殺しあい、騙し合い、信じあう?
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ジャンケンの結果、俺が装置側になったが非常に乗り気ではない。わざわざ後ろ手に嵌めろと書かれた鋼鉄の手錠と、その後ろに控えるボタン。恐らく首を吊られた状態でボタンを押してほしいのだろう。椅子はまだつけるだけ楽そうだったが、これは判断に迷っている内に絞殺されそうだ。
「早く座ってよ」
「すわ……これ立ってるだろ……待て。一度入ったら話せない。そっちの状況を教えてくれ。何があった? 色々まともじゃないぞ」
「私が何か知ってたら言うわ。流石にね。アイツを殺す為の協力は惜しまない。でも本当に分からないの。もしかして、私が入れ知恵したと思ってる?」
「露骨すぎるだろ。それに喜平や凛がお前の言う事に素直に耳を貸すとも思えない。青を選ぶメリット……追加ルールは今さっきの事だぞ。赤を選ぶのがまともだ」
「そう。私に脅されてるからってもっと頭に血が上ってるかと思ったけど。やっぱり平常点満点は違うわね。尊敬するわ」
「皮肉とか言ってる暇あるのか? 青を選んでもいい空気が形成されたらお前も危ないんだぞ?」
「そもそも今、何時だと思ってんの。危ないとか言い出したらずっと危ないんだよ」
それはそうだが。
夜更かし同盟に限らず、このゲームを生き残った人間は自ずと秘密を共有する仲になる。それは決して好意的な物じゃない。秘密とは弱点。自爆覚悟の脅しがそのまま致命的になる。誰もこの発想に行きついていない事を願うが……生き残って且つ、禁忌破りまで隠そうとしたら俺達を全滅させないといけない。もしそんな奴が居るならそれを狙ってくるだけでも不和の原因になるので排除したい所だ。
確かに人を殺すのは嫌だが、せめて姫様に首を上げるならそういう誰彼構わず殺しに来る人間を選びたい。その方がまだ正当化出来るというか……駄目なのかもしれないが、生き残る為だ。
『装置に搭乗してください』
主催者に怒られたので更に奥の部屋へ。わざわざ自分で体の自由を奪うなんてあまり良い気分ではない。死にたくもないのに首吊りをするのは最悪だ。
首に縄をかけた瞬間、踏み台が少しだけ引っ込み身体が爪先立ちになる。そうしないと首が絞まるので、足が痛くなっても続けざるを得ない。
「………………ぃ!」
『それではこれより話し合いタイムとさせていただきます。制限時間は五分です』
外側の壱夏と音声が繋がったが、それどころじゃない。後ろ手を拘束しているせいでとにかく苦痛を緩和する為の工夫が出来なくて、しかも爪先立ちで頑張るのはいいが、縄が緩くかかっているせいで微妙な苦しさだけは取り除けない。直接死に至る危険性はないのだが、ほんの少しだけ不愉快なのがかえってストレスというか。
「話し合いとか意味ある訳? 流石に赤押すわよ」
「俺が青押すとは考えないんだな?」
「平常点満点の貴方がそんな事をするとは…………ん?」
壱懐の視線が逸れる。その先に何が見えているのかは俺も良く分からない。視線は斜め下に向かっており、そこは丁度こちらから見ると壁が死角を作っているのだ。不審者に渡されたこの左目に透視能力があれば話は変わったが、そう都合よくはない。こいつはただの虫けらだ。
「…………ふーん。ねえ、貴方さ。私をこのゲームで殺そうとしてるって本当?」
「………………!」
その思惑を、誰かに言った覚えはないのだが……。
恐らく最初は本当にそのつもりもなかったのだろうが、ここに来て彼女は露骨に青いボタンへ向けて指を垂直に向けた。
「私は、押してもいいんだ」
「…………何でお前が急にそんな事聞いてきたか分からないけどな。その質問はズルいと思わないか?」
「何で」
「だって、違うって言ってもそりゃ命が懸かってるからそう言うだろとか言われるんだろ。認めたらそれはそれだし。口だけならなんとでも言えるのかもしれないって無敵だけどさ、お前にも言えるよな」
「…………私が、信じられないとかあり得ないんだけど。本当に押すぞ」
「それだよそれ! まるで気が変わったみたいな言い方だけど、お前は最初から俺を殺す気なんだろ。口だけじゃ何とでも言えるんだ。取り繕うってそういう事だもんな。いいさ、殺すなら殺せよ。ただ、生きて帰れると思うな」
外側が青を押せばまず内側は死亡する。かといって内側に参加しなければ一生ゲームが終わらない。もしくはずっと外側に居て内側を殺し続ければ終わるが、そんな露骨に殺しを狙うのはエンターテインメントとして面白くないと判断されかねないし、何より誰も付き合わないだろう。
「死ぬ前だから教えてやるよ! 外側はな、青を押せばまず負けないんだ。このゲームは赤が最善で、内側の死ぬ確率が高い。だからそこを話し合いで覆さなきゃいけないってゲーム性なんだよ。お前、口が上手いのか? 言いくるめられるのか? 出来ないよな、だってそれが出来たらお前は平常点何かで悩んでないぞ!」
「…………! 貴方に、私の何が分かる!」
「分からねえよ! ただな、ゲームの参加者である以上俺達は対等だ! それを、まるで自分が優位にあるかのような物言いはムカツク! 上から一方的に要求呑ませる事が出来ると思ったか? 平常点が満点のコツも教えてやるよ。言いくるめるのさ。口が上手けりゃどうとでもなる! 他人に優しくすればどうとでもなる! お前みたいに高圧的じゃ無理だろうな! そうやって俺を殺して、他の奴も殺していけばいいさ! 死んでも平常点なんか貰えねえから!」
本心は、死にたくない。
ただその本心を悟られないだけの熱量をぶつけたつもりだ。この態度に煮えくり返っていたのは事実なので俺に都合の良い虚偽を交えつつ言いたい事を全部ぶちまけてやった。どんな反論をされようがどんな風に罵られようが知らない。やるべき事はやった。
「…………そこまで。言わなくても。いい………………じゃない」
『五分が経過いたしました。それでは参加者の方々はお手元のボタンを押してください』
俺と壱夏は両方赤を選んで生存。以降は悲劇もなく、順調に進んだ。
(内) (外)
澪雨 凛 生存
椎乃 ディース 生存
不審者 喜平 生存
高井 鏑木 生存
鏑木 桜庭 生存
残る内側未参加者は凛、桜庭、柊木、壱夏、ディース、喜平、サクモ。二人くらいどちら側でも参加してないが、順調ではある。死体発見による不和よりも、現在の時間帯と閉鎖空間における極限のストレスがかえって良い成果を残しており、誰も死ななかった。
「次は……俺が行ってくる」
サクモを見送りつつ、俺は別れ際の壱夏の言葉を想起していた。
『…………平常点、そんな事で。取れるなんて。じゃあ、私の努力は………………?』
彼女が俺に近づいてきた原因は平常点だが、よく考えてみればおかしな話ではないか。学校生活以外でも評価される点数なのはさておき、何故そこまで執着する? 人を脅してまで、アイツの殺害を願ってまで。
平常点が低かったら何だというのだ。
『別にいいでしょ。平常点の事は前から知ってた、両親に聞かされていたの。なのに一年生の頃からずっと、私は不当な扱いを受けてる。平常点が低いままなんておかしいわ』
……………おかしいな。
平常点は今まで公開されていなかった筈だ。しかし壱懐は一年生の頃から不当な扱いを、点数が低いままだと言った。俺は澪雨の手を借りたがアイツはどうやった。凛が情報を秘匿していた様に、彼女も何か知っているのではないか?
平常点が満点だからって、優遇されるのは学校だけだ。外で澪雨みたいな特別扱いを受けた覚えはない。あそこまで求めるからにはもっと深い理由があると考えるべきだ。
「ねえ。ここに居る全員に必勝法の提案があるんだけど。喋っていい?」
不意にディースが手を挙げて扉の前に立った。
「僕、色々考えたんだけど。やっぱり確実なのは違う参加者に『赤』の一致を期待するより、誰か一人を外側に固定して一致させる方が良いと思うんだよね」
「………い、意味が分からないんです、けど! ディースさん、終了条件は一回以上の……」
「だからー。ね? 内側に一回以上参加であって、外側は何回参加しても関係ないんだよ。僕だってこれ以上死体は見たくない。それに、外側で参加した人は分かってると思うけど、話し合いの最中に告発が来るよね?」
―――告発?
聞きなれない言葉と、内側でしか参加しなかった俺にはてんで見当がつかない。ディースさんは胸元から紙切れを取り出すと、サササっと紙に文字を書いて、俺に渡してきた。
「ものの例えだよ? 『貴方が夜に外へ出たのを彼は知っています』とか。夜に外へ出るのは禁止されているから、外へ出てる人にとっては都合が悪い。となると、証言はもみ消さなくちゃ!」
「俺は外になんか出た事ない!」
「だから例えだってば。この方が分かりやすいっしょ? ま、何でか誰も共有しようとしなかったから僕が共有したけど、これを繰り返されたら全員生存は厳しいって思ってる」
成程、合点がいった。壱夏はこの『告発』を受けて俺の考えを見透かしたのだ。お陰でとんだ博打を打ってしまったが、生きているなら後悔はない。ディースにやんわりと詰められて桜庭と鏑木は全員に向けて気まずそうに謝っていた。
「ご、ごめんなさい! …………で、でも許してくれるでしょ? 日方! 私、赤を押してるよ?」
「俺は別に怒ってないけどな……でも、何で黙ってたんだ?」
「黙ってりゃバレないかと思ったんだよ…………その方が裏切りやすいだろ」
「さいってい!」
反省を感じられないような鏑木の言い分に柊木が軽蔑を叩きつけるように吐き捨てる。本人にとっては謝罪のつもりらしいが、ならば言葉のチョイスが最悪だ。俺にも、開き直っているとしか思えない。
「―――因みにディースは何で共有をしようと思ったんだ。そっちにも都合が良いだろうに」
「僕はここの誰にとっても他人だから、『告発』される様な事がないんだよね。『告発』って言うけど、主催者側が出鱈目言う可能性も考えなくちゃ。黙ってればバレないかと思った、つまり有益な情報だったって事だよね。言い換えると、『告発』は主観的には信憑性が高くなりやすい情報を基に作られる。だろ?」
「「……………………」」
こんな説明をされると、ディースの必勝法とやらの中身が見えてきた。つまり残る全員が参加する際、必ずディースを外側において赤を投票させれば生存出来るという理屈だ。他人なので信頼関係に亀裂が入る事もない。しかもたった今作られた信頼は非常時における関係としては同級生よりも強固だ。
この人は周りよりも信じられる、そう思わせてくれるような柔らかい笑顔。デスゲーム中という要素から目を背ければ、本当にとても優しい人だ。
『全員の選択が確認されましたので、これにて全てのフェーズが終了となります。参加者様は控室の方へお戻りください。部屋のロックは内側からのみ解除される仕様となってございます』
モニターを見ると、喜平が控室に戻ってきている所だった。成程、さっきのゲームはゲーム仲間二人で組んでいた様だ。今は全員生存の流れになっているし、これなら不安視する事はない。
サクモが、帰ってこない。
フェーズ再開前に硝子に近寄って奥の部屋を覗く。
サクモが、首を吊られていた。
「サクモ!」
しかし死んでいる訳ではない。拘束された後ろ手が背後に吸い込まれ、手と首が引っ張られるように吊り上げられている。
目が合うと、必死に何かを叫んでいる様だ。読唇術がないので聞こえない。
「サクモおおおおおおおお!」
扉を開けようとするが。無駄な行為と言わんばかりにびくともしない。分かっている。フェーズが再開してないのだから、入れる訳がない。それでも。友達が目の前で処刑されているのに黙っているなんて。
「あけろおおおおおおおおおおおあああああああああああああああああああああああ!」
両目が飛び出さんばかりに見開かれ、或いはその中身さえ血走り、動きが緩く小さくなっていく。生気は搾り取られるように無くなり、目に映る光も徐々に黒ずみ、暴れていた足がピンと伸びていく。
バキンッ!
「―――ひっ」
彼の両腕が力任せに引っこ抜かれると、その身体は側面から夥しい出血を噴き出しながら激しく痙攣。喘ぎ声になる筈の呼吸も足りず、しかし痛みだけが先行し、顔がくちゃくちゃに歪んでいく。
「あ……さく、さくも! さくもああああやめろ大オオオオオオオオオオオオもういいいだろおおおおおおおおおおおおおおってばああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああやああああああああああめええええええええええええ!」
絞首台が天井と共に上昇。死体の処理を兼ねるように消えてなくなる。最期に見たサクモの顔は、舌を噛み千切らんばかりに放り出した、左右に眼球が飛び出しかけた見るも無残な姿。
「…………………………………………」
拳に力が籠る。音など聞こえていないのだとしても、俺はこの拳を出さずにはいられない。
「なんっでだよ! 何で殺したんだ、きっぺええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!」
モニターを殴りつけても、彼はその問いに答えてはくれない。まるで俺から目を背けるように、俯くばかり。
「なんで! なんでころした! なんでなんだああああああああああああ! お前! 殺す理由なんかなかっただろうがあああああああああああ!」
「落ち着くんだユウシン君。暴れた所で何も変わらないよ!」
「離せええええええええええええ! 離してええええええええええ! アイツ、アイツを殴らないと! あんな奴、あんなやつうううううううう!」
「だーめーだ! そういうのはフェーズの中で話すんだ! このゲームは! 全員生存を目指す事が出来るだけのゲームであって! それを目標にするゲームじゃない! ならばどうして『青』があるか。答えは単純だ!」
女性とは思えない剛力で床に抑えつけられる。ディースは慣れないのかとぎれとぎれに声を荒げながら。この部屋全体に向けてゲームの本質を告げた。
「殺したい理由があるなら押しても大丈夫な様に! 『誰も死なないデスゲーム』の成立なんて簡単だよ、誰にも殺したい理由がなければいい! いいか、これは『代理殺人ゲーム』! 殺意さえあれば殺害までを保障するだけの物だ! もし殺してしまってもゲームが殺したと言い訳がつくからね!」
「じゃあアイツを殺したい! 殺さないと全員死ぬ! 俺も殺される!」
「その為の話し合いだ! あれは猶予だよ。『外』側が有利なのは許せるかどうかだからだ。殺したい理由があってもちゃんと話し合って、許せるなら許せばいい。それだけなんだ。お願いだから今は落ち着いてくれ。冷静でないとゲームは成立しないどころか……全滅ゲームに早変わりしてしまうよ」




