終わる世界の友情
全員が席に着くと、主催者の声が会場に響いた。
『三回戦も、基本ルールはこれまでと変わりありません。しかし同じルールで同じ光景を見せても観戦席の皆様にとっては退屈であると。元より三回戦に入った時点で追加する予定であり、プレイヤー提案のルールとは何の関連性もない事を予めご了承下さい』
『この会場では、話し合いで参加者を決めるのではなく、こちらからランダムで抽選させていただきます。選ばれた参加者の名前をお呼びしますので、その方に入室してもらいます。参加者が話し合う最中、控室の皆様には生き残った側を予想してもらいます。的中した方にはポイントを贈呈します。合計ポイントが四回戦終了までに十ポイント溜まった方はその時点でゲームから離脱。勝利となりますので、部屋の右手にございます、ダクトに似せた出口から脱出してください。ちゃんと人が一人通れるように設計してあります。道中に設置した扉でパスコードを求められますが、ポイント達成者にはその時点で通達いたします。未達成者も利用する事は可能ですが、こちらからパスコードを通達する事はございません。また、一度間違えるとダクトの入り口を封鎖し通路を殺菌させていただくので、ポイント達成者はくれぐれもお間違えの無いようお願い申し上げます』
「蒸し焼きになるって事だな。人間は死ぬぞ」
『次に、生き残った側の予想について補足いたします。予想は飽くまで片方……お手元の机にたった今出現させました、「1」と「2」のボタンがござますね。それぞれ1、2です。両者生存した際には、生存した両者にポイントが付与されます。予想を外した場合、ポイントが一引かれます。以上が三回戦以降のルールです。質問はございますか?』
「じゃあ僕から。ポイント制の勝利を手にした際も賞金は貰えるんだね」
『ゲーム終了の際の賞金ですので、当初の金額をお約束いたします』
「……死んだ人間を生き返らせる事は出来ないのか?」
『申し訳ございませんが、そのような特典はご用意出来ません』
基本ルールが同じならこれ以上質問する事はない。今回以降のルールにはこれが追加される。
・参加者は主催者側から抽選
・控室に居る人間は『1』と『2』でどちらが生存するかを予想
・的中したら一ポイント。十ポイント達成でゲーム離脱。外したら-1
・両者生存の場合はその両者に一ポイント
『それでは三回戦を始めます。最初の抽選では七愛凛様、柊木亜子様が選ばれました。お二方は奥の部屋へと入室してください』
「……最初に選ばれるとは」
凛の声音からも分かるが、精神的にかなり疲弊している様だ。軽薄な演技をやめて無表情で堅苦しい口調の彼女が戻っている。同じ部屋に居る中で誰か一人でも気にならなかったのだろうか。ならなかったのだとするなら全員疲れていてそれどころではないのか。
長机の位置として俺は長机の左端、夜更かし同盟の三人は両側中央、ディースと不審者が俺の左手側に居て、右手側には桜庭と壱夏。これで机の左半分が埋められて、残る右半分に高井と鏑木と柊木と喜平が座っている。よりにもよって喜平は俺の向かい側……右端に座っていた。
通り過ぎる際、凛が誰にも見えないように俺の膝に紙切れを落とした。
『私は四人での脱出を視野に入れる。一緒に頑張ろう、日方君』
紙を握り潰して、ポケットに入れる。二人が部屋に入ると、硝子にスモークがかかって内側が見えなくなった。
「…………うーん。そうくるかあ」
独り言の様に呟くディースは、口調とは裏腹に拳を握り締めて今にも叩き付けようとする勢いだ。俺達の必勝法は瓦解した。ランダムとは言うが、それを証明する術はない。主催者の独断と偏見だったとしても、ランダムと言い張られたらランダムなのだ。
「代理殺人……ポイント制が面倒だな。勝たせる気はあるが、こんな状況じゃ悪質なだけだ」
「……どういう事だよ」
「予想を当てたら一ポイント、外したら-1。両者生存したらその両者に一ポイント。誰かが途中脱出する為には人数が減っていく事が必須だな。ランダムが本当ならゲーム終了までに相当時間を要する。同じ組み合わせになる可能性もあるからな。だからどんなに予想を的中させても両者生存の道を選ばれた時点で-に邪魔される。お前達、誰か一人に途中で抜け出されるのも気に食わないなんて考えてるんじゃないか? だったら双方赤という選択肢は単に抜け駆けを止める為の選択肢にもなる訳だ」
「で、でもさあ。私が……間違ってるのかも分かんないけど、全員が赤を選べばこのゲーム早めに終わるんだよね。だったらそうすればいーんじゃ……駄目、だよね。やっぱ」
「シーノ。その選択肢自体には自信を持っていい。何故ならこのゲームの最適解は常に全員が『赤』を選ぶ事だからだ」
「え?」
「赤を選び続けるなら全員のポイントが+されるからでしょ。そんくらい分かるし。でも、そう言うのって机上の空論って言うのよね」
「…………鮫島の言う事も分かってるんだけどさ。最適解。選べないんだよね」
「最適解が選べているならここに来るまでに誰も死んでいないからな。まあ、人の心はそう簡単ではないって事だ。ルールが変わった所で全員が得する方法は示されているのに選べない。不思議なものだな?」
「誰も死んでほしくないのに…………私………………ね、ねえ! やっぱりもう一回全員『赤』を選んでみませんか!? 殺す理由なんて……ないですよね?」
「今まで死んだ奴らにも死ぬ理由とかねーしなー」
澪雨の論理が甘えに甘えた代物だというのは誰でも分かる事だ。俺達が参加しているのはデスゲーム。誰も死なない事も可能なのに、殺してしまった以上はその選択肢が追加された単なるデスゲーム。
だとしてもそれを咎める奴が、気に食わない。
俺は感情的に席を立つ、向かい側に座る喜平の手前まで歩いて、胸ぐらを掴んだ。
「ならお前は! 何でアイツを殺した!?」
ここまでも和やかとは決して言えなかったが、 かといって剣呑でもなかった。高井や柊木なんかは度重なる人死に疲れ切って騒ぐ気力もなくなりつつある。特に直前のエレベーターにおける生首地獄は堪えかねた様子で、今でも吐き気を抑えようとする人間がちらほら。俺もさっきまではそうだった。気分が悪かった。
今がそれ以上に、胸糞悪いだけで。
「なー悠心。アイツだって人を殺したぜ? そん時なんて言ってたのか知らないけどよ。殺されると思ったら『青』を選ぶしかねえだろっての。ま、怒んなよ! 俺だって殺したくて殺した訳じゃなくてさ。あははは―――」
ムシカゴは、夜に効力を発揮しない。そんな不審者の言葉が想起された瞬間、手が出ていた。
「ユージン!」
「ちょ、貴方マジ……」
「日方……!」
床に崩れ落ちた喜平を再度掴んで、もう一度問い質す。
「赤の他人だったらそうかもな! 或いは対して交流のない奴! だけどアイツは友達だった筈だ! 『青』を選ぶ訳ない! それなのにお前は! お前が! 『青』を選んだ! 何でだ!? 何で選びやがった!」
「…………あのなあ。お前。外側に居るとなんか隠し事教えてくれる機能があんだろ。俺っちはあの不審者と組んで参加したから知ってんだよ。他人には何もねえんだ。名前すら出てこなかった。友達だからこそ知られたくない事だってあんだよ。分かった風な口きくんじゃねえ!」
反撃の頭突きをもろに食らって今度は俺が倒れ込む。体勢を立て直せない内に喜平は椅子を持ち上げて、俺に向かって投げつけた。
「ぐああああ……」
「それとも、お前も俺を殺すつもりか!? だったら俺はもう一回青を選んでやるよ! 俺は生き残るんだ! 死にたくねえんだよ! 今が夜でも生き残れば俺の勝ちなんだ! あは! あはははは!」
カチン。
鎺が収まったような金属音。複数回における椅子の殴打を残る全員で食い止めたは良かったが、悪あがきと言わんばかりに投げつけられた椅子が俺の身体目掛けて飛んでくる。尻餅をついた状態で自力回避は出来ない。反射的に目を瞑ると。
「あらよっと」
ディースが縦に開脚した脚を椅子の隙間に差し込み、綺麗に勢いを絡めとって床に置いた。膝丈のスカートが大きく開いたせいで俺のアングルからは中のスパッツが露わになったが、こういう時の為の対策だろうか。
「ゲームに関わらない場所で死人を出すな。キッペイ。お前が内側になった日には確実に『青』を選ばれるぞ」
「…………クソ! 何で俺ばっかり責められるんだよ!」
喜平は呆然とする全員の抵抗を押しのけると黙って椅子を回収して座り直した。ディースが俺の手を引っ張って持ち上げてくれる。
「大丈夫?」
「…………ごめんなさい。なんか、助けてもらって」
「気にしないで。それにしたって暴力は良くないよ。君は一発ぶん殴りたいだけだったのかもしれないけれど、皆結構追い詰められてる。ちょっとした敵意も殺意と取られかねないから、生き残りたいなら要注意だ」
「…………ディースはこういう状況に慣れてるんだな」
「僕は常にドキドキしてるよ。まあ、仕事柄ね」
凛と柊木のターンはまだ終わらない。
全員が所定の位置に戻った所で、澪雨がおずおずと手を挙げた。
「ね、ねえ。皆……今の、長谷河君の言葉……おかしく、ない?」
「は? 私にはキレてるだけにしか見えないが」
「知られたくない事を知られたから……殺したん、ですよね。だったら長谷河君は……内側に居たんですか?」
「―――え。あ。でも……あれ? た、確か左雲って……」
「内側で処刑されてたな。あの時だけだ、処刑を見せられたのは」
「そ、それに……殺されると思ったから『青』を選んだって……『青』を選んで絶対に助かるのは外側の筈で…………長谷河君は結局、どっち側に居たんですか?」
「………………………あー」
『お二人のフェーズが終了いたしました。お手元のスイッチに皆さま、どちらが助かったかご投票下さい』




