方で彼女の事を呟いてから、一言も発さなくなった。多少気分の上下はあれど滅入る事のないディースとそもそも表情が分からない不審者はさておき、椎乃も高井も鏑木も桜庭も―――誰も、止めないし、この状況に対して改善を図らない。
壱夏と目が合うと、彼女はすっかりやつれた顔で頭を振った。
結局、アイツとの駆け引きは無駄になった。そんな物なんかなくたって、凛は勝手に殺されてしまった。これも代理殺人の一種だろうか。殺意はあったが、それを示す前にゲームがアイツを殺した。心なしか、左目の痛みも増したような気がする。
これで一つの脅しが無効化されたが、だからどうしたという話だ。
以降のゲームは、悪化の一途を辿っていった。
内 外
鏑木 澪雨 澪雨生存
「え。嘘……澪雨、てめ……お前」
「澪雨。何してるのよ!」
こんな状況でも、恐らく少なくない人数が澪雨に対して前向きな善性を望んでいた。俺もその一人だった。何故かなんて事細かに言えるくらいの深い理由はない。澪雨なら自分と組んだ人はとりあえず生かそうとすると思っていただけだ。
現実は、躊躇のない殺害だった。話し合い時間が終わるのも早ければ退室も早い。喜平との一件があった手前俺も席を立つつもりはなかったが、流石にこの即断即決には相手が木ノ比良の巫女とて言いたい事がある。
「お、おま…………お前何してんだよ!」
胸ぐらを掴んだりはしていないが、自分でも大分圧力を感じる迫り方をしたと思う。俺の知る彼女なら怯えていてもおかしくない。いや、俺の知るとは幻想や主観、妄想、虚像、表現はともかく偽物に過ぎなかったのかもしれない。
間近に見た彼女の顔は、悪辣に笑っていた。
「何って、殺しただけなんですけどお~?」
違う。
これは澪雨じゃない。俺がそう信じたいだけなのかもしれないが、これまでの澪雨とは振る舞いが違う。柊木とはまた違う方向で攻撃的に……攻撃的。謾サ謦?噪?
「あっははははは。だって、デスゲームだよ。殺さなきゃ損でしょ。殺したら早く終わるんだよ」
「殺したら早く終わるって……」
「全員生存が無理なら、全員殺すしかないよね。凛も死んじゃったし、もう我慢しなくていいんだ。私、私はこれで。ようやく自由になれるんだ! あはあ」
怒りと困惑が、不安と忌避に代わっていく。俺は今……誰と話している?
「もうみーんな分かってるよ。仲良しこよしじゃ生き残れない。そんな不自由な枷を嵌めてるから苦しむんだ。試しにやってみようよ。自分だけ生き残ろうとすればどれだけ早く終わるのか。もうややこしい事いっっっさい考えなくていいんだ。ね、一回。一回だけでいいからさ。やってみようよ」
責任と束縛から解き放たれた様な、何処にでも居る女の子がただ楽しそうにしている表情は、紛れもなく澪雨である。夜の間にだけ垣間見せる、巫女としてではなく、ただ一人の人間としての感情。ゲームをしている時に俺も見た。可愛かった。楽しそうだった。
何故同じ顔が出来る。何故同じ様に楽しめる。何故こうも澪雨は美しく、禁断を思わせる雰囲気を纏っているのか。今の俺に彼女の顔を直視は出来ない。鼻から下が限界だ。それ以上を望もうとするなら、戻れない事を覚悟するしかない。
澪雨は俺の喉を掴んで、ニンマリと笑う。
「デスゲームは、殺し合ってこそだよ。全員生き残るとか馬鹿な事言ってないで―――自由に殺そうよ」
内 外
鏑木 澪雨 澪雨生存
高井 柊木 柊木生存
不審者 ディース 両者生存
「ムシヒメ様の仰せのままに、だな」
呑気な事を言う不審者は、たまたま同僚と組んだからこそだろう。言い出しっぺの澪雨を筆頭に次々と外側に行ったであろう人間が殺されていく。だから予想は『1』も『2』もなく無条件に外側だ。『1』を選ぶ理由なんてない。
桜庭 壱夏 桜庭生存
日方 ディース 両者生存
不審者 日方 両者生存
真っ当なデスゲームに付き合っていないのは、今となっては俺と不審者とディースの三人だけ。二人は『どうせ殺すならゲームじゃなくて自分の手で殺す』と独特な価値観を披露しているから、俺は……今の澪雨の言いなりになりたくなかったから。
人数は段々と減っている。凛が死んでから加速度的に自体が悪化して……いや、澪雨の精神状態がどうかなってしまった。
椎乃 柊木 柊木生存
「え……あ、あれ!? ち、違う! 違う! 待って、緒切は殺してない! き、急に消えて……!」
柊木はそう言ったが、誰がこの状況で信じられるだろう。
柊木 喜平 喜平生存
蝟懷ケウ縺後∪縺滉ココ繧呈ョコ縺励◆。
喜平 日方 日方生存
縺?縺九i菫コ繧よョコ縺励◆
蜿ょ屓謌ヲ縺ッ縺セ縺?邨ゅo縺」縺ヲ縺?↑縺???縺薙>縺、繧偵%縺ョ縺セ縺セ逕溘°縺励※縺翫¥縺ィ縺?▽縺句セ梧t縺吶k縺ィ諤昴▲縺溘°繧画ョコ縺励◆縲?縺薙>縺、縺ッ陬丞?繧願??□譛?菴朱㍽驛弱□縲?谿コ縺励※縺?>縺ォ豎コ縺セ縺」縺ヲ縺?k。
「……ユウシン君は、よく頑張ったと思うよ」
「そうそう! それでこそ私の日方!」
「…………これ以上の期待は出来ないな」
讀惹ケ?′豸医∴縺溘??讀惹ケ?′豁サ繧薙□縲?菫コ縺ッ繧「繧、繝?↓逕溘″縺ヲ縺?※縺サ縺励°縺」縺溘??隨代▲縺ヲ縺?※縺サ縺励°縺」縺溘??讌ス縺励¥驕弱#縺励※縺サ縺励°縺」縺溘??繧「繧、繝??隨鷹。斐′逵ゥ縺励¥縺ヲ縲?繧「繧、繝??隨代>螢ー縺悟ソ?慍繧医¥縺ヲ縲?繧「繧、繝?′蜷榊燕繧貞他繧薙〒縺上l繧九?縺悟ャ峨@縺上※縲?螟ァ莠九↑蜿矩#縺?縺」縺溘°繧臥函縺崎ソ斐i縺溘?縺ォ縲?繧ゅ≧諢丞袖縺後↑縺???菫コ縺ョ蜈ィ縺ヲ縺ッ辟。諢丞袖縺?縲?菴輔b縺九b縺顔オゅ>縺?縲?蜈ィ驛ィ荳九i縺ェ縺?幻逡ェ縲?縺ゅj蠕励↑縺???縺ェ縺ォ繧ゅ°繧ゅ←縺?〒繧ゅ>縺。
『次の抽選では木ノ比良澪雨様、日方悠心様が選ばれました。お二方は奥の部屋へと入室してください』
ズキンッ。
「………………ッ」
痛みが俺を正気に戻す。主催者に呼ばれてしまったのでまた参加しないといけなくなった。参加者がランダムに選ばれるせいで中々終わらないが、それでも澪雨は楽しそうだ。軽やかな足取りはデートでもしているかの様で、部屋に入ると相談もなく彼女は内側に入っていった。今回の処刑装置はシンプルに断頭台モチーフのギロチンだった。
「…………ふ。ふ。ふ。ねえ日方。貴方はどっちを選ぶのかな。赤? それとも青? 私が大勢殺したから、ここで殺さないといけないとか? それとも、まだ残った人だけでも生き残らせようとか考えてる?」
「………………澪雨。お前、そんな奴じゃなかっただろ……………………何で。こんな」
「わたしの なにをしってるの」
首を固定する様な穴に顔を円形の窪みに頭を置く。それでも彼女は笑顔を絶やさない。
「なにもしらないくせに そうやってきめつけて そうやってかかえこんで しばって くるしめて あなたもおなじなの?」
「………………………そりゃねえだろ澪雨。俺はお前達に脅迫されてたからこれまで付き合ってきたんだぞ。胸触ったとかバレたら人生の終わりだ。それなのに勝手に失望されても困るな」
「…………ゲームを早く終わらせるには、殺した方が良いよ。まあ日方が青を選ばなかったら私に殺されるだけ。青を選んだから」
ズキンッ。
「……………………お前みたいに自分勝手な奴を見てるとさ、嫌になるくらい思い出してくるよ。元カノをさ」
「…………?」
ズッ。
ズズズッ。
「最初は、凄く可愛いんだ。色んな事で俺を褒めてくれて、些細な時でも俺を見てくれて。あんなの好きにならない方が無理だってくら良い子だったよ。告白したら、オーケーくれた。ネエネが居なくなってから、あの時が一番幸せだったかもな」
左目を抑えて、その場に膝をつく。
痛みのせいか、はたまたそれ以外の要因か。涙がとめどなく溢れてくる。
「彼氏になってから、彼氏っぽい振る舞いを求められたな。最初は苦でもなかったけど、段々酷くなっていった。彼氏としてあるべき行動、言動。逐一彼氏という言葉で追い詰められる。彼氏になってからも暫くはその人の話を聞かないパワフルさというか奔放さみたいな性格が好きだったのに、段々嫌気が差してきた」
「ひなた?」
ズズズズズ。ずうっずうっずうぎいぎぎぎいいぎぎいいいいいいいいぐちゃちゃちゃちゃちゃ。
「それ…………それ。でも。俺は。好きだった…………好きだった………ぐううう! 大好き…………大好き……だったアアアア……ッ。なのに、アイ……ツは…………わざわざ俺の。俺。嫌いな奴……に近づいて!」
忘れもしないその後継。
二人は校舎の裏で、キスをしていた。胸もまさぐられていたと思う。白い下着が、見えていたから。男の方は夢中だったが、アイツは明らかに俺の視線に気づいていた。横目で俺を見て、笑っていた。こんな風に。目の前の笑顔みたいに。まるで。まるで。まるで。弄ぶように。
「何枚……なんま……何枚…………写真………げえ。しゃし……ぐうううぐるるるる…………! 俺が、相応しくない。から……ってえ! わざわざこの人のモノになったなんて! 携帯で電話してくるんじゃねええええええええええよおおおおおおおおおおおおおおおおおあああああああああああああああああああ!」
心拍が無制限に上がっていく。
全身を巡る血液が左目に収束し、吸収されていく。胃液が組織を焼いて眼窩の中へ。身体中に虫食いの痛みが奔り、神経がまばらに失われていく。
「がアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
「腹が…………減ったナ」




